北へ...


ミッドガルを出て、二人は再びカームの街に戻って来ていた。
ここで北の大陸に渡ってくれる船を探そうと考えていたからだ。
ミッドガル崩壊から2年。カームに漁業が復活したという話はクラウドも聞いていた。

事実、かつてカームは漁業の盛んな街だった。
ミッドガルが出来てからというもの、その排出する汚水のためすっかり漁業は廃れてしまっていたが、今では少しずつではあるが魚が戻って来ていた。
一度は諦めた漁業ではあるが、徐々にではあるが再び漁に出る者も増えつつあった。
だからきっと直ぐに見つかるに違いない・・・二人はそう単純に思っていた。


だが、事はそう簡単ではなかった。
港で何人もの漁師に頼んではみたものの、誰もが北の大陸へは船を出せないと答えるばかりだった。
北の大地はこのカームからもおぼろ気ながらも見えるくらいの距離だ。一日で充分往復できる筈だった。
距離では無い。礼金が足りない訳ではない。よそ者である二人を乗せたくないという訳でもなかった。
「俺だって渡ってやりたいんだが...」
漁師達は皆すまなそうにしていた。
「北へは『海魔の口』を避けては行けないのでな。悪いが船は出せねえんだ」

『海魔の口』・・・それが船を出せない理由だった。
彼らの言うには北の大地への航路の途中には漁師でさえ決して近寄らぬ魔の海域があるのだそうだ。
海域といっても正確に此処がそうだと特定されている訳ではない。およそ北の大地との中間地点あたりにあるという事だけが分かっている。
過去その海域では何人もの腕利きの漁師が行方不明になっているという。
運良く難を逃れた者は「巨大な渦潮が船を海に引きずり込んだ」とか「怪物が大きな口を開けて船を飲み込んだ」と話していたらしい。
だが、結局その正体は分かっていない。
分かっている事はそこが踏み入れたら決して生きて帰っては来れない海域だという事。
いつしか漁師達はその海域を『海魔の口』と呼んでいた。
多くの漁師は決してその海域には近づこうとはしなかったが、それでも希に海流に流されてその海域に迷い込む船があるという。
そしてその船は決して帰って来なかった...。

北の大地への航路はそこを横切るように存在していた。もちろんその海域を避ける事も考えられたが、その航路ではとても漁船では燃料が持たなかった。
いや、例え燃料が持ったとしても誰も首を縦には振らなかっただろう。
わざわざ自らを危険に晒してまでクラウド達を運ぶ義理などないのだから。


結局二人は港にいる漁師の殆どに当たってみたが、返ってくる答えはみな同じだった。


「クラウド、はいコーヒーよ」
「ああ、ありがとう」
クラウドはティファからコーヒーカップを受け取ると、コーヒーを飲みながら宿の窓から見える海を眺め出した。
「困ったね・・・」
窓を挟んで反対側の壁にもたれてティファも同じように海を見ながら呟いた。
「俺の見込みが甘かったのかもしれないな。もっと簡単に北へ渡れると思っていた」
「仕方無いよ。まさかそんな魔の海域があるなんて想像も出来ないもの」
「今までそんな話は聞いた事も無かった。それに俺達はあの戦いの旅の中で実際に北へ渡っているんだ。
 あの時は海も穏やかだったし、そういう雰囲気も無かったよな」
「そうだったよね。あの時はそんな危険があるなんて感じられなかったわ。もしかしたら、最近の事なのかしら?」
「恐らくそうだろう」
その時、ティファはその魔の海域の正体にピンときたようだった。
「ねえ、クラウド、もしそうだとしたら、何か怪しくない?2年前は安全な海だったのに、今は『海魔の口』があるって...。
 もしかしたらアレじゃないかしら?」
「俺も思ったよ。『海魔の口』はたぶんモンスターの仕業じゃないかってね」
クラウドは小さく頷いた。
「きっと私達の勘、当たっていると思う。それなら私達がそのモンスターを倒せばいいのよね?」
「おい、ティファ・・・」
クラウドは以外にもティファが戦う気になっているのに驚いた。
「だって、そうしないと北へ渡れないんでしょう?。それにこれは私達にしか出来ない事だもの。
 私達が戦う事でこれ以上『海魔の口』の犠牲者が出なくなるのなら私、戦う」
「ティファ...」

ティファはいつもそうだった。自分が行動する事で誰かの助けになるのなら迷わず行動を選ぶ。例えそれが自分にとって危険な行動であっても。
それはティファの性分ではあったかもしれないが、あの戦いの後、特にその傾向が強くなっていた。
彼女は無意識のうちにエアリスの意志を受け継いでいこうとしていた。
ティファは言っていた。『私の中にはエアリスが生きてる。彼女の分まで頑張らなくちゃ』と。

「だが、そうしようにも船が無い事にはな」
「そうなのよね...」
ティファは窓を開け、身を乗り出して海の向こうを見つめた。
「ここから見えるくらいの距離なのに・・・」
海の向こうにはおぼろ気にながらも北の大陸が見える。・・・そう北の大地は直ぐ目の前にある。そして『海魔の口』も。
もどかしさが二人を包んだ。

「これからどうするの?」
「とにかく明日もう一度港で当たってみよう。駄目ならば何とかして船を手に入れよう。船さえあれば俺達だけで海を渡れる」
だが、クラウドの言葉には自信の無さが見て取れた。二人には漁船を買うだけのギルは持っていなかった。
あったとしてもそう簡単に手にはいるとは思えなかった。



     −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



翌日、二人は再び港で漁師達に当たってみた。だが、結局前日と何も変わらなかった。船を調達する事も出来なかった。


万策尽き、二人は港に佇んでいた。
「駄目だったね...」
「予想はしていたが、やっぱり無理だったな。無理も無い、彼らにとってはむざむざ死にに行くようなものだからね。
 船にしても決して帰ってこない奴に貸そうとする人間はいないだろう。俺が漁師だったとしてもきっと船は貸さなかっただろう」
「でも、『海魔の口』ってきっとモンスターの...」
「彼らにだって分かっているさ。『海魔の口』が単なる潮流のせいじゃないって事くらいは。でも、彼らにはどうすることも出来ない。
 彼らに出来ることはそこに近寄らないという事だけだ。俺達が倒すと言っても信用しろというのが無理な話だろう」
「悔しいね...」
「俺だってそうさ」
クラウドはどうすべきか考えていた。とにかく北の大地へ渡る事が出来なければどうしようもない。
北の大地へはホーリーシティに戻れば船が出ている。戻るより他に無いだろうとクラウドは思った。
「ティファ、仕方が無い。ホーリーシティまで戻ろう。あそこなら北の大地への定期便がある」
「うん・・・仕方無いね」
二人は海の向こうに見える北の大地を見た。こんなに近いのに遙か彼方にあるように感じられた。



「お前さん達かい?北の大地へ渡りたいと言っているのは」
その時、後ろで二人に声を掛ける者がいた。

二人がその声に振り向くと、一人の初老の男がこちらに向かって歩いてくる。
額には大きな傷跡。そしてその足取りは妙にぎこちない。見ると片足は義足のようだ。
だが、日に焼けた身体、太い腕、その体躯はそれを感じさせない程立派なものだった。
二人は即座にこの男もまた漁師であると確信した。
「ええ、俺達です。あなたは?」
「いや、只の世話好きの男だよ。あんた方が北の大地に渡りたいと聞いて少々興味があったのでな。
 それにしても北の大地に渡りたいとは余程の訳ありなんだろう?」
「俺達、どうしても北の大陸に行かなくてはならないんです。理由は言えませんが...」
「そのようだの。まあ、お前さん達の眼を見れば分かるよ。・・・だが、今は『海魔の口』が北への航路を閉ざしているんじゃ」
「ええ、それは聞きました」
「それでもお前さん達は北へ渡るというのかい?」
「はい」
「そうか・・・わしも元は漁師でな。足が不自由で無ければ今すぐにでも船を出してやるんだがな・・・今の連中はどうしてああ臆病なんだろう。
 昔からわし達は言ったものだ。『難所には宝が埋まっている』とな」
「仕方無いですよ。行方不明になった人もいるんですから。・・・船だけでもあれば俺達だけでも行くつもりですけど」
「あの・・・『海魔の口』って昔からあったのですか?私達が2年前に来た時は無かったと記憶しているんですけど」
「あんたの言う通り、2年前には『海魔の口』は無かった。あそこがそう呼ばれるようになったのは1年ほど前からだよ」

男は近くの木箱に座り話し始めた。クラウド達もその横に座って聞いていた。

「隕石の落下でミッドガルがああなってしまったのは不幸な事だが、おかげで海に魚達が帰ってきた。
 わしらは漁を再び始めた。やはり漁師は漁が一番だからな。
 その頃は『海魔の口』など無かった。あそこは確かに海流が複雑で少々危険な場所だったが、腕の良い漁師にとっては一番の漁場だった。
 それが1年前の嵐の後、突然海魔が口を開けた。あそこへ漁に行った者が次々に行方不明になったんだ。
 それでも勇敢な男はいるものだ。ダイソンとその二人の息子はカームでも一番の腕利きの漁師だった。
 ある日、ダイソンは二人の息子を連れて魔の海域へ向かった。
 だが・・・帰ってきたのは息子のケインだけだった。それも浜に打ち上げられたのを助けられたんだ。
 ケインは震えながら言った『悪魔を見たんだ・・・大きな口を開けて親父と兄貴を飲み込んでしまった・・・』と。
 それ以来、いつしか村ではそこを『海魔の口』と呼ぶようになったのだ。
 漁師達はその海域を恐れ、誰もその海域には近づこうとはしなくなっていた」

「そうだったのですか...」
「それでも、お前さん達は北へ渡るつもりかね?」
「渡ります。『海魔の口』を倒してでも」
「そうか・・・やはりわしの思った通りお前さん達はただの旅人ではないようだ。それならば一つだけ北へ渡る方法がある」
「北へ渡る方法があるんですか!?」
「ケインじゃ。奴に頼んでみるといい。あの事があってからあいつは海にも出ず、今はただの飲んだくれになってしまっているがな。
 村の者はケインは臆病になってしまったと思っているが、奴は本当は父と兄の仇を討ちたいと思っている。
 だが、お前さん達が説得すればきっと船を出してくれる筈だ。奴に会ってみるかね?説得するのはかなり難しいと思うがね」
「はい。俺達きっとケインを説得してみせます」
「ならば酒場に行ってみるといい。今の時間、奴は飲んでいる筈だ」
「ありがとうございます。俺達、これからケインに会いに行きます」
「ああ、そうするがいい。そうだ・・・どうしても奴を説得出来なければこう言ってみるといい。
        『海に生きる男は勇気と優しさ、そして誇りを失ってはならない』
 あいつならこのい言葉の意味は知っているはずだからな」
「『海に生きる男は・・・』分かりました。きっと彼を説得します」
「うむ、頼んだぞ」
「行こう、ティファ」
「うん!ありがとうございます」
二人は礼を言うと、街に向かって走り出した。

「でも、不思議な人だったね。どうしてあの人はケインという人をあんなに知っているのかしら?」
「・・・そう言えば、そうだな。それに最後に『頼んだぞ』って言っていたし」
「ケインという人と何か関係のある人なのかもしれないね」
立ち止まり、二人が振り返ると、そこにはもう男の姿は無かった。
何かしら不思議な感覚が二人を襲ったが、とにかくそのケインという男に会うのが先決だと思い街に向かって走り出した。


初老の男はその二人の後ろ姿をしっかりと見つめていた。二人には見えなかったが、確かにその男はその場に立っていた。
やがて街の中に二人の姿が消えるのを確認すると、二人の走り去った方向に深々と頭を下げた。
(お願いします・・・ケインを、あいつを立ち直らせてやって下さい)
男はそう呟くと完全に姿も存在も消えていった・・・。



カームの酒場に入るとまだ陽が高いせいもあって店の中はガランとしていた。店の隅に唯一人の客がいるだけだった。
クラウドとティファはカウンターに座り、軽い酒を頼んだ。
「マスター、あそこの客、ケインという人ですか?」
ティファが店のマスターに訊いた。
「ケインを知っているのかね?ああ、そうだよ」
「いつも来ているんですか?」
「あいつは漁にも出ず、いつもこの時刻になるとああやって酒を飲んでいる。腕の良い漁師だったのにね。
 親父さんと兄を亡くしてからというものこの調子なんだよ」
「海が恐くなったのかしら?」
「村の連中はそう思っているようだがね、本当は違うんだよ。あいつだって本当は二人の仇を討ちたいんだ。
 でも、おふくろさんを残して海に出る事は出来なかったんだ。死ぬかもしれないからな。
 だからあいつは漁師を止めた・・・それでもやっぱり諦めきれないんだろう。だから酒で気持ちを紛らわすしかないんだ」
「そうだったの...」
二人が振り向くと、ケインは窓の外からぼうっと海を見ていた。彼の視線の先はきっと『海魔の口』があるに違いなかった。
顔は赤く、酒に酔っているのは明らかなのに彼の瞳には紛らわす事の出来ない辛さを感じ取る事が出来た。

クラウドとティファは席を立ち、ケインのテーブルに座った。

「なんだい、お前さん達。俺に何か用か?」
「ああ。単刀直入に言うが、俺達は君に船を出して欲しいんだ。船を貸してくれるだけでもいい」
「船を?それならわざわざ俺に頼む必要は無いんじゃねえか?見ての通り俺は今は漁師じゃねえ」
ケインは怪訝そうな顔をした。
「それは分かっている。ただ船を出すだけなら頼みはしない。俺達は北の大地へ渡りたいんだ」
「北の大地だって!?お前さん達は聞いていないのか?北へは『海魔の口』があって行けねえんだ」
「それも知っているよ。だからあんたに頼みに来たんだ。ある人から聞いたんだ、あんたなら船を出してくれるとね」
ケインはふふっと不敵に笑った。
「俺が船を?誰がそんな事を言ったんだい?」
「名前は知らないけど、片足で額に大きな傷がある人だったわ。その人はあなたの事を良く知っているみたいだったわ」
ケインはティファの言葉に急に怒り出した。
「おい、誰の入れ知恵か知らねえが、冗談でも言って良い事と悪い事があるぞ!それは『海魔の口』で死んだ親父だ!」
クラウドとティファは驚いて顔を見合わせた。
「あなたのお父さん!?でも、本当なのよ、私達港で声を掛けられたの。あなたの事を知ったのもその人が教えてくれたからなの」
「俺達は嘘なんかついていない。俺達は本当にその人に会ったんだ」
「もう、いい加減にしてくれ。親父があんた達に頼んだなんて信じられると思っているのか?
 さあ、向こうへ行ってくれ。言ったように俺はもう漁師じゃねえ。船に乗る気も無いんだ」
「ケインさん・・・」
クラウドはティファの肩を軽く叩いた。ティファが振り向くとクラウドは黙って首を振った。二人は席を立った。
「すまなかった。今日はこれで退散するよ。でも、俺達はきっとあんたを説得するつもりだ。あの人にも言われたんだ『頼むよ』ってね」
「何度来ても同じ事だ」
ケインはそう言ってグラスを傾けた。
「それから、あの人はこう言ってた。『海に生きる男は勇気と優しさ、そして誇りを失ってはならない』と。
 きっと君ならこの言葉の意味が分かる筈だと言っていた」
ケインはその言葉に思わず顔を上げた。
「その言葉・・・本当にその人が言ったのか?」
「ああ、確かにそう言ってた。あんたを説得出来ない時はこの言葉を伝えてくれとね。信じてくれ、俺達は嘘は言っていない」
「そうか・・・」
「俺の名前はクラウド、彼女はティファだ。俺達は宿屋にいる。もし、気が変わったら来てくれ」
「ケインさん、ごめんなさい。でも、私達どうしても北へ渡りたいの。あなたの協力が必要なんです」
二人はそのまま店を出ていった。

「彼は協力してくれるかしら・・・」
宿へ帰る道すがら、ティファは不安気に呟いた。
「難しいな。でも、彼の協力がなければ北へは渡れないんだ。とにかく今日は帰ってまた明日あたらめて頼んでみよう。
 それにしても俺はこういうのは下手だよなあ。かえって彼を怒らせてしまったみたいだしな」
「そんな事無いわ。クラウドはちゃんと頼んだよ。でも、あの人が彼のお父さんだったなんて・・・私達、幻でも見てたのかしら?」
「不思議な事もあるよな...」


(『海に生きる男は勇気と優しさ、そして誇りを失ってはならない』・・・か)
ケインは再び酒を飲み始めていた。だが、酔いが彼を快楽へは導いてはくれなかった。彼の頭の中からその言葉がずっと離れなかった。
(親父、いつも俺達兄弟にいつも言っていたよな。この言葉は俺達兄弟だけが知っている言葉だったよな。
 それをあいつらは親父そっくりの男に聞かされてたと言っていた。あいつらの眼は嘘はついていない、それは俺にも分かる。
 でも、やっぱり俺には信じられない。親父と兄貴はあの時確かにあの怪物に飲み込まれて死んだんだ)
ケインは海を見る。
(あれは海流のせいなんかじゃない。あそこには怪物がいる。ハッキリとは見ていないが、あれは怪物だった。
 親父と兄貴は奴に飲み込まれてしまった。俺は奴を倒して二人の仇を討ちたい。でも、俺の力ではどうしようもないんだ)
あの日以来、海には出ていない。残された自分は母を支えて生きていかなくてはならない。たとえ臆病者と言われたとしても。
それは嘘ではない。嘘ではないが・・・だが、本当は逃げていたのかもしれない。
『海魔の口』の恐怖と、自分の力では仇を討てないという悔しさから酒に自分の気持ちを誤魔化していたのかもしれない。
(親父・・・本当にあいつらに会ったのか?今の俺の姿に嘆いてあいつらに自分の想いを託したというのか?
 俺だって分かっているんだ・・・俺はこのままでいいのか。誇りを失ってでも生きていくべきなのかってね。
 きっと親父と兄貴なら『海に生き、海に死ぬ、それが海の男だ』と答えるだろうね...)
ケインは酒を一気に飲み干した。
「マスター酒をくれ」
マスターは黙ってグラス一杯の酒を運んできてテーブルに置く。ケインはグラスに手を伸ばしたが、マスターはグラスを取り上げ言った。
「ケイン・・・お前さんそれでいいのかい?悪いが話は聞かせてもらったよ。こいつはお前さんにとって最後のチャンスかもしれないんだぞ」
「...」
「お前さんが母親を守るために漁師を止めたことも決して間違いじゃないだろう。それも立派な生き方だ。
 だが、お前さんの本心はどうなんだ?いつまでも自分の心に嘘をついて生きていくつもりなんだ?
 お前さんは自分に嘘をついていることを知っている。だから酒に溺れるしかしかなかったんだろう?
 俺はそんなお前さんの気持ちが分かっていたから何も言わず酒を出してきたが、もうそんな自分にお前さん自身が決着をつける時なんじゃないか?」
「・・・俺だって分かっているよ。おふくろだってこんな俺を見て『私には構わず自分の想った通りに生きなさい』って言ってくれている。
 でも、俺には決心がつかなかった。俺があの怪物に立ち向かったところで勝てる筈も無いんだ...」
「私はさっきの二人ならきっとお前の無念を晴らしてくれると感じた。あの二人はどんな困難にも立ち向かえるだけの強さがあると感じたよ。
 ・・・さあ、この酒を取って今のお前さんのままでいるか、それとも自分の生き方に従うのか・・・後はお前さん自身が決める事だ」
そう言ってマスターはグラスをテーブルに置き、カウンターへ戻っていった。
ケインはグラスをじっと見つめながら考えていた。もう答えは出ている。後は次の一歩を踏み出すだけなのだ。

ケインはグラスを取る。そして、満たされた酒を床にこぼした。

「マスター、ありがとう。俺、決着をつけに行く」
「ああ、行ってこい。俺はお前さんの帰りを待っているよ」
ケインは店を飛び出した。街の往来の中を駆け抜けていった...。



     −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



次の朝、クラウドとティファは部屋をノックする音で目覚めた。
(こんな朝早く何だ?)
眠い眼をこすりながらクラウドがドアを開けると、宿の主人が来客だと告げた。
(まさか・・・彼が来てくれたのか!?)
クラウドとティファは急いで服に着替えると、宿のロピーに降りていった。
ロビーで待っていたのは想像通りケインだった。

「すまないな、朝からやって来て」
「いいんだ」
「船を出そう。あんた達の希望通り北の大地まで船で運ぼう。ただし、『海魔の口』を通る事になるが」
「ああ、それは承知の上だ。むしろ俺達はその海魔と戦うつもりでいる。でも、あんたはそれでもいいのか?」
「俺は今まで自分の心に嘘をついてきた。でも、いつまでも逃げている訳にはいかない。いつか決着をつけなければいけなかったんだ」
「そうか・・・。それで何時出航するんだ?」
「長く船を使っていないんでいろいろ整備しなくちゃならない。だが、それは今日中に何とかするつもりだ。
 出航は明日早朝・・・この時間が最も波が穏やかなんだ」
「明日の早朝か、分かった。港へ行けばいいのか?」
「ああ。船の名前は『シーアックス』だ。来ればすぐに分かる筈だ」
「必ず行くよ。・・・ありがとう」
「ケインさん、ありがとうございます」
「いや、こちらこそ礼を言いたいくらいだ。きっと親父は俺に勇気を持つ事を教えようとしたんだろう。
 だからあんた達の前に現れたんだと思うんだ。あんた達が現れなければ俺はいつまでも負け犬の飲んだくれに成り下がっていたはずだよ」
「ケイン・・・」
「じゃあ、明日の朝。俺はこれから船の整備をしなくてはならないのでこれで失礼するよ」
ケインは宿を出ていった。彼の表情は昨日までとは違い、生き生きしているように見えた。

「クラウド、これで北の大地へ渡れるね」
「だが、その前に大きな仕事がありそうだけどな」
「うん。私達も装備をしっかりしなくちゃね」
「ああ。朝食を取ったら街に出て装備を整えよう。きっと激しい戦いになる」



夜、ティファは夜風が吹き込んでくるのに眼が覚めた。

隣のベッドを見るとクラウドの姿が無い。ティファは起きあがってクラウドの姿を探す。
テラスのドアが開いている。クラウドはベランダの椅子に座って外を眺めていた。

「クラウド、どうしたの?眠れないの?」
「ティファ・・・悪いな、起こしてしまったか。ああ、いろいろ考える事があってね」
「考える事って?」
ティファはクラウドの考える事が想像出来なかった。それがティファを不安にさせた。
「今度の旅は真実を見つけるためのものだったよな。戦うための旅じゃない。もちろん、モンスターに出会って戦う事もあったが、それは承知の上だった。
 だが、明日は違う・・・俺達は戦う事を知りながら進んでそこへ行こうとしている。
 俺ははティファを危険な目に遭わようとしているんだ。
 本当にそれが正しいのだろうか?戦いを避けられるならばそうすべきだったんじゃないのか?
 俺は戦う事を望んでいるのかもしれない。俺は本当にティファの事を考えているのか・・・そう思えてしまうんだ」
「クラウド・・・」
「俺はティファを幸せにする資格なんてあるのかな?」
「クラウド・・・」
ティファは背中からクラウドをそっと抱きしめながら優しく答えた。
「私はそんなクラウドが好き。だからクラウドには自分に正直にいて欲しい。私、クラウドの重荷にはなりたくない。
 あなたが私を支えてくれるように、私もあなたを支えていたいから」
「ティファ・・・」
クラウドは手を伸ばし、ティファの腕をそっと撫でた。
「私、ずっとクラウドを見てたのよ。クラウドの優しさは一番知っているつもりだよ。
 あなたはこの村の為に戦おうとしている。ケインの無念を晴らそうとしている。それは私だって同じ気持ち。
 私、クラウドとなら一緒に戦えるよ。だってクラウドと一緒なら何も恐くないもの」
ティファは顔をクラウドの頭に押し当てた。クラウドはティファのぬくもりに包まれながら自分の迷いを恥じた。

(ティファ・・・ありがとう。君がいてくれるからこそ俺は戦えるんだ....)



     −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



次の日の早朝、二人は港を訪れた。
ケインの船はすぐに見つかった。彼が目立つように紅く染め抜いた旗を立てていたからだ。
シーアックスはとても1年近く海に出ていないとは思えないくらい充分に整備されているように見える。
恐らくケインは海には出ていなくても整備だけはしていたのだろう。船には彼の海への愛を感じさせる。
エンジン音も力強さと勇ましさを感じさせる。小さいけれど『海魔の口』に向かうには充分に思えた。

「やあ来たね。・・・あんた達のその格好は!?」
ケインは二人の姿を見て驚いた。正にこれから戦いに赴こうという姿だったからだ。
街にいる時の二人はごく普通の服装だった。街の人間とは違って見えたが、特別な人間には思えなかった。
「『海魔の口』へ行くんだろ?奴の正体を暴いて仇を討つんだろ?」
クラウドはニヤリと笑った。
「私達も親を殺されたの。あなたの悔しさが分かるから、私達も戦うわ」
ティファもニッコリと笑った。
「あんた達・・・ありがとう。俺ももう迷わない。必ず親父と兄貴の仇を討つ」
「戦いは俺達に任せてくれ。ケインは船の操縦を頼む。俺達では船を扱うのは難しいからね」
「ああ、任せてくれ。どんな荒波だって乗り越えてみせる」
「頼むぜ・・・さあ、行こう、『海魔の口』へ!」

シーアックスは静かに港を離れていった。海は穏やかだったが、嵐の前の静けさにも感じられた。


港を出て3,4時間程も経っただろうか。
船は真っ直ぐ北へ向かっていた。依然として海は穏やかで航海は順調そのものだった。
「本当に海が静かだね」
「ああ。この先に魔の海域があるとはとても感じられないな。だが、油断は禁物だ」
「うん。・・・そういえばクラウド、船酔いは大丈夫?」
「緊張しているからね。何も無ければ今頃はベッドの上で唸っている筈だよ」
「ふふ、きっとそうね。クラウド、今度から戦いに向かうつもりで乗り物に乗れば大丈夫なんじゃない?」
「俺もそう思うけど、『つもり』ではやっぱり無理だよ。コスタからの船でもそうしてみたけど、結果はあの通りさ」
クラウドはそう言いながら笑った。

とその時、突然海流が乱れ、船は大きく揺られ始めた。ケインが叫ぶ。
「クラウド、ティファ、魔に海域に入った!もうすぐ『海魔の口』だ!」
「ティファ!」
「うん!」
クラウドは剣を抜き、ティファは身構える。前方をしっかりと見据え、まだ見ぬ敵に備えた。

海流はやがて渦を巻き始める。シーアックスを飲み込まんとするかのように渦の中心に引き込もうとしている。

やがてその中心から白く巨大な腕が勢い良く飛び出した。
イカの足のようなその腕はシーアックスに襲いかかる。
クラウドはソードで腕を弾き返す。ティファはサンダガを唱えて電撃をその腕に食らわせる。
腕は何度も襲いかかってきたが、その度に二人は効果的な一撃を怪物に加えていった。
つばぜり合いはしばらく続いたが、クラウドとティファのサンダガの強烈な電撃の連発に遂に『海魔の口』はその姿を露わにした。

それは・・・イカと鯨を掛け合わせたような姿を持った巨大なモンスターだった。

「こいつが『海魔の口』の正体・・・」
ケインはモンスターの姿を見て思わず呟いた。
「そうだ。こいつが君の親父さんと兄貴を殺した張本人だ」
「こいつが親父と兄貴を・・・」
「ケイン、船の操縦は頼んだぞ。海は奴のテリトリーだ、俺達が奴に勝てるかどうかは君の操縦にかかっている。
 今戦っているのは俺達だが、君も同じように戦っているんだ」
クラウドの言葉にケインは奮い立った。
(そうだ、俺は俺のやり方で奴と戦う。決してこの船を沈めたりさせるものか)
舵を持つ腕に力が入る。
父親に叩き込まれた操船の技術を駆使してケインは不利な海の上でもクラウド達が存分に戦えるように船をコントロールしていった。

モンスターは思いの外手強かった。最初は全身をさらして攻撃してきたが、クラウド達の強さを知ったか戦術を変えてきた。
突然襲いかかると直ぐに海中に姿を消すという狡猾な戦術でクラウド達を苦しめた。明らかに消耗させようという魂胆だ。
「クラウド、このままじゃ・・・」
ティファがクラウドの方を振り向く。
「ああ、分かってる」
このままでは消耗戦になる。ここはモンスターの得意な海の上、こちらが圧倒的に不利だ。
クラウドがケインに向かって叫ぶ。
「ケイン、俺が合図したら真っ直ぐ渦の中心に船を進めてくれ!一気に決着をつける」
「分かった。いつでも言ってくれ」
続いてクラウドはティファに声を掛けた。
「ティファ、行くぞ!」
「うん、分かってる!・・・イフリート!」
ティファはイフリートを召還し、灼熱の炎を渦の中心に向かって放った。凄まじい衝撃と激しく立ち上る水蒸気。
苦しさに遂にモンスターがその全身を海の上にさらけ出した。
「ケイン、今だ!」
クラウドの合図にケインは舵を一杯に切り、全速力で渦の中心にいるモンスターめがけて船を進ませる。
モンスターが目前まで迫る。クラウドは満を持したかのように船から飛翔してモンスターの頭上に飛び乗った。
激しく暴れるモンスター。だが、クラウドはひるむ事無く手にした剣をモンスターの頭に突き刺す。
「ティファ、今だ!」
そう叫ぶとクラウドは再び飛翔する。すかさずティファはラムウを召還し、最大級の電撃の嵐をモンスターに見舞う。
電撃はクラウドの突き刺した剣を伝わり、モンスターの内部を貫く。
強烈な焦げた臭いが漂う。電撃は確実にモンスターに致命傷を与えている。

モンスターはもがき苦しみ、そして断末魔の叫びを上げながらその身を力無く水面に浮かべた。



やがて海はあれ程荒れ狂っていたのが嘘のように穏やかさを取り戻していた。
戦いは終わった・・・ティファとケインはそう確信した。

だが、クラウドの姿が見当たらない。あの瞬間海に飛び込んだままだ。
「クラウド!何処にいるの?」
ティファは水面をくまなく見回す。だが、その姿は何処にも見えない。一瞬、ティファの心に不安がよぎる。

「おーい」
それはクラウドの声。ティファはその声のありかを探した。
「ティファさん、彼はあそこだ」
ケインがいち早くクラウドの姿を見つけて指差した。それは波間に浮かぶあのモンスターの亡骸の上だった。
「クラウド・・・良かった」
ティファは思わず訊いた。

船をモンスターの亡骸に横付け、クラウドを船に乗せる。
「海に飛び込んだまでは良かったが、こいつが暴れるもんだから海中で思い切りかき回されてしまったよ。
 それでなかなか水面に上がれなかったんだ」
「クラウド、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。それにしても間一髪だったな。ラムウの電撃のタイミングがずれていたら俺にもその衝撃が及んでいた。
 でも、さすがティファ、ジャストタイミングだったよ」
クラウドはニッコリと笑った。
「もう、心配したんだから・・・こういう危ない真似は今度だけにして頂戴ね」
「ああ、分かっているよ」



戦いの緊張感から解放されて、3人は甲板に座って疲れを癒していた。
「あれが『海魔の口』の正体だったんだな・・・」
ケインはモンスターの亡骸を見ながら呟いた。
「ケイン、本当はとどめを君に刺してもらいたいと思っていたんだが・・・余裕が無かった」
「いいんだ。俺は俺なりの戦いをした。そして勝ったんだ」
「そうか・・・これで親父さん達の仇を討てたな」
「ああ。・・・でも、俺はこうして戦って分かったような気がする。
 親父と兄貴は俺に仇を討って欲しいと願っていた訳じゃなかったんだと。
 きっと俺に海に生きる男の誇りを取り戻して欲しかったんだと思う。
 親父の言葉・・・『海に生きる男は勇気と優しさ、そして誇りを失ってはならない』・・・それを俺に取り戻して欲しかったんだと思う。
 結局俺一人ではそれを見つけられなかった。お二人さんのお陰だよ」
「俺達はただ教えられて君に会いに行っただけだよ」
「あの時の人、本当にケインのお父さんだったのね・・・今でも不思議な感じね」
「ああ。死者の言葉とかそう言うのは信じないんだが、今度ばかりは信じるしかないな」


(有り難う・・・お二人さん。そしてケイン、よく頑張ったな)


クラウドとティファ、そしてケインもまたその言葉を聞いたような気がした。
3人は辺りを見回した。
「親父!親父なのか!?」
そして3人はモンスターの亡骸の上に立つ二人の男の幻を見た。
「親父、兄貴・・・」
二人の男は微笑んでいた。大いなる喜びと、少しばかりの寂しさを漂わせながら。

そしてモンスターはゆっくり波間に沈み始めた。

「親父、兄貴、待ってくれ。俺は・・・」
(ケイン、お前は海の男の誇りを取り戻した。もうお前は一人前だ。これでわしも安心して眠りにつける)
「親父!」
(母さんを頼んだぞ・・・)
「兄貴!」

モンスターと共に二人の幻も静かに波間に消えていった。

「親父、兄貴・・・有り難う。俺は二人の意志を継いで生きていく。見ててくれ」
ケインは海に向かって言った。それは二人への、そして自分への誓いの言葉だった。

クラウドとティファはこの不思議な体験を、しかしすんなりと受け入れていた。
そう、二人は前にも似た体験をしているのだ・・・メテオをライフストリームが包み込んだあの眩い光の中に確かに二人は見た。エアリスの面影を。
(私達も会えるよね?)
(ああ。必ず会えるよ)
二人は微笑みながら頷き合った。
あれは幻なんかじゃない。二人は今でもそう信じられる。エアリスに会ったのはあの一瞬以来無いけれど、あれは確かにエアリス。
だから、今見ているのは真実だと受け入れられる。
きっと強い想いが奇跡を起こしてくれたんだ。ならば私達だって会えない筈は無い。
私達の想いだって、きっと彼女の想いもそれ以上に強いと思うから。
いつかきっと・・・二人はこの光景を見ながら感じていた。


「さあ、北の大地へ向かおう。これからは全速力だ」
ケインは振り返って言った。その声と表情は晴れ晴れとしていて、なおかつ力強さを感じさせた。
そしてそれは、ケインが本当の海の男になった瞬間だった。