キリ番テーマ:PTAの役員

「バトル・ザ・PTA」


 私は、争いごとが嫌いだ。
人と、何かを競うことも嫌いだし、比べたり比べられたりも大嫌い。
 私は、ぼんやりと生きていきたいのだ。
 朝日に感動し、人の笑顔に心をほどき、親切にしたりされたり、
温かいものを食べて幸せになり、夕焼けに感動し、
布団に入って静かに眠る。
 それができれば、それさえできれば、かなり幸せな人間なのだ。
「平和主義者」でもなんでもない。
そういう人種なのだ。
 もし、原始時代に生まれたとしても、やっぱり私は、
ぼんやりと生きていきたいと思っているだろう。

だが。
だがだが。

私の母は、私の母であるのにも関わらず、
競ったり争ったり、戦ったり、つかみあったり、
そんな人生を常に送り、そして、その全てに勝利してきた女戦士なのだ。

母は、強い。

何十人もの人たちが、母を「大恩人」と呼び、
何十人もの人たちが、母を「鬼」と呼ぶ。

母は、今を生きる「武将」である。

道を歩いていたら、突然路肩に居た占いの人に
「あなたには、生き霊が憑いている!!」
と、叫ばれ、怯えるどころか、
「面白い、出て来い。ヤッテヤル!」
と、ファイティング・ポーズをとる人だ。

前世なんてものがあるとしたら、馬にまたがって先頭で戦場を駆けていたに違いない。

 母は、何事もぐずぐず言わない。
ひとつの用事に対して、ひとことで片付ける。

「やっちまえ!」
「ほっとけ!」
「それでよし!」

彼女の戦果は数知れず、職場での悪党の懲らしめやら、
近所のトラブルの仲裁、
自分勝手な社宅奥様たちの仕切りに、
暴走族追放など、
決して徒党を組まず、ひとりで全て片付けてきた。

 その中で、もっとも地元で有名なのは、
300人対1で戦った、「PTA集会事件」である。

 母は、私が中学3年生のときの役員で、学年長だった。
3学期の最後に、PTAの学年集会があり、
母が体育館の舞台で、活動報告をしているときに起こった。
 最後の最後、父兄の質問を受け付けていると、ひとりの母親が手を上げ、
「親がPTA役員の役員をやっていると、子供が学校から特別扱いされてずるい」
と、発言した。
 
 もちろん、私は、特別扱いなどされた覚えはない。

 母は、それまで浮かべていた満面の笑みを瞬時に消した。
母を知る者は、みな、そこで
「これは、いけない!」
と、腰を浮かしたという。
 
「今・・・・・・、何と言いましたか? もう一度、言ってみてください」

 母は、無表情に言った。
母を知る者は、みな、そこで立ち上がった。
 舞台の上にひとり立つ母の体からは、青い炎がめらめらとゆらめき始めてい
た。

「もう一度、言ってみなさいよ。ここへ上がってきて、もう一度同じことを
言ってみな!」

 し―――――――――――――――――――ん、

と、体育館は、唾を飲みこむ音が聞こえるほど、静まり返っていた。
 この時点では、300対1で、母はひとりぼっちだった。

 そして、相手もなかなか肝の据わった女だった。

「娘さん、学級委員長やったり、絵画展で特別賞取ったり、
随分ご活躍だと聞きましたよ。
役員やって、先生に取り入ってるからなんじゃないんですかね!」

「なんだと、こんちきしょうめ!」

 母は、江戸っ子だ。
売られたケンカは、買わずにはいられない。
そして、勝つまで、相手の胸ぐらを放すことはない。

「いつあたしが先生に取り入った! 
学校に一度も顔出さないのに
何でそんな見てきたようなことが言えるんだい!」

 一同、母の口の悪さに目を剥いていた。
もう一度確認するが、これは、PTAの集まりである。
 
 こっちもひどい言いがかりだが、あっちもかなりガラが悪いぞ、と、一同、
戦々恐々として見ていた。

「あたしのことをどうこう言うのは、かまわない! 
でも、うちの子に言いがかりをつけるのは許さないよ!」

 相手も引かない。不敵な笑みを浮かべて、ゆっくりと言った。

「火のないところに何とやら、ですよ。
噂話って、案外当たっていたりするんじゃありませんか?」
 
「何が噂だ! じゃあ、実際、誰と誰が言っていたのか、ここで言ってみな!」

母が言うと、会場は、一層、ピー――――ンと、張りつめた。
誰もが、誰にも目を合わせないように固まっていた。

「じゃあ、あなた、私の代わりに役員やってごらんなさいよ。
本当に子供が特別扱いされるのか、自分で確かめてみたらどうなんだ!」
 母がすごむ。

「まあまあ、負けず嫌いだこと! どうせ元スケバンかなんかじゃないの?」
 舞台下・父兄席の彼女は、鼻で笑う。

「こっちに来な!」

 いよいよ母は、重低音で言った。

 役員仲間がひとりふたりと、父兄席の彼女に近寄っていった。
彼女の周りに座っていた父兄達は、道を開けた。

 彼女が「フンッ」と、せせら笑うと、突然、後ろから、二人のおばちゃんが
彼女の腕を取った。
左腕には、太った広報部の高山さん、
右腕には、ヒョロ、っと痩せて背の高い中村さんが、
にこにこにこにこしながら、彼女を左右からがっしり捕まえた。
 唖然としている彼女に、にこにこしながらふたりのおばちゃんは笑いかけると、
「いっせえの、せっ」
と、言って、彼女を持ち上げ、舞台に向かって走った。

 彼女の足は、宙に浮いていた。
すごい速さで彼女は舞台上に運ばれ、母の横に連行された。

「あたしは卑怯なことは大嫌いだ。さあ、腹割って話そうじゃないか!」
 母は、今度は静かに言った。

 舞台の下では威勢の良かった彼女も、300人からの人々が、
コトリとも音を立てずに見ている舞台の上では、静かなものだった。
 母は言った。 
 
「自分の子供が学校でどんな生活をしているのか、知りたくて役員になりましたよ。
先生と顔見知りにもなります、確かにね。
でもね、今では、私たち役員は、子供達全員のために働いています。
あなたの子供のためにもです。
誰の子だからとか、彼の子だからなんて、
少なくともうちの学年の役員は、そんなケツの穴の小さいことは言っちゃいませんよ。」

 父兄席からは、拍手が上がった。
 彼女は、何にも言い返さず、そそくさと舞台を降りた。

 
 ことの顛末は、何十年も経ってから聞いた。
私は、そのころ、何にも知らなかった。
 
 中学の卒業式で、卒業証書を渡される時、私の名が呼ばれると、
父兄席がざわついた。
なぜ私だけ、こんなにも、
父兄たちに、じ――――――っ、と見られるのか分からなかった。

 そして、母が、父兄代表の「謝辞」を読みあげる番になり、
エメラルド・グリーンのド派手な着物の母が
舞台そでにスタスタと早足で登場すると、
割れんばかりの拍手が起こった。
 
「今日ここに、無事、卒業式を迎えることができましたのは・・・・・・」

 3月の澄んだ空に、母のだみ声が吸い込まれていった。
 私の中学生活は終わったが、母は、その時一緒に役員をやった人たちと、
いまだに旅行に行ったり孫を見せ合ったりしている。
 
 一見、穏やかで小柄な、植木好きのおばさん、という母だが、
今でもやっぱり腰元に、脇差しをさした侍である。
誰にも負けない、一匹狼である。


                (おわり)