「 右脳で楽チン出産」の巻 


4回目のお産は、破水で始まった。
初産の時も破水からだったから、「面倒くさいなぁ」くらいに思っていたが、
実際は、面倒くさいどころじゃなかった。

 ぜんっぜん、産気づかないのである。
「24時間たっても生まれなければ、陣痛誘発剤、打ちますよ」
と、言われていたが、本当に生まれやしない。

 いよいよ、4度目のお産にして、初めて「薬」に頼る事になったが、これが効いた―――――――っ!!

いかにも、<自然分娩っ!!>という体質なのに、いきなり薬のヤツが入ってきてウ
リウリやり始めたからたまらない!

 1分間、絶叫ものの爆裂腹痛に襲われ、4分間の休憩、そしてまた、1分間の爆裂と、4分間の休み。
これを6時間。

 普通の陣痛なら、「慣れたもの」だが、この、薬がウリウリする痛みは違う!
「自分の痛み方」じゃないのだ。
 自らが頑張っている痛みなら、自分でオトシマエつけられようが、人に、いや、
薬に腹ねじられるのは痛みが「冷たい」。

 しかし、こちとら、4回目の出産。
ベテラン経産婦だぁ。
 初産婦みたいにピーピー泣いてたら女がすたる!

 そして、股の向こうには20人からの看護学生が見守っている!
ここで騒いだら、彼女たちは出産に恐怖感を抱いてしまう。
 かねてから少子化を食い止めたいと思っていた私は、
意地でも「痛い」という言葉を発するわけにはいかなかった。

 しかし、物凄く我慢強い私でも
「嘘だろっ!!」
と、叫びたくなるほどの苦痛。
 「・・・・・・死ぬかも」
と、少し思った。

 もう、自分の陣痛も始まってるって!
もう、誘発せんでもよいって!

 でも、「生まれるまで点滴続けましょう」だって。
<自分の陣痛>×<薬の陣痛>〓<やばいじゃ〜ん>
である。

 痛みの波が来ると、ラマーズ法の呼吸をしつつ、何かを食い入るように見詰めて、
気を紛らわすしかない。

 壁に貼ってある、ミルクメーカーのカレンダーを見詰める。
 穴の開くほど、焦げ付くほど、見詰める。
 一日、二日、と、呼吸に合わせて、日にちを目で追う。

 1、2、3、4、5、・・・・・・15・・・・・・。
15で「ヤツ」は、去っていく。

 うぉりゃ! また来た!

 1、2、3、4、5、・・・・・・15・・・・・・。
よっしゃ! 15!いいぞ、15!

でも、6時間近くカレンダーだと、さすがに飽きる。
激痛の中で、私は、違うもので「ヤツ」と戦う事にした。

 「関係者以外立ち入り禁止」のハリガミだ。

イタッ!! イタタタッ!!
な、何だ?! うわぁっ! ンガッ!!  ウンガ――――――――――ッ!!

 ダメだ! ダメダメ! 全然ダメすぎる!

 慌てて、カレンダーの数字に目を移してみる。

 1、2、3、・・・・・・

 オッケーイ!ヤツぁ、行った。

 これは、何度挑戦しても同じだった。

  数字だと、何とかやり過ごせる。
でも、文字だと、気絶しそうになるのだ。

 なんで?なぜなの?!

 そういえば、右脳が数や感情をつかさどり、左脳が言葉などをつかさどる、と、聞いたことがある。

今、私は、身も心も極限状態にある。
理屈で、そう、左脳で処理できる状況にないのだ。
そんな時こそ、右脳登場!なのだ。

 数字を見る〓右脳を使う

 これだっ!

 ややっ! また来た!
 1、2、3、4、5、・・・・・・15・・・・・・

 よし。よしよし、右脳。よーしよしよし右脳右脳。

――――――ところが、である。

 産後1時間ほど経ち、夫も分娩室に呼ばれて、赤ん坊との感動のひとときを過ごしている時、
私の左腕付近で
<ピー―――ッ>
という、機械音が鳴り響いた。
 お産のどたばたで、すっかり忘れていたが、点滴・・・・・・まだついてる・・・・・・。

 ナースコールを押して、さっきの助産婦さんを呼び、点滴終了を告げると、
 彼女は、「あっ!!」と、叫んだ。

 「あっ!!」って。

 忘れてた? もしかして。 薬が、私の子宮を、まだウリウリさせ続けていた事を。

 その後、48時間、私は「ひっひっふー」を続ける事になる。
 「後腹」だって? うそつけぃ! 

 ありがとう。私の強靭な子宮さん。
 ありがとう。私の健気な右脳さん。

 あなたたちのおかげで、今の私はあるのです。
 

                      (おわり)