「 じじいの運転注意する 」



 父の趣味のひとつは、車の運転だ。

 出不精の母に代わり、
実家の買い物を一手に引き受けている父は、
毎日チラシで価格の比較をした後、スーパーのハシゴをしている。

 父は、数日ごとに娘の私を誘い、
なじみのスーパーや、新しくできたスーパーを巡り、
いろいろ買ってくれるので、経済的には助かるのだが、
一方で物凄く困らせてくる。

 それは、移動手段である車の運転で、である。

 父の運転は、同乗していて、命が縮むほどに危ない。

 とにかく、ハンドルを握ると、暴言を吐きっぱなしだ。
 前の車の発進がちょっとでも遅れると、
「この馬鹿が! おまえみたいなグズは、運転するんじゃねえ!」
と、口汚くののしり、
右折しながら前の車を抜かしたり、
国道でタイヤをキーキー鳴らしながらUターンしたり、
とにかく、気が荒く、乱暴で、危険運転の連続なのだ。

 人身事故も2回起こしている。

 1回目は、四男が生まれた時。

 私のいる産院に見舞いに来た時、
帰りに産院の駐車場で、バイクのおばさんと接触した。
 幸い、誰も怪我をしなかったが、
「お前があの病院で産むからだ!」
と、なぜか私が怒られた。

 2回目は、3年前。

 実家に遊びに行っていた三男と四男を車で送ってくれた帰り、
一時停止しないで歩道に飛び出し、
歩道を走っていた自転車のおじさんに接触した。

 これも、怪我した人はいなかったが、
「あれは当たり屋だった。俺はハメられたんだ」
と、また、人のせいにした。

 毎回、人のせいにするから、一向に反省しないし、
態度が改まらない。

 歩行者をひくような勢いで迫るので、「やめなよ」と言うと、
「ノロマだから驚かせてやってるんだ」と言い、
車間距離が近すぎる、と指摘すれば、
「てめえのグズを思い知らせてやってるんだ」
と言う。

 前から気の短い運転をしていたが、
ここまで乱暴ではなかった。


 今まで、何度も何度も注意してきたが、
「お前の『危ない!』って言う声の方が危ないんだよ!」
と、逆切れして、全然聞き容れようとしない。

 「車間距離も短すぎるし、
通りに出る時、歩道の前で一時停止しないし、
もう、何から何まで危なすぎるんだよ!
 子供の友だちをひき殺したりしたら、
じいの大事な孫たちも、ここに住めなくなるんだからね!」

 と言うと、「うるせえ!」と怒鳴って余計に乱暴な運転になる。


 年々、この傾向がひどくなってきている。
 前は、もっと注意深くて、反応も早く運転できていたと思う。

 父も、もう71歳。
 運転者としては、もう、だいぶ年なのだ。

 新聞にも載っていた。

 高齢者が死亡事故を起こす確率が非常に高い、と。

 運転歴が長い分、運転技術に自信を持っているけれど、
加齢で反応が鈍くなっていることや、短気になってきていることの自覚が無い。


 「若いもん」が注意しても、聞く耳持たない。

 体も元気、やる気も満々、経験値も高い。
 そして、かたくなさが尋常じゃないのだ。

 御意見無用で、短気。

 若い者は、概して、
「おじいさんおばあさんは、穏やかでのんびりしているものだ」
と思いがちだが、さにあらず。

 年寄りほど気の短い者は居ない。


 師走に入ってから、
近所に新しくスーパーやホームセンターが次々オープンし、
父が連日、私を誘いにやってくる。

 私は、一応運送業の仕事に携わっているので、
このお歳暮の時期は、繁忙期で、
いつもは仕事が終わるはずの時間になっても、
まだ終わっていないことが多い。

 しかし、父は、
私の仕事が終わるか終らないかの時間に連日やってきて、
「行くぞ!」
と言って、家の前でエンジンをふかす。

 自転車で大量の配達を終わらせて、
一服したいのに、一息つく間も与えられず、
毎日あちこち引き回されるので、
私も疲れが溜まってきて、だんだんイライラしてきていた。


 そこへ、例の危険運転の連続なので、思わず、
「危ない! 今、おじさん引っかけそうだったよ!」
と叫ぶと、
「お前の声の方が危ない!」
と、また怒鳴ってくるので、こちらもぶち切れて、

「危ないから危ないって叫んでるんでしょう?!
 自分で気付いてないし、直そうともしないから、
たち悪いんだよ!」

と、怒鳴ると、

 「お前みたいな運転下手なヤツに言われたくねえよ」
と言うので、

「私は、下手だけど、慎重だし、人にぶつけたことなんて無いからね!
 本当に運転の上手い人っていうのは、
何分何秒早く到着した、って自慢したり、
人を押しのけて駐車するような人じゃなくて、
安全運転を全うできる人なんだよ!
 じいは、そういう意味じゃ、運転下手なんだよ!」

 と言うと、

「ええい、うるせえ、うるせえ、うるせえ!!!」
と怒鳴り、
「○○○さんだって、こないだ信号無視したって言うじゃねえか」
と言うので、
「今、○○○さんの話してない!」
と言うと、
「何だ、てめえ、この野郎!」
と、大きな声をあげる。

 「怖いんだよ! あたしはねえ、じいの運転がキライだよ!
 乱暴で、傲慢で、ヒステリックで、いつ人殺してもおかしくない!
 こんな運転なら、もう、乗りたくないね!」

 負けじと大声で怒鳴ると、
父が食い気味に「ああ、わかったわかった!!!」と怒鳴り、
それきり、車内は、誰もしゃべらなくなった。

 ちなみに、後部座席には、四男と長女が乗っていたのだが、
父と私の言い争いが始まってから、
子供たちは、ひとことも言葉を差し挟まなかった。

 普段、おしゃべりで、いつもゲラゲラ笑っている私が、
むっつり黙りこんで、何もしゃべらなくなったので、
父は、急に身が縮んだようになり、
先ほどまでとは、別人のように丁寧な運転になった。

 車内では、唾を飲み込む音も聞こえるほどに静まり返り、
子供たちが、後ろで固まっているのがわかった。

 気まずい時間が流れていたが、
ようやく家に到着して、買い物したものを持って
「ありがとね」と言って車を降りた。

 子供たちも、
「じい、ありがと」「じゃあね」と、
必死に取り繕うように元気良くあいさつし、
車を降りた。


 それから3〜4日、父から連絡が無かった。

 私に本気で怒られたことで、よっぽどびっくりしたのか、
母に「ほら見たことか」と、重ねて怒られたのか、
とにかくパッタリと顔を出さなくなった。

 いつも何かと実家に行きたがる長女も、
今回は、父が迎えに来た時、行かなかった。

 なぜなら、いつも「おい、行くか?!」と強引に連れて行くのに、
「今日は、行かないか? 寒いからやめとくか?」
と、父がえらく弱気なので、思わず、
「じゃあ、やめとく・・・・・・」
と、断ってしまった。

 これには、父もショックだったらしく、
シュンとして、帰っていった。

 何だか、可哀想になった。
 老後、唯一の楽しみである、長女との関わりも拒否されたようで、
みじめさに打ちひしがれて帰る父。

 若い頃の父は、この長女と同い年の私を、
連日折檻していたのに、
今の父は、どうだ?

 娘や孫に手ひどく振られて、トボトボと家路につこうとしている。


 ちょっとは、懲りたかな?
 これで、危険運転、やめてくれるかな?


 数日後、私と長女は、車で実家に行き、
差し入れを持って行った。

 娘一家に拒否されたと思っていた父と母が、
家の中から玄関に飛び出してきて、
「このおかず持ってけ」
とか、
「米足りてるか? うちの少し持ってくか?」
とか、矢継ぎ早に言ってきた。

 私は、今まで通り、普通に、愛想よく父と母に接したが、
両親は、必死で私の顔色を窺っているのがわかった。

 普段へらへらしているけれど、
実は、怒ると物凄く怖い・・・・・・と、私は、思われている。

 しかし、私は、怒っちゃいないのだ。

 心配で心配で、心配しすぎて、蒸気爆発しただけだ。
 必死に親を想っているゆえの爆発だ。

 しかし、「不良」出身の両親は、私のことを、
「面倒見が良くて口うるさい民生委員のおやっさん」とでも見ているらしく、
普段は、横暴に接するくせに、怒られるとびっくりしておびえる。

 まるで、ガキだ。

 私は、「永遠のガキ」に育てられたのだ。
 ガキは、残酷だから、平気でむかつくヤツを傷つける。

 気難しい子供だった私は、さぞかしむかつくヤツだったろう。
 今ならわかる。


 私は、これから先、
未熟な娘のふりをして、
親と言う肩書きの「年取ったガキ」に
世話になっているていで、世話していこう。

 今回のことで、
父の運転がちょっとは、よくなるといいな。


 玄関先で見送る父と母に、これ見よがしに、
しつこく丁寧な安全確認をして見せてから、
私は、ゆっくりと車を発進させた。



  (了)


(あほや)2012.12.24.あかじそ作