結婚式イブ  テーマ★この忙しい時に・・・・・・


  明日は、イトコのhanaの結婚式だ。
ここ埼玉から、披露宴会場の大阪までは、新幹線で移動する事になっている。
  披露宴の後は、そこのホテルで一泊し、大阪見物してから帰る予定だ。

  今朝は、四男が早朝5時に、
「コケーッ!」
と、突如ハイテンションで目覚め、全開バリバリで一家6人が眠る6畳間を、
ぐるぐるぐるぐる這い回った。
  顔を蹴られ、踏まれ、ぺちぺち叩かれて強制起床させられた家族は、
不機嫌キワマリなく、無言で、ぞろぞろと階段を降りて行った。
  6時に、タイマーでファンヒーターが作動し、ご飯が炊き上がるようにセットしてあるので、
階下は、まるで、からっぽの冷蔵庫だった。
  長男が、ごぼごぼっ、ごぼごぼっ、と、痰のたんまり絡まった、いや〜な咳をした。
―――喘息だ!
  よりによって、この大切な時に喘息発作か!
すかさず私は、超音波吸入器に、メプチン(気管支拡張剤)・ビソルボン(気道粘液溶解剤)、
そして、インタール(喘息治療薬)を注入し、長男に手渡す。
  長男は、いつもの様に黙ってそれを受け取り、黙って口にくわえた。
早目早目に手を打てば、ひどい発作は起きずに済む。
  毎日、朝と夕方、食後に服用する、セルテクト(抗アレルギー剤)と
テオドール(気管支拡張剤)を、食前に飲ませてしまう。
  ヒューヒューと喉が鳴り出したら、母親はすぐさま看護婦に変身せねばならないのだ。

  「さてと。今日は、学校休んで、明日に備えようか」
私は、長男の前で腕を組んだ。
「駄目だよ、お母さん。ほら」
  長男は、いったん吸入器のスイッチを切り、子供部屋から連絡帳を持ってきた。
連絡帳には、先生の字で、


      明日は、6年生を送る会の本番です。
      2年生の全体劇の主役ですので、<絶対に>休まないでください!
      よろしくお願いします。



  忘れてた!
そうだ。長男は、おむすびころりんのおじいさん、なのであった。
茶色とかグレーとか、年寄りらしい服装で登校させるように言われていたのだ。
  長男は、再び吸入器のスイッチを入れ、咳こみながら口にくわえた。

  咳の感じは、まさに年寄りくさい。
いい役作りが出来ている。

  演劇部出身の両親は、心配90%、(よし、おいしいぞ)10%であった。

  さて、寒いし、ご飯も炊けていない。
何か、体を動かして暖まろう。
  私は、明日の荷造りを始めた。

  子供の着替え、薬、御祝儀袋に、紙オムツ、レトルト離乳食に、
ストロー付きマグカップ、デジカメに、普通のカメラ、おんぶひもに替えパンツ、
子供パジャマ4組と、お茶入りペットボトル・・・・・・。
あれとこれと、それと、あっ、あれもだ、そうそう、これは絶対必要だし・・・・・・。
  そして、だんなの礼服と、私のスーツ・・・・・・ん?!

  スカートの裾がびろ〜ん、と、ほどけている!

  裁縫箱、裁縫箱!
あれ?!  いつもの所に裁縫箱がないっ!

  探す!探す!探す!
あった!!
この間、だんなが自分でボタン付けして、そのままその辺に突っ込んだのだ。

  ええと、黒い糸、黒い糸!
あれ?!  黒い糸がない!

  買って来なくちゃ!

  あっ、近くの手芸屋さん、改装中だ!
スーパーの手芸コーナーだな・・・・・・。

  二つの「行ってきます」が聞こえた。
長男とだんなだ。

  えっ?!  もう、そんな時間!
パジャマで、だらだら箸をかじっている次男を急き立てて支度させる。
テレビのチャンネルを教育テレビに合わせ、三男・四男を釘付けにさせておいて、
次男を小突き小突き、幼稚園バスの送迎場所まで走る。
  ちょうどバスが滑りこんで来て、ギリギリセーフだ。

  さて!  午前中に買い物を済ませてしまおう。

  自分の食事をさっさと済ませ、三男・四男に食べさせ、
洗濯機を2回回し、干し、授乳して、布団を干し、掃除機をかけ、食器を洗い、
オムツを替え、オヤツをやり、ハッ、と時計を見上げると、午後だった。

  もうすぐ次男のバスが帰ってくる。早く黒い糸を買いに行かねば!

  急いでうどんを茹で、ツユを作り、ネギを刻み、四男の麺を1センチに切る。
ささっと食べて、時計を見る。
  バスの時間だ!

  次男が、ふてくされてバスから降りてくる。
幼稚園で何かあったらしい。
「ンガ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」と叫びながら家に飛びこみ、
居間であぐらをかき、腕を組んで、それきり全然動かなくなってしまった。

  ああ・・・糸・・・!  買わなくちゃ! 買いに行かなくっちゃ!

「あのう・・・・・・お母さんね、買い物に行かなくちゃいけないんだけど」
「ふんっ!!」
「一緒に行く?」
「ふんっ!!」
「留守番しててくれる?」
「ふんっ!!」
「ん〜〜〜〜〜〜と」
「ふんっふんっふんっ!!」

  1時間も粘った。
思わず拳を振り上げそうになる。
いや、待て待て!  これ以上こじれたらマズイ。

  電話が鳴った。
学校からだった。
長男は、息も絶え絶え、何とか劇を成し遂げたが、
体力を使い果たして保健室で寝ているという。
  できたらお迎えをたのむ、との事だった。

  三男・四男を、車のチャイルドシートにククリつけ、「ふんふんふんっ!」の次男を
引き摺って車につっこみ、学校へと向かった。
  お昼寝を中断された三男・四男は泣き叫び、次男が暴れている車中で、
「落ち着け! 危ないから落ち着いて運転!!」
と、つぶやきながら学校へ急いだ。
  帰りにスーパーに寄って、黒い糸、買おう・・・・・・。

  車の中に3人を残し、長男を保健室に迎えに行くと、ひどい咳をしていた。
おんぶして車に運び、家へと急いだ。
  (糸はあとあと。一刻も早く吸入させなくちゃ!)

  家に着き、ぐったりした長男を運び、荒れ狂う次男を家にぶちこみ、
三男・四男を両脇に抱えて中に入る。

  吸入器をセットし、吸わせて、布団と洗濯物を取り込み、飢えた子供たちにオヤツを作り、
米を仕込み、時計を見ると、5時!

  よし、全員留守番させて、ぱぱっと糸買って来よう!

と、突然、玄関チャイムが鳴る。

「信金で〜す。積み立ての集金に来ました〜」
「はいはいはいはいはいはいはい、1万円ですよね」
「あ、はい、どうも〜。ところで、この間ご相談頂いた住宅ローンの借り換えの件ですけど・・・・・・」
「え?  どうなりました?」
「土地の資産価値と、ローンの残高との兼合いで考えますと・・・・・・」
「はいはいはい・・・・・・!!」

  思わず身を乗り出して話を聞く。
・・・・・・で、借り換え不可な上に、時間はもう、6時半だ。

  7時半閉店なのだ!
あと1時間!  黒い糸!  スーパーで黒い糸!

  子供たちが飢えて泣く。
ええい、こうなりゃ、<すし○郎>だ!  急げ!

  ささっと混ぜて、のり巻きにして食べさせる。
わかめの味噌汁もつけて、はい、7時!

  もう、ラストチャンスだ!
出発だ!

  私は、車のキーを握って玄関に向かった。
背後で、ピ―――ッ、と、長い電子音が響いた。
ファンヒーターの灯油切れだ。そして、今日は寒い。
  慌てて給油して、7時10分!

  「どこ行くの〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
三男が追いかけて来る。
「すぐ帰るから!  すぐ!!」
「い〜や〜だ〜!  僕も行く〜〜〜〜〜〜っ!!」
「わかったわかった、早く上着着て!」
  車に乗りこみ、チャイルドシート、カッチン!
エンジンをかけてルームミラーで三男を見ると、小刻みに揺れている。
「まさか!  おしっこ?!」
「うんち〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「うそだろ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

  結局三男を長男に託し、車に飛び乗る。
7時20分!

  「キャ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
  四男の悲鳴が聞こえた。
車を飛び降りて、ポケットの中を探り、家の鍵を探す。
ない!
  暗い車の中を覗くと、助手席に鍵が置いてある。
おまけに車のキーを中に残したまま、ロックしてしまった。
「は〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
  玄関チャイムを鳴らす。
四男が、ギャンギャン泣いているので、子供たちには聞こえないらしい。
何度も何度も、しつこく鳴らす。
  トイレの窓から、三男の声が聞こえる。
「だ〜れで〜すか〜?」
「お母さん!!  開けて!」
「お母さんは、鍵を持っているから、自分で開けて入れるでしょ」
「鍵ないの!  開けて!」
「お母さんは、そんなガラガラ声じゃないも〜ん」

  しまった!  「狼と7匹の仔やぎ」!
今、彼の一番の愛読書だ!

「本当にお母さんだってば!  開けて!」
「お母さんの手は、そんなに黒くないも〜ん」

  黒くないだろうが!

  もう、玄関は駄目だ!
居間の窓に回って、部屋の中を覗いた。
   四男の指に洗濯ばさみが咬みついていた。
洗濯ばさみを取ろうと、腕を振り回しながら走り回っている。
  長男は、洗濯ばさみを取ってやろうと四男を追いかけ回し、
次男は、それを見て、ひっくり返って笑っていた。

  「だめだこりゃ」

  時計の針は、7時50分を指していた。


  ―――結婚式当日、朝6時半。
  大声で叫びながら、大勢の子供をぞろぞろぞろぞろ連れて歩く夫婦がいた。
妻のスカートの裾には、キラキラと光るものがあった。
赤青黄色のホッチキスの針である。

  彼らが通り過ぎたコンビニの店頭で、店員が大家族に見とれていた。
品出しをする、その手には、黒い糸入りの携帯ソーイングセットが握られていた。


                                                                    (おわり)