「何やってるんだ。チンタラやってると今日の予定量に間に合わねえぞ」
野太い声が作業場に響く。だが、その声には暖かみがあった。
作業員がつぶやく。
「まったく、バレットさんは人使いが荒いや。でも、一番頑張っているのはあの人だからなあ」
振り返ると全身土まみれになりながらトロッコを押すバレットの姿があった。
右手にはハンドガンの代わりにちょっと不格好な義手が付けられている。
けれど痛々しい印象は無い。むしろ頼もしいと思えてくる。
だからバレットの姿を見ていると作業員達も不思議に頑張れるのだった。
ひと仕事が終わって、昼食の時間。
「おまえらが良く働いてくれるおかげで燃料石の採掘は上手くいってる」
「正直言っておまえらがここまで頑張ってくれるとは思っていなかったよ」
「だが、おまえら神羅の人間だったんだろ?リーブの命令とはいえ、こんなところで働いてて辛くないのか?」
作業員が答える。
「俺達に出来ることといったら、戦うことぐらいしか出来ませんから」
「此処に来てなかったら、今頃きっと野盗にでも成り下がっていました」
「こうしてまっとうに働けるだけでも幸せだと思っていますよ」
バレットはそれを聞いて、彼らを単なる新政府から派遣された連中と思っていた自分を恥じた。
「お前らも苦労してたんだな...」
「なあ、俺達は仲間だ。こいつを必要とするみんなのためにがんばろうぜ」
あの戦いの後、バレットはマリンとともにしばらくはロケット村にいた。
本来ならコレルに帰るべきなのだろうが、どうしても帰る気にはなれなかった。
逆恨みとはいえ、村に残された人々の気持ちを察すると自分は帰るべきではないと思った。
そしてそれ以上にバレットはマリンの事が気掛かりだった。
あの村にはマリンの本当の父親の事を知る者がいる。
マリンは真実を知るかもしれない...自分が本当の父親でない事。そして本当の父親を心ならずも殺してしまった事を...
いや、それでマリンが自分を親の仇と思うならそれでも良いと思っていた。
マリンがそれで幸せになれるのだったら、喜んでマリンの制裁を受けよう。
だが、マリンはまだ幼い。真実を受け止めるには余りに幼いのだ。
いづれは話さなければならない...それは分かっている。
だが、今はまだその時期ではない。だから、コレルには帰れないのだった。
シドはバレットの事情を察していた。
ハイウィンドでコレル村上空で迷うバレットを見かねてシドは言った。
「おう、バレットよう、俺っちの村に来ねえか?なあに、マリンの世話はシエラにやらせりゃいいって」
「シド...」
「なあに、だれでも人には話せない事情ってもんがあらあな」
「...すまん」
「しけた面すんなって、仲間だろ?遠慮なんかするんじゃねえぞ」
バレットとマリンはシドの家に厄介になる事になった。
ロケット村も神羅の強引なロケット発射によってかなりの被害を被っていて、
シドとバレットはロケット村の復興の為に懸命に働いた。
マリンはシエラに良くなついていた。シエラもマリンを我が子のように可愛がっていた。
バレットは此処に腰を落ち着けるのも悪くないな、と思い始めていた。
だが、ある日の事、新政府からの使者がバレットの元を訪れる。
魔胱エネルギーが無くなった事で燃料石が必要になった事。
コレルに燃料石の採掘を依頼した事。新政府から労働者を派遣した事などを話した。
「それで、俺にどうしろっていうんだ」
使者は事情を説明した。
「それが...採掘を取り仕切れる人がいないのです。それでバレットさんに協力願えないかと...」
「おいおい、コレル村の連中はバレットを恨んでるんだろ?バレットに戻れというのは酷じゃないのか?」
「コレル村の人達は分かってます、逆恨みだった事を」
「事実、今日こうしてバレットさんに協力を申し入れたのは他でもない、コレル村の人達なんです」
バレットは窓辺に歩み寄り、しばらく黙って考えていた。
そして思い立ったように振り返って言った。
「どれくらい...必要なんだ?」
「へ?」
「燃料石は一日どれくらい必要なんだ」
「あ、おおよそ300コレルです」
「それで今、一日どれくらい採掘出来てるんだ?」
「報告ではおおよそ150コレルだと聞いていますが...」
「半分も採掘できてねえじゃねえか。...分かった、すぐコレルに行く」
「あ、ありがとうございます」
「お前さん達に礼を言われる筋合いはねえ。こいつはコレルの問題だ。頼まれなくても俺は行くぜ」
「お、おい、バレット、いいのかよ」
「すまねえ、シド。やっぱりコレルは俺の故郷なんだ。俺は行かなきゃならねえ」
「それなら止めはしねえが...マリンはどうすんだい?」
「マリンは...しばらく此処に置いてやってもらえないか?そのうちきっと迎えに来る、それまでの間だけでもいいんだ」
シドはバレットの中に強固な意志を感じ、そして理解した。
「仕方ねえな。分かった、マリンは俺っちが預かるぜ。その代わり、ちゃんとあの子に説明しろよ」
「すまねえ...マリンには今夜にでもちゃんと話す」
その晩、バレットはマリンに事情を話した。
マリンは以外にも「お父さん、頑張ってね」と言った。
本当はとても寂しいに違いないのに、マリンは涙一つ見せずに答えてくれた。
マリンもあの戦いで成長していたのだ。彼女は知っていた。自分の父親が特別な存在である事を。
だから自分の寂しさくらいは耐えなくてはいけないのだと。
バレットはそんなマリンの気丈さに涙しながら、彼女をしっかり抱きしめた。
心の中で「すまねえ、マリン」と言いながら...
「なあ、ティファ」
「何?クラウド」
「もうすぐコレルだな」
「うん、懐かしいね」
「コレルっていったら...ゴールドソーサーも近いよな」
「そうだったね。でも、ゴールドソーサーがどうしたの?」
「いや...せっかくだから、ゴールドソーサーに寄ってみようかって、ちょっと思ったんだが」
「クラウド...本当に?」
「前に来たときは、いろいろあったしな...ティファ、行くかい?」
「うん、行きたい...また、観覧車に乗りたいな」
ティファはまさかまたゴールドソーサーに行けるとは思ってもいなかった。
でも、本当はずっと行ってみたいと思っていた。もちろん、クラウドと二人で。
ティファは喜びを隠しきれなかった。
「クラウド、早く行こう」
ティファは走り出した。
「お、おい、ティファ」
クラウドはそんなティファの後ろ姿に、ティファの中に幼い日の面影を見ていた。
こんな風景...自分が幼い頃に夢見たものだ。
クラウドも気が付くとティファを追って走り出していた。
クラウドとティファはコレル村に到着した。
久し振りに訪れたコレル村は以前とは違い、活気があった。
村人もかなり増えているようだ。
「此処はすっかり変わったな。もっとも、これが本来の姿だったんだろう」
「平和だった頃のコレルに戻ったのね...でも、バレットは此処にはいないのよね」
「ああ、バレットとマリンはシドの所にいるらしい」
「本当は帰りたかったんだよね...」
「仕方ないさ、この村にはマリンの両親を知っている人間がいるからな」
「そうね...でも、いつか二人が帰って来れるといいね」
二人は村の中を懐かしそうに歩いていた。
「おら、もうひとふんばりだ、頑張れ」
野太い声が向こうの方から響いてきた。何処かで聞き覚えのある声だった。
クラウドとティファは即座にその声の主を頭に描いた。
「ねえ、今の声...」
「まさか...」
二人は声のする方向に走り出した。
声のする場所は炭坑のある場所だった。
其処で二人は見た。がっしりとした体つき、黒い肌、そして野太い声の男が其処に立っていた。
「バレット!」ティファは思わず叫んだ。
向こうもその声に懐かしい響きを感じたのだろう。すぐに二人の方に振り向いた。
「クラウド、それにティファ...おう、久し振りだな」
「驚いたわ、まさか此処でバレットに出会えるなんて」
「でも、どうして此処にいるんだ?」
「まあ、これにはいろいろ事情があってな」
「事情?」
「今日はこの辺に泊まるんだろ?...すまんが、仕事が終わるまで待ってちゃくれねえか?」
「分かった。今夜、村の酒場で会おう」
「悪いな」
「いいのよ、バレットはお仕事頑張ってね」
「でも、驚いたわ。バレットが帰ってきてたなんて」
「...ティファ、すまない、ゴールドソーサーの事は...」
「いいのよ、気にしないで。私もバレットとお話ししたいから」
コスタ・デル・ソルからの船の関係で此処には一泊しか出来なかった。
今夜バレットと会うという事は、ゴールドソーサーへは行けない事を意味する。
「でも、いつか連れてってね」
「ああ、約束するよ」
その夜。
クラウドとティファは酒場でバレットを待っていた。
「こうしてクラウドと同じ席で飲むのって、久し振りね」
「そうだったか?」
「だって、いつも私はカウンターの向こうにいたもの」
「ああ、そういえばそうだった...でも、俺はいつもティファと一緒に飲んでいたつもりだったよ」
「私もそうだったけど...でも、今日は誰にも邪魔されないし、やっぱり特別」
「ごめんな、本当はゴールドソーサーでこうしてるはずだったんだよな」
「気にしないで、私は何処でもいいの、クラウドとこうしていられたら」
やがてバレットが店へ入って来た。
「すまねえ、待たせたな。今日は俺のおごりだ、好きなだけ飲んでくれ」
バレットはビールを、クラウドはきついカクテル、ティファはライトカクテルを注文した。
「とりあえず、再会を祝して乾杯だ」
3人はグラスを合わせた。
「ふぅ、やっぱり仕事の後はこれが一番だな...おおう、すまねえ。俺の話を聞きたかったんだよな」
バレットはコレルに来るまでのいきさつを話した。
「そうだったの...いろいろあったのね」
「でもな、コレルの名誉のためなんて言いながら、俺は本当はコレルに帰る理由を探していたんだろうな」
「仕方ないよ、誰でも生まれ故郷が一番だもん」
「だが、そのためにマリンを...また一人にしちまった...」
「バレット...」
「俺は男として、父として、これで良かったのか?マリンを置いて此処に来るのが正しい事なのか?」
バレットはビールを一気に飲み干した。
これまでこんな事を誰にも話した事は無かった。
昔の仲間に出会い、これまでずっとしまっていた想い、迷いが一気に吹き出したのだ。
「バレット、俺にこんな事を言う資格があるかどうか分からないが...」
クラウドはゆっくりと口を開いた。
「マリンはきっとそんなバレットが好きなんだよ。どうしようもなく不器用で、だけどとっても優しい父親が」
「クラウド」
「本当はマリンだって寂しいはずさ。でも、あの子は分かってるんだ、自分の父親がみんなに必要にされてるって事を」
「...」
「2年前の戦いの後だってマリンは涙一つ見せないで言ったじゃないか『お父さん、お帰りなさい』って」
「そうよ、バレット。マリンなら大丈夫よ。あの戦いの後、マリンに訊いたの、寂しくなかった?って」
「マリンは...マリンは何て言ったんだ」
「『寂しかった』って。でも、その後で『でも、お父さんはみんなの為に戦ってたんだもん、我慢しなくちゃって思った』って言ったわ」
「マリンがそんな事を」
「マリンはあなたが思っているよりもずっと強い子よ。私なんかよりもずっと強いわ」
「マリン...」
「ほら、バレットらしくないわよ。マリンのお父さんはいつだって強くて優しいんじゃないの?」
「強くて優しい...そうだよな。俺がしっかりしなくちゃいけねえんだよな」
「弱気のバレットなんて似合わないぜ」
「俺は心の何処かでこだわっていたんだろうな、本当の父親で無い事を」
「だが、真実は曲げられねえ。だから考えても仕方がねえんだよな」
「真実がどうであろうとも、マリンの父親はバレットしかいないさ」
「うん、絶対そうだよ」
「ありがとうよ、クラウド、ティファ。俺はもう迷わねえ、とにかく今の仕事にけりをつけてロケット村に帰る」
「そしていつか此処に戻ってくる。どんな結果が待っていようともな」
クラウドとティファは顔を見合わせ、にっこり笑った。
「そうそう、バレット、ちゃんとマリンに手紙書いてる?」
「それが...ここ2週間は書いてねえ。いろいろ忙しくってな」
「そんな事だろうと思ったわ。ダメよ、手紙くらいちゃんと書いてあげないと」
「面目ねえ。ティファには何もかもお見通しだな」
「何年も一緒にいたんだからそれくらい想像つくわよ。必ず最低でも一週間に一度は手紙書かないと駄目よ。マリンは待っているんだから」
「ああ、必ず書くよ、約束する」
クラウドはそんな二人を微笑ましく見ていた。
バレットとティファはまるで親子のように見えた。良く出来た娘が父を支えてる...そんな感じがした。
考えてみれば、アバランチが活動出来たのもティファの支えがあったからかもしれない。
「おう、そういえば、お前達はどうしてこんな所まで来てるんだ?...まさかゴールドソーサーへ新婚旅行...」
「残念ながら、違うんだ。旅には違いないけどな」
クラウドは旅の目的をバレットに話した。
「なるほど、そういう訳かい。でも、考えようによっちゃ、幸せになるための旅って事だよな」
「まあ、そういう事になるな。だが、必ず幸せになれるとは限らない」
「クラウド...」
「お前はどうも悪い方に考えるよな。俺は何にも心配してねえよ。お前達はどうあっても一緒になる運命なのさ」
「俺は夢を見たんだ。夢にはエアリスが出て来た」
「エアリスが?」
「エアリスは俺に言ったよ。『クラウドとティファを幸せにしてあげて』ってな」
「エアリスが、そんな事を」
「それからこうも言ってたよ。『クラウドもティファも大好きだったから...私にはもう何もしてあげられないから...』」
「エアリス...」
「まあ、こいつは俺の夢の中の事だから、本当にエアリスがそう思ってたのかは分からんがな」
「でも、俺はそれがエアリスの意志だと思ってるんだ」
「だからどんな真実が待っていたにしても、お前達は幸せになるんだと信じてるのさ」
「ありがとう...バレット。」
「幸せ...エアリスの意志」
「おう、だから安心して行きな。そして真実を見て帰って来いよ」
「ああ、きっと帰ってくるよ」
次の日、旅立つ二人をバレットは見送りに来た。
「クラウド、絶対ティファを離すんじゃねえぞ。こいつはいつだってお前の事だけを想っていたんだ」
「俺達がお前のことを疑っていた時だって、こいつだけはお前のことを信じていたんだからな」
「ああ、分かってるさ」
「俺は近いうちに必ずマリンの許に帰るつもりだ。だから、お前らもちゃんと帰って来るんだぞ」
「うん、約束する」
「旅が終わったら、ロケット村に寄ってみるよ」
「ああ、その頃はきっと俺もいるはずだからな」
「またね、バレット」
「またな、バレット」
「ああ、またな。次に会うのを楽しみにしてるぜ」
クラウドとティファは再び旅立った。とても清々しい旅立ちだった。