しその草いきれ 「インド人に、たしなめられる」
 
 
 近所に小さなカレー専門店ができたので、
さっそく子供たちとランチを食べに行ってみた。
 
 キラキラの装飾と、総天然色の象の絵などが貼られた、
ムードたっぷりの店のドアを、おそるおそる開けると、
本格的なスパイスの香りとともに、
インドのイケメンが片言の日本語で
「イラッシャイマセ〜」
と迎えてくれた。
 
 家族で外食と言えば、
お手軽価格のファミレスとか回転ずしなどしか行かないので、
個人の経営する小さな店に入ること自体が初めてで、
子供たちは、みな、コチコチに緊張していた。
 
 特に、小4の長女は、
肌の色が違う外国人と接することが、めったにない上、
至近距離でインドのイケメンが
「ナンニスル〜?」
などと顔を覗き込んでくるので、
ガチガチに固まってしまっているのだった。
 
 とりあえず、サラダ、スープ、好みのカレー、飲み物と、
おかわり自由のナン、または、ライスが付いて、
780円というセットを頼んでみた。
 
 最初に来たサラダは、早速、旨かった。
 
 初めての味のドレッシング。
 シーザーともちょっと違う、アジアンテイストな独特な味。
 
 次に来たのが、スープ。
 塩味の卵スープなのだが、
これまた、家庭では味わえないスパイスの味が利いていて、
まあ、旨い。
 
 続いて、飲み物。
 
 せっかくだから、とラッシーを頼んでみたが、
これが大正解。
 
 基本的には、飲むヨーグルトなのだが、
市販品とは、一線を画し、とろりと濃厚で、
甘いのに、ちっともしつこくなく、酸っぱくもなく、
後味が、実にさっぱりしている。
 
 一言でいえば、「やさしい」のである。
 
 さて、次に来たのが、カレー。
 
 直径10センチほどの器に、
チキンカレーやキーマカレ―などが入っている。
 
 そして、最後に運ばれてきたのが、
巨大なナンだった。
 
 ひとりに一枚、長さ50センチもあろうかという、
巨大なナンが人数分運ばれてきた。
 
 とにかくまず、そのデカさに驚いたが、
食べたら、もっと驚いた。
 
 小麦の甘さと香ばしさが、口から鼻から、通り抜けていく。
 
 「う! う! う! 旨い〜〜〜!!!」
 
 子供たちは、ひざをバンバン叩いて喜んだ。
 
 旨くて旨くて、笑いが出ちゃう。
 
 みんな、どんどんカレーに付けて食べていくが、
ナンが、あまりにでかいので、
ちっとも量がへりゃあしないのだ。
 
 しかし、おかわり自由ということなので、
2枚目も食べようじゃないか、ということで、
みんなでナンを1枚づつおかわりした。
 
 一瞬、イケメンインド人兄ちゃんが、
(マジで? ホントに食べられるの?)
という顔をしたが、この旨いナンをもっともっと食べたいので、
「はい、おかわりを!」と、迷わず頼んだ。
 
 ところが、これが、いけなかった。
 
 2枚目が焼きあがるのを待っているうちに、
胃の中で1枚目のナンがみるみる膨らんできて、
テーブルいっぱいにおかわりのナンが並べられたころには、
全員お腹いっぱいになっていた。
 
 おかわりを頼んだからには、頑張って食べねば、と、
みんなで黙々とナンを食べていったが、
いよいよ満腹になったので、
イケメンインド人兄ちゃんに、
「食べきれないので、持ち帰っていいですか?」
と聞くと、1枚目は持ち帰れるけれど、
おかわりは持ち帰り禁止なのだと言う。
 
 そりゃあ、そうか。
 
 食べ放題だからと言って、
食べきれないほどどんどん注文しておいて、
それをたくさん持ち帰られたら、
店としては、たまったものじゃないだろう。
 
 みんな、ゲプゲプしながらも何とか食べきったが、
小4の長女は、どうしてもあと半分が食べきれなかった。
 
 そこで、大食いの次男と三男に、
「あんたたち、食べてあげてよ!」
と頼んでみたが、彼らは、その前に、
長女が食べきれなかったサラダやスープ、カレールーなどを
散々食べてあげていたので、もう無理だった。
 
 残すのは、もったいないし、
第一、お店の人に悪いので、
手持ちのビニールに入れて持ち帰ろうとすると、
息子たちが一斉に鬼のような顔で睨みつけてきて、
「お母さん! それはダメ!」
と言う。
 
 「ダメっていうきまり何だから、持ち帰っちゃダメだよ、お母さん!」
 
 「でも、残したら、悪いよ」
 
 「持って帰ったら、万引きと同じだよ!」
 
 「そんなことないでしょう? 捨てちゃうなら、持って帰らないともったいないよ」
 
 「マナーでしょ?! お母さん!」
 
 「出されたもの残す方がマナー違反じゃないの?」
 
 「いいから、早く、ビニールをしまって!!!」
 
 息子たちから、一斉に叱られた上、
物を残す気持ち悪さと、申し訳無さとで、シュンとしていると、
インド人のお兄さんが席まで来て、優しく諭してくれた。
 
「オミセデ、タベラレルダケ、チュウモンシテネ〜。
 チイサイ、ナン、ヤイテ、イエバ、チイサイナン、ダスヨ〜」
 
 「すみません・・・・・・」
 
 レジで4000円ほど支払い、
「少し残しちゃってごめんなさい」
と詫びると、
「イイノ、イイノヨ〜」
と、お兄さんは、笑ってくれたが、
私は、子供の頃、親から何度も言われた言葉が
頭を渦巻いていた。
 
 
 「インドとかアフリカとかでねえ、
食べる物が無くて、毎日子供たちが飢え死にしているのよ!」
 
 「好き嫌いなんかしたら、
飢餓で死んでいった子供たちに顔向けできないぞ!」
 
 
 ・・・・・・ごめんなさい、インドのお兄さん。
 
 子供の頃からずっと、
飢え死にしていく子供たちのことを想って、
嫌いな物も、頑張って食べてきました。
 
 お腹一杯でも、残さず食べてきました。
 
 そうやって、50年、生きてきたんです。
 誰も見ていなくても、誰にも叱られなくても、
ずっと、残さないで、食べてきました。
 
 それなのに!
 
 それなのに、よりによって、
インドのお兄さんの前で、
食べ物を残しました。粗末にしました。
 
 うちに持ち帰って、後で美味しく頂くつもりでしたが、
息子たちが、それは犯罪だと言って許してくれませんでした。
 
 ごめんなさい、本当に、不本意です。
 
 
 美味しい物を食べて、家族で楽しもうと思っていたのに、
みんなに嫌な思いをさせてしまったり、叱られたり。
 
 何だか、とっても哀しい気持ちでいっぱいになってしまった。
 
 
 (了)
 
 
 (しその草いきれ)2016.1.12.あかじそ作