「イライラ似顔絵師」の巻


 浅草は、母の育った町だということもあり、しょっ中足を運ぶ。
 あそこは、ごちゃごちゃで、楽しい。

 浅草のあの、狭ッ苦しいところに、昔からある遊園地「Hやしき」には、これまた恐ろしく狭ッ苦しいところを縦横無尽に走り回るガッタンガッタンのジェットコースターがある。
 後ろのほうに乗ろうとすると、係のおじちゃんに
「おうっ、アブねえぞ、前の方にノンな!」
と、うながされる。
 多分、それは冗談だろう。冗談だと思いたい。
 そして、乗り込んで、走り出すと、いきなり銭湯の中
(セット)に突っ込んだり、狭いのを逆手に取った、アナ―キーなカラクリが用意されている。

「いや〜、笑った笑った」
と、話しながら降りてくると、ジェットコースターのレール下の蔭に、陰気な似顔絵師が、じっとりと座っているのを発見した。 
 
「子供達の似顔絵、描いてもらおっか?」
母はそう言うと、長男・次男の手を引いて駆け出し、その陰気な似顔絵師の前の椅子に、子供ふたりを腰掛けさせた。
「なんか、いやだなあ」
と思ったが、母は、もうとっくに似顔絵師に1000円札を手渡していた。

 私もそこへ行ってみると、その似顔絵師は、20代半ばでガリガリに痩せていて、こめかみに青筋を何本も浮かばせ、不機嫌そうに札を受取っていた。
 私も少しは絵心があるので、お手並み拝見、という気持ちで色紙を覗き込んで見ていると、彼は、だんだん、プルプルと震え出し、突然、

「描いてるときは、見ないで欲しいんですよね!!」

と、私に牙を剥いた。
 私は、びっくりして、飛びのいた。

 陰気な似顔絵師は、細い細い線で、ちまちまちまちまと描いていき、子供が少しでも動こうものなら、

「動かないで欲しいんですよね!!」

と、キレた。
 
 彼は、今まで描いていた色紙を、筆で、ぐちゃぐちゃぐちゃ、と真っ黒く塗りつぶし、また新しい色紙を取り出して描き直し始めた。
 ぐちゃぐちゃぐちゃ、を繰り返すこと3回。
 待ちくたびれて退屈した子供が、あちらこちらを見回しているので、私と母があせって、
「はい、こっち見て、こっちこっち!」
と、彼の後ろで拍手すると、彼は、大きく息を吸い、そ
してゆっくり大きくため息をつくと、

「そういうのっ! やめて欲しいんですよね!! 返ってやりずらいんですよね!」

と、もう、イライラも最高潮になった。
 子供は泣きべそをかきながら固まっているし、後ろで順番を待っていたカップルは逃げていくし、似顔絵師は、もう、沸点ギリギリだった。

 と、次男が耐え切れず、
「もうイヤダ〜!」
と、イスを立った。
 その時だ。

「あんた達が描けって言うから、描いてるんじゃないかあ!!」
「俺だって、俺だって、こんなもん、描きたかねえんだ!」 
「俺は風景画専攻なんだ!」 
「どうせ、あんた達、似てない、って思ってるんだろ!」 
「思ってるよな!」
「俺だって思うよ」
「全然似てないもんな、実際な!」
 
 彼は、立ち上がって絶叫し、手に持った色紙を自分のひざで思い切り折り曲げようとした。

「だあああああああああっ!」
と言って、母と私が、駆け寄ってそれを止めると、彼は、急に思いとどまり、

「すみませんでした。返金いたします」

と、ポケットからくしゃくしゃの1000円札を出して、母に渡そうとした。
 母が、
「いいから、絵ちょうだいよ」
と言うと、彼は、しぶしぶ、その色紙を母に渡した。
 私は、その絵を覗き込んで見てみた。 

(似てねえ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!)

一同、あんぐりとなった。

 しかし、一刻も早くこの場を離れたかったので、そのままそれを持って家に帰った。

 悲しき芸術家よ、今日もまた、レールの下で人生の苦渋を舐めているのかい?
それより、得意の画風で、サビレユク浅草の風景を切り取っていたほうが、貧乏だけど幸せなのではないのかい?
 余計なお世話と知りつつも、引き出しにしまい込んだあの色紙を見るたびに、彼の人生に思いを馳せてしまうのであった。


                                      (おわり)