旅立ちの朝。見送りは誰もいない。
まだ薄暗いニブルヘイムの村はいまだ眠りについている。
クラウドとティファは村の入り口で振り返る。
「しばらくは此処ともお別れだな」
「うん」
「そういえば、ティファ、セブンスヘブンは大丈夫かい?」
「うん、大丈夫。セレナが代わりにやってくれるから」
セレナとはセブンスヘブンに時々手伝いに来てくれる村の娘である。
カクテルの腕はともかく、料理はティファに負けないくらい上手かった。
「そうか、彼女なら安心だな」
「ええ、だから心おきなく旅立てるわ」
二人は今一度村を振り返り、心の中で『行って来るね』と言った。
そして『必ず二人で帰ってくるね』とも。
「さあ、行こうか」
「うん、行こう」
新政府のおかげか、それほどモンスターにも出くわすこともなく、旅は順調そのものだった。
二人はわずか数日でコスモキャニオンに到着した。
コスモキャニオンは2年前と何一つ変わっていないようにみえた。
「久し振りだわ...そういえば、私あれから村から出たこと無かったのね」
2年前、ニブルヘイムに帰ってからティファはセブンスヘブンや移住者の世話などで忙しかった。
だから、昔の仲間に会う事も、ましてや村の外に出ることも無かった。
「ティファはいろいろ忙しかったからな」
「でも、クラウドが外の事いろいろ話してくれたから、全然辛くなかったよ」
そんなティファの楽しみはクラウドの土産話だったのだ。
「ねえ、せっかく来たんだから、ナナキに会いに行こう」
「ああ、そうだな」
二人は早速ブーゲンの研究所を訪れた。
「こんにちわ」
「お久しぶりです」
「おお、お二人さんか。ホッホッ、久しぶりじゃのう」
ブーゲンじいさんは元気そうだった。
「今日はお二人さんの結婚報告かい?めでたい事じゃな」
「結婚だなんて...」
ティファは顔を真っ赤にして言った。でも、何故かとっても嬉しかった。
「僕たちはまだ結婚していませんよ...」
クラウドも少し顔を赤らめていた。
「それより、今日はナナキに会いに来たんです」
「なんじゃ、そうじゃったか、てっきりワシは...おお、そうじゃったナナキじゃな」
ティファはまだ顔を真っ赤にしている。
「ナナキは、ギ族の洞窟にいるはずじゃ」
「ギ族の洞窟?」
クラウドは思い出した。其処はナナキの父、セトの眠る場所。
ナナキが裏切り者と思っていた父の真実の姿を知った場所。
「ナナキはお前さん達と旅をして随分成長したようじゃな」
「帰ってくるなり『僕はもっと強くならなくちゃいけない。この星を守る戦士になりたいんだ』と言いおった」
「今ではギ族の洞窟はナナキの修行の場じゃよ、ホッホッ」
ブーゲンは壁にあるレバーを引いた。向こうの方で何かが外れる音がした。
「危険だから、洞窟へはナナキ以外入れんのじゃが、お前さん達なら大丈夫じゃろう」
「今ロックを外したから行ってみるといい」
「はい、行ってみます」
ギ族の洞窟。
かつて一度入ったことがあったが、あのおどろおどろしい空気は今でも覚えている。
一歩足を踏み入れた途端、二人はあの時と同じ空気を肌に感じていた。
「本当に此処にナナキがいるのかしら」
ティファは洞窟を進みながら言った。そう思うのも無理はない。
以前来たときは心強い仲間がいた。だが、今、ナナキは此処に一人でいるというのだ。
「だが、どうやら本当らしいな...」
クラウドは近くの岩を指さした。そこには真新しい爪痕が残されていた。
それは正しくナナキのものだ。きっとモンスターと戦った時に残されたものだろう。
「ティファ、俺から離れるな。どうやら俺達も戦わなくてはならないらしい」
「うん、分かった」
二人はただならぬ気配を刹那に感じ取っていた。
岩陰からモンスター達がこちらを伺っているようだ。
彼らにとっては格好の獲物がやってきたという訳だ。
気配が殺気に変わった。
「来るぞ!」
二人は身構えた。
幾多の戦いを経てきた二人にとって、モンスターを倒す事自体は問題なかった。
ただ、いかんせん数が多過ぎる。いくら倒しても次から次とモンスターが襲いかかってくる。
「...キリが無いな」
「前は、こんなにモンスターはいなかったわ」
さすがに二人も疲れてきた。ここはいったん逃げた方が良いかもしれない、とクラウドは思った。
その時だった。
岩棚の上から良く響く声が響いた。
「そいつらは幻影だ」
クラウドは岩棚を見上げた。其処にはナナキの姿があった。
「ナナキ!」
「本体は別にいるんだ、そいつを倒さないと駄目だ」
クラウドは眼を閉じ、本体の気配を感じ取った。
「そこか!」
襲いかかるモンスター達の幻影を飛び越え、その奥にいるモンスターにブレイバーを見舞った。
・・・・モンスターの幻影は消え、後には一匹のモンスターの亡骸が目の前に横たえていた。
「こいつは...」
「どうやら、ここのモンスターは僕と戦っているうちに特殊な能力を身につけていたんだ」
「そうだったのか...ナナキ、助かったよ」
「ううん、やっぱりクラウドは強いね。さっきのは、僕が毎日ここで戦っていたから、知っていただけだよ」
「それから、ティファも...」
「ナナキ、ありがとう」
ティファにそう言われて、ナナキは嬉しそうだった。
「そういえば、さっきブーゲンじいさんから聞いたんだが、『星を守る戦士』になるとか...」
「うん...奥に来てみない?そこで話すよ」
「どうする、ティファ?」
「行きましょう」
洞窟の最深部。
其処ではナナキの父、セトが今もコスモキャニオンを守っている。
「僕、ここでいろいろ父さんと話をしたんだ...戦士の事、守るという事」
「父さんはコスモキャニオンを守った。たとえそれが僕に裏切り者と思われる結果になっても一人で戦ったんだ」
「でも、本当は父さんだって辛かったと思うんだ」
ナナキは崖の上のセトを見上げた。
「正直言うと、あの決戦の前夜、僕は迷っていたんだ」
「もちろん、戦う気持ちはあった。僕は戦士の息子、戦うのは当然だと思っていた」
「でも、僕にはクラウドみたいに本当に戦う理由があるんだろうか...と」
「僕にはみんなの強さが分かっていた。『星を守る』そしてそれ以上に強い『私的な想い』を」
「僕にはそんな強い『想い』があるんだろうか?」
「だから僕は知りたかった。父さんが自分を犠牲にしてまで戦う強さを」
「あの夜、僕は此処で父さんに訊いたんだ」
「父さんは教えてくれた」
『戦うのは戦士の務め。だが、それを支えてたのは母さんへの想い、お前への想い、愛するコスモキャニオンへの想いだ』
『そして私に託されたみんなの想いだ』
『愛する者を守りたいと思う意志は誰にでもあるものだ。だが、誰でもが戦う力を持っている訳ではない』
『私は戦士だ。力無き者に代わってその想いを体現しなければならない』
『だから私は命を賭しても戦えたのだ』
『息子よ、今のお前にもあるはずだ。ブーゲン、コスモキャニオン、そして仲間達を守りたいという想いが』
『お前は戦士だ。お前には戦う義務が、資格がある』
『力無き者の、そしてお前の想いの為に戦うのだ』
「僕は戦った。そして勝った。星を救ったのは結局僕たちじゃなかったけど、出来ることはやったと思う」
「だけど...僕は自分の未熟さを、力の無さを感じたんだ」
「そんな事ないわ。ナナキだってみんなと同じように戦ったじゃないの」
「ありがとう、ティファ。でも、僕の言っている事はちょっと意味が違うんだ」
「僕らの種族は長命だ。悲しいけど、みんなが死んでも僕は生き続けるだろう」
「だから遠い将来、再びこの星に危機が訪れたときも僕は戦わなくてはならない」
「でも、その時はもうクラウドやティファとは一緒に戦えない」
「もしかすると僕は一人で戦わなくてはならないかもしれない」
「みんなが星を救おうとした意志を継いでいかなくてはならないんだ」
「だから僕はもっと強くならなくてはいけないんだ。肉体的にも、精神的にも」
「僕はまだ一人で戦うだけの力は無い。だから、ここで修行する必要があるんだ」
「ナナキ...お前は戦士だ」
クラウドはナナキを見た。ナナキは2年前に比べて明らかに逞しく感じられた。
「うん、ナナキは立派な戦士だよ」
「いや、僕は一歩でも父さんに近づきたいから...」
ナナキはちょっと照れくさそうだった。
「でも、お前が一人で戦う運命を背負う必要は無いよ。その時はきっと新しい仲間と出会っているはずさ」
「私もそう信じるわ」
「ありがとう、クラウド、ティファ」
3人はセトを見上げた。セトは心なしかとても嬉しそうに見えた。
「父親と息子っていいな...」ティファは思った。
その夜はブーゲン、ナナキとささやかな食事を楽しんだ。
ブーゲンは久しぶりの来客に上機嫌だった。
ブーゲンはやっぱり二人が夫婦だと思っているようだ。
時々『お前さんの女房は...』と言っていた。
その度にティファは顔を赤らめていた。
ナナキはティファに会えて嬉しそうだった。ナナキはティファがとっても好きだった。
成長したといってもナナキはまだ子供だ。ティファに母親の暖かさを感じていたんだろう。
ナナキはずっとティファに甘えていた。
宿への帰り道。村の広場の篝火の前に二人は座っていた。
「ねえ...クラウド」
「なんだ」
「さっき、『僕たちはまだ結婚していませんよ』って言ったよね」
「ああ、そうがどうかしたか?」
「『まだ』って言葉、『いづれは』って思っていいのかしら...」
「あ...あれは、言葉のアヤだよ」
「ふふ、クラウドならそう言うと思った」
ティファは微笑みながら篝火を見ていた。自分の顔色を隠すかのように。
(でも、嬉しかった...)
そんなティファの横顔をクラウドは静かに見ていた。
「...いつかきっと...」
クラウドは呟いた。
「何?」
「いや、何でもない」
そんな言葉とは裏腹にクラウドにはしっかりと胸に刻んでいた。
(これは、その為の旅なんだから....)
翌日、二人はコスモキャニオンを後にした。
ナナキは言った。
「必要な時はいつでも僕を呼んでね。一番大切な仲間の為に僕はいつでも戦うよ」