「 ある日の美容院 」

 中学の時、近所の美容院で、
おばちゃんの美容師さんに
「榊原郁恵みたいにしてください」
と言ったら、
刈り上げ頭になった挙げ句、左耳を切られた。

 高校の入学式の前日、
ストレートパーマを頼んだのに、
ぐるぐるのおばちゃんパーマを当てられた。

 大学生になって、髪を伸ばし、
念願のソバージュを頼んだら、
まさかのスフィンクス頭になった。

 確かに私の髪は、硬く、多く、尋常じゃない癖っ毛だ。

 だが、上手にまとめてくれて、
伸ばしている間も、
きれいに伸びるように切ってくれる人もたくさんいた。

 そういうプロの美容師さんは、
私の希望を言うと、髪質や毛量を見て、
工夫してなるべく希望に添うように手を加えてくれた。

 ところが、そうでない人は、必ずこう言う。

 「お客さんの髪質じゃ無理ですね」


 先日、久しぶりにこのセリフを言われた。

 しかも、今までで一番、攻撃的な美容師だった。

 彼は、金髪で40がらみの男性美容師だった。

 店に置いてあったカット見本の雑誌を見せ、
「前回もこれをお願いしたんですけど、今回もお願いします」
と言うと、
ろくに見もしないで雑誌を脇の棚に放り投げた。

 「お客さんの髪質じゃ無理です」

 「でも、前回の時は、別のお兄さんが、そっくりにしてくれましたよ」
と言うと、返事もしない。

 そして、しばしの沈黙の後、
「短くすりゃあ、毛が減るってもんじゃあないんでね!」
と、吐き捨てるように言う。

 (ん? やる気か? このヤロー)

 カチンと来たが、こちらも大人なので、
気を取り直して言った。

 「でも、全体的に短く、量も減らして、前髪多めでお願いします」

 すると、今度は、こう言う。

 「量は、減りませんねえ。切ったら爆発するだけですから。
 で、前髪、これ以上ボリューム増やしたら、もっと変になりますよ」

 (もっと変になる、って、「お前の髪、変なんだよ」ってことかい)

 「じゃあ、前髪の分量、このままでいいです」

 「前髪、短くしますか」

 「ええ。短めでいいです」

 「上に持ちあがっちゃって、もっとバランスおかしいですよ」

 (こいつ・・・・・・客に暴言吐き過ぎだろ)

 「じゃあ、長めでいいです」

 「この髪じゃあ、毎日コテで伸ばすか、
ストレートパーマかけなきゃ、何やっても無理ですね」

 (ほお・・・・・・じゃあ、今まで上手にカットしてくれた人たちは、何だったの?)

 何を言っても「無理ですね」「もっとひどくなる」を繰り返すので、
私もしばらく大人しく聞いていたが、
大きく息を吐き、こう言ってやった。

 「じゃあ、角刈りで!」

 「えっ?!」

 さすがにヤサグレ美容師も固まった。

 「ちゃんと切れないなら、角刈りでもいいですよ」

 すると、今まで舐めきってバカにしていたおばさん(私のこと)が、
実は、結構ヤバいヤツだと気付いたらしく、
「またまたぁ、ははははは・・・・・」
と、急に愛想笑いを始めた。

 「今までこの頭で40年以上やってきて、
結局いつも一本結びのひっつめ頭になっちゃうんですよ。
 いつもいつも一本ゆわき。
 でも、肩は凝るし、飽きちゃうんですよね。
 だから、たまにバッサリ切りたくなってもいいでしょう?
 ダメですかねえ?」

 「いえ、全然・・・・・・」

 「この髪質、この毛量でも、
今まで出会った美容師さんは、工夫して苦労して、
一生懸命、私の希望に近づけようとしてくれたし、
この髪質に合った髪形を提案して、
似合う髪型を一緒に見つけてくれた方もいましたよ。

 「プロの仕事」っていうんですかねえ?

 美容師さんって、職人さんですもんね。
 プロの意地とこだわりがあるんでしょう。

 まあ、そんなわけで、
角刈りとまでは言いませんけど、
あなたもプロとお見受けしましたから、
この【どうしようもない無理な髪】を、
プロのセンスで!
あなたの腕で!
何とか形にしてみてください。

 長さ、形は、すべておまかせします。
 出来上がりに文句なんか言いませんから、

・・・・・・あなたの仕事、見せてくださいよ」

 金髪兄ちゃんは、固唾をのみ、
急に背筋を伸ばして、無言で切り始めた。

 ほとんど「おかっぱ頭」で作業を終わらせようとしていたのに、
また、あらためて頭頂部の髪を細かくブロック分けし、
クリップで留め始め、一から仕事をやり直し始めた。

 人を小馬鹿にしたように浮かべていたうすら笑いが引っこみ、
真面目な顔で、丁寧にちょっとづつ毛束を取り、
縦にはさみを細かく入れている。

 真面目に取り組む彼に、私は、そっと言った。

 「難しい髪質で一番苦労しているのは、
毎日、そういう髪を生やして生きている本人なんでね。

 美容師さんが大変なのは、重々承知で、
悪いなあ、と、いつも思ってるんですよ。

 だから、一生懸命考えて、必死に形を整えてくれると、
ホント、心から「ありがとう」って思うんですよね。

 美容師さんって、
難しい髪質の人間にとっては、
ホント、ありがたい恩人なんですから」


 金髪の彼は、ふと手を止めて、小さく
「はい・・・・・・」
と言い、またゆっくり丁寧に仕事を再開した。

 そして、すその方の毛を切りながら、
「ここは、癖が特に強いですから、短く切って、
上の方の毛を伸ばしてかぶせてやって、
重さで押さえると、まとまりやすいですから」
と、真面目な顔で言った。


 かくして、作業が終わり、
私の体に掛けられていたケープが取られた。

 当初のおかっぱ頭よりはマシだが、
やはり、彼の仕事は、上手ではなかった。

 今まで、何十年も、お客さんに、
「頼んだ髪型と違う」
「気にくわないのでやり直してください」
「あなた以外の人に切ってもらいたい」
と、言われ続けて、すっかりふてくされ、
だんだんヤサグレてきてしまったのだろう。

 客に文句を言われて自分のプライドが傷つく前に、
毎回、保険をかけて、
「ご希望には添えませんね、この髪質じゃ」
と、相手のせいにし、
自分の下手さをごまかしていたに違いない。

 自分の技術力と、プライドの高さとのアンバランスに悩んでいるのは、
サラサラヘアーを望む、癖っ毛頭の私のジレンマと同列じゃないか。

 逃げんな、兄ちゃん。
 その葛藤から。

 私なんて、この髪質からは、一生、逃げられんのだぞ!


 鏡を私の頭の後ろに回し、
「こんな感じで」
と、仕上げを見せてきたので、
にっこり笑いばがら、
「さっぱりしました。ありがとう」
と言うと、
「こちらこそ、ありがとうございました」
と、彼は、しおらしく頭を下げた。


 不器用でも、人にけなされ続けようとも、
ふてくされちゃダメ。

 自分を成長させることをあきらめないで。

 これは、生きることに不器用な私が、
毎日、自分に言い聞かせていることなんだけど。




  (了)

 
(青春てやつぁ)2014.5.13.あかじそ作