「 藤沢周平にハマる 」


 読みたい本が見当たらなくなって久しい。

 人からお勧めの本を聞いて手に入れてみても、
まず、目が見えなくて、嫌になる。

 ここのところ、老眼が急激に進み、
とにかく、老眼鏡をかけないと、
全然物が見えないし、字なんてまるで読めない。

 一回、遠近両用の眼鏡を買いに行ったのだが、
試しに掛けて店の中を歩いてみたら、
視界がぐらぐらゆがんで、気持ちが悪くなってやめた。

 しかし、せっかく視力を測ったのだから、と、
「近々」という老眼専用の眼鏡を買ってきた。

 老眼鏡には、
本やパソコンなど、手元のみに焦点を合わせた「近々」と、
手元と、居間のテレビ位までの距離までに焦点を合わせた「中近」、
そして、1枚のレンズの上部が遠方に焦点を合わせ、
下部が手元に焦点を合わせてある「遠近」とがある。

 長年、強い乱視の眼鏡を愛用してきたのだが、
「遠近」のレンズを付けてみて、その不自然さに適応できず、
買う寸前になって、怖じ気づいて「近々」に変更したのだった。

 普段の生活や、自転車での配達では、
いつもの乱視用眼鏡を掛け、
本や新聞を読んだり、縫物をするときなどは、「近々」の老眼鏡を掛ける。

 ここ数年は、それで何とかうまくいっていたのだが、
最近、配達中に宛名や住所が読み取れず、
危なく誤配しそうになってしまう。

 屋外で明るいところなら、まだ、目を凝らせば見えるが、
明るいところから急にマンションのエントランスなど暗い場所に入ると、
物が見えなくなってしまう上、
小さい字で印字してある部屋番号など、全然見えなくて、
一回、部屋番号を確認するために外に出たりしなければならなくなった。

 これではいかん、仕事に支障が出てるじゃないか、
と、いうことで、仕事仕様の遠近両用眼鏡を急ぎ作る必要が生じている。

 早く眼鏡屋に行かねばな、と思っているのだが、
最近、息子に頼まれて、遠くの大きな古本屋に車で連れて行った時、
ふと手にとって買った藤沢周平の「たそがれ清兵衛」に夢中になってしまった。

 読み終わると、もう、
藤沢周平の世界と離れるのが淋しくてたまらず、
急いで次の本「神隠し」を買った。

 暇さえあれば読みまくり、結果、すぐに読み終わってしまうので、
急いで次の「春秋山伏記」を買い、
それもすぐに読み終わり、急いで「蝉しぐれ」を買って読んだ。

 止まらなかった。
 いや、止めたくなかった。

 時代小説って、おじさんが読む物だと思って、
なんとなく避けてきたが、何だ、この面白さは!

 また、藤沢周平について言えば、
少女マンガとか、韓流ドラマなど目じゃないくらいに、
「あま〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!」のだ。

 ビターな世界の真っただ中において、
時々、物凄くメルティーな純愛が挿入されているのだ!

 生きる死ぬに関わる、武士の厳しい世界の中で、
時々出てくる、女とのかかわり!

 今風にいえば、
容姿端麗で勉強もできて、武道も万能なのに、
髪はボサボサ、授業中はいつも寝ている、
でも、亡き両親に代わり、幼い弟妹を養うために、
毎晩工事現場で夜通し働いている、
みたいな男子高校生が、
妹の命を守るために裏の世界の人間に利用され、酷い目に遭い、
世間から迫害されて、孤独に打ちひしがれた末に、
悲しみの中、ひとりの大人の男として成長していく。
 唯一の理解者である、幼な馴染の女子と、
お互いに結ばれることのないことを知りながら、
甘く切ない初めてのキスを交わし、
ひとり、旅立ってゆく・・・・・・。

・・・・・・・みたいな感じの内容が目白押しなのだ!

 ハマるって〜〜〜〜〜〜!!!
 こういうの、目白押しだから!

 おじさんだけが黙々と感動しているには、
もったいないんだってば!!!

 絶対、絶対、もっと、映画化すべきだから!!!

 上下関係の厳しい男の世界。

 支える女のひたむきな愛。

 虫けらのように命を軽く扱われる人たちの、
それでも、たくましく生きていく姿。

 貧しい市井の人々の、切なくも明るい生きざま。

 いいっ!
 すごくいいっ!

 息子が例の遠い古本屋に漫画の続きを買いに行きたい、
と言うので、「待ってました!」とばかりに車を出し、
今度は、「用心棒日月抄」のシリーズを買ってきた。

 が、6歳の長女に「あらしのよるに」のシリーズを買い、
選んでやっていたりしてバタバタしていて、
何と、うかつにも、シリーズ第2段の「孤剣」を買い忘れてしまい、
続きが読めない状態になっているのだ。

 気になる!
 続きが気になる!

 もう、仕事中も、夜も昼も、
続きが気になって仕方ない!

 気になって仕方ない一方で、
目が見えなくて困っている!

 仕事や家事の時に乱視用眼鏡を掛け、
合間に老眼鏡を掛けて藤沢周平の本に酔う!

 炊事、乱視用眼鏡!
 周平、老眼鏡!
 洗濯、乱視用眼鏡!
 周平、老眼鏡!
 掃除、乱視用眼鏡!
 周平、老眼鏡!

 ・・・・・・って!

 て〜〜〜〜い!!!

 一日中、何度も何度も、眼鏡交換してばっかり!
 忙しいし、めんどくさい!!

 早く遠近両用眼鏡買わなくちゃよ!

 でも、眼鏡屋行くひまがあったら、
一刻も早く「孤剣」買いたいよぅ!!!

 どっち?
 一体どっち?!

 遠近? 近々? 乱視?
 眼鏡屋? 本屋?
 周平? 仕事? 家事?

 え? 何々なんなの?!
 なんなのよぉ?!
 どっちなのっ?!
  
 んが〜〜〜〜〜〜!!!


  (了)



(しその草いきれ)2012.11.6.あかじそ作