「   せっかちは、いつも朝イチなのだ  」


 運転免許証更新のお知らせ通知が届いてから、
一か月以上が過ぎていた。

 何かと忙しく、ごく近所の警察署にさえ、
出向く時間が作れずにいたのだ。

 このままでは、絶対、期限が過ぎてしまうと危機感を感じ、
ついに、本日、警察署で更新をしてきた。

 今日は、仕事が休みの平日。
 懇談会も、三者面談も、地域の集まりも、通院も、
偶然、何も無かった。

 これは、本当に珍しいことなのだ。

 一個一個の用事は、高々1~2時間で済むが、
それら小さな用事が毎日3個4個と重なっているので、
時間のやりくりや、支度、子供の帰宅時間との調整など、
結構チマチマと神経をすり減らすのだ。

 それが、本日、何もない。

 これは、今日行くしかないでしょう!

 朝8時半から更新の手続きが始まるというので、
私は、5時半に起きて、子供たちの支度を手伝いながら、
自分の支度もした。

 私は、ゴールド免許なので、講習30分で、
事務手続きを合わせても小一時間もあれば終わるだろう。

 今日は、小2の長女が早お帰りで午後2時過ぎには帰宅するので、
午前中に済ませばいいのだが、
もう、【今日出かける!】となると、居ても立っても居られず、
早朝から支度を始めてしまった。

 家を8時15分に出れば、8時半には、充分間に合う。

 しかし、もう、6時には、出られるようになっていた。

 私のこういうところは、夫と正反対だ。
 夫は、8時半から11時半まで受付をしているとしたら、
11時まで寝ていて、11時25分に家を出るようなタイプなのだ。

 子供の頃の私は、7月中に夏休みの宿題をすべて終わらせていたが、
きっと夫は、2学期が始まって提出期限が過ぎても手つかずで、
先生に叱られようが、気にしない子供だっただろう。

 私は、まじめだ。
 自分でも、生きにくさを強く感じるほどの、
病的なクソ真面目だ。

 さらに、私は、せっかちだ。
 自らの首を絞めるような、
気も狂わんばかりの、極度なせっかちなのだ。

 いつもいつも、あせっていて、
次や、次の次に起こるであろう出来事を予測し、
予期不安に苦しみ、矢も盾もたまらず、
準備や気づもりを重ねまくるのだ。

 そのほとんどが、取り越し苦労や徒労に終わるにも関わらず、
もう、先走らずには居られないのだ。

 いつも切羽詰まったような気持ちで、
あせって、テンパッて、舞い上がって、
心のアクセルダダ踏み状態なのだ。

 6時には支度が完璧に出来上がってしまい、
家を出る予定の時間まで2時間以上、
じりじりしながら、時間が過ぎるのを待った。

 【待つこと】・・・・・・これが私の一番苦手なことで、
家でただじっと待つくらいなら、
何時間も前から先方の玄関先で待つ方がいい、と思う。

 待つことには変わりないのに、
少しでもゴールに近い場所に近づき、
最先端のギリギリの場所で、
オーケーのサインが出た途端に、
一刻も早くスタートダッシュを切りたいのだ。

 心は、いつも、一塁走者のように、
「リーリーリーリー」と、言いながら大きくリードしている。

 でも、これは、私だけでは無いはずだ。

 東京下町の江戸っ子たちや、
関西の人たち、高齢者の方々も、
その傾向にあることは、漏れ聞いている。

 とにかく、一刻も早く!

 これは、もう、理屈じゃない。
 心が、そして、体が求める、本能のリズムなんだから!


 さて、待ちに待って家を出たのが8時10分。

 自分にしては、ずいぶん我慢できた方だと思う。

 車を警察署の駐車場に停め、
小走りで免許更新コーナーに向かうと、何と!

 いた!
 ぞろぞろ人がいた!

 せっかちたちが!
 私よりも、もっと、もっと、せっかちな連中が!!!

 みな、手には、更新手続きの通知と、旧免許証を持って、
受付周辺をうろうろしていた。

 それを笑顔で手早くさばく、おじいさんのベテラン係員。

 「はい、こちらで受付番号をお取りください!」
 「お名前を呼ばれたら、書類を受け取ってご記入ください」
 「書類を書いた方から、会計をお済ませください」
 「会計の後は、写真撮影になります」
 「写真撮影の後は、講習会場にお入りください」
 「優良ドライバーの方は、こちらに、一般ドライバーの方は、こちらにお掛けください」

 流れるようなナビゲート!

 受付付近で不安げにたたずむ人を、
2秒と放っておかない、目の配り!

 素晴らしく行き届いたサービス!

 このベテラン係員のすばやい回転ときたら、もう!

 受付開始よりも、
おそらく30分以上早く並んでいた、たくさんの人たちを、
誰一人怒らせること無く、どんどんどんどん回転させる手際!

 次の次の次を読んだ動き!

 早い! 早すぎる!

 朝イチに時間前に並んでいた人たちは、
やはり、私同様、いや、私以上のせっかちだろう。

 みな、持参しろ、と言われていた通知と旧免許証を、
すでに手に持って受付に向かっているし、
書類を書くのも、凄まじく早く、
また、書いた後、受付に並ぶのも早かった。

 さらに、驚いたことに、
「名前をお呼びしたら、会計へどうぞ」
と言われた彼らは、みな手に手に財布を持ち、
次の瞬間には、もう一瞬で支払える状態にスタンバっていた。

 次の行動に向けて、各自、超先走りで準備しているのだ!


 (す・・・・・・、すごい! みんな私よりもせっかちなんだ!)

 もう、今していることが終わらないうちに、次の準備に掛かっている。

 講習を始めた、あの、ベテラン係員も、
練りに練れた熟練の口上で講習を行い、
講習ビデオの後は、新しい免許証を受け取って、
そのまま解散となる旨をサラサラと語った。

 (流れるね~~~、段取り、サラ~~~~~ン、と進むね~)
と関心してしまった。

 私は、いつも、せっかちな言動で、家族を閉口させているのだが、
今、ここに集う者たちは、みな、似た者同士だ。

 超せっかちで、超まじめだ。

 なにせ、名前を呼ばれたら、みんな、大きな声で
「はい!」
と、いいお返事をし、
待合所のソファーに座るときも、みな、
「前、失礼します」
「いいえ、どういたしまして」
などと、いちいち礼儀正しい。

 同類、ここに集えり!

 みな、いつも、俗世間の中で、
「あの人は、せっかちすぎて、一緒に居て落ち着かない」
と、言われたり、
「あの人、まじめ過ぎて、融通が利かないから」
などと、敬遠されているが、
ここは、我ら「せっかちまじめ」が唯一認められる、
【朝イチ広場】だ!

 段取りナイス!
 準備、完璧!
 迷惑、誰にも掛けてな~い!

 私は、この、せっかちまじめの海に身を沈めて、
快い先走りの波に飲まれて揺れていた。

 ああ、私の居場所は、ここにある!
 朝イチの、せっかちの、まじめの、彼らの中に!

 と・・・・・・

 予想だにしない事が起きた。

 まだビデオ講習が途中なのに、
その音声を上回る大声で、
さっきのベテラン係員が、新しい免許証の束を持って、
講習室に駆けこんできたのだ。

 ビデオは、今、佳境に入り、結構いいところなのに、
そんなのお構いなしにおじさんは、
ひとりひとり名前を呼んで免許証を配り始めた。

 それから、また、
「間違っていないか、確認お願いしますよ~」
と、ビデオの音声にかぶせてきた。

 さらに、
「もうちょっとでビデオ終わります」
と、声を掛け、
「あと10秒ですよ」
「はい、終わりました。お疲れ様です」
と、終わる直前に言って、出口のドアを開けた。

 先走るね~~~~~~!!!

 だいぶ、先走るよね~~~~~!!

 最後の方、ビデオ、結構いいこと言ってたのに、
それをかき消して、カウントダウンぶちかましたもんね~。

 せっかちだね~~~~~!!!

 朝イチは、せっかち大集合だ!
 せっかちで、真面目で、つんのめり型人間が、てんこ盛りだ!

 みんな、心臓病に気をつけろ!
 脈拍速いぞ~~~!!!


 (了)


 
(しその草いきれ)2013.6.25.あかじそ作