明日への誓い


大統領就任前夜、リーブは側近達と最後の演説の予行演習を終えたところだった。
「こんなところでどうかな?」
予行演習を終え、リーブは側近達に最後の確認をする。
「充分でしょう。これで後は明日を迎えるだけですな。では、私達はこれにて失礼します」
「ああ、すまなかったね」
側近達は市長邸から帰っていった。

「いよいよ、明日ですね」
秘書のロアンナは演説原稿を整理しながら言った。
「ああ、いよいよ、というかとうとう明日になってしまった。正直言って不安の方が大きいよ。
 明日からは単なる一市長という立場ではなくなるんだからね。
 大統領という責務の不安もあるが、それ以上にちっとも変わらない自分が不安だよ。
 大統領らしく自分を変えていくなんて出来そうにもない。 こんな事でより多くの人々をまとめていけるんだろうかってね」
「私の個人的な意見ですけど、私はそんな市長だからこそ、大統領にふさわしいのだと思います。
 ホーリーシティの人達はみんな市長を愛し、尊敬しています。それは市長のお人柄だと思うんです。
 この街を作り始めた時から何ら変わっていない市長だからこそ、みんな愛しているのだと思うんです」
「それでいいいのかな?」
「少なくとも、私はそう思います」
「・・・ありがとう。ロアンナ君がそう思ってくれているのなら、きっと大丈夫だ」
「すいません、自分の個人的な意見など言ってしまって...失礼します」
ロアンナはペコリと頭を下げ、部屋から出ていこうとした。

「ロアンナ君、良かったら、ちょっと飲まないか?」
ロアンナは驚いて立ち止まり、そして振り向いた。
「君にもずいぶん世話になった。本当に感謝してる。それに・・・いや、そんな事はどうでもいい。
 とにかく君と飲みたいと思ってね」
「でも、私・・・」
「少なくとも今夜、この時間からは私は市長でも何でもない、ただのリーブという男だ。それならいいかな?
 あ、それじゃあ、むしろ危険か...」
ロアンナはふふっと笑った。
「お願いがあります」
「何だね?」
「この時間だけ、『リーブさん』って呼んでもいいですか?」
「ああ、もちろんさ。今日はこれで仕事は終わり。これからはプライベートな時間だ。これでどうかな?」
「はい。それから、ロアンナ君ではなく、今だけは『ロアンナ』って呼んでください」
「あ、そうか・・・プライベートになっていないのは私の方だったね」
リーブは頭を掻いた。ロアンナはそんなリーブを見て微笑みながらリーブの前に座った。
「リーブさん、ウイスキーはダブルでいいですか?」


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カームの料理屋でクラウドとティファは少し早い夕食を取っていた。
「もうすぐミッドガルだな」
「うん。何か情報が得られるかしら?」
「分からない。だけどジェノバに関する情報があるとすればミッドガルかアイシクルしか考えられない。
 とにかく行ってみるしかないさ。もしかしたら隠された情報が見つかるかもしれないしね」
「そうだね。考えるより、行動しろ、よね」
「そういう事さ」
とはいえ正直クラウドは不安だった。
真実を知る手掛かりはあるのか、いや、例えあったとしても真実が希望を与えてくれるとは限らないのだ。
真実を求める旅であっても、やはり真実を目の当たりにする不安はあった。
「そういえば、そろそろリーブさんの大統領就任演説の時間ね」
店のマスターがラジオのスイッチを入れる。丁度大統領演説が始まるところだった。
店の客も歓談を中断し、ラジオに聴き入っていた。


ホーリーシティ、市長邸の庭が大統領演説の舞台。会場は聴衆で埋め尽くされていた。
リーブはゆっくりと舞台の中央に歩き出す。幾分か緊張しているようだった。
大きな拍手が会場を埋め尽くす。大きな期待と少しの不安。そんな人々の気持ちがこの拍手に表れていた。
人々は待っている。リーブの言葉を。これから誕生する大統領の演説に未来への希望を見たいのだ。
リーブは演説台に上がり、軽く会釈をすると、演説用の原稿を広げた。
「・・・」
リーブは原稿をしばらく見つめていたが、何故かそれを再び一つに束ねて台の隅に押しやり、そしてゆっくりと話し始めた。


「ここに大統領演説用の原稿があります。
 私はこの日この時のために何度も原稿を読み直し、そして立派な演説が出来るように練習してきました。
 しかし、この場に立った時、私はどうしてもこの原稿を読む気にはなれません。
 この原稿には、大統領として成すべき事、未来に対するビジョンが書かれています。
 もちろん、この原稿に嘘は一つもありません。誰かの助言はあったにせよ、この原稿は私一人で書き上げたものです。
 ここに書かれた内容は全て私の意志によるものです。
 ですが、今この場に立って私はこの原稿を読むのを止めようと思います。
 従って、これからお話する事には台本がありません。でも、それでいいのです。
 私は今自分の中にある想いでお話ししたいと思います」

側近達の席がざわめき始めた。予想外の展開にみな戸惑っていた。ただ一人、秘書のロアンナだけは微笑みながら小さく肯いていた。

「まず最初に、私の過去についてお話ししたいと思います。
 ・・・もう既にご存知の方も多いと思いますが、私は神羅カンパニーの幹部でした。
 神羅で私は都市開発を任されていました。神羅の力の象徴だったミッドガル、あれは私が設計した都市です。
 ミッドガルの設計に私は熱中しました。あの頃の私は機能美に溢れ、効率の良い都市こそが最高だと信じていました。
 無尽蔵とも思える魔晄エネルギー、神羅の豊富な資金力そして権力。
 必要な条件は全て揃っていました。私はミッドガルに自分の理想の都市を創り上げようとしたのです。
 そうしてミッドガルは完成しました。
 ミッドガルは順調に都市として機能していました。私は自分の夢を叶えたような気分でした。
 そう、全ては自分の思い描いたようになっていた筈でした...。
 しかし、やがて私はミッドガルに重大な欠陥がある事に気付きました。
 私は一番大切なものを忘れていたのです。ミッドガルにはそこに住まう人々への愛情が欠落していたのです。
 ミッドガルは都市機能としては完璧でした。しかし、人が生きていくための大事なものが欠けていました。
 都市を階層化した結果、最下層はやがてスラムと化してしまいました。しかもスラムには陽の光さえ射し込みません。
 結局、ミッドガルの多くの人々は人として大切なものを失い、失った事すらも忘れてしまいました。
 魔晄炉がこの星の命を吸い尽くすかもしれないと知りながら、それでもその恩恵を捨て去ることが出来なかったのです。
 ミッドガルの崩壊によって私の一部は失われました。けれど私はそれで良かったと思っています。
 もうこの星にミッドガルのような都市は必要ありません。
 星の命を吸い上げ、人々を抑圧し差別し、人々から自然の恵みを忘れさせてしまうような都市はあってはならないのです。
 必要なのは人が自然と調和し、人が人でいられるような都市なのです。
 ミッドガルという都市を創ってしまったのは私の大きな罪です。

 次にお話しするのは権力というものの恐ろしさです。
 私は神羅にあって権力の持つ魔力というものを見てきました。
 権力というものは恐ろしいものです。全てを思うが侭に動かす事が出来るという満足感。
 他の全ての人がみな自分に従属しているという征服感。
 権力への欲望というものは人間にとってどうにも抗し難いものなのでしょう。それは過去の歴史を振り返っても明らかです。
 そして更に恐ろしい事は、一度権力を握ってしまった者はその呪縛からは逃れられないという事です。
 権力者は自分でも気付かぬうちに権力そのものが自分の全てであるという考えに囚われてしまいます。
 だから少しでも自分の権力を脅かすかもしれないと感じた時、どのような方法を使ってでもそれを排除しようとするのです。
 みなさんの中にはミッドガルで起こった七番地区の崩落を覚えている方もいるでしょう。
 あの事故は表向き、反権力組織だったアバランチによるものと報道されました。
 しかし、真実は神羅がアバランチを撲滅するために仕組んだものなのです。
 あの事故で、多くの人達の命が失われました。私はそれを知りながら、止める事が出来ませんでした。
 これは私が犯した大きな罪の一つです。
 あの時、プレジデントは笑っていました。恐らく彼の中には失われた人々の命の重みは存在すらしていなかったのでしょう。
 権力は自分以外のものを見えなくしてしまいます。
 権力を持つべきでない人間の権力を持つ事の恐ろしさを私は感じざるを得ませんでした。
 本来、権力というものはそれに従う人々の託宣があるからこそ存在できるにもかかわらず、権力者にはそれが見えなくなるのです。
 だから、皆さんには常に権力者への監視の目を忘れないで欲しいのです。
 例え今が満足な生活が送れていたとしても、それが突然権力によってひっくり返される事だってあるのですから。

 ・・・新政府の樹立にこのような過去の過ちを振り返るのは不適当なのかもしれません。
 ですが、私達は過去の過ちを直視し、そして反省する事が必要なのです。
 私は全ての人々に過去の過ちを犯さないという意志を持ちつづけて欲しいと願います。
 私を含め、政府に関係する人間はもちろんの事ですが、一般の人々もまたそれを刻み付けておく必要があるのです。
 権力の暴走を許してしまえば、多くの代償を払わねばそれを止める事は出来ません。
 人間とは弱いものです。権力への欲望は誰にでもあり、キッカケさえあれば誰でもそれを手にしようとするでしょう。
 これは人間の本能なのかもしれません」

ここまで話し、リーブはコップ一杯の水を飲み干した。そして聴衆を見渡した。誰もが黙って大統領の次の話を期待して待っている。
正直、自分の過去を話す事で大きな混乱も予想された。だが、それは杞憂だったようだ。
彼は再び話し始めた。

「今日、こうして私は大統領に就任しますが、その全ての出発点はこのホーリーシティでした。
 このホーリーシティという名前は私にとって特別な意味があります。
 この名は私の為すべき道筋を示してくれました。この星のために生きた一人の女性の願いだと信じて...。

 今から2年前のメテオ衝突の危機については皆さんも記憶に新しいと思います。
 あれにより神羅カンパニーそしてミッドガルは崩壊しました。
 メテオだけでなく、ウェポンの出現は各地で多大な被害と犠牲をもたらしました。
 あの時、この未曾有の危機にこの星を、私たちを救うために勇敢に戦った者達がいました。
 この事は殆どの人が知らない事です。私も間接的にですが彼等と共に戦いました。
 彼等と出会った頃の私はまだ彼等の敵ともいうべき存在でした。
 けれど彼等と行動を共にするうちに私は自分の生き方に疑問を感じていったのです。
 彼等は誰に頼まれたわけでもなく、自らの意志で戦っていました。それぞれの想いは微妙に違っていても、
 みな信じるもののために、そして愛するもののために戦い続けたのです。そして遂に彼等は強大なる敵を倒したのです。
 メテオはライフストームの力で破壊されましたが、それは彼等の愛と勇気に星が応えたのだと今でも私は思っています。
 戦いに勝ち、そして星は救われました。けれど・・・彼らはそのために大きな犠牲を払わなければなりませんでした。
 戦いの中で、仲間の一人の女性が命を落としました。
 
 彼女は古代種の最後の子孫でした。
 メテオ衝突の危機が訪れたとき、彼女はただ一人聖地へ赴き、メテオを破壊の為の魔法を唱え続けたのです。
 そのために彼女は邪悪な敵にその命を奪われました。私達の眼の前で。
 彼女は古代種という運命を背負いながら、しかしごく普通の女性として生きようとしていました。
 彼女の過去は神羅の手によって過酷なものでした。彼女の両親は神羅によって殺されたのです。
 けれど彼女はそんな悲しみや恨みを微塵も見せず、明るくいつも私達を励ましてくれました。
 みんな彼女が大好きでした。

 彼女が死ぬ間際まで唱え続けた魔法。
 その魔法の名前はホーリー・・・そうです、この都市の名前は彼女が最後まで唱え続けた魔法の名前から取ったのです。
 この魔法には彼女の大いなる愛を感ぜずにはいられません。
 私が為すべき事はこの星全てのものを愛し、そして守る事...それが彼女に教えられた事です。
 私は大統領になってもその想いは変わらずに持ち続けようと思います。それが私に与えられた使命だと信じて」
 
聴衆は一斉に拍手を新大統領に送った。涙を流す者さえいた。みなリーブの想い、彼を突き動かしているものが何であったか理解したのだ。彼等は自ら選んだ新大統領に間違いは無かったと確信した。大統領というよりはリーブという人物を信頼しようと思っていた。
リーブもまた聴衆のそういった想いを敏感に感じ取っていた。かれは聴衆に向かって軽く会釈をした。
およそ大統領らしくないかもしれない。でも、それでいいのだとリーブは思った。

「ここまでは私自身の事をお話ししましたが、ここからは大統領としてのビジョンと政策についてお話ししたいと思います・・・」


「大丈夫だね。リーブさんならきっとみんな信頼してくれるだろう」
クラウドがティファの方に振り向くと、ティファはニッコリ笑って答えた。
「うん。リーブさんと話していてちょっと心配だったけど、みんな理解してくれたみたい。
 きっとエアリスの想いがリーブさんを大統領にしたんだね」
「ああ。リーブさんの言う通り、エアリスは俺達みんなの為すべき事を示してくれたんだ」
「私達の為すべき事って・・・クラウドは分かるの?」
「ああ。エアリスの願いは・・・」
「何?」
「俺達が幸せになる事さ」
「クラウド...」
ティファはクラウドを見つめる。クラウドは優しく微笑んでうなずいた。
「ティファ、飲もう。今夜はリーブさんの大統領就任を祝おう。そして俺達の為すべき事のために」
「うん、飲もう」
二人はグラスを合わせた。