「わたしのバブル時代」   テーマ:カクテル



 日本がバブル期にあったとき、私も泡だった大学生であった。
そもそも、
「こたつで八朔を食べながら折り紙を折っているときが一番幸せ」
という程度の女子大生だから、
その色気だって高が知れているのだが、
世の中の浮ついたムードにつられて、
自分なりにバブルな毎日を送っていた。

 「ショットバー」で、「カルーアミルク」を飲む!

この頃のわたしは、それが精一杯だった。
髪は、「ワンレン」もどき(近所の美容院でカット)で、
服装は、「ボディコン」もどき(地元千葉市の商店街仕込み)だった。
 近所の「ブティック」で、「ハウスマヌカン」のバイトをしながら、
店長の目を盗んでは、
レジの陰で『山本周五郎』や『宮本輝』を読みふける、
変な女だった。
 
 大学のある池袋周辺で、劇団仲間と「ビリヤード」に興じた後、
 「ディスコ・マハラジャ」の扇子を持って
半裸姿で闊歩する「ピチピチギャル」を横目に、
純文学に乙女を捧げたエセ「ピチピチ・ギャル」のわたしは、
昨日もらったばかりのバイト代を全額財布に入れて、
目指すショットバーに向かってそそくさと歩いた。
 
 道端では、「バンドブーム」に乗っかったストリート・ミュージシャンが
ギターをかき鳴らして吠えていた。

 ちらり、とその青年を見ると、演劇部の先輩だった。
彼が吠えている前には、ギターケースが開いて置いてあった。

「がんばってください」

と、言って、わたしは、そのケースに100円玉を投げ入れ、
いそいそと男と待ち合わせているバーへと急ぐ。
まさか、その吠えているのが、のちの夫となるなんてことは、
その頃のわたしは、まるで知らない。

 バーでは、薄暗いカウンターに、ところどころ、スポットライトが当たり、
腰掛けた者は皆、たちまち「トレンディードラマ」の主人公だった。

ソルティー・ドッグもらおうかな?」

などと、三白眼になるほど上目遣いで
ありったけのフェロモンを放出し、
男から銀の指輪を受け取る。

「19歳の誕生日に、銀の指輪をプレゼントされると、幸せになれるそうだよ」

と、男は言い、自分のグラスの中のオリーブの実をかじる

 私は、「突き出し」の「ナッツ」をグワシ、とつかんで、思い切り頬張り、

「私は、指輪より『三国志』全巻の方がいいのになっ」

と、口をすぼめる。

 その男とは、前にも後にも、それっきり会っていない。
わたしは、言い寄る男どもに、「哲学談義」や「純文学談義」を吹っかけ、
たらふく飲み、彼らがあきれて去っていく後姿に、
「ごっつぉーさ〜ん!」
と、手刀切っていた「変な女」だった。

「変な女」も、時代のおつりで、もてていたのだ。

 バブルも弾け、わたしのモテモテ時代も弾けて飛んだ。
わたしは、相変わらず、「コタツで八朔食べながら折り紙」の人である。
 そして、未だに「変な女」を続けている。

                   (おわり)

注:一部、懐かしかったり、寒かったりする部分がありますが、ご了承ください。そういう時代でした・・・・・・
2001.12.14 作:あかじそ