「見世物小屋」の巻

あなたは、見世物小屋に入った事があるだろうか?
私はあります。
感想は、ひとこと。
「こんな事があっていいのだろうか?」
 幼な心に、間違いなくトラウマを植え付けた、あの小屋。
 
小学校の高学年だか、中学生の頃だった。
夏、立川のおばあちゃんの家に遊びに行った時、いとこたちと一緒に、怖い物見たさで入った。
 
 毎年お祭り会場の神社に突如現れる、怪しげなその「館」は、
私達を心底気味悪がらせていた。
「恐怖のかまいたち」と書かれた看板には、爪を立て、牙を剥き、口から血をしたたらせた、
白目の赤いムジナ状の生き物が描かれ、こちらをにらみつけていた。
 また、赤ん坊の時に山に捨てられ、狼に育てられた、という、「狼少女アイ子ちゃん」の半生が、
おどろおどろしく筆で壁に書かれていた。
 その他にも、鶏を頭から呑み込もうとしている大入道の絵や、
今にも飛び出して来そうな、性悪河童の絵が並んでいた。
 その絵のタッチといったら、もう、劇画調を味噌で二百十日煮込んだような、
えもいわれぬ不気味さなのだ。
 
 「入ってみようか・・・・・・」
そう言い出したのは、4〜5人いた中の誰だったか憶えていないが、私でない事は確かだ。
 小屋の入り口の戸の隙間からは、太い鎖が出ていて、
中にいる「何物か」につながれた鎖が、唐突に、ガチャガチャガチャガチャッ、と、暴れた。
 入り口で、痩せこけた、だみ声のおじいさんが、独特の節回しで、口上を述べ立てているのだが、
 「狼少女アイ子ちゃん」の、悲しくもおぞましい、その育ちを語りつつ、時々、
「ハアッ!!」
と、鎖を揺らしては、「中の奴」をいさめている。
 そして、中の客の表情が見えるように、30センチ四方の小窓が開いていて、
中の人たちはみな、一様に、気味悪そうに顔をしかめているのが見えるのだ。

 向こうの出口の方から、狐につままれたような表情の一団が、言葉もなく、つらつらと出てきた。
 その様子を見たおじいさんは、アイ子ちゃんの半生もそこそこに口上を切り上げ、
 「さあさあさあさあさあさあさあさあ、入った入った入った入った、御代は見てのお帰りだよ」
と、入り口で立ちすくむ我々を促がした。
 我々は、まるで催眠術にでもかかったかのように、自分の意思とは裏腹に、
どんどんどんどん中に入っていってしまった。

 中は、むん、とした空気に包まれていた。
 細長い小屋を縦に真っ二つにロープで仕切って、舞台と、客席とを分けていて、
我々を含む総勢50人ほどの大人や子供は、細長い客席に立ったまま
どんどん奥に詰められていった。
まるで、腸詰にされるミンチだ。もう、自分の意思では絶対に出られない。
物理的にも、精神的にも、閉じ込められてしまった。

 舞台の奥には、大きな白い布で何かを覆い隠してあり、
その布が、時折、はたはたと不気味に揺れた。
口上を終えたおじいさんが中に入ってくると、
「はいはいはいはいはいはいはいはい、奥に居るのは、恐怖のカマイタチ。
一度、その姿を見た者は、2度と生きては帰れないという、世にも恐ろしいものだっ。はいっ!!」

 おじいさんが、掛け声とともに布を剥ぎ取ると、そこには・・・・・・

農具「鎌」と、ベニヤ板
(赤ペンキがビシャッ、とかかっている―――「血」らしい)
が、おいてあった。

「さてさてさてさて、次は・・・・・・」

おじいさんは、さくさくと次に進んだ。
どうやら、怖がらせるだけ怖がらせ、オチについては、ノータッチ、という姿勢らしい。

「お次は、中国3000年の歴史を物語る、妖怪伝説が、今ここにっ!」
そう言うと、舞台しも手の床を指差した。
 そこには、直径15センチほどの丸い穴があいていた。
と、突然、軽快な祭囃子が流れ出し、穴から、緑色の物体が飛び出した。
笛太鼓のリズムに乗って、上下に揺れるその物体は・・・・・・

 河童の指人形―――。
おまけに、穴の隙間からおばあさんが、入れ歯をカクカクさせながら
人形を操作しているのが見える。

 「はいっ! 河童太郎ちゃんですっ! さてさてさてさて、次は・・・・・・」

 おじいさんは、客がリアクションを起こす前に、絶妙なタイミングで、次に進む。

「お次は、特別公開、狼少女アイ子ちゃん! ささ、おいでっ! ハッ! ハッ!」
鎖を掴んで激しく振るおじいさん。今度は何だっ!

 そして、鎖の先には・・・・・・

 さっきのおばあさんが・・・・・・。原始人のような獣の皮をまとって登場。

「さあっ、アイ子! お手ッ! アイ子! 餌だぞっ。餌っ!!」

 アイ子ばあさんは、おじいさんが投げた生きた鶏に飛びつき、鳥の頭を口にくわえた。
 「キャー」と、女性客の悲鳴が響くと、「よし(つかみはOK)」という表情をし、
口から鳥の頭を出した。
次に、何を思ったか、鶏の首を絞め始め、鳥は、キューッ、といって、気絶した。
 「やめて―ッ!!」
今度は私が叫んでしまった。

―――ハッ!

 私は物凄くたくさんの視線を感じて、その方を見ると、例の30センチ四方の小窓の向こうから、
外の人たちが大勢、わくわくしながら、叫ぶ私を見ているではないか。
 「―――私が見世物になってる・・・・・・」

 と、出口の幕がサッと開き、人々が外に出始めた。
 「お代は見てのお帰り」
完全にインチキだが、誰も「払い」を渋る者はいなかった。
いくらでも払うから、早くここから出してくれ、と、誰もが思っているようだった。

 いくらだったかは、憶えていない。
ただ、これは、完璧に、私のトラウマになった。
私の人格形成に、くっきりと、道筋をつけてしまった。

 だみ声のおじいさん、そして、奥さんのアイ子さん、末永くお仕事頑張ってください。
翌年も、同じ出し物でしたね。
そして、今年も、来年も、ずっと・・・・・・フォーエバー・・・・・・。