「 カーナビ買う 」 |
ついに、カーナビを買った。 とは、言っても、極度の心配性ゆえ、 いきなり初めての場所に行くのは、怖い。 どうしても出かける前に 目的地までのルートを予習したいので、 車外に持ち出せるポータブルカーナビにした。 主に、近場のなじみの場所に行く時にしか車を使わないが、 時々、子供が大けがをしたり、 休日や夜にアレルギーのショック状態になることがあるので、 行ったことのない救急病院へも自分で行けるように、 満を持してのカーナビ購入だ。 無くても生きていける物は、極力買わないでいた。 便利な道具を得ることで、 大事な何かを失うような気がしていたからだ。 「便利さ」というものは、 ひとが生きていく上で大切な 「失敗」や「回り道」という「成長の過程」を奪うのではないか? 迷ったり、壁に突き当たったり、人に聞いたり、 勇気を出して進路を選んだり、 間違えたり、間違いに気付いたり、進路を修正したり、 そういう過程が、道を覚えること、 つまり、人を成長させることなのだ、 と、思ってきた。 しかし、その考えに固執するあまり、 今までずいぶん無駄足を踏んできてもいる。 学生の時は、誰よりも早くドラクエVを手に入れたのに、 ゲームのキーになるポイントをどうしても自力で見つけられず、 攻略本を使う友人にどんどん先を越されてしまった。 何か調べ物をするときに、 パソコンで検索すればすぐわかるのに、 意地で図書館に調べに行ったり、本屋を回って専門書を探したりして、 結局、目的を達成する前に、力尽きてしまったりもした。 理想を高く持つのもいいが、 理屈っぽくなりすぎて、偏屈になり、 目的を達成できなくなることが多かった。 自分の偏屈のために、 子供の命を救えなかったら、本末転倒なので、 やっとやっと、やっと、カーナビを買ったのだった。 手元に届いた日は、もう、一日中、夢中になって、 カーナビ上で仮想ドライブに終始した。 自分で運転して、日本中の海や山に出かけた。 行きたくても行けなかった、遠くの店や観光地にも行ってみた。 よし、これで、ディズニーリゾートにも、 助手席の夫ともめずに行けるだろう。 夜7時前、三男が、部活から帰ってきて、 「お母さん、今からラケット取りに行ってくるよ」 と言うが、外は土砂降りだった。 自転車で、結構距離のあるスポーツ店まで、 ガット張りを頼んでいたラケットを取りに行くのだと言う。 「ちょっと待って。車だそうか?」 と、言うと、 「え?」 と、三男は、目を剥いている。 私は、とても目が悪いので、 夜は、運転をしないようにしているし、 ましてや、そのスポーツ店は、一方通行だらけの難しい場所にある。 「大丈夫なの?」 と聞く三男に、 「カーナビがあるんだから、行けると思うよ!」 と、自信満々に答えた。 居間でテレビを見ていた四男や長女に 「夜のドライブがてら、一緒に行くか?」 と聞くと、 「行く行く!」 と、ふたつ返事だった。 「じゃあ、行こう! 初めてのカーナビだぜ!」 4人で車に乗り込み、 ポータブルカーナビを丁重に両手で持って、 車に設置してある「カーナビ受け」にセットした。 「じゃあ、行くよ。目的地は、さっき登録したから、 登録目的地を選んで・・・・・・。 はい、できた! じゃあ、【案内を開始する】と。 はい、押した!」 「ポーン♪ この先、左です」 「お〜〜〜、キターーーーー!」 子供たちが声を揃えて叫んだ。 暗い夜道、暗い車内で青く光るカーナビに、 いちいち「お〜う!」と感動していた。 そして、いよいよ、 一方通行の多い、普段一切足を踏み入れない道にさしかかった。 「ポーン♪ この先、300メートル先、左です」 「おっ! 300m先? って、300mってどれくらいなんだ?」 「ポーン♪ この先、左です」 「え?この先って、この小さい交差点か? 次の信号なの? 信号だよねえ」 「ポーン♪ 次、左です」 「え?! ここ? この小さい交差点左折?」 ちらっとカーナビを見ると、カーナビが変な向きに付いているので、 片手で直そうとすると、カーナビの台から、ぶらん、と落ちた。 「わあっ、外れた!」 ぶらんぶらんで裏側を向いたカーナビが鳴った。 「ポーン♪ 次左です」 「え? え? え? ここ? ここ左なの? わかんない! 見えない! て〜い、ここ曲がったれ!!」 完全にパニックに陥った私は、 暗い小さい交差点を左折した。 すると、次の瞬間、 「チロチロチロチロ! チロチロチロチロ!」 と、不快な警告音が鳴った。 「あ! 違ったみたい! でも、このまま行けば、戻れる!」 すると、なんとか予定の道に戻れた。 「あ〜、よかった。あぶねえ〜」 それから、カーナビの教える道に沿って何とか目的地に着き、 ラケットを受け取って、帰路に着くことになった。 「自宅に帰る、と」 嬉々としてカーナビを設定すると、カーナビも機嫌よく 「ポーン♪ 次の角、左です」 と言った。 「はい、帰り道は、知ってま〜す」 と、私も機嫌よく発車し、車は、土砂降りの雨の中、滑り出した。 「ポーン♪ 次、左です」 「いや。ここは、直進して、この先左に行った方がスムーズなんだよ」 私は、カーナビの指示を無視して、直進した。 すると、突然、カーナビがまた、 「チロチロチロチロ! チロチロチロチロ!」 と、警告音を発し始めた。 「いやいやいやいや、ここは、慣れてる道だから。こっちこっち」 と、構わず進むと、 また、「チロチロチロチロ! チロチロチロチロ!」が始まった。 そして、信号で止まった時、カーナビの画面を見ると、 いったん、さっき自分が指示した場所まで引き返せ、という矢印が出ている。 「んなバカな」 と、無視して、そのまま進むと、 また、すかさず 「チロチロチロチロ! チロチロチロチロ!」 が鳴り響き、 いつもの優しいナビの声が、 なぜが物凄く冷たい声で 「その先左、次左、その先をまた左です」 と、突き放すように言った。 「ああ、これが噂の融通の利かないカーナビね!!」 どんどん自宅が近付いてきたが、 「チロチロチロチロ! チロチロチロチロ!」 「チロチロチロチロ! チロチロチロチロ!」 が、止まらない。 いよいよ自宅が見えてきている時も、 「チロチロチロチロ! チロチロチロチロ!」 「次の角、左、次、左、その先を左です」 と、ツンケンしながら言い続けている。 自宅に着いて、やっと、カーナビは、しぶしぶ 「目的地に到着しました。この先、実際の道路状況に従って進んでください」 と言った。 「ああ、夜道で目が見えなくて、怖かった!」 「カーナビ取れちゃうし、画面見てると、信号見逃しちゃうし、慣れないと返って危ないわ」 大声で独り言を言って、そのあと、小さい声で独り言を言った。 「融通が利かない、路線変更ができない、予定が狂うとパニックになる」 (こりゃ、まるで私だよ!) 「随時、新しい進路を探して、後ろを振り向かず、前へ前へ、っていう設定にしようっと」 (私自身もな!) カーナビを買って、自分をナビゲート! なんてな。 (了) |
(しその草いきれ)2013.4.30.あかじそ作 |