「若きじじじその悩み」

 私の両親がまだ若い頃の話だ。
 ふたりは同い年で、そのとき共に20代後半だった。
 長女の私が3歳で、弟は、まだ生後間もなかった。
 
 何があったのかは知らない。
ただ、私の記憶にはっきりと残る映像がある。

 いつも寝る、2階の和室には、
タンスの前に3つ並べて布団が敷いてあった。
 生まれたてのアカンボを抱いた母が、
タンスの前にちょこんと座ってうつむいていた。
 そこへ、父が号泣しながら敷いてある布団をどんどんどんどん投げつけて、
あっという間に母とアカンボが布団に埋っていってしまったのだ。

 抵抗しない哀しげな母。
泣きもしないアカンボ。
 狂ったように暴れる父。

 私は、黙ってじっと見ていたように思う。

 
 また、私が中学生だったから、
両親は30代中盤だったと思われるが、
その頃にも、同じようなことがあった。

 いつものように、
父は帰宅するなり、ちゃぶ台を蹴り上げて
乗っていた夕飯をじゅうたんにぶちまけ、
「おもしろくねえおもしろくねえ!」
と、叫んだ。
 
「また会社で何かあったんだ!」

 母がじゅうたんに染み込んだ味噌汁を
慣れた手つきで拭き取りながら言った。 

「うるせえ! 畜生! みんなで俺をバカにしやがって!」

 父は、じゅうたんの目に食い込んだわかめを
ふきんでひとつひとつ取っている母の手元を
思い切り蹴り上げた。

 茶色く薄汚れたふきんが哀しく宙に舞い上がり、 
みなハッとして顔を上げた。

「何すんのよ!」

 母が叫ぶと、父は、続けて母の腹を蹴り、
小柄な母は、後ろへふっとんだ。

「何しやがんだ、コノヤロメ・・・・・・」
と、うめきながら母が反撃を繰り出そうとするより一瞬早く、
小学生だった弟が、弾丸のように父の腹に突撃していった。
 
 父は、その場にひっくり返り、すぐさま立ち上がって
弟をサッカーボールのようにキック&キックで
部屋の隅まで追い詰めていった。
 弟は、丸くなったり反り返ったりしながら声もなく蹴られた。

 私はそんな父の背中を飛び蹴りし、
のけぞった父が、弟のすぐ横に手をついて倒れた。

「てめえ、コノヤロー!」

 父は、起き上がって私の長い髪を掴んで引きずり回し、
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
と絶叫した。

 その父のわき腹へ、母が容赦ない猛烈な蹴りを食らわし、
父は
「はうっ」
と、変な息を吐きながら横倒しになった。

 その後は、もうめちゃくちゃだった。

 母は父に馬乗りになってぼかすか殴り、
私は、バドミントンのラケットで父の頭を殴打しまくり、
弟は、父の背広の袖を引き裂いていた。

 数十分後―――――。

 じゅうたんに仰向けに大の字に倒れ、
号泣する父がいた。

「俺は〜〜〜〜〜!」
「俺は、よ〜〜〜う!」
「みんなの前でコドモの歳を聞かれて〜〜〜!」
「答えられなかったんだよ〜〜〜〜〜〜〜〜い!」

 父は、恥ずかし気もなく絶叫した。

 地べたに仰向けで倒れ、足をばたつかせて
おいおい泣いている一家の主を
肩で息しながら家族3人は見下ろし、
「それで・・・バカにされたから・・・暴れた・・・のかよ・・・」
と、途絶え途絶え言った。
 
「うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!」 

 父は、頷きながら、一層大声で泣いた。

「バカだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 私たち家族は、みんなへたへたと座り込んだ。
 しかし、みんな運動不足や昼間のストレスを
激しく原始的な運動で解消したおかげで、
爽やかな気分であった。

 互いに顔を見合わせて、心から晴れやかに笑った。

 若きじじじその悩みが、何だったのか、
そんなこたあ、知ったこっちゃない。
 どうせ大したこたぁないだろう。

 バカなのだ。


(あほや) 2002.06.03 作 あかじそ