12  「夜の営み」の巻

 「すました顔してメメンメーン」でおなじみの彼女が、24歳の時の話だ。
 彼女と同級生だった私も、当然24歳だったのだが、その日は、
なんと私の結婚披露宴だったのだ。
 そんな節目の日に、あの彼女は、やっちゃってしまったのである。
また!

 同棲生活1年半を経てからの結婚式だったが、
独身で、「彼氏がシテクレナイ」といつも嘆く彼女は、
【大学のサークルの先輩と同棲】という言葉に、
ものすごくエロティックなものを感じていたらしく、
時々アパートに電話してきては、
「【同棲】って、朝も夜もいつもいつもヤッテルんでしょう?」
とか、
「ホテル代がかからないから、ヤリタイ放題だよね」
とか、
そんな話題ばかり、数十分に渡り話しつづけ、
「じゃ、好きなドラマ始まるから切るよ!」
と突然一方的に電話をガチャ切りしていたのだった。

 私は、「そんなわきゃねえだろ」と言おうと思ったが、
彼女の夢を壊しちゃ悪いと思い、ご希望に添うように、
「いや〜、たまりまへんわ〜」とか何とか答えていた。
 実際、「共稼ぎ」で「新入社員」だった私たちが、
そんなスイートな「ライフ・オブ・ナイト」を持てるわけもなく、
劇団の仲間も連日数人寝泊まりしていた部屋で
ただただ、疲れた合宿生活を送っていたのである。

 そして、「籍を入れよ!」との夫の母の命令で、
断る理由も見つからないまま、籍を入れ、
今日の結婚式に到ったのであった。

 白無垢姿で廊下にしずしずと現れた私に、
「わあ、リカちゃん、綺麗!」
「素敵〜」
「うわっ、お父さんにそっくり!」
という親類縁者・友人各位の歓声が一斉に上がり、
その中をかいくぐって、彼女は、私のところまで走り寄ってきた。

「おめでとう! リカちゃ〜ん!」
 彼女は、「お前が新婦かい!」と見まがうような純白のロングドレスを着ていた。
「あ、ありがとう! 遠いところ、よく来てくれたねー!」
と、笑顔を返しつつ、
(おいおい、今日もやっぱり「主役横取りかい」)
と、心の底では、トポトポと涙が流れてきた。

【エブリバデ・エブリデイ・私が主役】な彼女は、
今日この佳き日にもまた、やっぱりその姿勢を貫き通したのだった。

「私が裏切っても裏切っても、ついてきてくれるから、リカちゃんて好き」
といつも言い、その言葉が私を感動させていると信じて疑わない彼女は、
今日もまた、
「私が来るだけの事はあったわ」
と、私の花嫁姿をうっとりと見つめた。
 そして、私の耳元でひとこと、
「今晩がオ・タ・ノ・シ・ミ」
と、囁くのだった。

 実際、私は、その頃、慢性の膀胱炎に苦しんでいて、
「オタノシミ」どころか、式の間じゅう、膀胱の疼痛に苦しんでいたのだった。
 この疼痛には、新婚旅行中ずっと苦しめられることになり、
せっかくバリ島にまで行ったのに、ほとんどトイレに閉じこもっていたのだ。

 そんなお寒い下半身事情だったので、
彼女のエロエロ攻撃には、正直うんざりし、
「今日は楽しんでいってネ」
とだけ言って、他の客たちに挨拶をし始めてしまった。

 そんな私を彼女は追いかけてきて、
「今夜は寝ないよね」
とぐいぐい押してくる。
「今夜は夜中まで2次会で、その後空港に移動だよ」
と私が言うと、
「その後、スゴイことになるよね」
と、またぐいぐい押してくる。

 親戚も友人達も、みんな引いていた。
白無垢の花嫁に、同じく純白のドレスの偽花嫁が、
おしくらまんじゅうでもあるまいに、ぐいぐいぐいぐい押しているのだ。

「ちょっとぉ! そんなに押さないでよ」
 私が彼女に言うと、
「今夜は、もう、もっと違うところを押されたり揉まれたり」
と、もっともっと押してくる。

 私は、廊下の端まで押しやられて、壁にぐいぐい顔を押しつけられていた。

「てえいっ! やめやめいっ! なにしやがんだ、このやろっ!」

 白無垢の嫁が、純白ドレスの女と押し合いへし合いする姿は、
まるで新郎ををめぐってモメテイル女同士といった様相で、
誰もが、しーん、と目を見張ってその光景を見ていた。

 そして、「そんな取り合うような色男は、どんなだ?」と、
人々が新郎に視線を移すと、そこには、身長160センチの、
七五三のような冴えないとっちゃんボーヤが突っ立っているのだった。
 
 彼女は、他の友人達に後ろから羽交い絞めにされて引き戻され、
私は、無事、花嫁然として式の準備にかかったが、
式の途中、キャンドルサービスで彼女のテーブルを回ったときにも、
グワシとキャンドルを押しのけて私の耳元に顔を寄せ、
「今夜は特別なこともするんでしょ」
とニヤニヤ笑った。

 式が終わり、お客を送り出している時も、
彼女は、ひとりで長々と出口に立ち止まり、
「誰にも言わないでね」
と始まり、
「最近、全然彼がシテしれなくてね」
と泣き出した。
 彼女の後ろには、長い列が出来ていた。

「愛しているなら、ヤルわよねえ」
「愛しているから、ヤラナイ、ってどういうことなの」
「大切だから、ヤラナイ、って・・・・・・、
大事にしたいから、汚さない、って言って・・・・・・」
 彼女、もう、号泣である。
 彼女の隣には、一緒に出席していた彼氏もいた。
そいつもやっぱり私と同級生ということもあり、私は、ヤツをギロリとにらんだ。
 
 中2の時、クミのことが好きで好きで死にそうだ、というから、
私は、ヤツとクミとの仲立ちをやった。
 つまらないことで喧嘩したと言えば、
いちいち中に入って、仲直りさせる役目も果たしていた。
 それをヤツは、「大切だから、しまっておく」と、
彼女をモノのように自分のクローゼットの奥にしまいこんじまった。
 新品のまま、封も切らずに、自分の所蔵にしてしまった。
 彼女は、「大切にする」という大義名分のもと、
生きたまま、封印されてしまったのだった。

(自分本位な男!)
(ひとりよがりな考え!)
(自分の罪をわかっちゃいねえ!)
(抱きゃいい、ってもんじゃないんだ!)
(心の問題なんだ!)
 
 私は、一度にたくさんの思いが湧き上がってきて、
もう、なんだっていい、結婚式だってかまやしない、
大切な友人を生殺しにしやがるバカヤロウを、
この場でとっちめてやらずには、おれなくなった。

 私は、その彼氏の礼服の襟首を引きつかんで、

「おい、タカぴょん! たまには、クミとヤッテやれ! 
朝から晩まで、百発も千発も、カマシタレッ!!」

と、怒鳴ってやった。

 後ろに並んでいた親類縁者は、ただただ凍りつき、
真っ白なドレスで、男性客の襟首掴んで
「朝から晩までカマシタレ」と叫ぶ新婦に、固まっていた。

 その後、夫の田舎の、頭の古い親戚達に、
長男の嫁としての私に、どんな評価が下されたかは、知らない。
 知りたくもない。

 ただ、私には、「義理と人情がいっちゃん大事」という、
江戸っ子精神が知らない間に宿ってら、ってなもんなのである。

 そして、結婚12年。
 夫とは、性別までもが入れ替わろうとしている。


              (おわり)
2002.03.06  作:あかじそ