その場足踏み三千回 |
大学の寮にいる長男からメールがきた。 【明日の朝6時ころ、そっちに行くよ。 R高校(うちの近所の私立高校)で、 模擬試験の試験官のバイトをするから。 家から自転車で高校まで行って、 終わったら、自転車を置いて、速攻で寮に戻る。 夕方6時から12時まで、 寮の近くのカラオケ屋でバイトがあるから】 先月から寮の近くのカラオケ屋でバイトを始めたと聞いていたが、 バイトの掛け持ちをするのは、ハード過ぎないか? 聞けば、前の日も、夕方6時から12時までカラオケ屋で働いた後、 3〜4時間寝て、その後、5時に寮を出て始発でこちらに向かい、 6時にうちの最寄駅に着いて、 7時に模擬試験会場でバイトの点呼があるという。 せめて、駅と自宅との間は、車を出してやるぞ、 とメールすると、 【悪いからいいよ】 と言うので、 【スケジュールがタイト過ぎて、逆にこっちが心配で嫌だから送らせて】 と言うと、 【じゃあ、お願いします】 と返信してきた。 なぜ、長男は、こんなに無理をするのか? やはり、寮費を除いて、 食費、生活費を合わせて月3万円の仕送りでは、 かなり無理があるのだろう。 里帰りするたびに痩せている。 先月、急に冬物の服を取りに帰ってきたとき、 お金が無いというので、急きょ3万ほど渡してやったが、 物凄く申し訳無さそうにしていた。 うちの経済が苦しいのを、とにかく心配して、 自分への仕送りを常に心苦しく思っているようだ。 「いやいやいや、あんたは、今、学業第一だから。 お金の事は気にしないで、勉強頑張ってよ」 と、いつも言っているのだが、 月に、たったの3万の仕送りじゃ、 バイトしないと生きていけないのが実際のところだろう。 果たして、翌朝、5時50分ころ、 「もうすぐ駅に着いちゃうけど、大丈夫?」 というメールが来た。 まさに起き出そうとしていた時だったので、 「大丈夫だよ」 と返信したのだが、 風邪で長く体調を崩しているので、体が鉛のように重かった。 うーうー言っていると、 夫が代わりに迎えに行ってくれる、と言う。 夫は、上下寝巻のまま、車に乗って、駅に向かった。 それから10分足らずで、長男と夫が帰ってきた。 試験官らしくスーツ姿で茶の間に入ってきた長男に、 「朝ごはん食べたの?」 と聞くと、やはり食べていなかった。 いそいで素麺を煮て、温かいにゅう麺を作って食べさせた。 「あ〜〜〜、うまい!」 と叫びながら、長男は、一気に平らげ、 「それじゃあ、行ってきます」 と、外に出た。 が、出発する段になって、 自分の自転車の前後の車輪の空気が抜けているのに気がついた。 パンクしているのかもしれない。 時刻は、バイト点呼の10分前に迫っている。 「じゃあ、このチャリ乗ってけ!」 と、私は、三男の自転車を勧めた。 「ごめん。じゃあ、借りる!」 と、長男は、出かけて行った。 出かけた長男の後姿を見送りながら、 (な〜〜〜〜んか、嫌な予感・・・・・・) と、思っていたが、まさか、ホントにその予感が当たるとは。 午後3時。 長男が、日給1万円をもらって帰宅した。 くしゃみを連発して、蒼い顔をし、 身ぶるいしている。 「ろくに寝ないで、ひっきりなしに働いてるから風邪引いたんだよ」 と言うと、 「寒い〜。お腹すいた〜」 と、言って、また、くしゃみを連発している。 「ほらほら、お餅と、さっきのにゅう麺の残りしかないけど、食べな。 で、この風邪薬飲んで、瓶の栄養剤飲んで。 あと、ビタミンBの錠剤も飲んどきな」 次々いろいろ食べさせたり飲ませたりすると、 急に長男が眠そうな顔になってきた。 「6時から向こうでバイトあるんでしょ? この栄養剤、もう一本持っていきな。 それから、来週、選挙あるけど、こっち来られるの?」 と言うと、 「せ、選挙?! あ、そうか?! ハタチだから、選挙権あるんだっけ?!」 と、一気に目が覚めたようだった。 「ほら、そう思って、 ここの選挙区の候補者リスト、 新聞切り抜いておいたから、今、選んで、 市役所で期日前投票してから行きなね!」 と、言うと、 「ええええ〜〜〜〜! わかんない〜〜〜!! どうやって選べばいいんだ〜!」 と、頭を抱えているので、 「原発をどうしたらいいと思っているのか、とか、 消費税についての考え方とか、 年金制度についてとか、 いろいろ考えて、自分の考えと同じところを投票したらいいんだよ」 と言うと、 「何にも考えてなかった!」 と、言う。 「選挙とか、政治とか自分と関係ないと思ってたでしょう?」 と言うと、 「考えたことも無い」 と言う。 若い人の投票率が低いのが、よくわかった。 自分たちに主権があるということに実感が無いのだ。きっと。 「原発無くなったら、電気代上がるよねえ」 と言うので、 「電気代上がれば、各家庭で電気代が莫大になるからさあ、 一軒の家で何部屋にも分かれてテレビ見たりエアコンつけてた人たちが、 みんなリビングに集まって、結果、家族の形が変わるかもよ」 と言うと、 「ああ、じゃあ、電気代上がった方がいいのかなあ」 と言うので、 「でも、そうすると、工場や病院の負担が莫大になって、大変だろうけどねえ」 と言うと、 「あ〜! そういうこともあるのか!」 と言って、また頭を抱えた。 「難しいなあ!」 「増税だけどさあ、使い道わけわからないなら嫌だけど、 使い道ハッキリさせて、確実に国民のためになることだったら、 仕方ないことだと思うしねえ」 「そっかあ・・・・・・」 「どこの党がどういう考え方で、 具体的にどうやってそれを実現しようとしているか、 知ってる?」 「知らない・・・・・・これじゃあ、選べないなあ・・・・・・」 長男は、スマホをいじりだし、 各党の主張や方法論などを調べ始めた。 「ああ、眠い! 時間も無い! わからん! ねえ、お母さん、選挙行かなきゃダメかなあ?」 「それは、あんたの自由だけど、 お母さんは、棄権すべきじゃないと思ってるよ。 棄権したら、政治に文句言う資格無いじゃん。 庶民が選挙権を得るために、過去にどれだけ血が流れたと思う? お母さんは、今まで棄権したことないし、これからも棄権しないつもりだよ。 お母さんがハタチの時、 『初めての選挙、どうしようかなあ』って、バアバに相談したら、 バアバは、 『自分で決めなさい』 って言ったよ。 ジイもバアバも、 会社とか知り合いに『誰誰に入れて】とか頼まれても、 お互い、相談したり示し合わせたりしないで、 各自、自分の考えで投票してるって。 だから、お母さんも、いつも、誰にも相談しないで、 自分で考えてる。 選挙の時以外も、 毎日新聞読んだり、ニュース見たり、 池上彰のテレビ見たりして、勉強してる。 だから、これからは、 あんたも、普段からちゃんとアンテナ張ってなよ」 「うん・・・・・・」 長男は、何度もくしゃみをしながら、 夫の運転する車で市役所に行き、 無事、期日前投票を済ませてから、 電車に乗って寮に戻っていったという。 家を出る時、 「あ、借りた自転車、鍵さしっぱなしだけど、大丈夫?」 と、長男に言われたが、 「あ、大丈夫大丈夫。いつもそうしてるから」 と返事していた。 ところが、翌朝、 三男が高校に行こうと自転車に乗ろうとして凍りついた。 「鍵が無い!!!」 今日は、期末試験当日だ。 しかも、夜中まで試験勉強をしていたので、 朝起きられず、遅刻すれすれの時間になってしまっていたのだった。 「遅刻しちゃう! 鍵どこ?!」 パニックになる三男につられて、 私も夫も大いにあせり、 駐輪していた辺りを這いつくばって鍵を探したり、 長男に電話して、何度も確認したが、 見つからなかった。 結局、もう間に合わん! ということで、 三男は、パンクしている(または、空気が抜けきっている)長男の自転車に乗って、 学校に行ってしまった。 あんなぶよぶよのタイヤで、 交通量の多い国道を数十分走るのか? 大丈夫だろうか? 間に合うのか? 三男は、 「学校の自転車通学許可シール貼ってないと怒られる!」 と言いながら出かけて行った。 私は、急いで高校に電話して、 「息子の自転車の鍵が紛失したので、いつもと違う自転車で行きました。 今までずっと探していて、今さっき出かけたので、少し遅れるかもしれません」 と、連絡しておいた。 学校の事務の人は、笑いながら、 「ああ、ああ、大丈夫ですよ。わざわざどうも」 と言ってくれた。 長男や次男の高校は、細かいことに物凄く厳しかったが、 三男の高校は、結構さばけているようだ。 とりあえず、校門は、無事スルーできるといいのだが。 昨晩、三男のモンハンとやらいうゲームのデータが、 機械の不備で全部消えてしまったとかで、 物凄く落ち込んでいたところへ、 また、このような理不尽な事故に巻き込まれた三男。 気の毒になった。 本当に、この、三男は、 生まれてから今まで、長男や次男から、 いろんな被害を被っているのだ。 自分に過失が一切無いのに、 長男のおっちょこちょいと、次男のマイペースのせいで、 大事な物を無くされたり、学校の教材を壊されたり、と、 数限りない理不尽な仕打ちを受けている。 本当に、こればかりは、可哀想だと、いつも思っている。 この子は、こういう星の下に生まれてきているのか、 今では、こういう理不尽な仕打ちに対して、 適応力すら付いてきているようにも思える。 昼過ぎにダバダバのタイヤの自転車で帰宅してきて、 「多分パンクしてる」 と淡々と言って、平常心のまま、制服を脱ぎ出した。 私は、帰宅して、三男が大荒れになるんじゃないか、と思い、 また、三男の自転車を長男に貸したのは自分なので、 責任を感じ、 軽のワゴン車に無理矢理三男の自転車を積み、 (おばちゃんひとりで積んだので、大汗かいた!) 自転車屋に鍵の交換を頼みに行った。 かくして、鍵は、すぐに交換でき、 帰りは、店のお兄さんが車に自転車を積み込んでくれたので、 スムーズに帰宅できた。 新しい自転車の鍵は、予備も2本で、合計3本付いている。 前の鍵は、すでに3本とも失くしていたので、 今回失くしたのが、最後の一本だった。 いつも、すぐ失くすのだから、 今回、予備もできて、これでよかったのだ、 と、晴れ晴れとした気持ちでいたのだが、 三男の帰宅後、機嫌が悪かったらめんどくさいな、 とも思っていた。 しかし、三男は、案外機嫌が良かった。 また、このたびの鍵紛失事件を知った私の父が、 三男をえらく気の毒がり、 腹をすかせて帰ってくる三男に、と、 ベーカリーでたくさんパンを買ってくれた。 実は、父も、5人兄弟の三男で、 子供のころ、上の兄たちから散々被害を受けていたらしく、 三男の災難を自分のこととしてビンビン共感してしまったようだ。 三男は、新しくなった自転車の鍵を見て、 「やった!」と、純粋に喜び、 ジイの買ってくれた高いベーカリーのパンに舌鼓を打った。 あんなに暴れていた三男の反抗期は、 もう、終わったのだろうか? それなら、一安心なのだが・・・・・・ すると! 子供部屋から三男の叫びが聞こえてきた。 「やってもた!!!」 と、言っている。 急いで駆け付けると、 三男は、失くしたはずの自転車の鍵を持っていた。 自分の上着のポケットに入っていたらしい。 「あれ? あんた、昨日、自転車乗ってないんじゃなかったっけ?!」 「乗ってないよ・・・・・・あ!!!」 「夕方、コンビニ行ったんだった!」 「その時だよ!!!」 「ああ〜〜〜〜〜〜!」 三男と私は、大きくため息をついた。 【鍵どうした?】 【かばんの中とか探してみて!】 【あったら連絡して!】 などと、朝、三男の登校前に、長男に対して、 立て続けに私が必死なメールを打っていたので、 長男もずっと探してくれていたらしく、 授業の合い間に、長男から、 【こっちも探してみる!】【スーツのポケット見てみて!】 などという返信が何度も送られてきていた。 や〜〜〜〜ばい! 三男も、結構、やっちまっているじゃないか! 私は、長男に、無事鍵が見つかった旨を連絡し、 「あんたに過失は無かったよ、疑ってごめんね」 と伝えた。 「ああ、よかった(^u^)」 と、いつも通り、顔文字付きで返信があった。 そういえば、昨夕、長男は、帰りしな、 封筒に入ったお金を私に渡して、 「この前借りた3万返すよ。今日は、これを返すために来たんだよ」 と言っていたっけ。 「いやいやいや、あれは、返さなくていいんだよ。 いつも仕送りだけじゃ足りないだろうし、 おばあちゃんからのお祝いも、まだいくらか預かってるから!」 と言っても、長男は、封筒を受け取らず、 「この前みたいに、ふらっと帰って、 急にお金もらうのなんて、何だか嫌だから。 返させて。これは。じゃないと、自分が嫌だから」 と、言い張る長男に、 「じゃあ、いったん、これは、返してもらう。 で、あらためて、これは、お前に渡すよ。 ちゃんと栄養のあるもの食べてちょうだい!」 「いやいやいやいや、それじゃあ、 頑張ってバイト掛け持ちしてる意味ないから。 受け取って。お母さん。受け取ってって」 「ダメダメダメダメ、お母さん受け取れない。 いや、お前の借金したくない、ちゃんと返したい、という気持ちは、わかるよ。 でも、お正月バイトで帰れないんだったら、これで美味しいもの買いなさいって」 「いや、それは、それ。これは、これだから」 「じゃあ〜、わかった、わかった! これは、1月分の仕送り! ね?! これならいいでしょう? 忙しいから振り込みの手間省かせて!」 「ううむ、それなら・・・・・・じゃあ1月分ね。 1月は、もう振り込まなくていいからね」 「いや、振り込むかも」 「じゃあ、ダメダメダメダメ・・・・・・」 このやり取りを数十分繰り返していたが、 何とかその封筒は、長男に押し戻しておいた。 長男は、義理がたい。 親に経済的な負担を掛けたくない、と、 志望していた私立の大学を蹴って、 半公立の大学校に進学したくらいだ。 ああ、昨日から、いろいろあって、疲れた! 三男の自転車の鍵の事。 長男のバイトの事。 封筒の押し返し合い。 初めての選挙の件。 いろいろあったのに、 私は、昨日と同じ場所で、同じ格好で、 同じような夜を迎えている。 あんなにいろんなことがいっぺんに起こったのに。 まるで、その場足踏み三千回。 同じところに、まだ立ってる。 昨日とは、まるで変らぬ夜のようでいて、 しかし、昨日とは、全然違う今日の夜。 まるで進んでいないようでいて、 物凄く前進してる私たち。 昨日より、今日、 確実に大人になってゆく息子たち。 私も、昨日より、 ちょっとは、親らしくなってきたかな・・・・・・ と、突然、 台所のコンロに掛けていたヤカンの湯が、 いきなり勢いよく吹き出す。 「あちゃちゃちゃちゃちゃ〜!」と叫びながら、 あわてて火を止めに走る私。 親の方は、そうそう前へとは、進めていないや。 (了) |
(子だくさん)2012.12.11.あかじそ作 |