「ぼくたち」

 夕方、いつも通りウチの縁側が子供たちの声で賑わっていた。
 お隣りの子供ふたりも来ているのだな、と思っていると、
そのうち、激しくガラスが叩かれ、罵りあう声が聞こえたので、
障子をサッと開けると、そこには、10人ほどの子供たちがいて、
太って大きな子と、やせてひょろ長い子が、つかみ合っていた。
 どちらも知らない子だった。

「こらやめろ!」
と、必死で喧嘩を止めているのは、うちの次男だけ。
 長男はじめ、他のみんなは、ゲームボーイの画面に見入っていて、
目の前で激しい取っ組み合いをしているのに、まるで無視。

「コラッ! なにやってるの!」

 私は、腹の底からでかい声を出し、二人を威嚇した。

「だってこいつが勝手に庭の花むしるんだもん!」
 やせた子が言う。
(君、誰やねん)

「うるせえ! バカジジー!」
 太った子が思い切り、やせた子を殴る。
(君は、誰やねん!)

 とにかく、何だか知らないが、
このまま続けたら確実に大怪我をするような喧嘩だったので、
私は、ヨソの知らない子だったが、とりあえず、

「やめろっ! こらあ!」

と、巻き舌で怒鳴った。
 しかし、二人とも、
「テメーが悪いんだろ!」
「テメーこそ悪いんだよ!」
と、ますますヒートアップしている。

「いいから二人とも、すぐに手を離せ! ほら早く!」

 と言うと、やせた子が、

「デブでバカのくせによっ!」

 と、言う。
 すると、太った子は、思い切りやせた子の胸倉を掴んで振り回し、
体が大きいだけに、本当に暴力沙汰になってきた。

「二人とも離れろっつーのが聞こえないの?!」

 私が般若の形相で二人に割って入ると、
さすがに二人は少し離れ、
「バーカ」
「デーブ」
「死ね」
「テメーこそ生きるカチねえ!」
「なんだばか、下手くそサッカーヤロウ」
「ウルセー、デブは死ねよ、ブター!」

 「やめろっつってんだよ!」

 私は、ふたりの胸倉をつかんでかわるがわる睨みつけた。

 そして、太った子に、
「すぐに暴力ふるうのはやめなさいっ!」
と言い、やせた子には、
「人を傷つけるようなこと言うんじゃない!」
と言って、ふたりの胸倉をつかんだ両手を自分の顔まで引き寄せて、
ふたつの顔を交互に見た。

「だってこいつが・・・・・・」
 まだ言うので、
「あんたたち、もう帰りな!」
と、怒鳴って手を離した。
 
「お前が帰れ」
「お前こそ帰れ」
 まだやってる。

「ふたりとも帰るんだよっ!」

 私が怒鳴ると、まだ、
「ほら、帰れよ」
「お前が帰れよ」
と言っている。

「じゃあ、ジャンケンで負けた方から帰りな!」 
と言うと、突然ふたりは仲良く声を合わせ、
「さーいしょーは、グー♪ ジャ〜ンケ〜ンポイッ」
と、歌う。

(オスガキってなんて単純なんだ・・・・・・)

 負けたのは、太った子の方だった。
 次男に聞いたら、同じクラスの子だと言う。
 しかし、とても二年生とは思えないような体格だ。
どう見ても、「大柄な高学年」だ。
 あの体で思い切りぶん殴られたらたまらない。
 怪我することは確実だ。

 私が、
「じゃあ、君、先、帰りな」
と、言うと、ふてくされながら彼はウチから遠ざかり、隣りの家の前で
「バーカ、お前なんか、宇宙人! ユーフォー!」
と、可愛い毒を吐いている。
 しかし、10分も20分も、ヨソの家の前で怒鳴っているのには、
こっちが困ってしまい、私は、ツッカケを履いて
「途中まで送るよ」
と、彼の分厚い肩を抱いて、道に向かって歩き出した。

 と、急に彼は泣き出し、激しくしゃくり上げた。

 体が大きい割に、まるで赤ちゃんのような子だった。
 私が、
「嫌なこと、いっぱい言われちゃって、イヤだったね」
と言うと、
「うわ〜〜〜」
と、また一層激しく泣いた。
「うちどこ? 送るよ」
と言うと、
「ひとりで帰れるからいい」
と言う。
 こんなに巨大なナリでも、うちの次男とタメなのだ。
 まだまだ子供だ。
 泣いて帰ってきて、うまく説明できなかったら、
親御さんも心配だろう。
 私は、無理やり家まで付いていった。
「あの子、嫌なこといっぱい言ってたけど、気にすんなよ」
とか、
「君、喧嘩強いねえ。相手は4年生くらいだったのに、勝ってたよね」
などとなぐさめながら道をずっと歩いた。

 彼の家は、3棟続く5階建ての団地の3階だった。
「お母さん呼んで」
と言うと、高くて可愛い甘え声で、
「オカアチャ〜ン」
と呼んだ。

 本当に幼いのだ。
 言葉で言い返せないから、手を出す。
 カッとなると、すぐ手を出す。
 手を出すと、大きくて強いから、相手を怪我させてしまう。

 そういえば、この子の名前は聞いたことがある。
 あちこちでトラブルメーカーになっている、
という噂が前から耳に入ってきていた。

 出てきた母親は、可愛い感じの若い人で、
「すみません。あんたも謝りなさい、すみませんすみません」
と、感じよく何度も頭を下げていた。

「私がそばにいながら、泣くまで喧嘩させちゃってすみません」
と私も謝って、
「じゃ!」
と、頭を下げると、ケバケバに毛玉だらけの靴下に、
庭のドロが付いた汚いツッカケを履いて、
服は、テロテロの部屋着だった。

 真っ赤になって、小走りで帰り、
家に着いたらちょうど6時の音楽が鳴った。
「子供はおうちに帰りましょう」の合図の曲だ。

 太った子以外のメンバーは、
静かに顔を寄せてゲームを覗き込んで、
時々何かをぼそぼそ話しあっている。

「はいはいはいはい、音楽鳴ったよ。解散解散!」
 私は、大声で言った。

 やせた子は、案外素直に出て行き、
その後を、彼の一回り小さいサイズの、
そっくりな弟が付いて出て行った。

「またね」
と私が言うと、アニキの方は、ニコッと笑って、
「ハイ」
なんて言う。

「気を付けてね」
と言うと、今度は弟が
「ぼくんち近いよ」
と笑う。

「じゃ〜ね〜」

 彼らに手を振って見送ると、ウチの子たちも、隣りの子たちも、
知らん顔をして挨拶もしない。

「お友だちにバイバイくらい言いなさいよ」
と言うと、
「友だちじゃないもん」
とみんなで言う。
「だって一緒に遊んでるんだから、友達じゃん」
と言うと、
「だって知らない子だもん」
と、ゲームから顔も上げない。

「あの子たち、4人兄弟の次男と三男なんだよ」
と、唯一女の子の、お隣りの妹の方が言った。
 さすが女の子。情報通だ。
「じゃあ、うちとおんなじじゃん」
 私が言うと、子供たちは、誰もリアクションしてくれなかった。 


 夕飯のとき、子供たちにさっきの喧嘩の原因を聞くと、
太った子が、やせた子の弟を突然殴ってきたから、
弟を守ろうと兄が戦っていたのだと言う。

「ほほう」

(ことばがキツクて、嫌な子だな、と思っていたら、
結構いいとこあるじゃん)

 で、あの太った子は、不器用な子だ。
 幼い心で巨大な力を持ってしまった、アンバランスな子。
 そのことをあの子自身が一番持て余している。

 いつもなら誰よりも手が早い次男が、
たったひとりで体を張って喧嘩を止めていたし、
臆病な長男も、勇気を振り絞って
「喧嘩するなら帰れよ!」
と言っていたし、
小さな三男も、自分より大きな子たち相手に、
「やめろよ!」
と何度も言っていた。

 みんないい子だ。
 どこの子も、なかなかいい子だ。

 
 翌日、午後に太った子の親から電話があった。
 学校で、その子がアリンコを潰していたのを、
うちの次男が注意したら、突然太った子はキレて、
大喧嘩になったと言うのだ。
 うちの次男も、自分からは喧嘩は始めないが、
やられたら、やり返すタイプだ。
「本当にすみません」
と、恐縮する彼女は、かなり謝り慣れている感じだ。
 苦労しているようだ。
「全然気にしない親子なんで、これからもどうぞよろしく〜」
と、言って電話を切った。
 
 しばらくして、次男と三男が近所の公園に行き、
またオモテが騒がしいな、と思ったら、
踊りを踊っている四男を、昨日のメンバーが全員揃って、
仲良くからかって笑っている。

 長男が台所の私のところへ来て、
「いちいち僕のうちに来ないで欲しいよ」
と、ぼやいている。
 そりゃそうだ。
 
 近所の公園の常連メンバーが、
いつもぞろぞろうちにやってくるのは、
正直たまったものではない。

 今日は喧嘩こそしなかったものの、
ぼくたち、公園で遊びたまえよ。
「河岸変えだ〜」と、
このセマッ苦しい我が家にくるのはやめたまえ。

 ま、7〜8人で遊んでいる公園で、
そのうち5人がぞろぞろどこかに入って行ったら、
そりゃつられて付いて来ちゃうわなあ・・・・・・。

 ぼくちゃんたち、ホントにみんな、仲いいよね。


               (おわり)


(子だくさん) 2002.05.24 作 あかじそ