「おふくろ主義」の巻


築22年の、倒壊寸前の我が家に、あの男がやってきたのは、去年の春だった。

「こ、これはっ! やばいです! 大変な事になっちゃってます!ほらっ!」

と、彼は、床下収納をはずして、かび臭い床下を私に見せた。
たまたま喘息を起こしていた子供の咳を聞き、

「お子さんの喘息、悪化しちゃうよ! 体に良くないよ! 良いわけないよねっ!」

と、頭皮から、前後左右、360度、どおどお汗を流しながら、熱く語った。
彼は、固太りで、やたらと目がまん丸だった。
「あんた、ホントに日本人か? 」
と、疑いたくなる程、サモア系の濃い顔だった。

彼は、白蟻処理やら耐震工事やらの、ハウス・メンテナンスを扱う、
有限会社のリフォーム業者なのだった。
俺が会社を廻してる、と、自負しているらしく、営業トークも鬼気迫る。

「お金ないから・・・」
と、防蟻処理を断る私に、汗を拭き拭き、また熱く語る。

「俺も、貧しかったんだ・・・兄弟がいっぱい、ごろごろいてさ・・・」

気がつくと、生まれたての四男を抱く私の周りを、
青っ洟垂らした3人のオスガキが掛けずり回っている。

(「俺も貧しかった」って・・・「も」って・・・・・・失礼な・・・)

カチンと来たが、一応、こっちも大人なので、冷静に対応する。

「男の子4人ですからね。大変ですよ」

すると、彼は、さらに声を張り上げた。

「でもねえ、男の子は、母親命なんですよ!
私もそうだけどね、男は、いつまでたっても、おふくろ主義!」

(おふくろ主義?! どんな主義だよ!)

おふくろ主義、というフレーズが、私の頭の中をぐるんぐるん回り、
結局、催眠術にでもかかったように、防蟻処理の契約を結んでしまった。

それから3ヵ月後、アフターフォローで訪れた彼は、
今度は、地盤沈下を指摘し、耐震工事を強くすすめてきた。
阪神大震災の時、神戸支店に勤めていて、多くの家の被害を目の当たりにし、
また、復興に尽くした、と言う。

私が、
「お金をケチって、子供の命を守れなかったら、親の責任ですよねえ」
と、言うと、キラリと目が輝き、

「俺の親父は、車にひかれそうになった小さな俺を・・・
こうして・・・こうして・・・俺を抱きしめて、守ってくれたんだよ!」

「ああ・・・、そうなんですか・・・」
私も、コメントに困る。

「もう、死んじまったけど・・・親父は、俺を命懸けで助けてくれたんだ。
だから、俺も、息子を命懸けで助けたものさ。
・・・そんなもんじゃないかな? 親ってさあ・・・・・・」

その間、終始、汗どおどおである。

今回は、先立つものがないので、さすがに断った。
ローンもあるでよ、と言われたが、やっぱり断った。

熱いぜ。
熱すぎるぜ、オヤジ!
親子の愛を語ると、止まらないよね!
営業なんて、そっちのけだよね!

怪しく、そして、暑苦しい、有限会社のミスター浪花節。
君は、今日も<おふくろ主義>かい?


(おわり)