廃墟の都市


ミッドガル。

長くそして想い出深い道のりを経て、再びティファとクラウドは訪れる。
全ての始まりの場所、そして一つの終焉の場所。
今、ミッドガルは巨大な廃墟と化して静寂に包まれている。
ここだけはあの時から時間というものが凍りついているかのようにみえる。
愚かなる人間の欲望の墓標。それを見せつけるかのように...。


ミッドカルを目の前にして二人は呆然と立ち尽くした。
予期はしていた。が、これ程までに廃墟と化しているとは思っていなかった。
殆ど原型をとどめないその廃墟にはあのミッドガルの面影は無かった。
「私達、ここで暮らしていたんだよね...」
ティファは廃墟を見つめながら寂しそうに言った。
ミッドガルはもう既に過去のもの・・・それは分かっている。
それでもこうして現実を見せつけられると複雑な想いが交錯する。
ここが神羅の本拠地であったとしても、神羅と戦った場所であったとしても、ティファにとってはやはり懐かしい場所。
神羅への憎しみはあったにせよ、ミッドガルそのものを憎んでいたわけじゃない。
何年もの間暮らし、バレットをはじめアバランチの人達、エアリス、そしてクラウドとの出会い、そして別れ。
ここにはたくさんの喜びも悲しみも詰まっている。ティファにとってはミッドガルは第二の故郷といえる場所。
ミッドガルが星の生命を削る事で都市としての機能を維持していた以上、こうなるのは正しい事。
だから想い出は自分の心の中にあるからいい・・・でも、そうは思ってみても、
こうして廃虚となったミッドガルを見ていると、自分の大切な思い出の一部を失ったような感覚に包まれるのだった。
「こうなってしまうと、やっぱり寂しいね」
クラウドにしてもそれは同じ事だった。ソルジャーになるためここを訪れてからの沢山の思い出がある。
ソルジャーになるための苦しい訓練の日々、ザックス、エアリスとの出会い、そしてティファとの再会。
辛かった思い出も今となっては全てが優しい思い出になって去来する。
「だが、後悔はしていないよ」
「きっと、これで良かったんだよね」
「ああ」
二人はしばらくはその場で廃墟を見ていた。その中に想い出のかけらを探すかのように。
「想い出って、形ではいつまでも留めておけないのね...最後は心の中に残しておくしかないのね」
ティファがボソッと呟く。
「ティファ・・・」
「ううん、分かってる。ミッドガルが無くなっても、私達の心の中には暖かい想い出があるから。
 少なくともここでの事は忘れない。ビッグス、ウェッジ、ジェシー・・・私達は忘れないよね」
「ああ、もちろんさ」
クラウドはティファの肩に手を置いた。
「俺達は彼らの分まで生きなくちゃいけない。俺達が生きている限り彼らの想いは生き続けると思うんだ」
「クラウド」
ティファが振り向くと、クラウドは黙って優しく頷いた。
「そうだよね。私達、そのために此処に来たんだものね。・・・行こう、クラウド」
二人は廃虚の街に入っていった。


ミッドガルの損傷は予想以上だった。おおよその場所は分かっていたが、原型を留める建物は皆無に近かった。
これだけの被害に遭いながら多くの人々が難を逃れたのは今思うと奇跡に近い事だった。
あの時、リーブの必死の誘導がなかったら、恐らく殆どの人々はこのミッドガルと運命を共にしていた事だろう。
廃墟の街を歩きながらクラウドは思った。

「クラウド・・・」
ティファは立ち止まり、辺りを見回す。それは必死に何かを探そうとしているかのようだった。
「どうしたんだ?」
「ここ・・・七番街のような気がする」
「ここが?」
クラウドも辺りを見回した。けれどそれと分かるような形跡は見当たらなかった。
「何となく感じるの。ちゃんとした証拠は無いけど・・・」
クラウドには分からなかったが、ティファの言う事に間違いは無いと思った。
ティファはあの事件からずっと七番街に住んでいたのだから。
すっかり変わり果ててはいたが、懐かしい場所の雰囲気、空気の臭いとかを微妙に感じ取っていたのだろう。
「ティファ、チョットここで待っていてくれ」
クラウドは瓦礫の山を登り、そこからもう一度辺りを見回した。
ティファに確かな目印を見つけてやりたかった。きっと目印になるものが残されている筈だと思った。
やがてクラウドは瓦礫の中に「七」と書かれた魔晄炉の残骸を見つけだした。
「ティファ、見つけたよ!七番魔晄炉の残骸があったよ。ここは確かに七番街だ」
「本当!!」
「ティファ、来て見てごらん」
ティファはクラウドのいる場所へ登っていった。
「ほら、あれがそうだよ」
クラウドが指差す先には「七」という文字が見えた。
いつか破壊しようとしていた七番魔晄炉。皮肉にもそれが今や唯一の七番街の目印となっていた。
「本当にここが七番街なのね・・・クラウド、有り難う」
ティファはここが七番街だったという事実も嬉しかったが、それ以上にクラウドがこうして確証を探してくれたのが嬉しかった。
黙って相槌を打ってくれても良かったのかもしれない。それがたとえ嘘だったとしても。でも、クラウドはそうはしなかった。
自分を信じてくれているから、だからこそクラウドは確かな実感が欲しかったのだ。
私に嘘はつきたくない。そして自分にも嘘をつきたくない。そんなクラウドの想いがティファには分かったから。
「ここにみんな眠っているのね・・・」
「ああ」
二人はここで死んでいったビッグス、ウェッジ、ジェシーの事を想い出していた。
彼らこそ純真に星の命を想い、そしてその為に運命に殉じていった。本当なら平和な今を一番喜ぶべき仲間達...。
「あ、花・・・」
ティファは瓦礫の隙間に咲く小さな花を見つけた。
「七番街には永遠に花は咲かないと思っていたのに・・・」
花は瓦礫と化したこのミッドガルに新たな生の芽生えを感じさせてくれる。これこそが殉じた彼らの願いだったのかもしれない。
ティファが振り返るとクラウドは微笑みながら頷いた。
「以前、ブーゲンじいさんから聞いた事覚えているかい?この星の生きとし生けるものはいつか星に還り、そして新たに生まれ変わるって。
 この花はきっと彼らが新たに花として生まれ変わったんじゃないかと思えるんだ」
「クラウド・・・きっとそうだね」
ティファは花を見た。花は風に吹かれて揺れながら健気に生きている。
きっといつかこの廃墟の街をその花で優しく包み込んでくれるような気がした。
ティファは眼を閉じ、静かに祈った。
クラウドもまた同じように祈った...。


二人がジェノバの情報収集に訪れたのは神羅ビル跡だった。
というよりははっきりと所在が分かり、手掛かりになる情報があるのはそこしか無いと思えたからだった。

瓦礫の中を進み上の階へ向かって進んでいく。
神羅ビルの損傷はひどく、今歩いているのが元々何階であるかも分からない。
時折階数を示す番号が壁に微かに残っている。それから察するに、下の階は潰れてしまったようだ。
それでもさずがに神羅のビルだけの事はあり、かろうじてビルとしての体裁は保っていた。
やがて神羅の研究所のあったと思われる階にたどり着いた。
二人は即座にここが宝条の研究所だと直感した。忘れもしない、この一種独特の雰囲気。それは無惨に破壊されていても残っている。
全ての始まりはミッドガル、いや、全ての悲劇はここから始まったのかもしれない。

二人は早速廃虚の中からジェノバに関する資料を探し始めた。
科学の事は解らなかったが、見れば何かが解るかもしれない。二人は懸命に捜し続けた。

「ティファ、どうだ?」
「ダメ、資料はみんな燃えちゃってる」
「そうか・・・」
「私、あっちの方を探してみるね」

結局数時間探しても、それらしい資料は見つからなかった。
殆どの資料は焼けてしまい、それらしい資料を見つけてももはや読める状態では無かった。
やがて陽も陰りだした。
「ティファ、もうすぐ日が暮れる。今日は引き揚げよう」
「でも...」
「焦ることは無いさ。明日また探そう」
二人は再び神羅ビル跡を下へ向かって進んでいった。
神羅ビル近くに安全そうな場所を見つけてあったので、そこで一晩過ごす事にした。


「手掛かり、見つからなかったね...」
焚き火の炎を見つめながらティファが言った。
「思った以上に被害が大きい。・・・俺の考えが甘かったのかもしれない。ここに来れば何か分かると単純に考えていた」
「クラウド・・・」
「資料は既に焼失してしまったのかもしれない・・・いや、もしかしたらそんな資料自体、存在しなかったのかもしれない。
 奴は・・・宝条はジェノバ細胞を利用する方法は知っていても、ジェノバの正体については何も知らなかったのかもしれない。
 だから最後は探求心に抗しきれずに自分を実験台に使ったんだ。その結果があの姿・・・むしろ何も知らない方が幸せなのかもしれない」
「クラウド、諦めちゃ駄目!きっと何かある筈よ。確かな事は分からないかもしれないけど、きっと手掛かりがある筈よ。
 だから恐れないで、諦めないで...真実を見つめて。
 私、恐くないよ。何があってもクラウドから離れたりしない。それだけは確かな真実だと信じて欲しいの」
「ティファ・・・」
「『見届けて欲しい』・・・クラウドは言ったよね。私、どんな真実でも眼を背けない。どんな辛い真実があってもクラウドを愛してる。
 だって、私、クラウドと離れるのが一番怖いから...」
クラウドは弱気になってしまっている自分にハッとした。
資料が見つかって、それがどんな結果であろうと受け入れるつもりだったが、絶望的な真実を恐れていたのもまた事実。
もともと確信があって来た訳ではない。無くたって仕方が無いと思っていたのも事実だ。
だから資料が見つからなかった事でどこか安堵している自分があった。
だが、ティファはそんな自分以上に真実と向かい合い、それを受け入れる強い意志を持っている。
ティファは全てを受け入れるつもりだ。そしてどんな真実があろうとも自分を愛し続けようと思っている。
クラウドは自分を恥ずかしいと思った。真実が全てを絶望に変えしまうと恐れてばかりいた。
でも、それは違う。クラウドはようやく理解した。
何があろうともティファは側にいてくれる。真実は決して優しくないかもしれない。だが、それは決して絶望を与えるものじゃない。
ティファがいる限り、何も恐れる必要は無いんだ、と。
「そうだね。諦めてはいけない、諦めてしまったら全ては終り・・・あの戦いの中で一番大切な事だったね」
「そうよ。だからきっと私達勝てたのよ」
「不安に流されて眼を閉じてしまえば一時的には楽になるかもしれない。でも、それでは終わりの無い不安が繰り返されるばかりだ。
 俺はもうティファにそんな自分を見せたくない。俺は誓ったんだ。ティファにあんな不安な思いには決してさせないと。
 すまない、俺はミッドガルに来ていつしか弱気になっていた。それこそが一番いけない事なのに...」
「不安になるのは仕方ない事だよ。私だって本当はとっても不安。でも、真実から逃げってしまってはいけないんだわ。
 不安が絶望に変わるかもしれないけど、絶望を希望に変えることだって出来ると思うの。
 だって私は何があってもクラウドと一緒にいる。それだけは絶望だって曲げられないものだから」
「俺だって何があってもティファを離さないよ」
「クラウド・・・」
クラウドはそっと手を伸ばし、ティファの肩を自分の方に寄せた。ティファはクラウドに顔を向け、そして眼を閉じた。
クラウドはそっとその唇に自分の唇を重ねた。

長い口づけの後、二人は肩を寄せ合いながら再び焚き火の炎をぼんやり見ていた。

「ねえ、クラウド?」
「何だい?」
「こうしていると想い出すね、最後の戦いの前夜の事」
「ああ、あの時もこうしていたね。二人きりで過ごす夜はあれが最初だったよな。今でもハッキリ覚えているよ」
「あの時、もしかしたら明日で死ぬかもしれなかったのに、不思議に私の心は平和だった。ううん、死ぬなんて考えなかった。
 未来の事なんて考えられなかったけど、『今日が最期』なんて思わなかった。
 クラウドが一緒にいてくれれば何も怖くなかった。戦う事よりもクラウドと一緒にいられる事の方が大事だったの」
「俺は・・・正直言うと、まだあの頃はいろんな事が混沌としていた。戦いの事とか、エアリスの死...。
 もちろんあの時ティファを愛していると、かけがえのないものだとは感じていたんだ。
 それでも、あの時はそれを言葉にする事は出来なかった。俺もあの夜が二人にとって最期の夜になんて思わなかったから。
 ・・・結局2年も待たせてしまったけどね」
「ううん、あの時クラウドの想いは伝わっていたよ。だから私はクラウドの言葉を信じて待っていられたの。
 2年は長かったけど、もしそれが10年でも待っていられたと思うの」
「ティファ・・・」
「だって、私、3人分の想いを背負っているんだもの」
「3人分...」
「私、エアリス、そしてジェシーの想い」
「エアリス、ジェシー・・・」
「クラウド知ってた?ジェシーもクラウドの事が好きだったんだよ」
「・・・何となくは感じていたよ。でも、あの頃はそういう状態じゃなかったからね。でも、ティファはどうして知っているんだ?」
ティファはふふっと笑った。
「ジェシーが教えてくれたの。『クラウドに惚れちゃった』って。今、考えるとあの言葉、私への宣戦布告だったのかもしれないわ」
「宣戦布告とは、どうにも物騒だな」
「だって、私がクラウドを好きだってみんな知ってたもの。知らなかったのはクラウドだけだよ」
「そ、そうか?あの頃は俺に中に別の人格がいたからな、それで・・・」
「ふふ、そういう事にしといてあげる。クラウドって起用じゃないものね。一つの事に集中すると他の事は忘れちゃうでしょ?
 でも、みんなクラウドのそんな所が好きだったと思うの。不器用で少しはにかみ屋のクラウドが。
 結局私だけが生き残って・・・だから私3人分の想いを背負っているの」
「・・・」
「そうそう、マリンもクラウドの事好きだったんだよ」
「マリンが?」
「たぶん、マリンも気付いていないと思うけど、私には分かったわ。だってマリン、クラウドの前ではいつもと違ってたもの。
 いつかきっと言われるよ『私の初恋の人はクラウドよ』って」
「そう言われても...」
「ふふ、大丈夫よ。マリンはしっかり者だから、きっとすぐに素敵な彼氏を見つけると思うわ。もっとも、バレットが許すかどうか心配だけど」
「バレットか・・・確かに簡単には許さないだろうな」
ティファとクラウドは互いに笑った。
「でも、私は私。みんなの想いを背負ってるかもしれないけど、私はエアリスにもジェシーにもマリンにもなれない。
 私は自分なりの愛し方でクラウドを愛するわ。きっとそれがみんなの願いだと信じてるから」
「ティファ・・・」
クラウドは自分以上にティファが多くのものを背負っているのだと初めて知った。
きっとティファは俺を愛さなければ普通の女性として幸せになれたのだろう。
それでもティファは俺を愛し続けてくれた。それがどんな運命が待ち受けていようとも、彼女は進んでそれを受け入れてきた。
そしてこれからも...。

二人は再び焚き火の炎を見つめていたが、やがてそのまま眠りに就いた。
互いに同じ想いを強くして...。


  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 

翌日、二人は再び研究所跡を調べたが、やはり資料は見つける事は出来なかった。

さすがに二人は落胆の色を隠すことが出来なかった。
とりあえずもう一日だけ捜索を行う事にしてあったが、何かが見つかる可能性は殆ど無いと感じていた。
階を下る二人の足取りは重かった。

もうかなり下の階へ進んだ頃だろうか、二人は何者かの気配を感じ取り、その場で止まった。
微かだが、何者かの足音が下の階から聞こえてくる。
足音はゆっくりだが、着実に近づいてくる。足音の主は上へ向かって進んでいるようだった。
(モンスターか)
足音からはそれが人間かそれ以外のものによるかは識別出来なかった。
だが、こんな場所、しかもこんな時間に自分達以外の人間が歩いているとは到底考えられない。
「クラウド、何か来る」
「恐らくモンスターだ。仕方が無い、ここで迎え撃とう」
二人はそれがモンスターの足音だと確信し、身構えて足音の主が現れるのを待った。
やがて足音はこの階までやってきた。瓦礫のすぐ向こうにそれがいる。
クラウドは剣を抜き、ティファはファイナルヘブンの為に気を練っていた。緊張感がその場を包み込んだ。

足音の主は最後の瓦礫をくぐり抜け、そして姿を現した。
クラウドは剣を振り上げて斬りかかる。ティファもファイナルヘブンを発動するばかりの状態で待機していた。
「うん?・・・!!、お、おい、ちょっと待った!」
足音の主は襲いかかるクラウドの姿に気付くと慌てて手を振って叫んだ。
クラウドは目の前の相手の姿とその声に、振り下ろそうとする剣を止めた。
クラウドの眼には意外な、しかし懐かしい人物が映っていた。

「ユフィ!」・・・それはユフィだった。
「ク、クラウド!・・・と、とにかくその剣納めてよっ!」
「あ、ああ、すまない」
クラウドは慌てて剣を鞘に収めた。
「あ〜ビックリしたよ。まさかいきなり斬りつける奴がいて、しかもそれがクラウドなんてさ」
「俺こそ驚いたよ。どうしてここへ?」
「そりゃあ、もちろん・・・」
「ユフィじゃないの!」
ティファも二人の下へ駆け寄った。
「ティファ、久し振り〜。まさかこんな所で二人に会うとは思ってなかったよ」
ユフィは手を小さく振って笑った。その屈託のない笑顔は2年前と少しも変わっていなかった。
「どうしてここに?」
「もちろん、マテリアだよ。ここなら良いマテリアが見つかるかと思ってさ。でも、この有様だからね、何にも見つからなかったよ。
 そのうえ道には迷うし、陽は暮れてくるし、とにかく安心して眠れそうな場所を探してここに来たってわけ」
「そうなんだ・・・」
「それより、二人はどうしてここにいるんだい?」
「それは・・・話すと長くなりそうだ。とにかく、今は安全な場所へ移動しよう。ユフィも来るよな?」
「来るなと言われても行くよ。二人には邪魔かもしれないけどね」
「ふふ、ユフィったら」
ティファは何だかとっても嬉しかった。ユフィとの再会は沈みがちな二人の心を慰めてくれそうに思えた。


「ふ〜ん、そうなんだ。あれからいろいろあったんだねえ」
ユフィはティファからこれまでのいきさつを聞いて頷いた。
「ティファ、俺は周辺の様子を見てくるよ」
「気を付けてね」
「ああ、分かってる。すぐ帰ってくるよ」
そう言ってクラウドは立ち上がり、闇の中へ消えていった。
「クラウド、何か少し変わったね」
「そう?」
「うん、何て言うか、優しくなったね。やっぱり愛のなせる技なのかな?」
「ユフィったら」
「でも、良かったね、ティファ。ずっと待っていたんだもんね」
「ありがとう、ユフィ」
ティファはニコッと笑った。が、しかし、すぐに表情は曇っていった。
「でも、私達はまだ越えないといけないハードルがあるの...」
ユフィはそんなティファを見ていて、首を横に振り、そしてティファの肩を叩いた。
「ティファ、何があろうと離れないって決めたんだろ?それでいいじゃない。ティファは一番大切な事が分かってるんだから。
 きっとクラウドだって同じだよ。どんなに高いハードルだって越えられるはずさ」
「ユフィ・・・」
ティファはユフィを見上げた。ユフィはウィンクして頷いた。
「どっちにしたって、クラウドはティファがいないとダメなんだからね」
「そうだね・・・未来の事なんて誰にも分からないんだもの。クヨクヨ考えていても何の解決にもならないよね」
「そうそう」
ティファはユフィにこんな風に慰められるとは思ってもみなかった。
ユフィとはずっと戦いの旅をしてきたし、エアリスがいなくなってから同姓の仲間はユフィだけだったからいろんな事を話してきた。
もちろん、クラウドへの想いも話した事もある。でも、ユフィはいつも「そんなの押しの一手じゃない」なんて答えるだけだった。
それは仕方の無い事だったのかもしれない。ユフィ自身、真剣に男性を愛した事などなかったのだから。
でも、2年振りに出会うユフィは違っていた。
ユフィの言葉には愛する女性の心が分かっていると思わせるものだった。それに綺麗なった気がする。
あれから2年・・・口調は相変わらずだったが、ユフィも恋する女になっていたのかもしれないとティファは思った。

「そういえばユフィ、今もマテリアを探してるんだよね」
「まあね」
「マテリアはまだ足りないの?」
「うん、それがね・・・本当はもうマテリアは必要無いんだ」
「え?」
「ウータイにはもうマテリアは必要ないんだ。神羅もいないし、もう戦う必要も無いし。
 あたしがマテリア探しに旅に出た頃は強かったウータイが神羅に降伏したのが許せなかった。
 幼い頃のウータイは輝いて見えたもん。親父はその中でも眩しいくらいに立派で輝いていた。そんな親父が好きだった。
 だから神羅に屈服したウータイはショックだった。中でもあんなに立派だった親父のグータラ振りが許せなかった。
 でも・・・今は今のウータイでもいいと思ってるんだ。みんな平和な生活に満足しているし、今のウータイには戦いは必要無いんだ」
「それなら、どうして・・・」
「今はあたしの個人的趣味かな?というか、他にする事も見つからないしね・・・でも、もうすぐマテリア探しも止めようと思っているんだ。
 あたしももう18だし、そろそろ恋もしたいしね」
そう言ってユフィは笑った。

「ユフィ、本当はもう好きな人がいるんじゃない?」
「え!?・・・」
「私の勘なんだけど、そんな気がするの。だってユフィ、何かとっても綺麗になったから」
「・・・」
ユフィは黙ってしまった。
「ごめんなさい、変な事言っちゃったね」
ユフィは俯いて少し考えていたようだったが、やがて顔を上げて言った。その顔は少し赤らんでいた。
「ティファ・・・誰にも言わない?もちろん、クラウドにも言っちゃダメだよ」
「うん、約束するわ。これは二人だけの秘密よ」
「本当の事言うと・・・あたし、好きな人がいるんだ・・・」
「誰?ウータイの人?」
「ううん、違う。その人は・・・ティファもクラウドも良く知っている人」
「え?それって、まさか...」
ユフィは更に顔を赤らめて黙って頷いた。
「バレットじゃないよね?」
「違うよ。あたしは親父は趣味じゃないよ」
「ごめんなさい。という事は・・・え!もしかして、ヴィンセント!?」
「・・・うん」
ユフィは俯いたまま小さな声で答えた。
「そうだったんだ...」
「これは絶対内緒だよ」
「うん、分かってる。でも、まさかユフィがヴィンセントを...」
「可笑しい?」
「ううん、そんな事無いよ。ただビックリしただけ。一緒に旅してた頃のユフィ、そんな素振りちっとも見せなかったよね。
 いつからなの?最近?」
「うん・・・ティファには隠せないね。ティファ聞いてくれる?」
「私で良かったら何でも話して」
ティファの言葉にユフィは小さく頷いて、そしてゆっくりと静かに話し始めた。


「ティファの言う通り、昔はヴィンセントの事何とも想っていなかったよ。彼を好きになったのはつい最近。
 ちょうど一ヶ月前になるけど、ルクレツィアが住んでいたほこらがあったよね?
 たまたまその近くにマテリアを探しに行った時、そこで偶然ヴィンセントと再会したんだ。その後、あたし彼に助けられたの。

 あたし、マテリアを探すために崖を登ったんだ。雨が降り出して危険だったのに、彼の警告も聞かずに登った。
 そうしたらやっぱり足場が崩れて、危うく落ちそうになったんだけど、その時、彼は自分が怪我をしてまで助けてくれたの。
 ヴィンセント、あたしの事心配して後を追ってきてくれてたんだ。そう思ったら・・・とっても嬉しかった。

 その晩、あたしルクレツィアのほこらで彼と一晩過ごしたの。彼といろいろ話をしたよ。
 あたし、今までヴィンセントの事を誤解していた。ヴィンセントって、過去の事ばかり囚われていて、他人の事なんて考えていないって。
 でも、そんな事無かった。ただ、過去の過ちが彼を縛りそして臆病にしていただけなの。
 彼はルクレツィアの事を自分の罪だって思い込んでる。だから自分のせいで人が不幸になるのが怖いの。
 それが彼を寡黙にし、そして人と深く交わるのを拒否させているの。
 あたし分かったの。本当の彼は誰よりも繊細で優しいんだって...。

 そんな事があっても、自分がヴィンセントの事好きだって分かったのはつい最近になってからなの。
 あれから時々あの日のことばかり想い出すようになったわ。
 森を歩けば彼に出会う事を期待している自分に気付くし、夜になるとあの晩の事を想い出すの。
 彼の事考えると胸がドキドキするんだ。どうしてなのか自分でも分からなかった。
 でも、やっと最近分かったんだ・・・あたし、ヴィンセントの事が好きになったんだって」


「そんな事があったんだ・・・私、ユフィがヴィンセントを好きになったの分かるわ。ユフィは本当の彼に触れたんだね」
「自分でもビックリしているんだ。恋愛なんてまだまだ先の事だって思ってたし、事実好きになった人なんていなかったから。
 クラウドもチョットいいなあって思ったけど、好きになるまではいかなかったもん。
 でも、今は何となく理由が分かるの・・・きっとヴィンセントの事好きになったの、ティファのせいだよ」
「え!私のせい?」
「あたし、ずっとティファの姿見てきたもん。
 あたし、ティファを見ていて『恋するって素敵だな・・・ティファどんどん綺麗になっていく』って思ったよ。
 それでもあの時は『どうしてあんな苦しい思いまでしてクラウドを好きでいられるんだろう』って正直思っていたけど。
 でも、きっとあたし憧れていたんだね、『自分にもそんな風に想える人に出会えるかしら』って。
 その人がまさかヴィンセントだったなんて想像もしなかったけどね」
ユフィは照れ臭そうに笑った。
「でも、ヴィンセントは...」
「うん、分かってる。今のヴィンセントの中にはルクレツィアしかいない。彼女へ想いと罪の意識だけが彼の全て。
 私の想いなんか今の彼には通じないって知ってる...」
ユフィは表情を曇らせて言った。が、すぐに瞳の輝きを取り戻してキッパリと言った。
「でも、彼を想う事は許されるでしょ?もう充分に彼は苦しんだよ。永遠に贖えられない罪なんて悲しすぎるよ。
だから彼を罪の意識から解放出来るとは思えないけど、あたしなりに努力するつもりだよ。」
「私もそう思うわ。ヴィンセントはもう罪の意識から解放されて良い筈よね」
ユフィの口調にティファは確かな決意を感じていた。彼女の想いが全ての障害を払拭する程に強い事を。
「あたし、ヴィンセントに嫌われるかもしれない。きっとあたしが頑張れば頑張るほど彼に嫌われるような気がする。
 でも、それでもいいんだ。それで彼が罪の意識から少しでも解放されるなら...」
「ユフィ...」
ティファはそっとユフィの表情を伺った。今、目の前にいるのは一緒に旅をしていた頃の、マテリアが好きで少しオテンバな少女ではなかった。
自分やエアリスと同じ、愛する人を想い続ける一人の女だった。
「あたし、今は旅してた頃のティファの気持ちが分かるんだ。本当に不安で辛かったって。
 あたしがヴィンセントの事を想い続けようって思ったのも、きっとティファの姿を見てきたからだと思うんだ。
 あたしにはティファみたいに最後まで想い続けられるかどうか分からないけど、今は出来るって思いたいんだ」
「ユフィ、私きっといつかヴィンセントもあなたの想いに振り向いてくれると信じてる。
 彼を終わりのない罪の意識から救えるのはあなたしかいない筈よ」
「ありがとう、ティファ。本当は誰かに聞いてもらいたかったんだ。
 ティファに話せて良かった。おかげで少しは勇気が出てきたみたい」
ユフィは不器用に微笑んだ。

『想いに振り向いてくれると信じてる』・・・ティファはそう言ってはみたが、ユフィの想いが届く見込みは限りなく薄いと思った。
ヴィンセントの罪の意識、それは計り知れないほど深いものだと思えたから。
ヴィンセントが未だにルクレツィアを想っているだけならば、いつかきっとユフィの想いは届くと思える。
でも、今ヴィンセントを支配しているのはルクレツィアへの罪の意識・・・
例え彼女が許したとしても、ヴィンセントが囚われている呪縛から解放されるとは限らない。
皮肉だが、罪の意識こそが彼が生きている事の意味でもあるのだから。

それでも・・・ティファはユフィの想いに力強さを感じていた。
彼女ならばもしかしたらヴィンセントを呪縛から解き放てるかもしれない。
ユフィのいつも前向きな生き方こそヴィンセントに光を降り注げるのかもしれない。
私やエアリスには無理だと思う。でも、ユフィなら・・・ティファは彼女の微笑みにそう感じるのだった。