「 5周目に向けて 」



 ことし、48歳。年女だ。

 0歳から12歳までのひとまわり、つまり「1周目」は、
ず〜〜っ、と、ぼ〜〜っ、としていて、
あんまりよくわかっていなかった。

 何をされても、何を言われても、
あまり傷つかなかったし、気にしなかった。

 親からは「ノロ」と呼ばれ、
ぼんやりのんびり、ぐずぐずしていた。

 しかし、ものは、しっかり見ていた。

 この人は、いつも、こういうことを言う。
 あの人は、よく、こういうことをする。

 庭に咲くこの白い花の葉は、細長い、
この赤くて小さい花の蜜は、ほのかに甘い、
勝手口の横に生えている背の高い植物は、面白い形の花弁だ、
と、ひとつひとつの「もの」や「こと」を、
時間を掛けてよく見ていた。

 まさに、「インプット」に終始した12年だった。


 「2周目」、12歳から24歳までの12年は、
感受性に七転八倒するばかりだった。

 感受性しかなかった。

 急に周りが現実的に迫ってきて、
喜びと怒りと哀しみと楽しさが、
ひっきりなしに心に押し寄せ、
休まる暇が一切なかった。

 「くそくらえ」な家を出て、男と住んで、
働かない男を養い、疲れ果てて、心を病んだ。

 感受性全裸状態で、
ひとりで勝手に悶絶してばかりの12年だった。


 「3週目」、24歳から36歳までは、
結婚して、子供を4人産んで、
その子供がみな喘息と重症のアトピーで、
家事育児看護に追われた、
息つく間もない12年だった。

 子を産む苦しみや
幼な子たちとの蜜月も、
尋常じゃない阿鼻叫喚の毎日で、
私の記憶から消えた。

 何が何やら、全然覚えていない12年だった。

 おそらく、このあたりが、
女の一生の一番輝かしい時期なのだろうが、
恐ろしいほどの忙殺地獄に、
この12年は、私の中で空白の12年になっている。

 覚えちゃいないが、きっと、
幸せな日もたくさんあったのだと思う。


 「4周目」、36歳から48歳までは、
思春期の子供たちとともに笑い、悩み、
待望の女児を産んで、みんなで育てた毎日だった。

 乳幼児に、食べさせたりオムツを替えたりあやしたり、
そういう身体的負担から一気に解放された代わりに、
就学した子供たちの、社会の歩きはじめに寄り添った。

 子供が悪いことをすれば、あちこちに頭を下げまくり、
学校の役員を毎年引き受け、
「保護者」人生を驀進した。

 子供のトラブルを一緒に乗り越え、
毎日の頑張りが実ったことを共に喜び、
みんな落ち着いてきたところで、
自分自身も仕事を再開し、社会に復帰した。


 ひとのために、子供のために、
自分を後まわしにしてきた。

 私にとっては、
それが、最善の生き方だと思ったし、
自分には、それしかできないと思う。

 ところが、時間的にも精神的にも余裕が出てきて、
徐々にまわりが見てえくると、
そうではない人ばかり目についた。


 縄張り意識が強く、我が家にいやがらせをしてくる隣家の住人、
常に無言で、家族に無関心な夫、
毎日泥酔していて、家族のことを口汚くののしる父。

 彼らは、
「まず自分」
「主役は自分」
「自分を邪魔する他人が嫌い」。

 まあ、たまには、そういう人がいてもいいと思う。

 みんながみんな、「滅私」なわけがない。
 「人類みな高僧」でもあるまいし。

 私の中に、偏った考えが宿っているのだろう。
 家族のために必死で働いているうちに、
「私がこうであるように、みんながみんな、そうであれ」と、
自己犠牲を強要するような考えが固まってしまったのかもしれない。

 そして、その考えこそが正しい、と思い込み、
「自分を大切にする人」
「マイペースな人」
「自分の楽しみを持つ人」
を、自己中心的な悪いヤツ、と、決めつけているのだ。


 先日、そういう考えから出てきた数々の「憎しみ」を、
自分の中の「クソヤロウ」フォルダにまとめて、消去したが、
むしろ、消去すべきは、
戦時中の「お国のために喜んで命を捧げよ」のごとく、
「自己犠牲」を人に強要する、私自身の【設定】なのだ。

 もう、思い切って、
私という人間を【初期化】して、
新しい人間として、やり直そうか。

 いや、かけがえのないたくさんの経験のデータまでは、消し去りたくない。

 「1周目」に、無垢な心でインプットしたものや、
「2周目」に耕してきた情緒、
「3周目」に獲得した献身愛や、
「4周目」に学習した社会性を、
失いたくはない。

 来たるべき「5周目」、48歳から60歳まで、
つまり、還暦までに到達すべき場所は、
かたよりのない心だ。

 いじけたり、すねたり、意地を張ったりせず、
「こうであるべき」「こうあるべし」と固くならずに、
いつも素直で、楽な気持ち。

 臨機応変に頭を切り替えられる柔軟性を持ち、
安定した情緒で、何でも来い、と構える毎日。



 そして、運よく「6周目」「7周目」の人生があるのなら、
その時は、
少しづつ自分の存在を世の中からフェイドアウトさせるように、
いるのかいないのかわからない景色の一部に紛れるように、
そっと生きていきたい。

 孫にバアチャンの存在をぐいぐいアピールしたり、
嫁に子育てのダメ出しをしたりするような出過ぎたまねは、
決してしない。

 うっすらふんわり、遠くに存在している。

 そして、最期は、朝霧のように、
朝日と共に、消えてゆくのだ。

 登校中の黄色い帽子の小学生を天空から見下ろして、
「大きくなれよ〜」と、声掛けながら。



  (了)

(しその草いきれ)2014.10.14.あかじそ作