ホストクラブ体験記 |
高校の吹奏楽部のOB会が、地元千葉駅で行われ、 ハタチだった私は、底なしに酒を飲み、まずまずいい気分だった。 一次会は、お決まりの居酒屋だったが、2次会の会場がなかなか見つからず、 我々は、酔っ払い軍団と化して、大声で歌いながら路地裏を行ったり来たりしていた。 「入れる店、あったぞー!」 と、2個上の先輩が走ってきて、みんなへらへらしながら、 その雑居ビルの狭いエレベーターにギュウギュウに乗り込んだ。 エレベーターの扉が開くと、暗い店の中から大音量のムーディーな曲が流れてきて、 「偽ジャニーズ」といった風体の若いお兄さんが、真っ白でピラピラなマントをなびかせて迎えてくれた。 エレベーターの一番奥で潰されながら、みんなが出るのを待っていた私を、 彼は、【愛している】という目つきで見つめ、さりげなく私の手を取って、店へと導いた。 「美少年パブ・ポパイクラブへ、ようこそ」 あんぐりしている私を、更に彼は、 【嘘じゃないさ、真剣に君を愛している】 という目で見つめる。 私は、思わず引いてしまったが、バタ臭い顔で至近距離で微笑まれて、 トリコになってしまう女もいるのだろうな、と思った。 店の中は、とにかくムーディーで、ソファーの奥の壁には、 それぞれ「最高にキメた表情」で写した、「店の男の子達」のスナップが展示してあった。 それぞれに、「ニッキー」とか「シャイニー」とか「ジャフ」とかいう、 いかにもな源氏名が写真に書き添えられていて、思わず私は、選別作業にかかってしまった。 (あ、いかんいかん) 久しぶりに会った仲間と談笑をしに集まったのではないか。 なに選んでるんだ、私よ! すると、そんな私を目ざとく見つけた「エレベーターの君」は、 20人以上いるOB会のメンバーの間をすり抜けて私のところへやってきた。 そして、私の横で片ひざをつき、 「気に入ったコ、いた?」 と、聞いてきた。 「あ、いえ、あの・・・・・・」 と、私が物凄く慌てると、 【大丈夫さ! 安心して! 君は僕が守るさ!】 という目で、私に微笑む。 私が完全に固まってしまっていると、彼は、フッ、と優しく微笑み、 「なにかあったら、呼んでね」 と、極めて紳士的に頭を下げて、そのまま後ろ向きに下がっていった。 その後、OB会がどうなったかは、全然覚えていない。 とにかく、ぼや〜っ、としていると、信じられないくらいに潤滑な段取りで カラオケが用意され、他のテーブルの女性客が何かを歌った。 それに合わせて「少年隊」のような美少年達が舞い、ハモリ、 そして、歌い終わった客にひざまずいて、手の甲にキスをする。 その後、突如、上下紫色のスーツを来て、ポマードで髪をバッチリなでつけた、 「ホモのパパさん」という人が舞台に現れ、裏声で、 「さあ! 発進よ! いえ〜い!」 と言った。 すると、突然店の全ての照明が落とされ、直後、大音量で「宇宙船艦ヤマト」のテーマが流れた。 チャーンチャーンチャ、チャーンチャッチャッ、チャーンチャチャーン、 チャラチャ、チャチャチャチャ、チャーン、チャラチャッチャーン♪ その激しいマーチングのリズムに乗って、ステージ上のミラーボールがぐるぐる回った。 いつの間にか、偽ジャニーズたちは全員、タンバリンを持って、 「ハイ、ハイ、ハイ、ハイ! ヒュウ♪ ヒュウ♪ ヒュウ♪ ヒュウ♪」 と、慣れに慣れ、練れに練れた合いの手を入れる。 曲の前奏が終わると、ステージ上の電光掲示板に、 【デスラー撃沈!】 という文字が大きく現れ、美少年達が、声を揃えて、 「艦長! 任務完了です!」 と叫び、今歌った客を囲んで、キスをするやら抱きしめるやら、大騒ぎだった。 次に歌った男性客は、誰が聞いても音痴だったが、歌の後、やっぱり、 チャーンチャーンチャ、チャーンチャッチャッ、チャーンチャチャーン、 チャラチャ、チャチャチャチャ、チャーン、チャラチャッチャーン♪ と、「宇宙船艦ヤマト」のテーマが流れ、電光掲示板に 【どてっぱらに食らった!】 という文字が出た。 途端に店内は激しくフラッシュが焚かれ、 「ドーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!」と、爆撃音が流れた。 「ホモのパパさん」はじめ、美少年たちは、みな、 「ああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」 と、雷に打たれたように激しく倒れた。 ふと見回すと、常連客らしき人たちは、みな同様に倒れていた。 私も、勇気を出して、「ああっ!」と倒れてみた。 (た、楽しい・・・・・・) このインチキで刹那的な状況に身を投じてしまうことで、 一瞬の間でも、嫌なこと全てを忘れられる。 「何にも考えない」という快感に酔える。 人は、こうやってハマッテイクのだろう。 私のように、弱い人間は、こうやって夜の町に淋しさを捨てに行くのだろう。 しかし! そこで私にストップをかける事件が起こった。 さっきから、はす向かいのテーブルで、こちらをチラチラ見ている中年男が、 ひとりの美少年に耳打ちし、私の前に豪華なフルーツ盛り合わせを運ばせた。 男は、ニヤニヤしながら私に「どうぞ」と言った。 横に座っていた友達や先輩達に冷やかされながらも、私は遠慮なくフルーツを食べた。 みんなでむしゃむしゃ食べまくった。 さっきから、私は、「ホモのパパさん」に物凄く惹き付けられてしまい、 食い入るように見入っていたのだが、その視線の途中に座っていた中年男は、 自分が見つめられていると勘違いしたらしい。 私たちが店を出ようとすると、中年男は、私を追いかけてきて、 恐ろしい顔で、私の腕をグイッ、と掴んだ。 OB会のみんなは、薄情なもので、全員、知らん顔でエレベーターに乗って降りてしまった。 私が必死で男の手を振り解こうとしても、男は、凄い力で凶暴な表情で私に抱きついてくる。 エレベーターホールでもみ合っていると、店の奥で「ホモのパパさん」がそれに気づき、 今までのホモスマイルを一転し、野太い声で、 「サム! 行け!」 と、鋭く号令をかけた。 すると、先ほどの「エレベーターの君」が飛んできて、中年男の腕をひねり上げ、 「お客さ〜ん、中でパパさんが待ってま〜す!」 と、男を店内に押し戻してくれた。 私は、半べそで呆然としていると、「サム」は、急いで戻ってきて、 「大丈夫だった? 本当に、ごめんね。怪我はない?」 と、私の腕を静かに取った。 青あざになってしまった右腕を両手で包み、 「守ってあげられなくて、ごめんね・・・・・・」 と、ゆっくりとさすってくれた。 母親にもされたことのないような、暖かい手当てだった。 果たして、私は、エレベーターを「サム」と一緒に降り、 【また会いたいよ】 という切ない目で見つめられながらその場を去った。 それ以来、その手の店には一度も行っていないが、 水商売というもののイメージが、すっかり変わった。 結局、人が水商売に大金をつぎ込むのは、 「もてたいから」とか、「酔いたいから」とか、ばかりではないのだ。 人として、人に、大切に扱われたいのだ。 暖かいぬくもりや、ふれあいを、買っているのだ。 それが法外な金額でも、偽者の愛情でも、それを求めてしまう人たちがいる。 だから、水でも売れるのだ。 あれから、15年。 どうしているのかな、「サム」。 彼ももう、40がらみの「サム」なのだな・・・・・・。 そして、現在、確実に60は越えているだろう、「ホモのパパさん」。 彼は、今でも美少年達の艦長だろうか? 彼の「船」は、一見浮わついた世界のようでいて、その実、 プロフェッショナルで硬派な「サービス・ステーション」だ。 私が助平な中年男に襲われているのを目ざとく発見し、 「サム! 行け!」 と、野太い声で叫んだ、あの一連の仕草は、 どう考えても本物の「艦長」だった。 男の中の男だった。 いや、ホモの中のホモであった。 (おわり) |
(しその草いきれ)2002.04.01 作 あかじそ |