「 商工会まつりにて ’12 」


 地域の工業商業の振興のために毎年開かれるお祭りが、
今年も開催された。

 今までは、テキヤさんもたくさん出ていたが、
近年、見かけなくなった。

 純粋に、地域の店や会社のみで頑張っていこう、
ということになったのかもしれない。

 このまつりには、毎年、たくさんの人が集まり、
地元の農産物や工芸品、工業製品などを紹介したり、
販売したりして、大変盛り上がっているのだが、
今年は、駅から往復の無料送迎バスが出て、
その人手に拍車をかけているようだった。

 土日、と、二日にかけて開催されるのだが、
私は、両日とも仕事が入っていた。

 午前中、配達の仕事をしてから、
小1の長女と高3の次男、そして、父71歳とともに、
今年もまつりにでかけた。

 私は、久しぶりに、とても晴れやかな気分だった。
 なぜなら、ゆうべ、ちょっといいことがあったからなのだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 ゆうべ、大学の寮に入っている長男から電話があり、
「学校の課題が一段落して、今月からバイトを始めたから、
携帯代の請求書をこっちに回してもらうことにしたから」
と言われた。

 長男は、高校に入ってから、
ずっと自分の携帯代は、自分のバイト代で支払っていたが、
高3の秋に受験勉強に集中するためにバイトをやめ、
また、大学入学後は、
大学の勉強が忙しすぎて、単発のバイトしかできなかった。

 働けなかった2年間は、私が携帯代を払っていた。

 「自分で払うよ」
と、いつも言う長男に、
「今は、学業第一でやって。長期のバイトができる位余裕ができたら、
また自分で払ってもらうから」
と、言っていたのだが、
先日、長男の携帯が故障して、
寮の近くの携帯ショップで修理した際、
自分の方に請求書を送ってもらう手続きを済ませたらしい。

 夫の名義の請求書であったが、
長男もハタチということで、
保護者抜きでも、自分で契約を変更できるらしい。

 「ずっとお母さんに払わせてきてごめんね。
これからは、自分で払うから」


 「うちは、18歳成人制だよ」
とか、
「自分の携帯代は、基本的に自分で払うんだよ」
とか、
私自身が、ずっと言ってきたのだが、
まじめな長男は、きちんとそれを覚えていて、
ちゃんと18歳で親元を離れ、
自分にかかるお金は、自分で払うものだ、という観念を持っている。

 尋常でない人見知りをおして、
いろんなバイトを経験し、よく頑張ってきた。

 で、ハタチなのか・・・・・・・。
 保護者の仕事も、あと数年で終わるんだな・・・・・・。

 卒業後は、5年間かけて、月5万円づつ、
大学でかかった費用を月賦で返してくれるのだそうだ。

 なぜ5年間か、というと、
5年後は、四男が大学に進学する時期で、
限られた親の資金を、みんなで使いまわし、
兄弟全員きちんと教育を受けられるようにしよう、
という考えだった。

 まるで、図書館の本をみんなで回し読むように、
親が用意した正味300万円を、
兄弟5人で、借りては、返す、を繰り返し、
最後は、また、親に戻す、という計画なのだった。

 もちろん、寮に入れば別に寮費もかかれば、食費もかかる。
 仕送りだってしなければならない。

 自宅から通うとなれば、
結構な交通費がかかり、定期代も馬鹿にならない。

 そういうものは、親が別途負担することになるが、
とにかく、きょうび、
【学校に通う、ということには、大金が掛かり、
それを親が負担していることを
申し訳なく思っている大学生】が、どれだけいるだろう?

 貧乏で困ることも多々あるが、
息子が経済的に自立した人間に育ってくれたことは、
実にありがたかった。

 こちらから促すまでもなく、
自ら自立していこうとしている長男を、
頼もしく、そして、ちょっと眩しく感じるのだ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 くすぐったいような、嬉しいような、少し淋しいような、
そして、肩の荷がふっと軽くなるような気持ちにもなり、
まつりに向かう足取りは、若干軽いのだった。

 長女と手をつなぎ、自転車を押して歩く次男と並んで歩き、
次男の学校の文化祭の話をしながら、
くわえ煙草のしかめっ面で前を歩く父についていった。

 「歩きながらたばこを吸うのは、危険だからやめなさい!」

 長女に注意された父は、
「ひや〜、ごめんなさい〜〜〜!」
と、小躍りしながら懐から携帯灰皿を取り出し、
急いでたばこを消し、灰皿にしまった。

 あんなに暴力虐待父だったのに、
いまや、孫娘のいいなりだった。

 いつも長女にあれこれと道徳的な指導を受け、
嬉しそうに叱られている。

 同じ歳の私が、あの頃の父に、
これと同じセリフを言っていたら、
間違いなく「生意気だ」と言って、脳天に拳骨が降ってきただろう。


 「それでね、僕が、【ノーモア映画泥棒】の扮装で校内歩いてたのが、
アピール大賞に選ばれたんだよ〜。嬉しいわぁ〜!」

 「やったじゃん! 最後の文化祭でやっと賞取れたな」

 などと笑いながら話していると、
あっという間に、まつり会場に着いた。


 「喉乾いたねえ。何か飲もうか」

 そう言って、飲み物の売っている店を探すと、
「タピオカ&フルーツ100%ジュース」
という看板が見えた。

 「あれ飲まない?」
 「いいねえ」

 最近、次男にタピオカミルクティを一口もらってから、
私は、タピオカにハマっていた。
 
 迷わずその店に行き、
10種類ほどの生ジュースのミキサーの前に立つ若いお兄さんに声をかけた。

 「タピオカ・グレープジュースください」
 「はい!」

 お兄さんは、慣れた手つきで
透明なプラカップにたくさんの氷を入れ、
ミキサーからグレープジュースを注いだ。

 そして、タピオカのたっぷり入った透明容器の前に
ぼんやりたたずむおじいさんに声をかけた。

 「じいちゃん、ほら、タピオカ」

 お兄さんは、カップをそのおじいさんに渡して言った。

 カップを受け取ったおじいさんは、うつろな表情で、
私に向かって言った。

 「タ・・・ピ・・・オ・・・カ・・・・・・、入れ、ま、す、か?」

 「え?」

 私は耳を疑った。

 タピオカジュースください、って言ってるんだから、
そりゃあ、タピオカ入れるの前提でしょう?

 なんなら、タピオカだけちゅるちゅる飲みたいくらいなんだから。

 「はい、入れてください」

 私と次男は、顔を見合わせて、困惑した。

 しかし、すでに、その透明のプラカップは、
氷とジュースで、ほぼ満タンなのだ。
 ジュースに浮く氷は、カップの縁の1センチほどまでに迫り、
もうほとんど注入不能の状態のところに、
おじいさんは、タピオカを入れようとしている。

 「タ・・・ピ・・・オ・・・カ・・・、入れ、ま、す、よ・・・・・・」

 危なっかしいおじいさんの手元に注目すると、
なんと、物凄く物凄く小さいお玉を使って、
物凄く物凄く少量のタピオカを入れようとしているのだった。

 (おたま、ちいさ!)

 次男の独り言が聞こえた。

 私があふれる寸前のカップを受け取ると、
ささっと父が会計を済ませた。

 「お前も飲め」

 父に勧められ、次男も、こわごわ頼んだ。

 「じゃあ、タピオカ・マンゴージュース。あのぉ、タピオカ入りで!」

 すると、また、お兄さんが景気良くカップに氷をたくさん入れる。

 (まずそこだ!)
 次男は、小さく叫んだ。

 まず、その氷の量が間違ってるのだ!

 そこへ、お兄さんは、マンゴージュースをなみなみと注ぐ。

 (まあ、そこはいいんだけど・・・・・・)
 次男は、つぶやく。

 「はい、じいちゃん、タピオカお願い」

 (こっからだ!)
 次男は、小さく叫んだ。

 おじいさんは、またもや、カップを危なっかしく持ち、
震えながら次男に聞いた。

 「タ・・・ピ・・・オ・・・カ・・・、入れま・・・・・」

 次男「入れます!」
 私 「入れてください!」
 父 「入れて!」

 我々は、3人同時に叫んだ。

 かくして、タピオカ・マンゴージュースは、次男の手に渡された。

 が、タピオカが異常に少ない上に、
氷が多すぎてタピオカを阻み、
ただでさえ満タンですれすれのカップでは、
飲みづらいったらないのだった。

 続いて、長女が、ある出店の前で立ち止まった。

 割り箸の刺さった大きめのウインナーが30本くらい、
家庭用のホットプレートに並べられ、
上にラップがかけられていた。

 「これ食べたい」

 何だか色が生焼けっぽくて、
おまけにラップが掛かっているのだから、
もう、ホットプレートに火は入っていないのだろう。

 冷めているのが一目了然だった。

 「これ、食べる!」
 長女は、キッパリと言った。

 「やめよう」
と、言おうと思ったが、1本100円なので、
まあ、いっか、と思い、
その店の人に「1本くださいな〜」と声をかけた。

 すると、ホットプレートの前に立つおじいさんが、
「はい! いらっしゃいませ!
 1本でよろしゅうございますか?
 ケチャップは、お掛けしますか?
 お子さんですから、辛子は、よござんすね?」
などと、言う。

 (おいおいおいおい、なんか、また危なっかしいジイさん出てきたぞ)

 嫌な予感がしたが、
横に立つおばあさん(おそらく、おじいさんの奥さん)がいて、
笑いながら、「こうするのよ」と、
慣れた手つきで紙皿にウインナーを乗せ、
ケチャップの容器を逆手に持って、
皿の縁にささっと入れた。

 「あははは、そっかそっか」

 ジイさんは、言われたとおりにケチャップを入れたが、
完全に素手でウインナーをガッツリ触っていた。

 (あ〜〜〜〜〜〜)

 「はい、お待たせいたしました、お嬢さん」

 ウインナーを渡された長女は、
あらかじめ私の父にもらっていたお小遣いで払った。

 「ありがとう!」

 人通りの少ない場所に行って、
長女がウインナーを食べ終わるのを待った。

 「美味しい! もう1本食べたい」

 長女が猛然と立ち上がるので、
よっぽど美味しかったのか、と思い、
「美味しかった?」
と聞くと、
「熱くなくて、焦げてなくて、美味しい」
と言った。

 (要するに、生焼けで冷めてるのね?
 普通、熱くて焦げてるのが美味しいんじゃないの〜?)

 と、思ったが、長女が旨いと言うのだから、仕方ない。

 もう一回その店に行って、また1本買った。

 そのくだりを、3回ほど繰り返し、
合計4本のウインナーを食べた長女。

 その後、いつの間にかビールを買った父が、
テントの下に設置された飲食スペースに陣取った。

 「ここで食うべ」

 地元の商工会議所のお兄さんたちの焼いた焼き鳥を何本か買い、
みんなで座って食べた。

 途中、次男が、
「ちょっと、今、マグロの解体ショーやってるから、買ってくる!」
と言って席をはずし、
ちょっとしてから鉄火丼とマグロの握りを買ってきた。

 「ちょっと食べていいよ」

と言われて、2貫ほどつまんだ。

 「ジイも食べなよ」
 次男が言うと、父は、
「俺は、イカしか食わねえ」
と言う。

 そういえば、父は、いつも、
寿司屋に行っても、イカしか食べない。

 まずは、イカ。
 次に、イカ。
 そして、締めに、イカ、なのだった。

 しゅっと父が一瞬いなくなり、
戻ってきたときには、新しいビールを持っていた。

 要は、ビールがあればいいのだ。この人は。

 お腹いっぱいになったので、
また、あちこち歩いた。

 毎年テーブルをひとつ出し、
ビーズで作ったキャラクターのストラップを山盛り置いて、
1個100円で売っているおじいさんが、
今年もまた、いた。

 奥さんや娘さんが、1年かけて作ったものを売っているのだろう。
 女の子や娘さんたちがたむろして、
みんなで3個4個と買っている。

 例にもれず、女子力100%の長女は、
そのテーブルにつかまった。

 去年も、その前も、5〜6個買っていたのだ。

 いつまでも、黙々とビーズを選んでいる長女をもてあまし、
そのテーブルの横の店をのぞいてみた。

 そこは、私の好きなジャンル、
エスニックの洋服や生地を売っている店だった。

 ハンガーに掛かっているインドインドした怪しい服の数々に夢中になり、
「これも! ああ、これも安いねえ!」 
と、2〜3着手に取った。
 
 エスニックの店をいくつも見回ってきたが、
この店は、相場の半額とか、3分の1くらいの安さだった。

 「どれも、すごく安い〜!」
 私は、ついつい興奮して、大きな声になった。

 「奥さん、よくわかってるね。
みんなおくさんみたいにわかってたら、助かるのに」
と、店の奥さんが言った。

 そのおばちゃんは、片言の日本語で、
アジア系の外国人だとすぐわかった。

 フレンドリーなおばちゃんとは、突然意気投合し、
「安いねえ! ここ! あちこち見るけど、ここは安いよ〜」
と、私は、思わず、年上であるおばちゃんに話しかけてしまった。

 年上の人や、知らない人に、いきなりタメ口で話すのは、
初めてのことだった。

 自分でもびっくりしたが、
初めて初対面の人にタメ口でしゃべって、
速攻で打ち解けたのがわかった。

 「これ、買うよ。このバンダナも。 これ100円なの? 可愛いし、安いね〜」

 「そうだよ〜、掘り出し物だよ〜」

 「今日、暑いから、トイレでこのシャツに着替えるよ。 これもちょうだい」

 「は〜い、ありがと〜」


 まだビーズを選び終わらない長女に
「トイレ行くけど、行く?」
と聞くと、「行く!」と言い、一回は、ビーズの前を離れた。

 怪しいエスニックの柄シャツに着替え、鏡を見ると、
やはり、我ながらバチッと似合っていた。

 濃い顔に、濃い柄シャツ。

 私は、久しぶりに、猛烈にご機嫌になった。

 「似合うでしょう?!」

 長女に聞くと、

 「まあ、自分がいいと思えばいいんじゃない?」
と、冷やかに言われた。

 私は、てっきり、
「似合うよ、お母さん」
と言われると思っていたので、
(少なくとも、お兄ちゃんたちは、嘘でも「似合うよ」と言ってくれていた!)
「え〜! だめ〜?」
とがっかりした。

 「じゃあさあ、もしお母さんが、すっごくババくさいカッコしたらどうする?」
と、聞くと、
「一緒に歩かない」
と即答された。

 何だと〜?
 「それなら、この服の方がいい」って言わぬのか!

 私は、大人げなく食い下がった。

 「じゃあさあ、お母さんが、物凄い付けまつげバサバサつけてさあ、
ギャルみたいなメイクと服だったら、どうする〜?」
と聞くと、
「もう、何も言わない。ほっとく」
と突き放したように言われた。

 彼女は、クールだ。
 そして、女子は、男子ほど生易しくは、ない。

 着替え終って、父と次男との待ち合わせの場所に行く途中、
また、長女が例のビーズ屋さんのおじいさんのところにひっかかってしまった。

 携帯で父と次男を呼び寄せ、
またしばらく、長女のビーズ選びに付き合わされている間、
私は、ずっと気になっていたことをおじいさんに聞いてみた。

 「これ全部、ご自分で作ってるんですか?」

 すると、意外な言葉が次々返ってきた。

 「ああ、これ、中国で作らせてたんだよ。
 日本じゃコストがかかっちゃって、1個100円じゃ売れないよ。
 でも、今は、中国やめて、タイに頼んでるの。
 中国にたのむと、10個でいくら、って頼んでるのに、
ごまかして8個づつにして金ごまかそうとするんだよ。
 それに比べてタイの人は真面目なんだよな」

 「へえ、やっぱり国民性ってのがあるのかしらねえ」

 「そうそう、国民性だよな。それに、中国に頼むより、
タイの方が、技術が確かだよ。きちんと作ってくれるから」


 かくして、長女が、5個ほどビーズのストラップを買い、
やっとその場所を離れることができた。

 去り際、ちょっとおじいさんの身なりを見たら、
いい感じにダメージの入ったジーンズに、
スパニッシュな感じの粋な模様の入ったベルトをしていた。

 シャツも、よく見たら、質のいいものを着ている。

 れっきとした商売人だったのだ。
 このおじいさんは。

 今までの家族にかり出されてきた素人ジイさんたちとは、
まるで違うのだ。

 ビーズのところで商売人のおじいさんと話し込んでいると、
さきほどのエスニック洋服屋さんのおじさんおばさんと目があった。

 (あ、うちの服!)
という顔をしたので、
「さっき買ったの着てきたよ〜。似合う?」
と、聞いてしまった。

 なぜだろう?
 また自然にタメ口をきいてしまった。

 「似合う似合う!」
 店のおばちゃんは、元気に答えた。

 「えへへへへへ〜」

 へらへら笑う私は、
もしかして、今、まさに、
「カッチ〜ン」と【おばちゃん】のスイッチが入ったのだろうか?

 知らない人と、ずうずうしく、
どんどんタメ口きける【おばちゃん】に。

 それとも、あの人のDNAが、色濃く出てきてしまったのだろうか?

 私の視線の先には、
ビール売り場で、店のお兄さんとお姉さんに
くだらない冗談を言って、へらへらからんでいる父がいたのだった。




 (了)

 

(あほや)2012.10.23.あかじそ作