「 ニートになれない家 」



 不景気だし、
子供が5人もいれば、
ひとりやふたりは、就職できずに、
ニートになりゃあしないか、と、ちょっと心配していたのだが、
おそらく、大丈夫なのじゃないか、と思うようになった。


 公立高校の入試の日、
高校が立ち入り禁止になっているので、
いつも部活三昧の三男が、一日フリーとなった。

 もちろん、友だちと遊ぶ約束をしていたのだが、
その約束が急にキャンセルされ、
朝から暇そうに茶の間でゲームをしていた。

 高校3年の次男は、
受験期間で2月からずっと学校が休みなので、
毎日バイトかディズニーランド通いだ。

 次男は、ディズニーの年間パスポートがあるので、
午後からでも、夕方からでも、ひとりでも、
気が向けば、すぐにディズニーに行く。

 ディズニーに行くためには、パスポート代もかかるし、
交通費もかかるし、パーク内での食事代や、お土産代もかかる。

 そのために、次男は、
高校入学当初から、ずっと、バイトを頑張っている。


 その日は、たまたま私も仕事が休みの日で、
3人が茶の間でがん首揃えてちゃぶ台を囲んでいたのだが、
誰かしらがいつもそわそわ動き回っていた。

 次男は、テレビのバラエティ番組がひとつ終わったのをきっかけに、
「ちょっとランド行ってくるわ」
と席を立った。

 三男は、しばらくの間ゲームに熱中していたものの、
1時間もすると、じっとしていられなくなり、
「ちょっとコンビニ行ってくる」
と言ってでかけたり、
「ちょっと表でラケット振ってくる」
とか言って、体を動かしに出かける。

 三男は、小さいころから、
長い時間じっとしていられない気質なのだ。

 小学生のころは、
授業中、じっとしているストレスで、
無意識にまゆ毛や髪の毛を抜いてしまい、
親としても心配したものだが、
中学高校となると、
好きな授業は、熱中し、わからない授業は、寝ている、
という、いいのか悪いのか(悪いだろうな)対処法を本人が見つけ、
なんとかストレスを逃すすべを身に付けたので、
学科によって学力に大きな差が生じているものの、
精神的には、落ち着いた暮らしをしている。

 アレルギーの強い子には、よくある「多動」と言うやつで、
アレルギー体質の我が家の子供たちは、
みな一様にこの傾向がある。

 ひとところに、じっとしていられない。

 動かずにじっとしていることが何より苦痛で、
じっとしていなければならないのならば、
重労働を課せられた方がよっぽど気が楽、というタイプなのだ。

 「ステイ」や「待て」が、大の苦手。

 「ゴー!」が大好き。

 そんな気質の者の集まりである我が家には、
「個室」というものが、存在しない。

 5人兄弟の居場所は、
2段ベッドがふたつ設置された「子供共同寝室」と、
学習デスクが4つ設置された「子供共同勉強部屋」、
そして、唯一テレビとストーブのある「茶の間」だ。

 寝室には、エアコンが付いていないので、
夏や冬は、寝る時以外、誰も寄りつかない。

 いじけているときや、よほど一人になりたい時以外は、
ひと気が無い。

 勉強部屋の方は、エアコンは付いているが、
机の上には、各自の趣味のグッズが盛りだくさんに積まれていて、
勉強するスペースが無いので、
もはや納戸と化し、やはり、あまり長く居る者はいない。

 結局、子供たちは、みな、
冷暖房完備で、テレビのある6畳の茶の間に、
肩寄せ合って集まってしまう。

 狭苦しくて仕方ないが、
他の場所よりは、まだマシなので、
茶の間にいつも全員集合なのである。

 受験生も、乳幼児も、なんもかんもみなごっちゃだ。

 しかも、みな、多動児なので、
じっとしていない。

 ごちゃごちゃしながら、つねに、
がちゃがちゃ動いている。

 誰かが何かをすれば、
「うるさいよ!」「もっとあっちに寄れ」
「コンセント独占するな!」「オレの充電抜いたの誰!」
と、大騒ぎしているので、
落ち着いてゲームも勉強も、できない。

 喧噪のなかで集中できた者だけが、
試験に受かり、ゲームのステージをクリアできる。

 さすがに入試直前は、もっと勉強したくなって、
外の自習室などに出かけていくが、
ともかく、家では、この喧噪の中でどう生き抜くかが問題なのだ。

 したがって、我が家では、
落ち込んでいても、浮かれていても、
誰かが絶対いじってくるから、
一人で自分の世界に浸ることなど許されない。

 音楽を聴きたいときは、ヘッドフォンで聴いているようだが、
ヘッドフォンを掛けていようがいまいが、
母親の私がお構いなしでガンガン話しかけるし、
少ないコンセントでの充電争いの中で、
新たにコードが増えるとなると、
また床に這いずるコードが一本増え、
誰かしらに蹴られたり引っ張られたりして、
ひっきりなしにコードが引き抜かれる。

 こういう環境の中で、
就職できないからといって茶の間に居座ろうとしても、
まず、長くは居たくないだろう。

 子供部屋は、暑い、もしくは寒いし、
机の前は、物があふれて居る場所も無いし、
かといって、茶の間は、こういうありさまだ。

 「オレを受け入れない社会なんて、なにさ!」
などと、スンスン拗ねる場所も暇も無い。

 「おい、もっとそっち行け」
 「暇ならバイトのシフト入れろ」
などと家族にどやされ、
自分自身も、じっとしているのが嫌なのなら、
もう、何でもいいから表へ遊びに行くしかないじゃないか。

 しかし、遊ぶにも金が要るのだ。

 親の稼ぐ金は、生活費で精いっぱい。
 自分の遊ぶ金まで出せないことは、
小学生でもよくわかっている。
 
 だから、遊びたいヤツは、その前に働かねばならぬ。

 働くと、金がもらえて、
食いたいものが食えるし、
着たい服が着られるし、
欲しいものが買える。

 それを覚えると、バイト先で多少嫌なことがあっても、
頑張って働き続ける。

 どうしても嫌な職場だったら、
転職してでも、また、働き始める。

 働いているうちに、
自分のダメなところ、変なくせ、
直した方がいいところも見えてくるし、
いいところもわかてくる。

 仕事を覚えて、うまくできるようになれば、
少しづつ自信も付いてくるし、
心にも余裕がでてくる。

 働いているうちに、人は、
社会にもまれて、大人になっていくものだ。

 親や学校に教わるものではない。

 世の中で揉まれなければわからないものを、
身をもって知るのだ。

 大学2年の長男も、
高校3年の次男も、
たくさん遊び、たくさん働いている。

 クリスマスには、弟妹にプレゼントも買ってくる。

 おそらく、今、毎日部活で忙しい三男も、
部活を引退したら、すぐにバイトを始めるだろう。
 というか、高校を出たら、すぐに働きたい、と言っている。

 中1の四男も、小1の長女も、
推して知るべし。

 きっと、たくさん働いて、たくさん遊び、
買いたいものを買い、
誰かに何かを買ってやり、喜ぶ顔を見たがるだろう。

 個室でパソコンと一日中向き合う環境は、我が家は、無い。

 冷暖房とテレビと飯のある茶の間にしか
居場所のない家では、
ニートは、まず、育たないんだろうなあ。



    (了)

(子だくさん)2013.3.5.あかじそ作