manuelaさん 20800番 キリ番特典

「 越路吹雪という歌手 」  テーマ:歌手

 私の一番好きな歌手は、越路吹雪だ。
 あの人は、自分の魂を削って歌にしていた。
 歌うためにできている生き物だった。
 平穏に日常生活を送れるようにはできていなかった。
 心身ともに日常という毒に当たってしまい、
酒で何とか心を保っていたが、ついに病み、逝ってしまった。

 彼女は、歌う機能しかついていない、不幸な天才だったのだと思う。
 だからこそ、彼女の歌は、聴く者の魂をワシヅカミにし、
ギリギリの命を感じさせてくれる。
 
 そんなのは今じゃちっとも流行らない生き方かもしれないが、
私は、彼女の悲しさ切なさ苦しさこそが、
皮肉にもその歌に命を吹き込んでいたのだとも思う。
 
 彼女の歌を聴いた人は、みんな大なり小なり感じるだろう。
その声が、そのブレスが、その歌が、彼女の血肉でできていることを。
 彼女は、自分の羽を抜いて織物を織る夕鶴のごとく歌を紡ぎ、
そして、赤剥けの丸裸になって死んだ。

 短い命だったが、残された彼女の歌を聴くたびに、
その都度越路吹雪は蘇り、また聞く者の魂を揺さぶる。
 歌うことで、永遠の命を得たのだ。

 越路吹雪は、「歌手という生き物」だった。
 何かの間違いで、普通の人と同じ心と体を生まれ持ってしまった、
「単なる歌手」だった。

 聴こう。
 彼女の歌を。
 そして、命がけで生きる激しいドラマを見よう。

 命を削って歌った歌だ。
 聴く方も、少しくらい命が削れるくらいの覚悟で聴こう。
 そして、生きよう。確かに生きよう。
 厚紙で包み込まれた魂を手のひらに取り出して、
一瞬だけでも、本当に生きよう。


(しその草いきれ) 2002.06.22 作 あかじそ