子だくさん 「ドクショは、おベンキョ―じゃない」
 
 
 小3の長女が通う小学校では、
学年ごとに年間何冊読もう、という目標を立てて、
児童に読書を促している。
 
 夏休みの前には、「推薦図書」なる本のリストをもらってくるが、
長女は、見向きもしない。
 
 仲のいい友だちが、
「年間読書チャンピオン」になっても、
ちっともうらやましく思わない。
 
 なぜなら、娘は、読書がキライなのだ。
 
 なぜキライかというと、めんどくさいからだそうだ。
 
 「お母さんは、本が好きだし、面白いと思うよ」
と言い、「あらしのよるに」のシリーズなどを買ってみると、
夢中で読んで、読みながらキャアキャア言っていたが、
それ以外の本には、あまり興味を示さない。
 
 やっぱり、というか、何というか、
国語の成績も女子の割には、ふるわない。
 
 なぜなら、長文読解の問題などで、
「登場人物は、この時、どんな気持ちになったのでしょう?」
などという問いがあったとき、
まず読み解こうとする前に、
「知ったこっちゃないわ!」
と、まるで物語に興味を示さないため、
登場人物の心情の理解など、したくもないのだ。
 
 「だって、この文の中に、答え、まんま、書いてあるのに!」
と、私が言うと、
「めんどくさいわ!」
と、一蹴するのだ。
 
  
 長女は、しっかり者だ。
 まじめで、自主的に宿題もするし、掃除もする。
 相手の気持ちを察することもできる。
 
 しかし、人にとやかく言われることが大キライで、
説教臭い文章や、真面目くさったまどろっこしい話が、嫌いだ。
 
 それは、母親の私も同じで、
要は、
「タメになる話」
「教訓を含む話」
「単純なテーマを、わざわざ回りくどく小難しく言いまわす文体」
は、読みたくないのだ!
 
 つまんねえ!!
 なげえんだよっ!!
 
 ってことだ。
 
 言いてぇことは、まず最初にズバッと言いやがれ! 
 3秒でなっ!!
 
 という、江戸っ子気質だ。
 
 
 でも、面白い本なら、飛びつく。
 長い文も、どんどん読める。
 
 私は、幸い、子供の時に、
少年探偵シリーズとか、ホームズのシリーズとかにハマり、
読書の面白さを知ったので、
多少、小難しい文章でも読み進める忍耐力があるが、
本の面白さを知る前に、
面白くもなんともない説教じみた本ばかり読まされたら、
そりゃあ、子供は本嫌いになるでしょうよ、と思う。
 
 子供は、漫画やアニメは、見る。
 面白いからだ。
 笑っちゃうからだ。
 「カンドーしちゃう」からだ。
 
 ゲームもする。
 知的欲求や探究心を満たし、
達成感が得られるからだ。
 
 じゃあ、読書は、どうなんだ?
 
 読書は、知的欲求や探究心も満たすし、
達成感もある。
 
 感動もあるし、心を打つ言葉もある。
 
 しかしだ。
 
 面白さは、どうだ?
 
 今の本は、子供たちに、腹を抱えて笑わせる力があるのか?
 
 ハイセンスな笑いのある物語って、どこにある?
 
 笑いの中、平たい言葉の中に、
子供たちの心を育てるキモは存在しているのか?
 
 探せない。
 今、私と娘には、そういう話がどこにあるのか、わからない。
 
 私は、大学の文芸科を出た。
 フリーでライターをしたこともあるが、
学校で学んだことを、「いいこと」に使ったことがあるか?
 いや、ない。
 
 家族に向けてなら、
日々の小さなエピソードを、盛りに盛って、
大笑いできるバカっぱなしに作り上げることはよくするが、
それくらいだ。
 
 読書を「つまんないおベンキョ―」だと認識しかけている娘に、
読むことの面白さや奥深さ、
本で得たことが、自らの窮地を救う力を持つ、ということを教えたい。
 
 説教ではなく、面白さで。
 
 
 児童書を書こう。
 娘一人に向けて。
 
 面白いことが大好きで、面白くないことが大っきらいな娘が、
面白いと言ってくれたら、
それを本にしよう。
 
 私は、難しい事は苦手だけれど、
面白いことに対しては、
超高性能のアンテナを持っている。
 
 子供を笑わせてみせようじゃないか。
 文章で。
 
 読んで、五感が震えるものを、書いてやるぞ!
 
 待ってろ! 娘!!
 
 
 
 
   (了)
 
 
 (子だくさん)2014.9.23.あかじそ作