「 生きる目的 」

 休日に子供とアニメのDVDを見ていて、
突然、その答えが出た。

 中2の時から33年間考え続けてきた問いだ。


 【生きる目的】とは?


 14歳の11月、ブラスバンドの練習の帰り、
私は、急に強い秋風に吹かれて、
ひとつの大きな問いを胸に吹き込まれた。

 【わたしは、なんのために生きているの?】

 片っぱしから本を読んだ。
 文学とか、哲学とか、
そういうものの行間から、
答えを読み取ろうと血眼になった。

 映画とか、音楽とか、
それらに感応する自らの五感の中に、
何かヒントが無いか感覚を研ぎ澄ましていた。

 でも、見つからなかった。

 いいところまでかすっていくのに、
いつもスルリと答えが逃げていった。

 【ああ、私は、何のために生きているのか?】

 親からの愛を実感できず、
自分の正体を見つけ出せずに、
うつろなまま就職して、心を病んで、
世の中から逃げるように結婚して、
子供を産んで、
子供を育てて、
朝から晩まで働いて、
私は、何のために生きなければならないのか?

 14歳の私に吹いた風は、
47歳の私にも、まだ吹き続けていた。

 まだ、というか、ますます強く、だ。

 【何のために生きるの?】

 【生きる目的って何?】


 いろいろ考えてみたのだ。
 今までだって、いくつもいくつも。

 「子孫を残すため」?
 「社会のため」?
 「後世のため」?

 だから・・・・・・、

 子供を産んで、
 一生懸命に育てて、
 身を粉にして働いて、
 子供を育て上げて・・・・・・

 そのために・・・・・・

 我慢して嫌な人と付き合い、
 我慢して結婚生活を継続し、
 我慢して自分を押し殺して・・・・・・

 自分の仮定した【生きる目的】を達成するために、
自ら設定した課題は、
どんどん自分を狭い世界に押し込めていくばかりで、
何だか、全然楽しくないし、
むしろ苦しいばかりではないか?

 むしろ、根底から
【生きること】が嫌いになるばかりだ。


 こうなると、ますます、
【生きる目的】が見えなくなってくる。

 こんなに嫌な思いつらい思いをしてまで、
なんで生きなきゃいけないんだろう?
 
 もう、めんどくさい!!! 

 もう、生きる目的なんてどうでもいい。
 生きること自体、もう、どうでもいい。

 そんなことが頭をチラチラよぎり、
うつ病になって自殺してしまう人の気持ちが
痛いほどわかるようになってしまった。

 一時期は、
「自分が今死んだら迷惑がかかるから」
という理由だけで生きていた時期もある。

 14歳の時に吹いた風は、
いつ止んでくれるのか?

 こんなことを考えず、
ただ漫然と生きられるような人間になりたい。

 もう、考え過ぎて、
心も体も金縛りになってしまい、
家事がだんだんできなくなってきてしまった。

 そこに見えている埃が拭きとれない。

 そこに浸けてある皿が洗えない。

 これをうつ状態というのかな?
 これが、更年期なのかしらね?

 散らかっていく部屋の真ん中でぼんやりと座り、
子供が見ているアニメのDVDを、
見るともなしに見ていた。

 そのテレビのモニターの中に、
いきなり【答え】が映し出されたのだった。

 それは、ジブリの映画だった。

 映画館でも観たし、テレビでも、DVDでも、
今まで何度も何度も観ていた。

 しかし、今、初めて気付いたのだった。

 ここに答えが映っていたことに。

 映っていたのは、【暮らし】だった。

 食事を作り、食べ、
掃除をし、部屋を飾り、身のまわりを整え、
歩いて、走って、自転車に乗って、電車に乗って、目的地に向かい、
歌ったり、笑ったり、話したり、怒ったり、泣いたりしている。

 そういう何でもない【暮らし】の中に、
仕事があり、子育てがあり、人づきあいがあった。

 【暮らし】が、すべてのベースにあった。

 生きる目的が、
子育てでも、仕事でもない。

 子育ても、仕事も、
【暮らし】の中の一要素でしかないのだった。

 ましてや、個々人の社会的役割とか、
世間体とか、存在意義のような、
多くの人の心を縛っている厄介なことは、みな、
【暮らし】の中においては、ただの道具で、
耳かきとか、安全ピンとか、ツマヨウジみたいなものなのだ。

 【暮らし】そのものが、目的である。

 私は、声をあげて立ちあがった。

 見つけた!
 やっと見つけた!

 14歳の私に、47歳の私は、大きな声で伝えたい。

 自分で見つけたよ、と。

 時間が掛かったけど、やっと見つけられたよ、と。


 【暮らし】自体が、生きる目的なら、
 雑巾がけが、生きる作業。
 食事のしたくが、生きる行為。
 子供の世話が、生きるなりわい。

 暮らしの中のひとつひとつの行為そのものが、
すべて生きる目的なら、
もっと自分の生活をいとおしみ、
暮らし自体を心地よくしようと試みるだろう。

 外での華やかな行事や、派手な消費生活を妨げる
些細な家事や用事の数々を、
クソみたいなものだと思って忌み嫌ってきたが、
それこそが主目的だとわかれば、
直接肌に触る自分の生活自体を大切に思えるようになる。

 自分の暮らしを愛することが、
自分を愛することになるんだ。

 親に愛されること、
自分の存在を社会に認められること、
人に必要とされること、
そればかりを乞い、求めてばかりの
「ちょうだいちょうだい」人生は、
疲れるし、みじめだし、しょうもな!

 それよりも、
自分の暮らしを、ただ、愛そう!

 自分から、人を愛し、認め、家族を守ろう。

 エプロンを掛けて、さあ、生きよう!


 私の場合・・・・・・

 【生きる目的】は、【暮らし】です!!!





 (了)


(しその草いきれ)2013.7.16.あかじそ作