「卒リン」  テーマ★ 卒業式


20年前、我が母校、市立M中学校では、伝説の「卒リン」が行われた。
校内暴力全盛の頃の話である。

当時、美術教師をしていた「ウシオダ」と、理科1分野担当の「イオンちゃん」、
そして、生徒指導の「マエダ」は、全校生徒の誰に殺されてもおかしくない位、
嫌なヤロウどもだった。
生徒たちにとって、教師失格どころか、人間失格だった。
気分次第で、言葉の暴力によって、ひとりを吊るし上げたり、
清掃中に、廊下の隅で気にくわない生徒の腹を殴ったりと、
やりたい放題だった。

年が明け、2月の中旬頃には、その噂は、ほぼ全校生徒に知れ渡っていた。
「卒業式の後、それは、実行されるらしい・・・・・・」

「卒リン」―――卒業リンチである。

噂は、非常にリアルで詳細であった。
首謀者や、実行犯、呼び出し係に、後始末係にいたるまで、
細かく役割分担され、緻密に計算され尽くされたものだった。
この計画だったら、間違いなく、トドコオリなく、ヤツラは、
コテンパンにぶちのめされ、 悪行三昧の日々を、改めざるを得ないであろう。

さて、卒業式の朝、なぜか、「ウシオダ」と「イオンちゃん」と「マエダ」の姿がなかった。
式が終わっても、姿をくらましたままだった。
ある生徒が、彼らの行方を教頭に聞いたところ、
「3人は、ちょっとした用事で、ある所に詰めている」
と、言われた。
それを聞いた、生徒会の元副会長の女子生徒が、
「3人の先生に、サイン帳に言葉を書いて欲しいんです」
と 、教頭に3人の居所を聞いた。
放送室だ、という事がわかった。
彼女は、トイレで、茶髪の女子とすれ違う瞬間、何かを小さくつぶやいた。
茶髪の女子は、表情ひとつ変えずに、トイレを出て、教室に入った。
そして、ざっとクラス全員を見渡し、ある男子の肩をポン、と軽く叩いて自分の席についた。
放送委員のその男子は、スッと立ち上がり、オールバックのツッパリ少年に目配せし、
窓辺に向かって歩く途中、演劇部員の女子の机の上に、放送室の合いかぎを置いた。
ツッパリと演劇部員は、静かに廊下に出ると、右と左に分かれて、
ツカツカと歩いて行った。

その後ろ姿を見送る化学部員は、理科室の合いかぎを、
美術部員は、美術室の合いかぎを握っていた。
その他にも、音楽室の鍵を握るブラスバンド部員や、体育館の鍵を握る卓球部員など、
クラス全員が、どこかしらの鍵を握っていた。
誰かの肩を叩けば、学校のどこの部屋の鍵も開けられるようになっていた。

放送室の鍵を開けて、演劇部員が中に転がり込んで行った。

「大変ですっ! 先生! 3年の担任が、全員、やられましたっ!!」

演劇部員は、泣き叫んだ。

「卒リンだ、今年は全員殺す、って言って、もう・・・・・
廊下中、血みどろで・・・・・・ここにも、もうすぐ来ますっ!!」

「ウシオダ」と「イオンちゃん」は、顔面蒼白になって、固まった。
「マエダ」は、ガタッ、と立ち上がって、ドアの外へ出ようとした。
そこへ、返り血を受けた風のメイクを施したツッパリが、ドアを開けて入った。

「マエダ」は、思わず後ずさり、マイクの前に立った。

「マイクのスイッチを入れたぞ! 何かしたら、学校中に放送されるんだからなっ!!」

そういう事だったのだ。
何かあったら、一部始終を放送できる様に、ここに隠れていたのだ。

「俺たちはねえ、先生・・・・・・」
ツッパリは、ドスの効いた声を響かせて、「マエダ」の胸元まで迫った。
「3年間のお礼をしに来ました」

校内には、突然、臨時放送が流れた。

「・・・・・・3年間のお礼をしに来ました」

全校生徒と教員たちは、一斉に最寄りのスピーカーを見上げた。

「3年間! 本当に! ドォーモ! あるるるぃがとぉ! ござい! ましたぁ!」

放送室では、「マエダ」の顔の5ミリ前で、血みどろのツッパリが、
歯を食いしばりながら、メンタマひんむいて「お礼」を述べていた。

「私たちがぁ! 道をぉ! 踏み外しそうにぃ! なった時!」
ツッパリは、今度は、「ウシオダ」の顔の5ミリ前に、自分の顔を寄せた。

「親切丁寧にぃ! クラス全員の前で! たったひとりを! 50分にも渡り!
諭していただきぃ! 大変! あんるるるぃがとぉ! ござい! ましたぁ、と!!」

「ヒィィ」

小さく「ウシオダ」の悲鳴が洩れ、校内に大音量で響き渡ると、
学校中から一斉に喝采があがった。

「またぁ!」

ツッパリの食いしばった歯が、「イオンちゃん」の顔の5ミリ前にあった。

「私たちのぉ! いたらない所を! 個人的に! マンツーマンで!
手取り足取り! そして愛の鉄拳を以て! 御指導いただきぃ!
どほほ〜も! あるるるぃがとぉ! ごっざい! ますぃた、っと!!」

「ははは、ははははは」

「イオンちゃん」の裏声が、学校中に響く。
またもや、大喝采!

「マエダ」が、出口の方に走ろうとすると、演劇部員がドアの前に立ち塞がり、

「本当にありがとうございました〜っ!!」
と、絶叫する。

ツッパリが、フトコロに右手を突っこみ、探りながら「マエダ」の前に進む。
「マエダ」がバタバタと後ずさる。

「こ・れ・は! お・れ・い・の! キッ! モッ! チッ! で・す!!」

ツッパリが勢いよく、右手に握った物を、「マエダ」の胸元に突き立てた。

「ヒヤ〜ン!!」

変な悲鳴だった。
「マエダ」は、オカマ声を出した。
「マエダ」の胸には、<目録>と書かれた封筒が突き付けられていた。

全校生徒が、ひっくり返って笑った。
教師たちは、放送室に走った。
5〜6人の教師が、放送室に到着した頃には、演劇部員が、3人のターゲットに向かって、
澄んだ声で、<目録>を読み上げているところだった。

「卒業記念品として、在校生全員に、一、録音機能付き、
携帯カセットテープレコーダーを、お送りいたします」

演劇部員は、ゆっくりと、ご大層に、目録を封筒にしまい、「マエダ」に渡した。
教師たちは、その、以外にも厳粛なムードに呆然としてしまった。

彼女は、「マエダ」が目録を受け取る瞬間、びっくりする位の大声で、

「これからはっ! 先生方の有り難い<ご指導>が、在校生によって記録され、
後々まで、生徒会によって保存される事になりますっ!!」

と、言った。

校内は、拍手喝采で、割れんばかりだった。
ツッパリと、演劇部員は、丁重に頭を下げ、あっけに取られる教師たちの間をぬって、
すたすたと去って行った。

前代未聞の、卒業生全員による「卒リン」だった。


(おわり)