ゲイルはとうとうホーリーシティを目前にした。
(あれがホーリーシティか...ミッドガルのような都市を想像していたが)
ゲイルが見る限り、ホーリーシティにはミッドガルような威圧感は全く感じられなかった。
都市を象徴するような高層の建造物も無く、軍事的な施設も見当たらない。どう見ても普通の都市だ。
(まあ、俺にはどうでもよい事だけどな)
ゲイルは真っ直ぐホーリーシティの入口を目指した。
ホーリーシティの入口の前に立っても、ゲイルの印象は変わらなかった。
ホーリーシティは一応全体を塀で囲んではいたが、それは単に囲ってあるという程度のものだった。
入口に警備はいたが、特に訪問者に質問するでもなく、そのまま素通りさせている。
だから、あっけないくらいにゲイルはホーリーシティに入る事が出来た。
(そういう事か。敵はもう存在しないという事なんだな)
(でも、おかげで余計な戦いをせずに済みそうだな)
ゲイルは大統領−いや、元神羅カンパニー幹部の生き残りであるリーブだけが目的だった。
ゼウスの力を持ってすればこの都市を破壊する事も可能だろう。
だが、それはかつて神羅が自分の村に対して行った行為と何ら変わりがない。
ゲイルは復讐だけが全てであったが、修羅には成り切れていなかった。
(俺は奴を...神羅の生き残りさせ殺れればいいんだ)
ホーリーシティは喧噪に包まれていた。
新政府樹立を控え、街はお祭り気分のようだった。
そういった意味ではここはまだまだ未成熟な、発展途上にある都市といえる。
(さて、とりあえずは奴の居場所を調べないとな)
ゲイルはとりあえず酒場に向かった。秘密裏に情報収集するのは酒場が最も有効だからだ。
酒場に入り、カウンターに座り、とりあえず安い酒を注文する。
一息ついたところでゲイルはマスターに尋ねた。
「おいらは初めてこの街に来たんだが、ここの大将が大統領になるんだって?」
「ええ、そうですよ。来週末に大統領就任の演説があるんですよ」
「へえ、道理で街がにぎやかな訳だ。歓迎ムードってやつかなあ」
「私達がこうしてまともな暮らしを取り戻せたのもリーブさんのお陰ですからね」
「大統領はリーブという人なんですか?」
「ええ。昔は神羅の幹部ということで私達も嫌ってたんですけどね。でも、あの人は違っていました。全てを失った私達を此処に導いてくれました」
「そうなんですか。一度お目にかかりたいなあ」
「以前は市長邸でお会いできたんですけどね。...最近はいろいろ忙しいらしくて難しいみたいですよ」
「そうでしょうね。ところで、市長邸って何処にあるんですか?」
「この店を出て真っ直ぐメインストリートを行くと突き当たりにあります...会いに行くのですか?」
「いや、大統領に会いに行くなんて怖れ多い。ただ、ちょっと旅のみやげに見ていこうかなって思ってね」
「見に行くといいですよ。もしかしたら、リーブさんに会えるかもしれませんし」
「会えたらいい自慢話になるね」
「大統領になったらおいそれとは会う事なんて出来ませんから。今が最後のチャンスかもしれませんね」
(とにかく市長邸に行ってみるか...)
ゲイルは酒場を出て、市長邸に向かった。
言われた通りメインストリートを進んでいくと、白くて大きな建物が見えてきた。
(これが、そうか?)
建物の入口には二人の警備員が立っていた。
「すいません、此処が市長邸ですか?」
「そうですが、市長に何か御用ですか?」
「いえ、私は旅の者でして。旅のみやげに見に来たんですよ」
「そうでしたか。この間までは中も見学出来たのですが、大統領演説が控えているもので今は入れないんです」
「ええ、分かっていますよ。此処から見るだけで充分ですよ。これでも村に帰れば自慢できますから」
「申し訳ありません。此処から見る分には何の問題もありませんから、存分に御覧下さい」
「...ところで、大統領は昼間のこの時間は居ないのですか?」
「最近はいつも夕方に帰って来られます。演説の準備があるので」
「そうですか...ありがとうございます。いいみやげ話が出来ました」
(そうか、夕方には奴は此処に帰って来るんだな...)
ゲイルは市長邸の良く見える宿屋に宿泊する事にした。しばらく市長の一日の行動を観察しようと思ったのだ。
チャンスは一度しか無い。市長が確実に市長邸にいる時間帯を知る必要があったのだ。
朝8時、市長は市長邸を出発してすぐ近くの中央都市機関のビルに向かう。
勿論警護の人間は付き添ってはいたが、子供達が近づいてきても追い払うような素振りは見せない。
市長は気軽に子供達に声を掛け、子供達も近所のおじさんと話すような気軽さでそれに答えている。
ゲイルには意外な光景だった。
中央都市機関に入ると夕刻までは一歩も外出する気配も無い。
そして夕刻にはビルを出て真っ直ぐ市長邸に戻ってくる。
市長邸に二階の執務室らしき部屋の窓には数人の人影が見える。恐らく大統領演説のリハーサルだろう。
夜9時になると秘書や政府関係者らしき者達が帰ってゆく。
数日間市長の行動を観察した結果、ゲイルは結論を出した。
(早朝に決行だな。これなら他に殆ど犠牲を出さずに済みそうだしな)
次の日の朝、ゲイルは予定通り6時には眼が覚めた。
外を見るとメインストリートには人影は無い。市長邸も警備員が一人門の所に立っているだけだ。
ゲイルは宿屋を出て、市長邸の前に立った。
(これで全てが終わるとは思えないが、恐らくこれが最後の復讐になるだろう)
「ゼウス!」
ゲイルはゼウスを召還した。
(ゼウス、狙いは市長のみだ。他の人間には出来るだけ危害を加えるなよ)
(了解した)
ゼウスはゆっくりと市長邸に迫っていった。
警備員は突如現れたゼウスの姿を見ると「ここを通すわけにはいかない」と銃を手にしてゼウスに発砲した。
だが、ゼウスは何事も無かったようにゆっくりと彼の目の前を通り過ぎていった。
警備員はもうそれ以上攻撃するのを止めた。ゼウスの前では自分は無力であることを悟ったからだ。
「市長、お逃げ下さい!モンスターの来襲です!」そう叫ぶのが精一杯だった。
リーブは既に目覚め、身支度を整え、朝食を取っていた。
「本日は8時半から新法に関する会議があります、それから・・・」
「ロアンナ君、朝食は取ったのかい?良かったら一緒にどうだ」
「あ、はい・・・いえ、私はもういただきましたから結構です」
「そうか、残念だな。8時半だね、分かったよ」
「申し訳ありません。お食事中に」
「いいんだよ。君のような優秀な秘書がいるからこそ私も市長をやっていられるんだと思っているよ」
「あ、ありがとうございます」秘書のロアンナは少し顔を赤らめた。
その時、市長邸が大きく揺らいだ。
そして執事が食堂に飛び込んできた。
「た、大変です!モンスターの来襲です!」
「モンスターだって!」リーブは窓に駆け寄り、外を見た。前庭に召還獣の姿があり、市長邸を攻撃している。
(あいつは召還獣だ...誰かが召還獣でこの市長邸を攻撃しているのか?)
再び市長邸が大きく揺らいだ。リーブはかろうじて窓枠につかまり転倒は免れた。召還獣は市長邸を全て破壊しようとしているかのようだった。
(奴の狙いは恐らく私だ。いかん、このままでは他の者まで犠牲にしてしまう...)
「皆早く市長邸から逃げるんだ。奴の狙いはこの私だ」
「市長こそ早くお逃げになって下さい」秘書のロアンナが叫んだ。
「私の事は心配するな。とにかく逃げるんだ!」
リーブはそう言うと自分の部屋に向かった。
リーブは部屋に戻ると、部屋の片隅にある装置の前に座った。
(頼むぞ、相棒)
スイッチを入れると、スクリーンにケットシーの視点で風景が映し出される。
「戦うのは久し振りやなあ」
ケットシーは倉庫から前庭に飛び出した。
(奴は見つからないのか)
(焦る事は無い。いづれ逃げ場を失って向こうから現れる)
ゼウスは市長邸をほぼ半分破壊していた。リーブを見つけだすのは時間の問題だった。
「そこまでや」
その声にゼウスが振り返ると、そこにはケットシーの姿があった。
「貴様は何者だ」
「そら、こっちが言いたいわ。あんた、召還獣やろ?何が目的なんや?」
「貴様には関係のない事だ」
「そうはいかんのや。今はまだ市長に死んでもらっては困るんや」
「私と戦おうというのか...笑止な」
ゼウスはケットシーに近づいてきた。
「そっちが召還獣なら、こっちも召還獣や」
ケットシーはマテリアを掲げると叫んだ。
「バハムート零式!」
マテリアは眩い光を発し、そしてその光の中からバハムート零式が飛翔した。
「こ、これは...」
さすがのゼウスも驚いた様子だった。明らかに自分よりも上のクラスの召還獣に出会ったという声だった。
(ゼウス、どうした)
(う、う・・・あれは最上級クラスの召還獣、バハムート零式・・・生きていたのか)
ゼウスは後ずさりしたが、もう逃れる術は無かった。
バハムート零式は空高く飛び立つと、気をその口元に集めた。
(や、やめろ...)
口元に集結した気は眩い光の玉となり、バハムート零式はそれをゼウスに向かって一気に放出した。
テラフレア!
光の玉は光の帯になり、ゼウスの身体に降り注いだ。
ゼウスの姿は消え、後には呆然と立ちつくすゲイルが残された。
「ゼウスが破れるなんて...」
ゲイルはその場にガックリ膝をつき、頭をたれた。
警備員が駆け寄りゲイルを取り押さえる。ゲイルは無抵抗だった。
「どうやら終わったようやな。...ほんまにクラウドさんからコレもらっといて良かった」
ケットシーはマテリアを手にして言った。
「さて、久し振りの戦いで少し疲れたわ。戻って休ませてもらいますわ」
ケットシーは再び倉庫に戻っていった。
ゲイルは一人牢の中にいた。
他からは物音一つ聞こえてこない。どうやら此処にいるのは自分一人らしいと彼は感じていた。
(犯罪者は俺一人、か)
(俺はどうなるんだろう...)
彼は此処に連れてこられる間の警官の言葉を思い出していた。
「お前は運が良い。本当なら死刑にされても文句は言えないんだが、市長は絶対死刑にはしないと言っているそうだ」
(死刑にはしないが一生俺をここに閉じこめるつもりか?)
(それならむしろ死刑の方がいいじゃないか)
(情けで一生奴の世話になるなんて俺は御免だ)
だが、彼にはどうすることも出来ない。鉄格子を叩いても虚しく音が響くだけだった。
「こんばんわ〜」
「お、お前はさっきの...」
牢の前に立っていたのはケットシーだった。
「どないでっか、身体はまだ痛みます?」
「お前には関係の無い事だ」
「おやおや、随分と荒れてるようですなぁ。あんたの気持ちも分かります。こないな所に閉じこめられたら誰かてイライラしますがな」
「俺に何の用だ?」
「なんで市長を狙ったのか知りたいんや。市長はあんたの事面識無いって言うてるし」
「奴に頼まれたのか?」
「確かに頼まれましたけど、ワイもあんたにちょっと興味があるんでこうして会いに来たんや」
「俺に興味が?」
「あんたがどうにも悪い奴には見えんのや。何か深い訳があるんやないかと思ってな」
「そうか...もう俺には何の力も無い。いいだろう、話してやるよ。俺の村に起こった事を」
ゲイルは自分に村に起きた事を話した。
「そうやったんか。神羅がそないな事を...」
「ああ、だから俺は俺の村をあんな風にした神羅を、神羅の人間を許せなかった」
「そやけどリーブはんは...」
「ああ、何も知らなかったっていうんだろ?俺だって分かっているさ。だが、奴は神羅の幹部だったんだ」
「奴が普通の暮らしをしていたら復讐しようなんて思わなかったさ。でも、奴は大統領になるっていうんだ」
「俺の村を奪った神羅の人間が大統領なんて、俺には絶対許せなかった」
「...」
「まあ、今の俺にはどうすることも出来ないがな」
「リーブはん、いや市長はあんたを釈放するつもりですよって」
「俺を釈放する?おい、冗談は止めてくれよ」
「冗談やのうてホンマのようです。ただ、召還マテリアは返せないと言うてましたが」
「...本当なのか?」
ケットシーは黙って頷いた。
「せやから逃げようなどと思わんて、大人しくしといてくれませんか?」
「ああ、どっちにしろ俺にはどうする事も出来ないんだしな」
「少しの辛抱やさかい、待っといてな」
ケットシーは帰っていった。
(釈放だって?本当なのか?...どちらにしても、なるようにしかならないんだ)
ゲイルは横になった。ここ数日の極度の緊張状態から解放されたせいか、そのまま眠ってしまった...。
(ゲイルよ、目覚めるのだ)
聞き慣れたその声にゲイルは目を覚ました。だが、起きあがって辺りを見回しても誰もいない。
(ゲイルよ、私だ)
それはゲイルの意識に直接届いてくる言葉だった。
(ゼウス、なのか?・・・生きていたのか)
(我は召還獣。一時的に力を失っただけだ。さあ、ゲイルよ、此処から逃げるのだ)
(俺は...何が真実なのか分からなくなった。奴は・・・リーブは俺が思っていた人物とは違うようなんだ)
(ゲイル)
(誰に聞いても奴を悪く言う人間はいない。俺の復讐は間違っていたんじゃないかと思えてきたんだ)
(奴は俺を釈放すると言っている)
(ゲイル、そなたは修羅になるには優しすぎるのかもしれぬ。そなたは人を疑う事を知らないのだ)
(ああ、俺は修羅にはなれないよ。俺は神羅のような真似はしたくないんだ)
(そうか...だが、人間には誰にも知られぬ本当の姿があるものなのだ)
(本当の姿?)
(そなたは本当は心優しき人間だ。だが、人々が知っているのはテロリストというそなただけなのだ)
(仕方ないさ。誰も俺の事を知らないんだからな。事件だけを見れば俺はテロリストにしか見えないさ)
(では、リーブという男の真の姿はどうなのだ)
(どういう事だ?)
(今、リーブにとってどのような時期であるか考えるのだ)
(時期?)
(来週には大統領になるのだ。そんな男が犯罪者とはいえ、死刑を執行するような愚を犯したりはしない)
(大統領というものはイメージというものが大切なのだからな)
(だから俺を釈放するというのか?)
(そうだ。彼にとっては罪人を恩赦によって釈放したという事実が重要なのだ。たとえその後その罪人が不慮の死を遂げたとしてもな)
(まさか、それは...)
(考えるがよい。自分の命を狙った男を自由にする人間が何処におろう?その男は再び自分を狙うやもしれぬのだ)
(そなたならどうする?)
(俺なら...)
(分かったであろう?むざむざ将来の不安の種を残して置く必要はないのだ。そのような種は摘むべきなのだ)
(俺は、殺されるのか)
(ゲイル、逃げるのだ。それがそなたに唯一残された生きる可能性なのだ)
ゲイルは復讐の中で、自分が捕まれば殺されるという事は分かっていた。だが、恐怖は感じていなかった。
復讐心が恐怖を覆い隠してくれたし、ゼウスという力を得て絶対的な自信があったからだ。
だが、ゼウスの言葉に改めて死という恐怖が彼の中に甦っていた。
(俺はこのままで死ぬわけにはいかないんだ...)
(そうだ。今ならばまだ間に合う)
(さあ、ゲイル、我が名を呼ぶのだ。我は再びそなたと一つになり、この窮地を脱することが出来るのだ)
(...)
(さあ、ゲイル!)
ゲイルは一瞬躊躇したが、復讐心そして死の恐怖が彼の迷いに打ち勝った。彼はその名を呼んだ。
「ゼウス、俺を助けてくれ!」
その瞬間、牢獄の奥の方から光の帯が流れて来て、ゲイルの身体を包み込んだ。
彼の意識はその光の帯−ゼウス−とシンクロし、ゲイルは異形の者に姿を変えてゆく。
ゲイルと一つになったゼウスは鉄格子を針金のように折り曲げ、牢の外に出た。
そして羽を広げ、飛び立ち、天井を突き抜け、闇夜に翻る...。
ホーリーシティから少し離れた原野にゲイルは立っていた。
(これからどうすればいいんだ...)
ゲイルは自由になった。だが、ゼウスが敗北した今、復讐の手だては無かった。
(ゲイル、北の地を目指すのだ)
ゼウスがゲイルに語りかける。
(北の地?そこに何かあるのか?)
(我は未だ不完全なのだ。北の大空洞・・・其処へ行けば我は完全体になれるのだ)
(完全体?)
(完全体となれば恐れるものは無い。先に敗北した召還獣など問題ではない)
(北の大空洞、其処へ行けばいいのか?)
(そうだ。それが唯一復讐の為の方策なのだ)
ゲイルが迷う余地など無かった。復讐にはゼウスが絶対的な力を持つ必要があるのだ。
ゲイルは北へ向かう決心をした。そしてホーリーシティに向かって呟いた。
「俺は再び戻ってくる、必ず...」