「 過剰が過剰 」

 今まで48年近く生きてきたが、
「どうしてこんなに生きづらいんだ!」
「私がすぐ病んじゃうのは、絶対親のせいだ!」
と、いつも非常に不本意に思っていた。 

 しかし、最近になって、
だんだん本当の理由がわかってきた。

 私は、先天的に、いろんなものが過剰なのだ。

 親も、その親も、おそらく、過剰だと思う。


 自意識過剰。
 自己顕示欲過剰。
 それなのに、過剰適応。


 人並以上に自分の中に占める自分の割合が大きく、
心の中が自分自分で満タンなのだ。

 自分と自分が押し合いへしあいで、
どっちにも行けないし、にっちもさっちも動きが取れない。

 そして、誰も何も言っていないのに、
いじめられている気がしたり、
偉くなったような気がしたり、
村八分になったような気がしたりする。

 真っ平らな道で、
自分で自分の足を引っ掛けて、自分を転ばせ、
ひとりで勝手に、無用に傷つく。

 自分が大好きで、自分が大嫌い。

 そんな自分がうっとおしいし、
周囲から浮いてしまうし、
それを何とかしようとして、
今度は、必要以上に周りに媚びへつらう。

 過剰適応だ。

 人から嫌われないように、
いい人に思われようと、
無理に無理を重ねて、全力で善人ぶる。


 内面は、自分自分。
 外面は、滅私滅私。

 で、結果、疲れ果てて、人格崩壊スレスレだ。


 そうなのだ。

 何でもかんでも、過剰なんじゃ〜!!
 過剰が過剰なんじゃ〜〜〜!!!


 今年に入って、
配達の仕事二人分と、町内会の班長と、中学の役員、という、
三つ巴の重責が私にプレッシャーをかけているのだが、
ひとつふたつなら、
【過剰が過剰】の状態でも何とか乗り越えられるかもしれないが、
どう考えてもみっつは、無理だ。

 確実に壊れる。

 だから、前もって、自分に、
「全力でやるな」
「でも逃げるな」
「うっすら前向きに淡々とやれ」
と、言い聞かせている。

 自分ほど自分を意識している人間などいないのだから、
私さえ「自分自分」をやめれば、
気楽に「大勢の中の一人」として行動できるはずだ。

 ふわっ、と居る。
 助け合うべきことは、助け合う。
 できることをする。

 それだけで、いい。

 今まで、すべてにおいて全力を出し切っていたので、
心身ともに、常に燃えカスのような状態だった。

 しかし、これからは、
仕事が三つ巴なら、全力を3で割って、
「できる範囲」で、やっていこうと思う。

 頑張り過ぎないで、生きて行こうと思う。


 【過ぎたるは、及ばざるがごとし。】

 ってことは、

 過剰にやれば、逆に害だぜ、

 過剰の過剰は、ゼロだ、マイナスだ!

 ・・・・・・ってことじゃん。


 そんなわけで、
放っておけばどんどん過剰になってしまう気質体質を、
年の功で折り合いをつけて、
ほどほどのラインを探っていこうと思う。

 頑張って頑張って、自滅してしまうことは、
結局、はた迷惑なんだから、
「ここまでは頑張ってヨシ」というメドをつけよう。


 過剰の過剰は、はた迷惑。
 頑張りすぎは、すっげえ迷惑!

 そこ忘れないで、残り生きていこう!




  (了)


(話の駄菓子屋)2014.4.8.あかじそ作