「 2ウイークコールド 」

 【ヤツ】を我が家に連れてきたのは、
小2の長女だった。

 学校で仲のいい友だちからもらってきた。

 と、言っても、それは、ペットなどではなく、
猛烈な感染力と攻撃力を持つ風邪のウイルスである。

 長女の学校では、
同じ学年の別のクラスが、すでに学級閉鎖になっていた。

 また、長女の登校班の仲間も、下校班の友だちも、
学級閉鎖で休んでいた。

 縦糸も横糸も、すでに感染され尽くし、
囲い込まれるようにして、ついに長女の喉にも、
その嫌なウイルスが侵入してしまったのだった。

 「頭痛い」
 「目の裏が痛い」

と、言い始めてから数日後、
朝も帰宅後もやたらとゴロゴロするようになり、
やがて熱を出して学校を休んだ。

 3〜4日欠席してから、
風邪薬を飲みながら登校し、
数日でまた高熱を出して休んだ。

 今度は、かかりつけの医院に行き、
インフルエンザでは無いことを確認し、
結局、抗生物質をもらって帰宅。

 それからまた、数日学校を休んだ。

 「胃が痛い」と言い、下痢をして、
もともと小食な子だったが、いつもに増して食欲が落ちた。

 痰のからむ咳がずっと出ていて、
とにかく、ずっとゴロゴロしてダルそうだった。

 ちょうど中学生の四男と、高校生の三男の学年末試験の時期で、
珍しく勉強していた彼らの前で、
明らかに風邪をこじらしている長女がゴホゴホしているので、
これはヤバいと思い、
長女を説得し、2階の寝室に隔離することになった。

 布団の横に、水筒と携帯電話とDVDプレイヤーを置いて、
寝たり、アニメ映画を見たりして過ごしてもらった。

 もちろん、具合の悪い小2の子をひとりで置いておくのも可愛そうなので、
おかゆを作っては、持っていき、私も一緒に食事に付き合った。

 しょっちゅう様子を見に行き、
「DVD終わったら寝るんだよ〜」
と声を掛けたり、
「飲むゼリー要る?」
と聞いたりして、
極力淋しくないようにしたので、
彼女もおとなしく寝て過ごしてくれた。

 これなら何とか誰にもうつさないで済むかな、と思ったが、甘かった。

 翌日が試験だ、という日に、中2の四男が寝込んだ。

 「気持ち悪い・・・・・・頭痛すぎ・・・・・・」

 いつもの医院に行き、点滴をしたが、
すぐにはよくならず、
結局、起き上がれなくて、2日間の試験を欠席してしまった。

 担任の先生に聞くと、
出席してきてから、参考までに試験を受けることはできるが、
成績にはならないとのこと。

 2学期の試験では、体調を崩してひどい成績だったため、
今回は一生懸命に勉強してきたのに、
結局また、散々な目に遭ってしまった。

 これは、来年の受験の内申書に大いに響く。

 手痛いことになった。

 それより何より、ただでさえ食の細い四男が、
全然食べられなくなり、ほとんど流動食しか受け付けなくなったり、
頭痛のあまり、朦朧としてしまったりした。

 挙げ句の果てには、
高熱を出して夜中に飛び起き、
「大変だ! 危ない! どうしよう! 怖い!!!」
と、何かに取りつかれたように目を剥いている。

 この子は、小さいころから高熱を出すとたびたびこうなるので、
インフルエンザの症状のひとつだと思っていたが、
今度の風邪でもこうなった。

 「だいじょぶだいじょぶ。ただの風邪だから。危なくないよ」
と、背中をさすりながら説得しても、
「何が! 全然大丈夫じゃないよ! 怖い! 怖いよ!!」
と、右往左往している。

 奇行に走る四男を、何とか布団に寝かせ、
その晩はやり過ごしたが、
さすがに中学生になってもこんな風に発狂されては、
ちょっと怖い。

 大人になったら、これ、治るんだろうか?
 こういう病気の人だったら、こりゃあ、困ったことになったぞ、
と、憂鬱な気分になってきた。


 さて、長女もダウン、四男もダウンで、
いやだなあ〜、と思っていたら、
今度は、三男も「気持ち悪い」と言い出した。

 それでも、「試験を休むと、即落第」ということで、
風邪薬やら栄養ドリンクやらを飲みまくって、
2日間の試験期間を乗り切った。

 その後は、公立高校受験期間のため、
学校自体が立ち入り禁止になり、
部活も休みになったので、
運よく体を休めることができたが、
いつもの鬼のような食欲が無くなり、
長女や四男と一緒に、ゼリーやヨーグルトばかり食べていた。

 「やれやれ、困ったものだな・・・・・・」
と、言いながら、なぜかすぐに横たわってしまう自分がいた。

 配達の仕事の後に、ゴロン。
 ご飯を作っては、合い間にゴロン。
 風呂の後に、ゴロン。

 気がつくと、横になっていた。

 なんか・・・・・・無性にダルイのだ。

 そして、頭が、痛い!

 いつも、子供の風邪は、うつらずに済んでいる。
 うつったところで、軽く済む。
 風邪薬さえ飲んでおけば、いつの間にか治ってしまう。

 しかし、今度ばかりは、そうはいかなかったみたいだ。

 風邪薬を飲んでも飲んでも、
胃が荒れるばかりで一向に良くならない。

 頭が痛い。
 胃が痛い。

 そして何より、起きていられないほどダルイ!!!

 大した熱も出ない代わりに、
いつまで経っても症状が引かない。

 仕事と買い物と食事を作る以外は、
ひたすら布団に寝ていたが、
症状は進むばかり。

 やがて、胃の痛みが継続的になり、
ひどい下痢も始まった。

 さすがに、このままでは、仕事にさしさわる。

 いつもの医院に行き、
「頭痛と胃痛とだるさと・・・・・・」
と説明するが、この激しいしんどさがなかなか伝わらず、
「ま、風邪だね」
と言われる。

 「先生、これ、普通の風邪じゃないです。症状がキツイです」
と言っても、
「はい。それが、風邪というものです」
と、いうことで、
胃薬と、痰と咳の薬と、
あと、頼み込んで抗生物質を出してもらった。

 これを飲めば、もう大丈夫、と思ったが、
抗生物質を飲んでいる間、
副作用で、だるさと下痢が増長したようだった。

 起き上がれないのに、起き上がって大量の夕飯を作る。

 起き上がれなにのに、車を運転して、持病の定期検査に行く。

 起き上がれないのに、銀行に行き、

 起き上がれないのに、スーパーを掛け持ちして買い物し、

 起き上がれないのに、配達の仕事を半日こなした。

 すると、当然のごとく、風邪は、こじれた。


 高い栄養ドリンクも、少しの時間しか効かない。
 外を自転車で走り回る仕事も、2〜3時間が限界だ。

 しかも、外は、連日の雨。
 この状態になってから、3日も雨に打たれている。

 この間、休みの同僚の分まで配達することになっていたが、
さすがにそれは、断った。

 今まで人のフォローは、進んで引き受けてきたが、
断ったのは、初めてだった。

 自分のエリアを無事配達し終われるかどうかも怪しいのだ。

 ハアハアしながらの配達は、
はたから見たら、不気味で危機迫るものだったことだろう。

 結局、仕事自体は、一日も休まなかった。

 3日間分の抗生物質を飲み終えた翌朝、
体が急に軽くなっているのに気がついた。

 単純に薬が効いたのか、
それとも凄まじい副作用から解放されたからなのか、
突然悪霊が体から離れたかのような感覚だ。

 相変わらず食欲は無く、だるさも凄いが、
「悪い風邪」という霊の端っこが、ぺロリと剥がれた実感がある。

 
 相変わらず、仕事もしている。
 ご飯も作っている。
 買い物も、銀行も行った。

 しかし、いつもと違うのは、
食糧が全然減っていない、という事実じった。

 みんなで食欲が無いから、おかずが減らない。
 全員、ご飯も茶碗一杯食べられない。

 米も減らなきゃ、肉も、食パンも、お菓子も、何もかも、
買ってきたままの量が、ほとんど残っている。

 おまけに、食欲全開の長男は、就職活動が佳境で実家に戻らず、
次男は、学校のスキー合宿でずっと家にいない。

 食べる人が居ない。

 後で子供に聞いたら、
私が寝込んでいる間、夫も具合が悪かったらしい。


 「あれ?」と思ってから、2週間。

 やっと通常の状態に戻りつつあるが、
こいつは、確実に2週間は、寝込む。

 強烈な感染力と猛烈に長引く症状。
 この、2ウイークコールド。

 長女の通う小学校は、
ノロウイルスとインフルエンザ、
そして、このヤバい風邪とのトリプル急襲で、
ほとんどのクラスが学級閉鎖になった。

 学校からは、工作やら作文やら賞状やら、
いろんな物をいっぱい持ち帰ってくる時期ではあるけれど・・・・・・、

 ・・・・・・散々なテイクアウトだよ、こいつはっ!!!




  (了)


(子だくさん)2014.3.11.あかじそ作