「 【ストレスが、たまっているようです】症?! 」


 仕事中に左肘をしこたま打ち付けてから、
テーブルなどに肘をつくと激痛が走るようになった。

 痛い箇所は、
5年ほど前に皮膚科で良性腫瘍を手術で取り出した場所だった。

 そのことで、息子たちが
「骨とか筋とかリンパ節とかに悪い腫瘍ができているんじゃないの?!」
と心配し、医者に行くように私に強く勧めてきた。

 そう言われてみると、私自身も非常に不安になり、
とりあえず、近所のジジババが集まる、
ローカル色満載の整形外科に行ってみた。

 「レントゲンで見る限り、異常は無いですね」
と言われ、痛みどめの薬をもらって帰ってきた。

 それから一週間後、これまた仕事中に、
猛烈に激しい突き指をした。

 痛い方の左手の、薬指と小指だった。

 この後、指先のしびれと左手首の痛みが始まり、
治まりかけていた左ひじの痛みが復活してしまった。

 見てみると、左のひじの内側の骨が、右側よりも飛び出している。

 家族にも確認してもらったら、みんな、
「左ひじの方が骨がでかい! おかしいよ!」
と言うので、またまた心配になり、
ネットで症状を調べてみると、
悪性腫瘍だの関節の変形だのという、
治療に手術を要する重い病気ばかりがヒットする。

 「怖い〜〜〜〜〜!」

 ジジババの集会場のような何でも屋さん的医院じゃなくて、
精密検査のできる機器が備わり、
手術可能な大きい病院に行かなければ、と思い、
持病の左副腎線種の経過観察で通っている大きい病院に行ってみた。

 私と同年代と思われる、金髪の中年女性医師に、
「骨が変形していて・・・・・・」
と思い詰めて言うと、
「変形してない、してない! 最初からその骨は、こうだよ〜!」
と、屈託なく笑う。

 「あの、でも、右側より骨が大きいんです」
と言うと、
「よくあることですよ〜!」
と、笑う。

 「じゃあ、とりあえずレントゲン撮ってきてくださいね〜」
と言われ、肘のレントゲンを撮りに行き、
また待合室で長いこと待つことになった。

 (あ、以前に、この場所の良性腫瘍取ったこと言うの忘れた)

 (あ、骨が異常無しでも、リンパ節とかにガンができてたら?)

 (MRIの撮影も頼んだ方が良かったかも!)

 などと、あれこれ考えをめぐらし、
家から持参したスケジュール帳を必死で見直して、
手術する場合、どの日のどの時間帯が空いているのか、
どの日取りなら仕事に支障が出ないか、など、
頭の中でぐるぐるぐるぐるといろいろなことを考えまくった。

 やがて、番号を呼ばれ、診察室に入ると、
先ほどの金髪の朗らか女医さんが、
レントゲン写真を見て、言った。

 「やっぱり、異常無しですよ。ひじの骨は、これでいいんですよ」
と、優しく、朗らかに言い放つ。

 「あの、でも、手首も痛いし、指先もしびれているんです」
と、一生懸命訴えると、
「ひじは、筋肉や神経とつながる大事な関節なんで、
ひじを打つと、ここら全体が痛むし、しびれるんですよ」

 先生は、自分のひじを伸ばし、もう一方の手で支えながら、
手のひらを上に向けて伸ばしたり、下に向けて伸ばしたりして見せ、

「こうやって、ひじのストレッチを根気強く続けてみるといいですよ」

と、言った。

 「とりあえず、湿布と痛み止め出しましょうか?」
と言うので、
「お願いします」
と言うと、
先生は、パソコンに薬の処方を打ち込み始めた。

 ちらりと見えたモニターには、
備考欄に、
「ストレスがたまっているようです」
と書いてある。

 (ん?)

 と、思ったが、その文字は、
レントゲンの後、診察室に入った時には、もう打ち込まれていた。

 つまり、レントゲン室に行く前、
ほんの10秒か15秒の間の問診時に、
先生が私に対して処した診立てが、
「ストレスがたまっているようです」
なのだ。

 そんなに?!

 確かに、来週は、息子の高校受験だし、
最近、ご近所トラブルのことでイライラし続けだし、
娘が鎖骨を骨折して、連日、介助で大変だし、
収入減に即した節約生活で、経済的に余裕は無いし、
仕事が忙しすぎて、趣味の映画鑑賞がお預けだし、
とにかく、数限りない細かいストレスに埋もれて、
私の心も体も、パンク寸前である。

 きちんと化粧もして、それなりの服を着てはいても、
私という人間から滲み出る、隠しきれない「生活の疲れ」が、
女医さんには、10秒以内に、いや、ひと目で見てとれたのだろう。

 医師から「ストレスがたまっているようです」
という、正式な診断が下されたからには、
私は、もう、金にケチケチせずに、
少しづつでもストレスを発散していかなければ、
本当にシャレにならない病気にかかってしまうだろう。

 買いたいものがあっても、ランクを下げたものを買って我慢したり、
やりたいことがあっても、「忙しいし、金がかかるわ」と、我慢したり、
言いたいことがあっても、言っても無駄だわ、と、言うのを我慢したり、
とにかく、我慢我慢ばかりで、
何一つしたいことができていない毎日。

 「限界まで我慢している毎日」
 「生活に疲れきっている日常」

 そのことにより、
心に余裕を失くし、小さなことでも思い詰めてしまうわけだ。

 こんな生活を、もう23年。

 も〜〜〜〜〜〜、嫌だよ!!

 心の内をひと言も語っていないのに、 
一瞬で、医者から「ストレスがたまっているようです」と、
診断されるくらい、身からストレス生活が滲み出てるなんて、
みっともないったらありゃあしないよ!!!


 私は、「よし」と、思い立ち、
帰りに近所にできたカフェに入った。

 ずっと、その店が気になっていたが、
「コーヒー1杯に500円なんてもったいないよ!」
と、我慢していた店だ。

 とりあえず、「我慢をやめる」の、一個目。

 【専門店でコーヒーを喫する】


 「大人」をやっていると、
自分のことを後回しにして、
毎日100も200も、我慢しなくちゃいけないことがある。

 でも、そのうちの1個か2個は、
あえて、「我慢しない」を意識してアクションしなければ、
こんなことになってしまうんだ!

 人から瞬時に
「ストレスがたまってんな〜、あいつ!」
と、見取られるなんて・・・・・・。

 あ〜〜〜〜〜! ダサい!!!
 嫌だ嫌だ嫌だよ〜〜〜う!


 わたしゃあ、変わるよ!

 毎日のこまごまとしたストレスに殺されないうちに、
子育てと社会生活の重圧につぶされちまう前に、
重しを捨てていくよ!

 一個一個重しを下に降ろして、
心の炎をバンバン焚き上げなけりゃあ、
「あたし」っちゅう気球は、上がりゃしねえぜ!

 もう!!


 (了)


(話の駄菓子屋)2015.2.24.あかじそ作