「   アドバイス  」


 中学で野球部だった三男が、
高校に入って、心機一転、テニス部に入り、
ルールもフォームも、何一つわからないまま、
初心者としてがむしゃらに練習して一年。

 先輩の引退にともなって、レギュラーに、
しかも、なぜか一番手になってしまった。

 小さなころからテニスを習ってきた部の友人は、
三男とは、比べ物にならないほど強いのだが、
遅刻や生活態度などで顧問に目を付けられ、
結果、ぼくとつに練習を頑張っていた三男に白羽の矢が当たって、
本人も知らないうちに、
部での一番手に押し出されてしまったのだった。

 以前、怪我をしている先輩の代理で試合に駆り出された時、
物凄い強風が吹くなど、いくつもの運も手伝って、
他校の強豪選手を偶然負かしてしまったことがあった。

 入ったばかりで、ルールもよくわかっていない三男が、
桁違いに強い相手に対して、
「物を知らない強み」というのだろうか、
普通、テニスをする人間なら絶対しないだろう、というような、
常識はずれなショットを次々打ち込むらしく、
野球のバッティング感覚でヒットを連打した挙げ句、
連戦連勝ということになってしまった。

 三男は、私に似て、
野に放たれている時は、大胆不敵な大技が打てるが、
注目されて、舞台の真中でスポットライトを浴びて立つと、
腰が抜けて何もできなくなってしまうタイプだ。

 要するに、プレッシャーに弱い。
 ほったらかされて育ったから、
注目されるのに慣れていない。

 センターに立つことで、もうブルってしまって、
実力の10%も出せないタイプなのだった。

 そうなると、だんだん負けが込んできて、
顧問には、「フォームがどう」だとか、「グリップの握り方が違う」とか、
いろいろいっぺんに言われて脳が混乱し、
どんどんわけがわからなくなって、ますます勝てなくなってしまった。

 三男本人は、
「スランプだ!」
と、言っているけれど、
私は、それ以前の問題だと思っている。

 知らないことが強みだった人間が、
少しづついろいろ知り始めてしまったことで、
できていたことができなくなってきたり、
考え過ぎて体が動かなくなってしまうのではないか、と。

 確かに、正しいフォームも大切だ。
 諸先輩方が、「そうすべきだ」「その方がいい」と決めた
フォームや、グリップの握り方は、おおむね正解だと思う。

 しかし、急に始めて、急に本番に駆り出され、
そして、あと1年で引退するだろう三男が、
その「正しい基本」とやらに翻弄されて負けてしまうのは、
何だかもったいないような気がする。

 今後30年選手として続けるのなら、
大多数の人間がやりやすい方法、
その「基本」を時間が掛かっても習得すべきだろう。

 しかし、今、この一瞬だけ無心にぶつかっていきたい、
そして、自己流の方がうまくできる、ということなら、
私は、自己流でやりゃあいいんじゃないか、と思う。

 聞けば、試合中、
(この相手、強いなあ)
(負けたら嫌だなあ)
(このグリップでいいんだっけ?)
(ミスった! ペアの相手に申し訳ない)
(今日のペアは、強い後輩だから、負けたらヤバいなあ)
などと、試合中、いろいろ考えてしまって、
結果、ミスを連発してしまうのだという。

 要は、考え過ぎて、集中できていないのだった。


 私は、自分の高校時代のことを思い出した。

 高校3年の最後の吹奏楽コンクールで、
練習しまくったホルンのソロパート。
 誰もが、私のこのソロ部分によって、金賞を取れるだろう、
と期待してくれるほど、うまく吹けていた。

 しかし、本番になったら、
緊張がマックスに達してしまい、
全然音が出なくなってしまった。

 コンクールの大きな舞台の真中で、
眩しいスポットを浴びた私は、
長い長い静かな伴奏の中で、
裏返りまくりのか細い音を(もうダメだ、終わった)と、
絶望感に浸りながら絞り出し続けていた。

 当然、取れるはずの金賞も取れず、
40人もの部員が春から必死で練習してきた日々を台無しにしてしまった。

 仲の良い友人も、
何も話しかけてくれなかった。

 「何やんてんだ!」
と、叱ってもくれなかった。

 もちろん、激しく落ち込む私に、
なぐさめてくれる人もいなかった。

 今も、時々、夢でありありと再現される。
 あのソロの大失敗のシーン。
 これをトラウマと言わずして、何をトラウマと呼ぶのか。

 46歳になっても、まだ、脂汗をかいて

♪ レソラレ〜ソラレ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ♪
♪ レソラレ〜ソラミ〜〜〜〜〜〜〜シ〜〜〜〜〜〜 ♪
♪ シ〜〜ドソ、ラ〜シラソ〜ソ〜、
♪ ラ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ソ〜〜〜〜〜〜ファ〜〜ミ〜 ♪
♪ ララシドシラ〜〜〜、ララシド〜〜〜ラ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ♪

と、その一節を、必死に吹く夢をしょっちゅう見ているのだ。


 あのころの自分に今、言ってやりたい。

 集中しろ、と。
 何も考えず、練習の時みたいにやれ、と。
 あれだけ練習したんだ。
 無心に吹けば、体が勝手に上手く吹いてしまうから、
頭は、何もするな、と。


 私は、三男に、それと同じことを言った。

 「お前は、初心者なんだよ。相手の方が強いに決まってる。

 横綱にぶつかっていく幕下力士なんだから、

『勝てるかな』とか『こういうテクニックで』とか、100年早いんだよ。

 試合中に考え事するから、力が全部そっちに持っていかれるんだ。

 ただ、無心にぶつかっていくしかないんだよ。

 考えるな。頭使うな。

 いっぱい練習しているんだから、体が覚えてるから!

 本番で、頭は、体の邪魔すんな。

 ただ、一球一球、死ぬ気で打ち返しなよ。

 ぶつかり稽古のつもりで、無心でぶつかれば、

きっと、間違って勝つこともあるだろうよ」


 すると、普段、

「そうじゃないんだよ、お母さん。お母さんは、何も知らないからそう言うけど」

と言い返す三男も、

「そうだね」

と、素直にうなづいていた。


 ああ、知れば知るほど怖くなる。

 経験を積めば積むほど、わからなくなる。


 これぞ、人生。


 三男よ。

 ガンバロウぜ、互いに!



  (了)


 
(子だくさん)2013.6.4.あかじそ作