「 我が家のご神木 」 |
うちの玄関先にある松の木。 下手に枝を切ると、大けがをする。 かつて、太い根を切ったら、 私は、なんでもないところで右足首をひねり、 靭帯を伸ばしてしまった。 その数年後、車庫を作るために、門柱を壊し、 その瓦礫を根の上に積んでいたら、 その日のうちに、私は、交通事故で左足首の靭帯を伸ばし、 再び数か月間の松葉づえ生活になった。 また、上に伸びすぎた部分を思いきり切ると、 これまた私が、子供からもらったおたふくかぜをこじらせ、 髄膜炎になって、生死をさまようことになった。 いずれも、私ばかりがタタリを受けているが、 後から聞いたら、子供の友人もいたずらに松の木に登り、 その夜、腕を骨折したりしていた。 ともかく、むげにこの木を切ったり折ったりすると、 必ず、ひどいタタリがあるので、 ここ数年、小枝を剪定するくらいはできても、 上へ上へと伸び放題になるのを、どうすることもできなかった。 そして、気付いた時にはもう、 この松の木は、高さ15メートル以上に育ちまくっていたのだった。 家の軒と軒とがくっつき合っている、この狭小住宅の集合地帯に、 高さ15メートルの木は、完全に大き過ぎで、 台風の時などは、隣の家の屋根を、 松の木が、しなりながらバッチンバッチン叩き、 電線をグイングイン引っ張って、引きちぎりそうになっている。 こっ、れっ、はっ、やばい! このままじゃ、絶対、ダメダメ! いろいろ調べたら、植木屋さんに松の伐採を頼むと、 結構、値が張ることがわかった。 なにせ高さがあり、狭い路地の奥に生えている。 クレーン車を使って切ると10万円以上かかるし、 切った大量の枝も、廃棄してもらうのに別途5千円以上かかるという。 しかし、ネットで調べたところ、 個人で植木の剪定をやっているおじさんがいて、 夫が問い合わせると、その人は、 「上半分をバッサリ切るだけなら、21000円でいいし、 タダで枝も持って行ってあげるよ」 と言うのだった。 ところで、そのおじさんのサイトには、 おじさんの経歴が書いてあった。 その経歴が、「ん?!」と、目を疑うことばかり書いてあるのだ。 「東北の高校卒業して、工場に勤めたが、上司と馬が合わず退職」 とか、 「心機一転、上京し、大工の見習いをしたが、怪我をして、仕事が怖くなり、退職」 とか、 「職を転々とするが、どれもイマイチ身に就かず」 とか、 そんなに赤裸々にすべてを開示しなくてもいいのに、 というようなことまで、なぜかバカ正直に書いてある。 「しょうもな!」 「おっさん、メンタル弱!」 と思うと同時に、 「なぜか嫌いになれない!」 「もうひとりの私のよう!」 という気持ちが湧きあがり、 そのサイトから目が離せないのであった。 私が伐採にからむと、また祟りに遭ってしまうので、 今回は、夫が交渉し、そのおじさんと話し合って、 結局、お願いすることにした。 さて、どうなることやら?! 木の上半分以上をばっさり切ってしまうのだから、 今度は、どれだけ恐ろしいタタリがあるのだろうか、と、 本当に恐ろしかったので、 あらかじめ木の根元に酒を掛け、盛り塩をしてから、 私の留守中に、作業をしてもらった。 帰宅して、唖然とした。 バッサリ、だった。 イケメンのさらさらヘアだった人が、 突然、坊主頭になったような衝撃だった。 可愛そうなくらいにスッカスカの枝。 これでよかったのだろうか? 子供たちも、泣きそうになっていた。 見慣れたふっさふさの松の木が、 チョロンチョロンになってしまっているのだ。 家族が大けがをしたかのような、悲惨な気持ちにもなった。 ・・・・・・さて、これによって、 どれだけのタタリが起きたかというと・・・・・・?! タタリは起きなかった。 いや、むしろ、好転しているようだった。 ここ数年、松の木が我が家を覆い尽くしていた間、 我が家は、人間関係も、経済活動も、風通しが悪くなり、 人づきあいをしなくなり、収入も激減していた。 しかし、バッサリと木を切って、 通りから我が家がよく見えるようになり、 風がよく通るようになった途端、 人や金の通りが良くなってきたのである。 町内会の役員になり、 今までつきあいのなかった人たちとバス旅行に行ったり、 「火の用心!」と、拍子木を打ち鳴らしながら、 近所の人たちと一緒に、町内の夜回りをしたりして、 急速に地域でのお付き合いが増えた。 反面、数年間休眠していたご近所トラブルが再燃したりしたこともあったが、 かつてのように、一方的にいじめられてばかりでなく、 ハッキリとこちらの立場も説明し、反論することもできた。 いい意味でも悪い意味でも、 ともかく、人の流れが出てきた。 また、夫の仕事でも、 最近、御無沙汰していたお客さんたちが、 急に何人か、また顔を出してきて、 再び仕事を発注してくれたりもしている。 なんだろう、これ? 我が家にタタリを起こすばかりだと思っていた、この松の木は、 実は、我が家を守ってくれるご神木だったのかもしれない。 今までの自己流の選定は、 松の木にとって、 「私に怪我を負わせやがったな」 というもので、 ただ怒らせただけなのかもしれないが、 今回の(一応)プロのおじさんが剪定したことによって、 「気持ちよく床屋してもらったよ!」 といったところなのか。 我が家に風が流れ始めている。 社会との風通しがよくなってきている。 ああ、なんなんだ、これ。 次々と、新しい人づきあいが増えていく。 引きこもりがちだった気持ちが、外へ外へと向かっていく。 木の剪定をしたら、 家に日が当たるようになり、 住む人の心をも照らすようになるなんて。 すんげ〜〜〜!! ご神木、すっげ〜〜〜っ! (了) |
(話の駄菓子屋)2014.6.17.あかじそ作 |