「 母、我に返る 」 |
長男、23歳。 この春、地元ハウスメーカーに就職。 施工管理の仕事をしながら、毎週日曜日に資格学校に通い、 一級建築士の試験突破に挑んでいる。 次男、21歳。 デザインの学校に通い、 目下、雑貨メーカーを対象として、就職活動中。 三男、19歳。 この春、地元の工務店で、内装大工の修行中。 5月から親会社の訓練学校に入り、寮生活をしている。 四男、15歳。 幼稚園教諭を目指して、遅まきながらピアノを習い始める。 軽音楽部に入部し、毎日、ギターを弾きまくる日々。 長女、9歳。 四男に影響されてピアノを習い始め、 持ち前の負けず嫌いもあって、凄い勢いで上達している。 全員喘息。全員アトピー。 気難しいやら、メンタル弱いやら、病弱やら。 夜中に、呼吸困難で救急病院に駆け込むなんて、日常茶飯事。 基本、毎日、誰かしらを病院に連れていく。 次男の交通事故に駆けつけ、 病院や警察や保険会社を駆けまわり、 長男や四男が、年がら年中財布を落とすので、 平日昼間に動ける母親の私が警察に取りに行く。 雪道で転び、頭を強打して意識を失った四男と、 一緒に救急車で遠くの病院に運ばれて付き添い入院。 毎日毎日、こんなことの繰り返し。 毎日、毎日。 これを23年。 5人産んで、5人育てて、楽しかった。 産めば産むほど、気持ちが楽になったけれど、 ひとりで全部を育て上げるために、必死だった。 生活費を入れてくれている夫には、 経済的には、ありがとう、と思うけれど、 長男の手術の時も、四男の面会謝絶の時も、 三男がイジメで首を大怪我した時も、 三男、四男が怪我で足の肉が裂けて、骨がむき出しになった時も、 顔いろひとつ変えず、コメントひとつ言わず、 いつも通り淡々と暮らしている姿に、 私は、親の片割れとして、深い孤独を感じてきた。 「子供が心配じゃないの?」と聞けば、 「そんなことない」とめんどくさそうに言い、 子供の患部を見ることもしない。 子供5人というだけでも大変なのに、 彼らが巻き起こす連日のトラブルに、 私は、いつも振り回された。 病気、怪我、病気、怪我、。そして、時々、事故。 いじめたり、いじめられたり、 怒鳴りこまれたり、謝りに回ったり。 子供にまつわるトラブル一切を、 私ひとりで、必死に対処してきた。 夫は、基本、仕事で家に居ない。 それは、いい。 外で働いているんだから、それは当然。 しかし、私が夫とした者は、 今ここに居るのに、何もしないし、何も言わないのだ。 そもそも家族に全然興味を示さない。 それならば、子供たちを守るのは、私しかいないじゃないか! 選択肢は、一個。 私が、全部、やる! これだけ! そうなったら、必死になるしかないんだ! 結婚する前の私は、 何事も一歩引いて、ふかんで物事を見つめ、 斜めに構えて、世の中をうすら笑いで茶化し、 面白いことばかり考えて生きてきた。 しかし、今は違う。 朝起きて、世話して、寝る。 朝起きて、叱って、寝る。 朝起きて、我慢して、寝る。 朝起きて、悩んで、眠れず、 また朝起きて、働いて、疲れ果てて、 そして、やっと眠る。 その結果、心のド近眼だ。 横にいる人の事も見えないくらい、視野が狭まり、 自分の思ったことが、いつも正しいと思い込んでしまっている。 つまり、横にいる人の心も見えず、他の生き方を否定しているのだ。 面白くもなんともない毎日。 希望の無い日々。 その日の課題をやっつけて、 やり過ごすだけの人生。 私は、ただ、 夫も一緒に必死になって欲しかっただけだ。 ふたりだったら、手を携えて、必死の地獄から出られただろうし、 トラブルも、夫婦の武勇伝に変換できただろう。 先日、20年ぶりに会った幼なじみ二人に、 私は、「○○○しなさいよ!」「○○○は、ダメだよ!」という口調で話していた。 相手も、もう立派な大人だ。 いい気分のはずがない。 古い友だちだから許してくれたけれど、 私は、自分でその違和感に気付いてしまった。 私は、人一倍必死で、人一倍威張ってて、 人一倍他人に否定的になっていた。 そして、次々と、いろいろなことが見えてきた。 子供たちに過干渉の自分。 常に気持ちに余裕がなく、すぐパニックになること。 明日が見えない不安で、いつも憂鬱なこと。 もう、とうに子離れし、 自分の好きなことを満喫している友人たちを見て、 「いつまでも母であることに没頭することで、 絶望的な夫婦関係を見ないようにしている自分」がいることも。 ある晩、いつものように、小4の娘と並んで寝ているときに、 「お父さんの良いところは?」という話になった。 「チビだし、デブだし、バカだし、ノロマだし、いいところ無いわ」 と、私が言うと、娘が、 「お父さんのいいところは、お母さんのことを、大好きなところだよ」 と言った。 一瞬、(え?)と思ったが、気を取り直して、 「そうだね。どんなにイケメンで頭良くて、金持ちで、スポーツ万能でも、 お母さんのこと嫌いだったら、良いお父さんじゃないね」 と、言うと、娘は、もう、返事をせず、寝息を立てて眠っていた。 末っ子も、間もなく、私の手を離れていくだろう。 「子育て」という大荷物を降ろす時が、もうすぐ来る。 母、我に返る。 (了) |
(子だくさん)2015.7.28.あかじそ作 |