「 イカツイ兄ちゃん 」


 配達の仕事をしているが、その担当エリアの中に、
「その筋の事務所」がある。
 一応、普通の会社っぽい看板が出ているが、
ドスのきいた声のおじさんや、強面なお兄さんたちが出入りし、
明らかに、その筋の事務所だった。

 時々、そこに封書を届けることがある。

 緊張し、どういう態度で声を掛けようか、
その都度、頭の中でシュミレーションしてから届ける。

 その事務所には、郵便受けが無いのだ。

 明るく。
 でも、騒がしくなく。

 怖がっていないテイで。
 正々堂々と。

 普通に!
 ごく普通に!

 いつも緊張する割には、何てことなく受け取ってもらえ、
派手なアロハのおじさんに
「お疲れさん!」
と、優しく声を掛けられることもある。

 相手はプロなので、
私のような素人相手に喧嘩を吹っ掛けることなど
そうそう無いと思うが、
一応、名のある業者のユニフォームを着ているので、
難癖を付けられて会社相手に何か仕掛けてくるかもしれない。

 大丈夫だとわかっていながらも、
いつもドキドキの事務所なのだ。

 先日、そこを通りかった時、
後ろから凄まじく激しい靴音が聞こえ、
猛烈に勢いよく後ろからこちらへ走ってきている気配がした。

 (え? なになに?)

 と、おそるおそる振りかえると、
いつも玄関先に居るイカツイお兄さんが
物凄い形相で走ってきた。

 身長は、ざっと190センチを優に超え、
筋肉モリモリの上半身、
頭は、坊主頭に刈り込んであり、
あごひげを伸ばし、
黒い和柄のシャツと、ジャージのパンツ、
銀の腕輪とゴツゴツのサンダルが彼のいつものスタイルだ。

 (え? え? 私に向かってきてないよね?!)

 と、怯えきって、固まっていると、
私の横をスッと素通りして、
事務所の中に駆けこんで行った。

 やれやれ・・・・・・

 何かあったようだが、
一般市民には、関係のないことだったようだ。

 怖いなぁ・・・・・・、と、
いつもぼんやり思っていたが、
仕事の先輩は、「大丈夫大丈夫」と笑っていたから、
まあ、大丈夫なんだろう。

 15年以上前、
まだ子供たちが小さかったころ、
某乳酸菌飲料のお届けの仕事をしていて、
この事務所とは違う、やはりその筋の事務所を通りかかった時、
バカでかい図体のお兄さんに呼び止められ、
事務所の地下に連れていかれたことがあった。

 30分近く、
「あれはあるか」
「これは無いのか、おい」
と、軽く軟禁(?)されたが、結局は、
大量のヨーグルトや飲み物を買ってもらった。

 下っ端のお兄さんは、
「まずかったら承知しないぞ!」
などと笑いながらも怖いセリフを言っていたが、
年配の小柄な親分は、とても穏やかで優しく、
一介の乳酸菌飲料売りの奥さんにねぎらいの言葉をかけてくれたりもした。

 この素人への優しさが、逆に、
プロの間での強さ、怖さを裏付けている気がしたのを良く覚えている。

 そんなことが三日おきくらいにあって、
「大量に売れるのはいいけど、ちょっと怖いぞ」
「いや、差別しないで付き合おうじゃないか」
と、葛藤しているうちに、
仕事中、車にひかれて、
その仕事を退職してしまったのだ。


 今また、そういう緊張の場面に遭遇する機会を得て、
「めんどくさいなあ・・・・・・」
と、ちょっと思っていたのは、確かだった。


 そんなある日。

 いつものように、その事務所の前を通りかかった時、
事務所の裏口の階段に腰掛け、
甘い声で犬をなでている坊主頭の彼を見た。

 「おい! おいおい、きゃんわいいなあ、お前ちゃんは、よう!」
と、柴犬をぐりぐりなでて、くしゃくしゃの笑顔だ。

 (え?)

 と、意外な光景に、一瞬凝視してしまったが、
もっとびっくりしたことは、
その柴犬の首輪から伸びたリードを握っていたのは、
ごく普通の小柄なおばちゃんだった、ということだ。

 一見、あり得ないようなツーショットが、
睦まじく犬を囲んで井戸端会議をしている。

 ワンちゃん大好き、強面兄ちゃん。
 強面兄ちゃんを、まったく怖がらない普通のおばちゃん。
 おばちゃんは、職業の差別など欠片ほども持っていないのだ。

 ニコニコ笑って、兄ちゃんと話している。


 ・・・・・・なぜだろう。急に感動してきた。 

 犬ってすげえな・・・・・・
 生きる世界の違う、人と人とを瞬時につなげちまう!

 動物の持つ、この何とも言えない力って・・・・・・

 というか、今まで、怖いとしか思えなかった、
あのイカツイ兄ちゃんの、子供時代を想像してしまった。

 子犬を親に買ってもらって喜んでいる幼少期とか、
犬小屋の前で、給食の残りを与えている小学生時代とか、
学校のジャージ姿で、川辺を犬と散歩している中学生時代とか、
連日の深夜の帰宅で、親に家を叩きだされ、
暗い犬小屋の前にしゃがんで、淋しそうに犬をなでている高校中退時代、とか、
腕の中で老犬が息絶える時、くわえ煙草で泣き崩れたチンピラ時代とかを。


 人に人生あり。
 犬の周りに、愛があり。

 ん〜〜〜、もう!
 配達中に、なぜ泣いているのだ、私よ!


 (了)


(こんなヤツがいた!)2013.7.2.あかじそ作