失われた村・前編


海は静かで穏やかだった。
海面はまだ朝靄に包まれていて、少しばかり幻想的な風景を作り出している。
シーアックスはその中をゆっくりと進んでいく。予定ではもうすぐ北の大陸だった。


昨日は結局日没までには北へ渡れそうもなく、クラウド達は近くの小島で一晩過ごした。
そして今日改めて北の大陸へ向かっている。


シーアックスの船首に座り、ティファとクラウドは前方を見ていた。
朝靄の中を突き抜けていくと、次第に目の前に北の大地がその姿を現した。
「北の大陸ね」
「ああ、やっと来たな」
「何だか懐かしいね...」
二人は山々を眺めながらかつての戦いの旅を思い出していた。
決して良い思い出ばかりじゃない。むしろ辛い事の方が多かった。それでも今となっては懐かしさばかりが胸に去来する。
それはきっと2年という時間のせいかもしれない。
あの山は見覚えがある。あの峰を登った。・・・戦いばかりだったが、それらが今はとても優しく見えてくる。
「ねえ、クラウド?前に来た時は山はもっと雪に覆われたと思うけど」
「俺もそれを感じてたよ。たぶんジェノバが消滅したからだろう。ゆっくりだが本来の姿に戻っているんだろう」
「少しは楽になるかしら?」
「それはどうだろうな。寒さが薄らいだとはいってもまだ厳しい環境である事には変わりがないようだ。
 それに今度は俺達二人だけだ。むしろ前よりも条件は厳しいかもしれない」
「今度は二人だものね・・・でも、きっと今度の方が楽だと思うよ。少なくとも私にとってはそう」
「ティファ?」
クラウドが振り向くと、ティファは微笑みながら言った。
「だって、今度は何も不安に感じなくて済むもの。クラウドがいつも側にいてくれるもの。何も恐れる事が無いもの」
「ティファ・・・俺がいる。決してティファを一人にしない」
「クラウド...」
二人は黙って見つめ合った。ほんのひととき、二人は二人だけの世界の中にいた。


「悪いがお二人さん、もうすぐ着くぜ!」
ケインの声に二人はハッとした。いつの間にか浜辺は眼の前だった。
「ありがとう、ケイン。君のお陰で旅を続けられるよ」
「ありがとう、ケインさん」
二人はケインに礼を言った。
「礼を言うのは俺の方だよ。お二人のお陰で俺は自分を取り戻せた。二人に会わなかったら俺は今でも飲んだくれのままだった」
「俺達は君の親父さんの言う通りにしただけだ。ケインに会えたのは親父さんの導きがあってこそだ」
「ああ、それは分かってる・・・でも、あの怪物を倒してくれたのは君達だ。君達がカームに来なければ何も変わらなかったんだ。
 親父達は君達を待っていたんだろう。でも、それは親父達の導きじゃない。君達の意志があっての事だ。
 俺は思うんだ。きっと親父達が君達を導いたんじゃなく、君達が親父達を呼び覚ましたんだってね。
 だから俺は君達に礼を言いたい。いや、それは親父達も同じだろう」
「ケイン・・・」
「俺は信じてるよ。君達の旅がきっと素晴らしいものになると。君達の旅はそれだけで多くの人々を幸せにしてくれるような気がする。
 そんな君達が幸せにならない筈は無い。俺はそう確信しているよ」
ケインはニッコリ笑った。そんなケインにクラウドとティファも微笑みながら頷くのだった。
「さあ、北の大地は眼の前だ!」

クラウドは立ち上がり海に飛び込む。腰まで海に浸かりながら両腕を差し出すと、ティファはその両腕に身を任せる。

自分を抱きかかえて浜を目指して歩くクラウドの横顔をティファは頼もしげに見つめていた。
「どうした?」
クラウドはティファの視線に怪訝そうな顔をした。
「ううん、何でも無いの」
「・・・おかしな奴だな」
そう言いながらも二人は微笑みながら互いの存在の大きさを感じていた。

やがてクラウドは浜辺にたどり着き、ティファを浜に降ろす。
二人は振り返り、船上のケインに声を掛けた。
「ありがとう、ケイン」
「ありがとう、ケインさん」
ケインは船首に立って二人を見ていた。
「いつかまたカームに来てくれよ。その時は飲み明かそうぜ!」
「ああ、必ず行くよ!」
「必ず行くから!」
二人は手を振った。
ケインは舵を一杯に切り、船を反転させる。背を向け、手を振りながらゆっくりと岸辺を離れていった...。


「・・・行っちゃったね」
「ああ。でも、ケインはもう大丈夫だ。きっと立派な漁師になるよ」
「そうだね!」
「ケインは壁を乗り越えた。次は俺達の番だ。俺達もこれから大きな壁を越えなくてはならない」
「ええ、越えましょう」
「さあ、行こうか」
「うん!」
二人は歩き出した。



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それから随分歩いただろうか。


「・・・」
ティファは突然その歩みを止めた。クラウドはすぐにそれに気が付いて振り返った。
「ティファ、どうした?」
クラウドは怪訝そうに訊く。
「クラウド?」
「?」
恐る恐るティファは切り出した。
「私達、ボーンビレッジには向かっていないと思うんだけど...」
細い道をクラウドの後について歩きながら、その事には早くから気付いていた。それでも、すぐにはそれを言い出せずにいた。
(まさか道を忘れたなんて事は無いと思うけど...)
最初はきっと違う道からボーンビレッジに向かっているのだと思った。でも、いつまでもボーンビレッジに近づいている様子も無い。
自分達がどの辺りを歩いているのか分からなかったが、どうみてもむしろ離れていくようだった。
にもかかわらず、クラウドは何の迷いも無く歩いているようにみえた。
自分でさえ気が付いているのに、クラウドが気付かぬ筈は無いのに。
「いや、ボーンビレッジには向かっていないよ」
ティファの言葉にクラウドは微笑みながら答えた。
「え?」
「ボーンビレッジには行かない。別のルートでアイシクルを目指そうと思っている。そういえば、ティファには言っていなかったね」
「別のルート?」
「思い出したんだ。神羅にいた頃、アイシクルへ向かう別のルートがある事を。
 理由は分からないが、そのルートはミッドガルの軍部で秘密にされていたようだけどね。
 それで神羅ビルへ行った時にもう一度確認したんだが、確かにそのルートはあった。地図で見る限り前に通ったルートよりは平坦で安全に見えた。
 ボーンビレッジからアイシクルへ至るルートは今でもまだ寒くて険しいルートだ。
 だからそのルートで行こうと思ったんだ。今回は二人だし、何より急ぐ必要は無いからね」
「そうだったの・・・」
「すまない、話すのを忘れていた」
「ううん、いいの。でも、そんなルートがあるなんて知らなかったわ」
「たぶん、軍事的な理由だったのだろうね。でも、今は神羅も存在しない訳だし、俺達には関係の無い事だ。
 モンスターはいるかもしれないけれど、少なくとも今はジェノバも神羅もいないから危険は少ない筈だ。
 それに寒さに耐える必要も無いしね。・・・ティファ、いいよな?」
「勿論よ。クラウドと一緒なら大丈夫だものね」
「あ、ああ」
クラウドは少し照れ臭そうに笑った。
「さあ、道のりは遠い。急ごう」
「うん!」

ティファは自分の中に生じた危惧を恥ずかしく思った。
クラウドが別ルートを取るとしたら、もしかしたらそれは『忘らるる都』を回避する為かもしれないと思ってた。
クラウドが言葉をくれたあの夜・・・クラウドの言葉に少しも偽りがあるとは思えない。
もし、回避するとしたら自分の事を想っての事。
あの場所−エアリスが死んだ場所−を通ればやはりあの悲劇を想い出さずにはいられない筈だから。
クラウドはそんな自分を案じたのかもしれないと。
でも、それは違っていた。むしろエアリスの死に囚われていたのは自分だったのかもしれない。
今の自分は余りにも幸せ過ぎる。その幸せがエアリスの死を一層悲劇的に感じさせてしまう。
でも、私達は約束したんだ。「どちらかが死んでもその分まで幸せになろうね」と。
(ごめんなさい、エアリス。私まだ約束守っていないね...)
ティファは忘らるる都のある方角を見て呟いた。

ティファは自らの危惧に恥じたが、それは全くの誤りという訳でも無かった。
クラウドがこのルートを選んだのは、やはりあの場所への特別な想いがあったからかもしれなかった。
確かにこのルートを選んだのは安全を重視しての事だった。それでも無意識のうちに「あの場所」を避けていたのかもしれない。
クラウドは今はまだあの場所へは行くべきではないと思っていた。
全てを知り、そしてそれがどんな結果であろうともティファと生きていくつもりだった。
だからクラウドは旅の最後にあの場所へ行き、全てを報告しようと考えていた。
エアリスとの決別ではない。エアリスはこれからも、そしていつまでも彼女を知る者の心の中に生き続ける。
それは一つの区切り、未来へ踏み出すために必要な儀式のようなものだ。
だから今はとにかく先へ進むべきだと思っていた...。



かつて通ったルートよりは楽とはいっても、決して平坦な道のりではなかった。
長年人の通らなくなった道は荒れ果て、獣道のような状態だった。

もうどのくらい歩いただろうか。
いつまでも続く道。変わらぬ風景。そして照りつける日差し。
そういったものが肉体と、それ以上に精神的な疲労となって蓄積していく。

木陰を見つけ二人は休息を取る。
「ティファ、大丈夫か?疲れていないか?」
「うん、まだ大丈夫・・・と言いたいけど、少し疲れた。ここはどの辺りなのかしら?」
ティファは辺りを見回しながら言った。
「俺にも良く分からない。だが、少なくとも目的地には向かっている事だけは確かだ」
「ふふ、クラウドらしい言い方ね」
クラウドも実際此処が何処なのか見当がつかなかった。ルートを知っているとはいえ、それはあくまで地図上での事。
秘密のルートは既に人が通らなくなって数年は経っているようだった。
どうにか判別はつくものの、道は雑草に覆われ地表を見ることさえ出来ない。
自分達の正確な位置、いやどの方角に向かっているのかも把握できていない。
道に迷った訳ではない。確かにこの道で正しい、それだけは分かる。だから道を信じて進むしかない。
この道がアイシクルへ通じると信じて。
「ティファ、飲むか?」
クラウドは水筒を取り出してティファに差し出す。
「ありがとう。少しだけ飲むね」
ティファは水筒から一口だけ水を飲むと水筒をクラウドに返した。
「いいのかい?遠慮しなくていいんだよ」
「うん大丈夫。充分喉は潤ったわ。これからまだ歩かなくちゃいけないんだから、水は大切にしないとね」
「そうか・・・すまないな」
クラウドは水筒を受け取ると、再び腰に下げた。
「もうすぐ日が暮れるね。これからどうする?」
「この山の中では安心して眠れない。とにかく安全な場所を見つけてテントを張ろう。出来れば小川でもあるといいんだが...」
恐らくアイシクルへはあと数日はこんな状態が続くだろう。ここで無理をして体力を消耗するのは無謀だ。
ましてやティファはあれから長い旅には出ていない。疲労の度合いは自分の比では無いだろう。
焦る必要は無い。自分達のペースで進めばいい。
「水があるといいね。食べ物は充分だけど、水は足りなくなりそうだから」
「先へ進もう。きっと見つかるさ」


そしてそれから小一時間歩いた頃だった。


茂みを抜け、小高い丘の上に出る。決して広くは無かったが、野宿するには充分な場所だった。
知らぬ間にかなり登っていたようで、其処からは眼下が一望出来た。
「あ!」
ティファが指を差しながら小さく叫んだ。
「クラウド! あそこに村が見えるよ! 川もある!」
ティファの声にクラウドもその方を見た。確かに村がある。地図には村など載っていなかったが、そんな事はどうでも良かった。
「こんな所に村があるとは思わなかったな」
「あそこへ行けば道を訊けるね」
「ああ。だが、これから村へ向かうと着いた頃は陽が暮れてしまうな。どうする、ティファ?」
「そうね・・・いきなり行って泊めてくれるか分からないし、失礼よね」
「俺も同じ事を考えたんだ。なあ、今日は此処で一晩過ごして、明日改めて村へ行かないか?」
「うん、その方がいいわね」
「なら、早速テントを設営しよう」
目指す場所が見えると、それまでの疲れも吹き飛んでしまったようだ。
二人は明日への期待を胸にテントの設営に取りかかった。



 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



次の日の朝、二人は村へと谷を降りていった。

村は静か、というよりはひっそりとしていた。
吹き抜ける風の音だけが聞こえる。家はあるのに人の気配がしない。
村の入り口に立った瞬間、クラウドとティファは村の状況を即座に理解した。
そしてかつて味わった感覚を思い出していた。
自分達がニブルヘイムに帰った時・・・それと同じだった。
二人は互いに見合い、その瞳の奥に悲しみを感じ取った。
「クラウド...」
「ティファも...」
あの時のニブルヘイム・・・戦いを終え、二人で故郷の村へ帰った時・・・。
想像はしていた。分かっていた筈だった。それでも明るい人々の営みを期待していたかった。
だが、そんな淡い期待は村の入り口の立った瞬間消え去っていた。
・・・それと同じ感覚だった。
「あの時のニブルヘイムと似てる...」
ティファは悲しげな眼差しをクラウドに向ける。
ある程度想像はしていた。ここまでの道の荒れ具合。この村に生活があるのなら、ああはなっていなかった筈だろう。
歓迎は期待していなかったけれど、人々の生活の臭い、子供達の笑い声を聴きたかった。
でも、此処は既に失われた村。あの頃のニブルヘイムと同じように・・・ティファはこの村を自分の故郷に重ね合わせていた。
「でも、ここはニブルヘイムじゃない」
「うん・・・」
クラウドとてティファと同じ気持ちだった。それでもここはニブルヘイムとは違うのだと自分に言い聞かせていた。
印象は同じであってもこの村がニブルヘイムと同じ運命を辿った訳ではないだろう。
年月の流れの中で一つの村が失われたとしても悲しむべき事じゃない。
この村の人々が自らの意志でこの村を棄てたのであればそれでいい。きっとみんな何処かで幸せに暮らしているのだから。
何者かの力によって失われたもので無いならば。
「・・・とにかく村へ入ろう。一晩だけでも安心して眠れる家を探そう」
「そうだね」
二人は村の中へ入っていった。

やはり村には誰一人としていないようだった。
不思議な事に、村の家々は主こそいないが生活の臭いを残していた。
村人が家を棄てたならば家の中はガランとしている筈なのに、どの家もつい昨日までここで生活していたような状態だった。
ついさっきまで其処に人が寝ていたようにみえるベッド。
食器棚にはキチンと食器が並べられている。鍋に火を掛けたまま放置されたような家さえあった。
年月の風化にさらされていても、そこには時間が凍りついたように村人の日常を感じさせるものばかりだった。
まるで突然何者かが村人達を連れ去ってしまったかのようだ。
「クラウド、やっぱり・・・似てる・・・ニブルヘイムに」
「俺も同じだよ。荒れ果ててはいるが、この村には生活の臭いが残っている。俺にはこの村の人達が村を捨てて出ていったようには思えない」
「誰もいないけど、私達が勝手に使ってはいけないような気がする。まるで『この家は私の家よ』って言っているような気がするの」
「そうだな・・・納屋でもいいから安全に眠れる場所を探そう」
ニブルヘイムへ帰った時もそうだった。偽りの家ではあっても勝手に踏み込むのは躊躇したものだった。
其処にはかつて住んでいた人達の想いが残されているような気がした。想い出が詰まっている場所だと思えた。
だから・・・自分達は旅人。夜露をしのげる場所さえあればいいのだと思った。


「クラウド!!」
村の奥の家を調べに行っていたティファのただならぬ声にクラウドはティファの許に走った。
家の階段を駆け上がり、ティファがいる部屋に駆け込む。
ティファは窓の外を見ていた。
「どうした!?」
「クラウド、あれ...」
「あれは...」
2階の窓からは奥には深い谷が見えた。谷といっても自然が創り出したものではない。
機械によって山を削り取って造った人工の谷。そしてその中心にはこの村にはおよそ似つかわしくない人工の建造物。
「魔晄炉、どうしてこんな所に...」
神羅兵だった事もあり、クラウドは魔晄炉の建設された場所については全て知っていたつもりだった。
だが、この魔晄炉の存在は知らなかった。恐らく極秘の内に造られた魔晄炉なのだろう。
神羅がこのルートを極秘事項にしていた理由が分かったような気がした。神羅はこの魔晄炉を秘密にしておきたかったのだ。
「どうしてここまで似ているの? 違うと思いたいのに...」
ティファは泣いてはいなかった。心の中でニブルヘイムとは違うと否定したかった。でも、余りに似ている。
この村の人達はきっと何らかの理由で神羅に・・・そう思えてしまうのだ。
「ティファ...」
クラウドはティファの肩をそっと抱いた。もう否定の言葉は出てこなかった。
ティファの想像した事−−それはクラウドにとっても同じ−−は最も真実に近いと思えた。
真実は違うのかもしれない。だが、それを知る手だてはもはや存在しないのだ。
知ったとてどうする事も出来ない。神羅は既に存在しないのだから。

そうはいってもいつまでも感傷に浸っている余裕は無かった。
食料も確保しなくてはならない。この先の行程を考えると手持ちの食料は出来るだけ残しておきたい。
一晩眠れる場所も探さなくてはならなかった。
「さて、どうするか・・・俺は食料を探しに行こうと思うんだ。お腹空いただろ?」
「うん、少し。私、眠れる場所を探すね。クラウド、あんまり無理しないでね」
「ああ、心配ない。この辺りなら食料もすぐに見つかるだろう」
「うん・・・・あ!クラウド、あれ!」
ティファの指差す先をクラウドは眼で追った。その先には一軒の家の向こうから上る煙。
自然のものではない。明らかに何者かが火を使っている。
「誰かいるのか!?」
「ねえ、クラウド、行ってみよう」
煙は村はずれの家の裏庭から上っていた。警戒しながら二人はその家の裏庭に回った。


裏庭には焚き火、そしてその傍らには一人の男が座っていた。


「こんな辺境の村に人が来るとは珍しいな」
男は二人が来る事を予期していたかのように振り向きもせずに呟いた。男は手に木の枝を持っていてしきりに焚き火の中を掻き混ぜている。
香ばしい香りが漂っている。なにがしかを焚き火で焼いているようだった。
「・・・おお、何とか焼けたようだな。こっちへ来ないか?ポートを御馳走してやるよ」
ようやく男は二人の方を振り向くと、小さく微笑んだ。少しぎこちなく見えるが、それでも男が二人に対して敵意を抱いていないのは分かった。
クラウドとティファは驚いたような顔で互いを見合った。何だかそれが可笑しくて、二人は肩をすくめて微笑んだ。
二人は頷くと焚き火を挟んで男の反対側に座った。
「ポートって?」
ティファが最初に口を開いた。
「ポートというのはここら辺りで採れる野菜なんだが。そうだな、芋の一種だ。焼きたてのこいつはなかなか美味いんだ」
男は焚き火の中に灰に混ぜて入れておいたポートを棒きれで一つ手元に引き寄せる。少し冷ましてから手に取り中身の焼け具合を確かめる。
男は軽く頷くとポートを二人の方に放った。
「ほら、丁度良い焼け具合だ」
ティファはそれを受け取ると、その臭いを嗅いでみる。香ばしく、そして少し甘い香りがする。その香りだけでこのポートいう野菜が美味い事が分かる。
「美味そうな臭いだろ? 味はもっと美味いんだ」
そう言って男は細長いポートを二つに折り、ポートに囓りついた。
「毒なんぞ入っていないぜ。俺がこうして食っているのが何よりの証拠だろ?」
「疑ってなんかいないわ。ただ、初めて見る物だから」
ティファも同じようにポートを二つに折る。と、その片方にクラウドは手を伸ばして取る。
「あ!」
「・・・」
クラウドは何も言わずポートを囓る。口の中で充分に味を確かめている。ティファは唖然としてそれを見ていた。
「クラウド?」
「・・・」
クラウドはようやくその一口を胃の中に流し込むと、小さく息を吐いた。それは満足感を感じさせていた。
「ティファ、こいつは美味いよ!甘みはあるがしつこくない。それでいて腹にずっしりくる」
「・・・クラウド!?」
「うん?」
「お腹空いてたの?」
「・・・正直言うとそうなんだ」
「ふふ、私も同じ」
ティファもポートを囓る。ほんのりとした甘さが口の中に広がる。素朴だけれど空腹には応えられない味だ。
気が付くと半分くらい一気に食べていた。横を見るとクラウドも同じくらい食べていた。

「そんなに慌てなくてもまだポートはあるぜ」
男はそんな二人を楽しそうに見ていた。その表情はさっきのようなぎこちなさが残るものではなく心からのものだった。
彼らは互いに警戒心と緊張感が次第に解きほぐされていくのを感じていた。
妙な感覚だった。特にゲイルにとっては。互いに素性すら分からない相手を前にしているというのに。

ゲイルはクラウド達が村へやって来た時から二人を監視していた。このような辺境の村へ人が訪れるなど考えられないからだ。
追っ手か? その男・・・ゲイル・・・がそう考えるのも無理からぬ事だった。
このまま隠れて二人が去るのを待つ事も出来た筈だった。
だが、何故か出来なかった。彼は二人にとても近しいものを感じていたのだろうか? それが何かは分からない。
ただ、二人と会ってみたくなった。心配ない。いざとなれば自分にはゼウスがいる。


結局、クラウドとティファはポートを二つずつ食べた。空腹を満たすどころか少し食べ過ぎたかもしれない。


「ごちそうさま。ポート、本当に美味しかった」
「本当に美味かったよ。食べ過ぎたくらいだ」
「そうか・・・そいつは良かった」
ゲイルは嬉しそうに笑った。ゲイル自身、こうして普通に人と会話するのは本当に久し振りの事だった。
彼は決して特別な人間ではない。極々普通の男だ。あの過去さえなければ陽気でいい奴と言われていた筈だった。
復讐という呪縛に囚われていても、時に人恋しさに苛まれる事もある。
もしかしたら、心の何処かではいつも誰かを待っていたのかもしれない。

「俺はクラウド、クラウド=ストライフだ」
「私はティファ=ロックハート」
ゲイルは意外そうな顔をした。
「あんた達、夫婦じゃなかったのか・・・あ、これは失礼。俺はゲイル=ブリードだ」
「夫婦だなんて...」
ティファは頬を染め照れ臭そうに微笑む。言われ慣れていても、彼女にとっては嬉しいものらしい。
そんなティファの仕草を見るのはクラウドにとっても嬉しい事だった。
そしてゲイルにはそんな二人が眩しく映っていた。
「あんた達、どうしてこの村へ? ここに村があると知っていたのかい?」
「俺達はアイシクルへ向かっていたんだ。だが、道に迷ってしまって、気が付いたらここに辿り着いたんだ」
「アイシクルへか! ここからはまだかなり遠いぜ」
「でも、この道を行けばアイシクルへ行けるのだろう?」
「ああ、確かにな。でも、楽じゃない。山をいくつも越えていかないと行けない。モンスターも多いし、道も平坦じゃない。
 正直言って女連れではかなり難しいと思うぜ」
「私は...」
ティファは少しムッとした。自分が足手まといになると言われた気がしたからだ。
クラウドは即座にそれを察知したかのように、ティファを制して言葉を繋いだ。
「俺達はかつてこれよりも長い旅に出た事もあるんだ。もちろんモンスターにも何度も遭遇した。
 心配無い。ティファなら大丈夫だ。彼女はザンガン流拳法の使い手なんだ」
ゲイルはティファをチラッと見る。いままで強いと言われる女は何人も見てきた。彼女達は例外なく独特の雰囲気を身に纏っていた。
だが、ティファにはそれを感じられない。ゲイルが彼女を心配するのは無理も無い事だった。
「・・・」
ティファも彼の視線に気付いたようで、しっかりとゲイルを見つめる。
ようやくゲイルは理解した。彼女の瞳の奥には誰よりも強い、誰にも妨げる事の出来ない想いがある事を。それこそが彼女の本当の強さなのだと。
「あんた達なら・・・心配はいらないようだ。余計なお世話だったな」

「ところで」クラウドは切り出す。「君はこの村の人間かい?」
「・・・ああ」
ゲイルはすぐにはその問いに答えようとはしなかったが、ボソッと呟いて頷いた。
「この村には君以外の人間はいないようだけど、廃村なのかい? 俺には・・・」
「廃村じゃない!!」
クラウドの言葉に半ば反射的ともいえるような素早さでゲイルは顔を上げると語気を荒げた。クラウドはその言葉の強い響きに言葉を飲み込んだ。
「確かにこの村には俺一人しかいない。・・・だけどこの村は廃村なんかじゃない。
 誰一人としてこの村を見捨てたりするもんか。のんびりして退屈な村だったが、みんなこの村を愛していたんだ」
クラウドとティファはその言葉にただならぬものを感じて黙ってゲイルの表情を窺った。
ゲイルの表情は悲しみと何処か悔しさが入り交じっているような感じがした。

短い沈黙がその場を包んだ。

「失礼な事を言ったみたいだ・・・すまない」
クラウドは素直に頭を下げた。理由は分からないが、自分の言葉が彼にとって無責任で思慮が欠けていた事には違いない。
クラウドそしてティファも内心ではこの村が廃村だとは思えなかったのだから。
「あ・・・いや、こっちこそすまなかった。あんたの問いはもっともだよ。誰だってこの村の有様を見たらそう思うに違いない」
ゲイルもまたクラウドが余りに素直に謝罪するのを見て驚いた。そして我に返ったようだった
クラウドの問いはごく自然なものだ。自分がただの旅人であったなら同じ問いをしただろう。彼には何の落ち度も無い。
ただ、今の自分にとってその問いは自分が抱き続けている感情・・・村に帰って一層強くなるこの感情・・・神羅への恨み。
クラウドの言葉は正にその琴線に触れてしまったのだ。

「俺達は正直、この村が単なる廃村だとは思えなかったんだ」
「だって、この村には生活の臭いが残っているんだもの。まるでついさっきまで誰かがそこで生活していたみたいに。
 ・・・似てたの。私達が村に帰った時に感じたものと」
「似てる? あんた達の村がこの村にか?」
ゲイルは怪訝な顔をした。
「うん・・・」ティファは頷いた。
「良かったら話しちゃくれないか? あんたの村の事を」
「あなたの村とはきっと事情は違うと思うけど...」
ティファは静かに話し始めた。

「私達の村は・・・私達が幼い頃、狂った神羅の人間に焼き払われてしまったの。村の人みんな殺されてしまったわ。
 私のパパも、クラウドのお母さんも・・・生き残ったのは私とクラウドだけ。
 私達、故郷を無くしてしまったの。もう、帰る所は無いんだと思っていた。
 でも、それから何年か後に私達が訪れてみると不思議な事に村は私達が住んでいた頃と全く同じようになっていたの。
 でも、住んでいる人達は私達が知らない人ばかり・・・神羅がそうしたの。あの事件を隠すために家を建て、そこに神羅の人間を住まわせていたの。
 ・・・悲しかった。村の人達を殺したばかりか、思い出まで消し去ろうとする神羅が正直憎かった・・・」

ティファは言葉を詰まらせた。あの時の感情が去来してどうしても言葉が出てこなかった。
涙が自然に頬を流れ落ちる。
「ティファ・・・」
クラウドはそっとティファの肩を抱いた。ティファは黙ってクラウドの肩に顔を埋める。
クラウドは続けて話し始めた。

「俺達は本当に故郷を無くしたと思った。俺達の心の中に残る村の思い出までも神羅に踏みにじられた気がしたよ。
 だから俺達はきっとこの村にはもう戻っては来ないだろうと思っていた。
 だが、それからしばらくしてミッドガルと神羅が崩壊した。だから俺達は再び村に戻ってみたんだ。
 もうニブルヘイムは俺達の故郷では無くなってしまったのかもしれない。
 今の住人を上手くやっていけるかどうか分からなかったが、それでも俺達は戻る事にしたんだ。
 やっぱりニブルヘイムは俺達の生まれ故郷だから。
 
 俺達が村に戻ると・・・誰もいなかったよ。
 家はそのままだった。家の中はついさっきまでそこで誰かが生活していたかのようだった。本当に突然村の住人が消えてしまったかのようだった。
 きっと慌てて村を出ていったのだろう。所詮彼らにとっては命令で単に生活をするふりをしていただけなんだ。
 俺達はむしろそれが悲しかった。生活の臭いを残したまま主のいない村・・・それがこんなに寂しいものだとは思わなかった。
 偽りであっても俺達が知っているあの頃の村と見た目は同じなのに、誰一人としていない村・・・もしかしたら村を失った時とよりも悲しかったかもしれない。
 俺達がこの村に来たとき感じた感覚・・・似ていたんだ、あの時の感覚に。もちろん、理由は違うだろうけど」 

クラウドの表情もまた翳りを帯びていた。あの時の感覚が蘇ってきたのだ。あれ程の寂しさを感じた事は無かった。
もちろん、今となってはむしろあれで良かったのだろうと思っている。今、ニブルヘイムは二人の故郷。そして二人で作ってきた村。

「そうなのか・・・あんた達の村も神羅に・・・確かに似ているよ、この村に」
次第にゲイルの表情は穏やかなものになっていった。それは同じような悲しみと苦しみを味わった者に対する共感がそうさせたのかもしれない。
「この村で何があったの?」
「あんた達になら話してもいいだろう・・・この村で何があったのか」
ゲイルは静かに語り始めた。
 


「この村はミスティハープと呼ばれた村だった。俺はこの村で生まれ育った。言い伝えによれば俺達は古代種の流れを汲む民族だそうだ」

「古代種!?」
クラウドとティファは同時に声を上げた。

「あんた達は古代種の知識があるのか・・・でも、こいつはあくまで言い伝えだ。
 それにたとえそうだったとしても、純粋な古代種という訳ではなくて古代種の血が混じっているという事らしい。
 だから古代種が持っているとされている特殊な能力なんて俺達は持っていない。
 それでも代々この村の人達は隠れるようにここでひっそり暮らしてきたんだ。
 昔には古代種の血が流れているという理由だけで様々な迫害があったそうだ。だからみんなこの村で一生過ごす事が掟のようなものだった。
 そうする事がこの村の人々にとって幸せだとされてきたんだ。
 でも俺は・・・俺はそれが耐えられなかった。過去の不幸な歴史に怯えて未来への夢を摘み取るなんて許せなかった。
 だから俺は17の時、この村を出たんだ。未来は自分の手で掴むんだと信じてね。
 
 それから俺はあちこちを転々とした。元々何をするとか何をしたいとかいう目的があった訳じゃないからね。
 そうして流れ着いたのがミッドガルだった。といっても俺のような人間が行き着くのはスラムだったがね。
 俺にはスラムの暮らしもそう悪いものじゃなかったよ。金は無かったが、少なくとも自由だった。
 もっとも、スラムの仲間に言わせれば神羅の掌の中の自由なんだそうだが、俺はそれでも村にいた時よりも自由だと感じていたよ。

 ・・・俺には妹がいてね。名をレーラと言うんだ。俺に似合わず気だてが良くて明るいやつだった。
 逃げるように村を出ていった俺だったが、レーラだけには俺の居場所を教えていた。
 だからレーラの便りだけが俺と村を結んでくれていた。
 レーラから来る手紙はいつも他愛もない内容の手紙だったよ。誰それが結婚したとか、今年は豊作だといったような事だ。
 それでも俺には村の出来事が手に取るように分かった。大きな口を叩いて村を出ていった俺だったが、やっぱり俺のたった一つの故郷だからな。

 だが・・・ある日を境にレーラからの手紙の内容が一変した。丁度今から3年前の事だ。

 神羅が村へやって来て、村の近くに魔晄炉を建設したいと言ってきたんだ。村の側の谷からは良質の魔晄が採取出来るからだという事だった。
 最初、神羅は夢のような条件を出してきたそうだ。
 魔晄炉が出来れば豊かな生活が手に入る。村の人間が一生かかっても手に出来ないくらいの金を与えようともね。
 でも、村の長達は神羅の真意を見抜いていた。魔晄炉が建設されればいつかこの村は消滅するだろうと。
 何よりこの豊かな自然の恵みこそが何物にも代え難い財産だと考えていたんだ。

 神羅との交渉は平行線を辿るだけだった。だが、神羅は諦めようとはしなかったんだ。
 やがて交渉は脅迫へと変わり、それと同時期に村の人達が忽然と消えてしまうという事件が時々起こるようになった。
 まるで神隠しにでも遭ったように一家全員が姿を隠す。家の中は今し方までそこにいるかのような状態で・・・君達が見た通りだ。
 消えてしまった人達の消息は一つとして分からない。誰もが明らかに神羅の仕業だと思った。だが、証拠は無い。
 神羅によって殺されたのか、それとも・・・村に真の恐怖が襲ったのはこの頃だった。

 結局村は魔晄炉の建設を承諾した。村には神羅に逆らうだけの力も無かった。村人を守るにはそうするしかなかったんだ。

 だが、魔晄炉が建設された後も・・・いや、建設されてから一層その事件は頻発するようになった。
 何故神羅がそこまでするのか理由は想像も出来なかった。彼らの望みは満たされたのにも関わらず。

 そして、ある日のレーラの手紙・・・それにはこう書かれていたんだ。

     『神羅は私達を村から追い出そうとしてる・・・ううん、私達を消し去りたいと思っているような気がするの。
      もう何人もの村の人が行方不明になってる。何かが始まろうとしているような気がするの。
      私・・・恐い。私達が何をしたっていうの? どうしてこんな事になってしまったの?
      次は私達の番かもしれない・・・助けて、お兄ちゃん・・・』

 それがレーラの最後の手紙になった。神羅がこの村へやって来て僅か半年後だ。
 もちろん俺はすぐにでも村に戻ろうとしたよ。だが、ミッドガルではスラムの住人は簡単には外には出られない。
 結局俺が村に帰ったのはその1ヶ月後だった。何故か神羅が混乱していてその隙にミッドガルを脱出したんだ。
 後で考えればあの頃から神羅の崩壊は始まっていたんだよな...。

 村には・・・誰もいなかったよ。今と同じ状況だ。待っていたのはモンスターの群だった。
 俺は護身用に持っていた銃でモンスターを倒していった。この村に住みつくモンスターが許せなかったんだ。
 でも、俺は聞いてしまったんだ・・・俺が倒したモンスターの叫びを。
 『ありがとう・・・私をこの悪夢から解放してくれて・・・お兄ちゃん』・・・そのモンスターはそう言っていたような気がしたんだ。
 俺の心に響いていたのは懐かしい声だった・・・俺のたった一人の妹、レーラの人の声に似ていた。
 
 だが、それは俺の悲しみがそう聞こえさせたのだと思っていた。レーラがモンスターになっている筈など想像も出来なかった。

 それから俺は手掛かりを探し続けた。近くの山々の中も探したよ。悲しいが、もう妹達は・・・そんな気持ちでね。
 そして俺はあの魔晄炉を調べてみたんだ。
 魔晄炉の中には奇妙なポッドがいくつもあった。まるで繭のような形をしていてね。
 ポッドには小さな窓があった。俺はそれを覗き込んで・・・信じられなかったよ。こんな事があっていいのかと思ったよ。
 そのポッドの中には人間が魔晄漬けにされていたんだ。彼らは、異形の者に変わっていた。でも、あれは正しく人間だった。

 魔晄炉でモンスターが人為的に作られている。そしてこの人達は・・・俺は理解したよ。
 村の人達は此処に連れて来られたのだと。そしてこうしてモンスターにされたんだと...。
 そして村にはびこるモンスター達・・・それを俺は・・・あのモンスターはたぶんレーラの変わり果てた姿だったんだ。
 それを俺はこの手で・・・この手で殺してしまったんだ!」



「そんな事が...」
ティファは絶句してそれ以上言葉が出てこなかった。振り向くと、クラウドはやるせない面持ちで口を開いた。
「この村も神羅が・・・ただ、良質の魔晄が採れるというだけの理由で・・・」
これ以上はクラウドは言葉が出てこなかった。ここもまた神羅の犠牲となった村。自分やバレットの村と同じように・・・いや、それ以上だろう。

「もちろん俺は全てを見た訳じゃない。だからこれは俺の想像だ。だが、きっとこれが真実だ。俺には分かる」
ゲイルは俯いて炎を見つめていた。その姿は未だに過去にする事の出来ない罪の苦しさを物語っていた。

「・・・」
「・・・」
ティファとクラウドは黙って俯くゲイルの姿を見つめているしかなかった。こういった時に掛ける言葉ほど空虚なものは無いと知っていたから。
本当の真実は今や誰も知らない。だが、クラウドとティファにはゲイルの言葉に真実を感じていた。
神羅がこれまで行ってきた事。そして同じく神羅の為に愛する者を失った人間だけが共有する何かを感じていたから。


短い沈黙の時間が過ぎていった。


ようやくゲイルが顔を上げる。その表情は少しぎこちない照れ笑いだった。
「いや、変な話をしてしまったな。
 大体、人間をモンスターに変えたなんて話は聞いた事も無いしな・・・例えそうだったとしても、きっとあれは俺の幻聴だったんだろう。
 きっとみんな神羅の奴等に殺されちまったんだ」
「ゲイル...」
クラウドは彼にもっと早く出会えていれば、と思った。きっと一緒に戦い、そして今とはまた別の感情を抱いていたと思うのだ。
ティファやバレットも最初は神羅への復讐心がその意識の大半だったのかもしれない。でも、戦いを通してその感情は少しづつ変わっていった。
過去を変える事は出来ない。復讐を果たしても何も変わらない。自分達は未来こそが大切なのだと知った。
もしかしたら、ゲイルは昔の自分達と同じ意識のまま、復讐することも叶わない空しさを抱いているのではないかと思った。
「でも、君達に話せて良かったよ。この事は今まで誰にも話した事が無かったんだ。誰にも理解されないと思っていたからね。
 不思議だな、君達になら話せると感じたんだ。形は違っていても君達も神羅の被害者だからだろうな」
「ゲイル、あなたは今でも神羅の事を...」
「ああ、憎いよ。でも、今更どうしようもないさ。もう、神羅は無くなっちまったんだから」
ある意味でこれはゲイルの過去だった。本当にそう考えようとした時期もあった。
既に神羅は存在せず、実際に自分の村を襲った人間が誰なのかも分からない。手掛かりさえ掴む事も出来ない。
憎しみは次第に諦めと変わっていった。そして村を救う事の出来なかった自分を責める日々が続いた。苦しかった。
そう、あの頃に比べれば、今の自分はどんなにか楽か分からない。
罪を犯し、更に罪を重ねようとする今の自分の方が楽だとは・・・結局は弱い人間なのだろうとゲイルは思った。
「君達は乗り越えたんだな・・・憎しみを」
「乗り越えた、なんて立派ものじゃないよ。ただ、今は大切なのは未来だと思っていられるようになっただけさ」
ゲイルはクラウドの瞳に少しも濁りの無いのを感じていた。澄んだ瞳の奥には光さえも感じられる。ティファにも同じ光を感じる。
決して自分には得られないもの・・・ゲイルは軽く頷いた。
「未来か・・・それは彼女なんだね」
その言葉にクラウドは振り返ってティファを見る。
「・・・」
ティファは少し恥ずかしそうに頬を赤らめる。

「ああ。ティファは俺の未来だ」
クラウドは確かな口調で答えた。その言葉を口に出来る幸福を感じながら。