あかじそサスペンス劇場

酔いどれ刑事 ウマヅラ編


主演:じじじそ(あかじそ父)

【ホームセンターに死す】の巻




 私は、この春こそ、この荒れた家まわりを「庭」にしたいと思っていた。
 窓の外には、物干しがデーン、と置いてあり、
どこかの家から風で飛んできた、ビニールやら、菓子の包み紙やらが集まって、
小汚い事この上ないのだ。
 
 ところで、あかじそ こと、私は、ホームセンターが大好きだ。
 2歳の末っ子にさえ邪魔されなければ、何時間でも夢中になって居てしまう。
 その日も、庭の柵を作ろうと、木材売り場をうろつき、
木をカットして柵を作るか、既成のラティスフェンスを使おうか、
いつまでも売り場を行ったり来たりして悩んでいた。
 私にとってホームセンターは、構想タイムを満喫する、幸せスペースなのだ。
 しかし、私以上にホームセンターが好きな者がいた。

 父・じじじそである。

 じじじその表の顔は、年金暮らしのおじさんだが、
裏の顔は、地元警察署から秘密の任務を任命された、
【秘密警察官・GGセブン】の一員である。
 「ナカムラモンド」とあだ名を付けられた、藤田まこと似の馬面で、
コードネームは、【仕事人】だった。
 定年退職のときに同僚にもらった色紙には、
「最後の一年くらい仕事しろ」
と書いてあったほど、会社に行っても仕事をしない男だったが、
このコードネームは、お気に入りだった。 
 
 7人のジジイ、もとい、GGセブンは、それぞれ、普通に町に住み、
うろうろうろうろしながら、怪しい者がいないか、パトロールしている。
 しかし、そのじいさんたちこそ一番怪しく、
逆に通報されてしまうこともたびたびであった。

 ある日、じじじそは、趣味と実益を兼ねて、
ホームセンターをパトロールしていた。
 パトロールをするために来店したはずなのに、
いつの間にか、手に持ったカゴの中には、
ニスだの、怪しげな金具だのが入っていた。
 彼は、完全に任務を忘れ、自分の買い物に夢中になっていた。
 いつものことである。

「いや、待てよ・・・・・・。あの木であれを作るとなると、
ペンキでまず塗って・・・・・・」
 彼は、ぶつぶつ言いながらペンキ売り場へと行き、そこでまた、
「いや、ここはひとつ、プラスチックで手を打って、
ペンキ代と塗装の手間を省くか・・・・・・」
と、またぶつぶつ言いながら、園芸コーナーへと向かった。
 そして、午前10時の開店から、昼過ぎまで、
売り場を行ったり来たり、50往復くらいしていた。
 優柔不断も、ここまで来るとあきれて何も言えない。
 午後2時を過ぎ、じじじそは、まだ何ひとつ買えないまま、
外売り場にある売店でたこ焼きを一皿食べ、コーラを飲み、
ありえないほどのでかいゲップをしてから、また、買い物に戻った。

 そのときだ!

 内装用木材売り場方面で、何かが激しく割れる音がし、
そのうち、異常なざわめきが巻き起こっていった。
 じじじそは、ささっ、と柱の陰に駆け寄ると、
人目を忍んで携帯電話を取り出し、
「こちら、仕事人! ○×市の【DIYセンター】で緊急事態発生!」
と、連絡し、馬のごとく売り場を駆け抜け、現場に急行した。

 じじじそが、現場に駆けつけると、そこには、
たくさんの割れた植木鉢と共に、中年女性が倒れていた。
 そして、そのすぐ横には、なんと、じじじその息子・「あおじそ」が
長い木材を数本肩に背負って、呆然と佇んでいるではないか!

「おうっ! どうした! あおじそ!」

 あおじそは、子供の頃は母親似の丸顔だったのに、
年々顔が縦に伸びていき、じじじそに追いつけ追い越せというほどの
ウマヅラと化していた。  
 
 2頭の馬が、倒れた女性を挟んで向かい合い、
ふたりして床の女性を見下ろした。

「このおばちゃん、どうした?」
 じじじそがあおじそに聞くと、あおじそは、
「自分とすれ違いざまに倒れた」
と言う。
 じじじその目が、キラリと光った。

 パトカーのサイレンが近づいてきて、数人の警官が売り場に駆けつけた。
 彼らは、じじじそを見つけると、軽く目礼し、救急車の手配を始めた。
 野次馬のひとりが、あおじそを指差して、
「この男が、おばちゃんの頭を、その棒でぶん殴っていました!」
と、興奮した調子で言った。
「そうなのか!」
 じじじそがあおじそに聞くと、あおじそは、泣きそうな目で、顔を横に振った。

「嘘よ! 私も見たわよ! 何度も何度も、バッドの素振りするみたいに、
右から左から、何度も何度も殴って!」
 カビ取りスプレーを持った主婦らしき女性も、あおじそを指差して叫ぶ。
「そうなのか!」 
 じじじそは、あおじそに詰め寄る。
 あおじそは、また、ぶるぶると、首を振って言った。

「ぼくはただ・・・・・・同じ木をもう一本買おうかどうか、迷っていただけ
なんだ!」
 
 じじじそは、じっと木材売り場と、あおじその担いだ長い木材を
何往復も見比べてから、「サタデイ・ナイト・フィーバー」の
ジョン・トラボルタよろしくポーズをきめ、
「謎は、解けたっぺや!」
と、千葉弁で叫んだ。
 
 あおじそを連行しようとする警官の手首を握って止め、
じじじそは、大勢の野次馬たちに囲まれて、ご自慢の推理を展開した。

「犯人は、なんつーか、あおじそ! お前だっぺ!」

 野次馬は、みな、うんうんとうなづき、あおじそは、青ざめた。

「でも、こりゃあ、過失だんべな!」
 じじじそは、人差し指を立てた。
「ええ〜〜〜〜〜っ!」
と、野次馬からブーイングが上がった。
 じじじそは、そのブーイングを、
空気を引き裂く「プピー――ッ」という屁で黙らせ、推理を続けた。

「ああ、これで木、足りるかなあ〜、
もう一本買っとこうかな〜、
買って余っちゃったら勿体無いな〜、
でも足りなくてまた買いにくるのも、かったるいな〜、
って・・・・・・お前は数時間迷っていたはずだ!」
 じじじそがあおじそに言うと、あおじそは、泣きながら激しくうなづいた。

「あれ買おうかな〜、
これ買おうかな〜、
どうしようかな〜、
悩むな〜、
って、お前は、もう、一杯一杯で、
周りの状況が見えなくなっていたんだべ! そうだべ!」
 じじじそは、熱く語る。
「勿論、植木鉢を持った、このおばちゃんも目に入らなかった」
 
 あおじそは、またうなづいた。

「買おうかな〜、
どうしようかな〜、
やっぱ買おうかな〜、
やっぱやめよっかな〜、
・・・・・・お前は、狭い店内で、その長い木材を担いで、
振り返ったり、また前を向いたり、
無意識に、ぶんぶんぶんぶん、木を振り回していた」

「そうそうそう! そんな感じだったわ!」
 カビ取りスプレーを持った主婦が叫んだ。

「そして、結果的に、そこにいたおばちゃんを何度も殴打してしまった。
そうだっぺ!」

 あおじそは、静かにうなづいた。
 そして、肩に担いだ木材を、床に置こうか、まだ担いでいようか、
また、そんなことを迷っているようで、目が泳いでいた。

「おめえも、俺の子だってことだっぺや! キシシシシシシシ〜ッ!」
 じじじそは、馬のように笑い、うなづいた。
 そして、颯爽とポケットから携帯電話を出し、
「うい〜っす、こちら仕事人! 任務完了!」
と、連絡し、そして、あおじそに言った。

「自分で何をどうするか、
迷って迷って決められなくて、
一緒にいるやつにどうしようか、って聞いて、
あとで『やっぱりやめときゃよかった、お前が悪い』って人のせいにしてよう、
買ったら買ったで、後で『買わなきゃよかった』って思って、
買わなかったら買わなかったで、後で『買えばよかった』って思う。
それが俺ら親子の悪い癖だべ。
・・・・・・俺たち・・・・・・お馬の親子だべ・・・・・・」 

 野次馬からは、まばらな拍手が起こった。
この優柔不断親子に幸あれ、と、涙ながらにうなづくおじさんもいた。

 救急車に運ばれるおばちゃんは、あおじそに向かって、
「にいちゃん、弁償してよね〜っ!」
と、大声で叫んでいる。

 また誰も死ななかった。
 誰もいなくなった現場にひとり、しぶく佇むじじじそを、
紅い夕日が照らしていた。

「ゲフ〜ッ!」

 ありえない程でかいゲップが、ホームセンターじゅうに響いた。


                                 (おわり)


 2002.02.20 作:あかじそ