「 みんなが通る道だけど 」


 子育てが一段落してきて、
更年期のわずらわしさにまとわりつかれながら、
教育費をねん出するべく労働に従事する日々。

 このまま、一生懸命働いてさえいれば、
何とかしんどい時期はやり過ごせるかな、と、
思っていたら、やっぱり甘かった!!


 今年74歳になる父が、
車で3度目の人身事故を起こしたのだった。

 一度目は、私が四男を出産した時、
産院に見舞いに来る時、
そこの駐車場付近で、バイクのおばさんに接触。

 この時は、
「お前の見舞いに行ったせいで事故った」
と、なぜか私のせいにされた。

 そして、二度目は、2年ほど前だ。

 うちの三男と四男を、家まで車で送ってくれた帰りに、
一時停止をいい加減にしたため、
歩道の右側を走ってきた自転車のおじさんと接触。

 これも、
「お前んとこの子供送ったから事故った」
と言われた。

 そして、
「当たり屋にやられた」
とも言った。

 父は、買い物などで毎日運転するが、
年々、一時停止もいい加減になり、
細い道でもスピードをあまり緩めない。

 私は、毎日毎日、
「スピード出し過ぎだから、危ないって!」
「一時停止は、ちゃんと丁寧にして、もっとよく確認して!」
と、注意し続けてきた。

 しかし、全然言うことを聞かず、
「うるさい! 大丈夫なんだよ!」
と言って、逆切れするのだ。

 今にまた事故るにきまってる。
 人に怪我させる。
 下手したら、近所の子供をひいてしまうかもしれない。

 罪のない人を殺すくらいなら、
こういう運転をする人間こそ、死んでしまえばいいんだ。

 自分の親に対してそう思ってしまうほど、
父の運転は危なっかしく、
私の悩みは、深刻だった。

 父は、昔からわがままな人間だったが、
70歳を超えて、普段の生活でも暴言が増え、
それに比例して運転も荒くなってきていた。

 ボケては、いないようだが、
これは、本当にゆゆしき問題だと、
私は、本当に、毎日毎日、悩んでいたのだ。

 注意すれば、ますますムキになって強気になるし、
優しく言えば、全然話を聞かない。

 嫌な予感が続いていたが、
やっぱり父は、案の定、
3度目の事故を起こしてしまったのだった。


 その日は、スーパーの特売日で、
父も、そのスーパーに車で向かっていた。

 そして、スーパーのすぐそばの道路で、
一時停止を怠け、スピードを緩めた状態で道路に侵入してしまった。

 結果、優先道路を走っていた軽自動車の横っ腹に接触して、
軽自動車が横転する大事故を起こしてしまったのだった。

 幸い、派手な事故の割に、誰も怪我をしなかったが、
車が横転した先に、歩行者や自転車の人がいたら、
何人もの命を奪ってしまうところだった。

 電話で父に呼ばれて、
急いで現場に駆け付けたのだが、
道路の真ん中で逆さまになっている軽自動車と、
たくさんの警官や、パトカー、救急車、消防車が停まっているのを見た時、
(ああ! とうとう父は、やってしまった!)
と、目の前が真っ暗になり、呼吸がおかしくなってしまった。

 父のもとに走り、
「これ・・・・・・ジイがやったの?」
と、おそるおそる聞くと、父は、
「うん・・・・・・」
と、小さい声で言った。

 父の横には、
父の愛車の前の部分が潰れた状態で停めてあった。

 「だれか・・・・・・怪我させたの?」

 震えながら聞くと、
「怪我してないけど、相手の運転手が念のために首の検査するって」
と父は言った。

 やがて、年配の男性が検査のため、救急車で運ばれていった。

 野次馬たちに睨まれたり、
「こんな大事故起こしちゃって!」と、
通りすがりのおばさんに罵られ、小さくなっている父。

 私も、「ほら見ろ!」と言いたかったが、声が出なかった。


 現場検証が終わり、横転した車が運ばれ、
救急車も消防車も引き上げて、野次馬も消えた。

 現場には、「加害者」の父と、潰れた愛車が残された。

 父は、娘の手前、落ち着いたふりをして、
保険会社と、顔見知りのディーラーに電話をした。

 父は、携帯電話を持っているが、
全然充電をしていないし、
自分から掛ける時しか使わないので、普段、電源も入れていない。

 私に電話しただけで電池が切れたとかで、
連絡は、すべて私の携帯でやった。

 やがて、人のよさそうなディーラーの中年男性が駆けつけ、
「お怪我は無いですか?」
「誰か、怪我人が出ましたか?」
などと聞き、
保険屋さんとの交渉や、潰れた車を運ぶ段取り、
「被害者」への謝罪の大切さ、
車を直した時に掛かる代金の概算など、
親身になって教えてくれて、父の味方になってくれた。

 父は、気まずさをごまかすように、
急にヘラヘラし出して、
「ちゃんとスピード緩めたんだけどなあ」
とか、
「あっちの道の方が狭いから、こっちの方が優先道路じゃないかなあ」
とか言いだし、しまいには、
「車がこんなじゃ、あさっての陶芸教室は、休まなきゃいけねえかなあ?」
などと言うので、
私は、そこで一気に爆発してしまった。

 「一時停止無視で、人を殺しかけたんだよ!
 何食わぬ顔で今まで通りの生活をできると思わないで!
 みんなで危ない運転をいつも注意していたでしょう?
 言うことをきかないで、どんどん横暴になっていってさ、
 こういうことになることは、目に見えていたよ!

 もう、運転は、やめなさい!
 今度こそ人殺しちゃうよ!
 もう、年齢的にも、性格的にも、無理なんだよ!

 運転不適格者なんだよ!

 自分の車を直す心配をする前に、
相手の怪我の心配をしなさい!!」

 「まあまあまあまあ・・・・・・、
僕も最近、ちょっと事故ったので、気持ちは、わかりますから」

と、ディーラーの男性が間に入って、
一生懸命フォローしてくれると、
「渡りに船」とばかり、父がまた、
「オレ、そんなにスピード出してなかったんだけどなあ・・・・・・」
と言うので、また、私は、まくしたてた。

 「一時停止無視したのは、事実!
 スピードが出てなかったら、車は横転なんかしない!
 もう、言いわけは、やめて!!

 自己保身なんて、一切聞きたくない!

 言いわけしているうちは、反省してない証拠だよ!

 もう言いわけは、やめて、一回、ちゃんと反省しなさい!!

 その自分勝手な性格が、罪のない人を殺しかけたんだよ!」

 何を言っても憎たらしい言葉を言いかえす父が、
さすがに何も言い返さなかった。

 ディーラーの人も、黙って聞いていた。


 ここは、大事なところなのだ。

 父を殺人鬼にしたくない。

 身内の性格的な欠陥によって、
まっとうに暮らしている人たちの人生を狂わせたくない。

 若いころは、もっと安全運転だったし、
自己中ながらも、家族に優しいところがあった。

 でも、最近は、年を取って、年々、頭が固くなってきた。
 目も悪くなったし、反射神経も鈍ってきている。

 人の意見は、聞けないし、
頭ごなしに家族を怒鳴りつけて、傲慢。

 運転もしかり、だ。

 リタイアして毎日暇なくせに、
いつもいつも「忙しい、時間がない」と言って、
人の車を待てず、「われ先に! われ先に!」だ。


 加齢による負の現象が、
性格や人間関係だけならともかく、
人の命に関わる問題まで行ったら、
家族は、もう、本人を是が非でも説得して、
免許証の返納をしないといけないと思う。

 知り合いに相談したら、
私も同じ経験をしたよ、と、
追い詰められていた私の背中を、そっとなでてくれた。

 誰もが通る道だよ、と。

 活発すぎる危ない老親を説得して、
無理矢理でも彼の行動を制約し、
年寄りが世の中に害を与えないようにするのが、
現役世代の仕事のひとつなんだ、と。


 ああ、今は、シュンとしている父が、
今にまた、運転を始めると思うと、耐えられない。

 絶対に、運転は、やめさせる。

 つかみ合いになっても、しつこく説得する。

 父に晩年、ずっと恨まれ続けても、
私が悪者になって、運転をやめさせる。

 これは、私にしかできない仕事だ。


 子供の頃、
できたばかりのサンシャイン60まで、
私たち兄弟をドライブで連れていってくれた父。

 私たち子供が、転校しないで済むように、
毎日往復4時間の自動車通勤をしてくれた父。

 長男が高校受験の日、
高熱を出してひとりで歩けなかった時、
試験場まで車で送り迎えしてくれた父。

 私の友人が急に亡くなり、遠い土地で葬儀があったとき、
落ち込む私に、ただ「乗れ!」とだけ言って、
車で葬儀会場まで連れて行ってくれた父。


 父と、父の運転に、
お世話になりっぱなしだった私の人生。

 でも、その恩返しとしても、
私は、父の運転をやめさえなければならないのだ。


 ああ・・・・・・、

みんなが通る道だけど。


  (了)


(あほや)2014.1.28.あかじそ作