「 憎しみをフォルダに移す 」


 生活している中で、
何事もなく淡々と過ごせている間は気付かないが、
ある期間、急に複数のトラブルに同時に巻き込まれることがある。

 近所とのトラブル、子供がらみのトラブル、
親せきとのトラブル、金銭的ピンチ、などなど、
何も、こんないっぺんに襲ってこなくたっていいじゃないのよ、
という位、同時多発的に面倒なことが発生するときがある。

 まるで、今までちゃんと働いていた家電が、
いっぺんに故障してしまうような感じだ。

 同じ時期に買っているから、
同じような時期に寿命が来るのは何となくわかるが、
なにも、冷蔵庫と洗濯機とテレビとエアコンが同時に壊れるなんて!

 全部同時に買うだけの蓄えなんて無いよ!

 ってなものだ。


 心身ともに疲れ果てていて、精神的に余裕がない、とか、
環境が急に変わって、複数の新しいことに順応せざるを得ない状況にいる、とか、
自分自身にトラブルを呼び込む要素があるのかもしれない。

 その他にも、
何か、目に見えないバイオリズム的なものが原因で、
普段なら難なく飛び越えられる障壁に、けつまづいてしまう、
というようなこともあると思う。

 何にせよ、
「な〜〜んか、年周りが悪いぞ!」
という時期がある。


 今、私は、そういう時期の真っただ中にいるようで、
いつも我慢できていたことが我慢できなくなって、
老親に強く当たってしまったり、
ご近所トラブルに巻き込まれてしまったり、
たくさんの「ムシャクシャ」に頭を乗っ取られてしまっている。

 父は、昔から半端じゃなくわがままで、
私は、子供の頃からおおいに振り回されながら生きてきたが、
彼も七十を過ぎて、丸くなってきた半面、
自己中に拍車が掛かってきた面もある。

 自分本位な考え方を注意しても、
今さら改まるはずもなく、
逆に、娘の私を「キツイ女だ!」と責め立て、
自らの横暴さを一切認めない。

 何かあればすぐに、
「育ててやったのに!」
「食わせてやったのに!」
「俺のおかげで生きていけてるくせに!」
と、まくしたて、私を言いこめようとする。

 いつも我慢して、
「はいはい、ありがとうね」と笑って流せるのに、
もう、いい加減うんざりしてしまって、
「わかった。じゃあ、しばらく会わないよ」
と言って、それから数カ月、実家と連絡も取っていない。

 母といえば、
身勝手な父に一番苦労させられているのに、
40年以上にわたって、
「お父さんにあやまっちゃいなさい!!」
としか言わない。

 「だって、あっちが勝手なことしてるんだよ!」
と言っても、
「お父さん、へそ曲げるとめんどくさいから、
誰が悪かろうが何だろうが、
とにかく早く謝って、お父さんの機嫌を直してよ!」
と言う。

 結婚するまで、私は、
殴られようと蹴られようと、
最終的には、母に命令されて、父に頭を下げ、
「バカ野郎が! 食わせてもらってるくせに!」
と、背中に捨て台詞を浴びながら生きてきた。

 結婚したのは、父から逃げたかったからだ。

 それなのに、今、歩いて5分のところに住み、
孫の世話を頼んだり、
逆に、親の具合の悪い時に病院に連れて行ったりしている。

 お互い、大人になって、楽しく助け合って生きていきたい。

 今までの横暴を水に流して、「いつもありがとう」と感謝もしている。

 それなのに、父ときたら、相変わらずで、
「俺が世話してやっている」
と、自ら言っちゃうことで、
こちらの感謝の気持ちも吹っ飛んでしまうのだ。


 身勝手な父のことは、ともかく、
「何もかもお前のせいだ!」
と、毎日父に責め立てられているだろう母のことが気になる。

 母がそのストレスで急死してしまったらどうしよう?
 父こそ死ねばいいのに!

 と、ひどいことが頭の中を渦巻き、
仕事に集中できなかったりする。


 また、トラブルがもうひとつ。

 20年来、我が家に意地悪をし続けてきた近所の嫌なヤツに、
先日、一発、言い返してやったら、
向こうは、私から物凄い被害を受けた、と大勢に言いふらしまくっている、という件。

 知ってる人は、その近所の人のトラブルメーカーぶりを知ってるので、
私の方に大いに同情してくれているが、
マッ!ジッ!でっ! 底意地悪いその家族には、
ハラワタが煮えくりかえってしまう。

 連日連夜、怒りがおさまらず、
「イ〜〜〜〜〜〜ッ!!」となり、
眠れないやら、寝てもずっと歯を食いしばっていたりして、
心身ともに憎しみでへとへとになっている。


 も〜〜〜〜〜う、イヤ!!

 疲れた!!

 トラブルは、
要らん憎しみを生み、
要らん疲れを生み、
負の悪循環を生む!


 ある晩、そのいくつもの憎しみが膨らむだけ膨らんで、
ついに大爆発した。

 声に出して、「死ね!! 死んじまえ〜〜!!!」
と、夜中に怒鳴ってしまった。


 嗚呼、人を呪わば、穴二つ。

 他人の死を願えば、自分の墓穴も掘ることになる。

 人を憎めば、その憎しみの念が、自らの命をも削るのだ。


 私は、ハタと気付いた。

 今が、憎しみのピークだ、と。

 人を憎むことで、憎む相手ではなく、自分自身を傷つけている。


 本当にそいつが憎ければ、
そんなクソ野郎のことなんか、
一切自分の人生に関わらせないで、
そいつに影響されずに生きればいいんだ。

 貴重な頭の中を、
そんな嫌なやつに支配されてたまるか、と、。


 今、私は、憎しみのピークを越えて、
あっちこっちのイライラムシャクシャを、
まとめて処理できそうな気がする。

 あのイライラ、このムシャクシャを、みんなまとめて、
【クソヤロウ】という名のフォルダに移して、
そして、一気にゴミ箱に捨てて、
消去しようと思う。



 そして、翌朝―――――。

 よく眠れた。

 私は、今、誰も憎んでいない。




  (了)

(しその草いきれ)2014.10.7.あかじそ作