「 女に生まれて 」

 最近、女に生まれてよかった、と
つくづく思うようになった。
 理由は、ひとつ。

 女と結婚しなくて済むから!

 30過ぎまで、私は、女に生まれたことが
悔しくて悔しくて、女として生きることに後ろ向きだった。
 輪廻転生とかいうものが本当にあるとしたら、
私はきっと、何代も何代も、ブッ続けで男だったに違いない。
 しかも、かなり男尊女卑なイヤなヤローだっただろう。

 若いときは、前世の名残がまだむんむんしていたのか、
私は、めちゃめちゃ女にモテた。
 バレンタインデイは、五万とチョコを渡されたし、
複数の女子から交換日記を申し込まれていた。
 私の顔は、我ながらかなり男前で、
眉毛は太い「ど根性まゆ」だし、目は切れ長で歌舞伎役者のようだ。
 顔は、女子にしちゃあ長いし、鼻も高い。
 どう見ても、男の顔なのだ。

 体もがっしり型で、肩幅なんて、夫の倍くらいあると思う。

「リカ、胸板厚くて素敵。ちょっと抱きしめてみて」
と言われ、高校時代は、何人クラスの女子を抱いたか。
 擦れた声で耳元に「好きだよ」とささやくサービス付きで。
(※肉体関係はありません)
 17、8歳の色香漂う女子高生たちが、
何人私の胸の中で吐息とともに崩れ落ちていったか・・・・・・。 

 高校時代、友だちと喫茶店に入ると、
ウエイトレスたちが入れ替わり立ち代り、
私たちのテーブルにやってきては、私の顔をまじまじと見て行った。
 あっちの方で、
「男だってば」
「女でしょう?」
「わかった! オカマだ〜!」
「キャ〜ッハハハハハ〜」
と盛り上がっているのが、よーく聞こえた。

 趣味のスケートをしに、スケートリンクに出掛ければ、
いつの間にか後ろに十数人の女子たちがぞろぞろついて滑っている。
 私がキュー、っと体をひねってリンクサイドに素早く止まると、
女子たちは、みんな「ひ〜」と転んで次々将棋倒しになり、
足元に赤面したお年頃の女の子たちの山が、
こんもりと出来上がってしまうのだ。

「ダイジョブ?」
と、手を取って立ち上がらせた日にゃあ、
悲鳴がいくつも上がった。

 だから、あたしゃ、女だっつーの!
 女の子とは、どうともならないっつ〜〜〜の!

 しかし、相手が純粋可憐な女子高生ならまだいい。
 笑い話で済ませられる。
 
 ところが、中には、私が女とわかっていながら、
どうかしようとしてくる積極的な女もいた。

 中学時代の友人から、彼女の通う女子高の文化祭に誘われた。
 彼女のクラスは喫茶店を出しているというので、
その教室に顔を出し、
「篠井さんいますか〜?」
と声を掛けると、教室にいた女子高生たちが一斉に私の方を見て、
瞳をうるうる状態に湿らせていった。
 友人は席を外していた。
 と、教室の奥にいたお蝶婦人のような髪型の女の子が、
こちらをじっとりと見つめたままツツと近寄ってきて、
私の手を引いて、窓際のテーブルへと導いた。
 
「篠井はちょっといないの。私ではダメなの?」
 彼女は、私のすぐ前に座り、テーブル上のシュガーポットに手を掛けた。
 シュガーポットに付いている小さなトングで中の角砂糖をひとつつまみ、
私の顔の5センチ前で、私の目をネットリと見つめたまま、
真っ赤な舌を出し、トングこと砂糖を舐めた。
 私は、その一連の動作が、自分に対する挑発かと思い、
(喧嘩売ってんのかよ)
と、微動だにせずに彼女の目を睨み続けていた。
 それからどのくらいの時間、私たちは、
至近距離で視線を絡ませ続けただろうか。
 私からは決して目を反らさずに、ガンの飛ばしあいをしていたが、
そのうちお蝶婦人は、スッと立ち上がり、
私の唇の端にキスをしてどこかへ行ってしまった。

「はあっ?」

 タイマン張ってたんじゃなかったのぉ?
今のセックスアピールだったんかい?!

 その後、ハッと気づくと、テーブルの周りに
クラス全員だろうか、30人くらいの女の子がたかっていた。
 その人垣の隙間から、友人がするすると現れ、
「リカちん、ごめんごめん、行こうか」
と言った。
 私たちは席を立ち、よそに移ろうとすると、
友人は「ずる〜い」と物凄いブーイングを浴びた。
 何がずるいのかよくわからなかったが、教室を出た友人は、
「リカちん、やっぱし女子高だと狙われるんだね」
と言った。

 普通校でも女子限定で充分モテている。
 男子からは、陰湿な嫌がらせを受け続けながら。

 大学は、通学に往復5時間かかった。
 飲み会やら演劇部の稽古などがあるたびに終電を乗り過ごしていた私は、
あっちこっちの都内下宿の友人宅を渡り歩いていた。
 
 ある晩、やはり終電を逃してしまった私は、ある友人宅に泊まることになり、
一緒に銭湯に行き、ふたつ並べた布団で横になった。
 夜中遅くまで話し込み、しかし、いつの間にかうつらうつらしていた私は、
ふと、顔に生ぬるい風が何度も当たるのに気づき、薄く目を開けると、さっき
までバカっぱなしで笑い合っていた彼女が、濡れた瞳で唇を近づけてきている。

「どぅえっ?!」

 私は、思わず布団を被った。
 
(まだ男も知らないのに、まず女かよ!)
(しかも、迫る女って、こえーよ!!)

 彼女は、私の布団に自分の手を突っ込んできて、
「私、淋しいの」
と言い、私の何かを触ろうとした。
 私は、慌てて彼女に背を向けた。
 すると彼女は、私の体に覆い被さり、顔を布団に寄せて言った。

「いいのよ好きにして。男とか女とか、関係ないの。ふたりが気持ち良けれ
ば、それでいいの。私が教えてあげるから。どうやったら気持ちいいのか、
やってあげるから。同じことしてくれればいいのよ・・・・・・」

「ZZZZZZZZZZZZZZZZZ! ZZZZZZZZZZZZZZZZZZ!」

 私は、まるでドリフのようなイビキをかいてみせた。
(本当は起きているけど、寝ています。寝ていることになってます!)
という主張をした。

 その晩は、布団の上から抱きつかれたりサスられたりして、一睡もできなかった。
 微動だにできなかった。

 女って怖いよ!
 サカリのついた女に迫られるのは、怖すぎる。
 私が男だったら、それはとてもいい経験かもしれないが、
私は、男が好きなのよぅ!
 
「私は、男が好きだから」
と断ると、さっきまでウルウルだった女が、突然般若の形相になって
「この男好き!」
と極端な解釈で罵倒してくるのにも、ほとほと参った。
 
 そういう女は、さっきまで理路整然で現実的、
天使のような微笑を浮かべていたかと思うと、
突如ドロッドロのセックスアピールをしてくるから怖いのだ。

 ああ、女に生まれて、本当に良かった。
 女と結婚して、女の情念に一生つきあわされたら、たまったもんじゃない。
 男はみんな、バカでスットコドッコイだけど、
女よりゃマシだ。簡単だ。

 男好きではないけれど、女好きでは、もっとない。

 女に生まれて―――――

あ〜〜〜〜〜〜よかった!!!


(しその草いきれ) 2002.06.13 作 あかじそ