失われた村・後編 |
その夜、クラウドとティファは村の一軒の家を借りて一晩を過ごす事になった。
二人はもとより家に泊まる気は無く、村はずれの納屋にでも泊まろうと思っていた。
だが、ゲイルはむしろ家を使ってくれと一軒の家に二人を案内する。
彼の言うにはその家は彼の幼馴染みの娘の家だったという事だ。
「俺達にはこの家を使う事は出来ない」
クラウドは答える。ティファも頷く。
「君達ならそう言うと思っていたよ。でも、俺は使って欲しいんだ。
もうこの村はこのまま朽ち果てていくだけの運命だ。それなら君達に一晩だけでも使って貰いたいんだ。
きっとこの村の連中だって・・・そう思ってくれていると思うんだ」
そう話すゲイルの表情は微笑んでいたが、何処か寂しさを漂わせていた。
「ゲイル、君は・・・」
言いかけてクラウドは言葉を飲み込んだ。
(まだ君がいるじゃないか?)
クラウドはそんな自分の言葉の余りの軽さを即座に理解した。
確かに自分達はニブルヘイムを復興させた。少なくともニブルヘイムという村の名前は残す事が出来た。
でも、それにどんな意味があるというのだろう?
見かけ上は同じニブルヘイムだけれど、この村に想い出を持つのはティファと自分の二人だけ。
一体自分達は何を守ろうとしたんだろう?
きっと・・・守りたかったのは想い出そして自分達の帰る場所だったのだろう。
それはティファがいたから。ティファがいてくれたからこそ自分は何の迷いも無く村の復興に汗を流してこれたのだろう。
自分達の想い出を守るために、そして自分達の未来の想い出のために。
ゲイルがこの村を守りたいという想いは自分達ときっと同じなのだろう。
だが、ゲイルはたった一人。想い出を共有する人はいないのだ。
もし自分が一人だったら・・・今のゲイルと同じように村を復興するなどとは思えなかっただろう。
やはり想い出を抱きながら村が朽ち果てていくのを見守っていくだけだっただろう...。
「・・・有り難う、喜んで使わせて貰うよ」
クラウドの言葉にティファもまた頷いた。彼女もまたクラウドと同じ事を考えていた。
「そうしてくれ。自分の家だと思って家の中の物は自由に使ってくれよ・・・と言っても埃だらけだけどな」
「安心して眠れる場所があるだけで充分さ」
「そうだな。まあ、適当にやってくれ。アイシクルへはまだ長い、今夜はゆっくり眠るといい」
「有り難う。そうさせてもらうよ」
「それじゃあ、俺も帰って眠るとするよ。お二人さん、ごゆっくり」
「まあ...」
ゲイルが茶目っ気たっぷりの笑い顔でそう言うと、ティファは思わず顔を赤らめた。
ゲイルは手を振りながら二人の泊まる家を後にしていった。
「とりあえず寝床の用意でもしようか・・・うん、どうした?」
クラウドが振り返ると、ティファの顔はまだ少し赤ら顔が残っていたが、クラウドにはその理由が分からなかった。
「もう・・・知らない」
そう言いながらティファは家の奥の方に歩いていった。
「ティファ、どうしたんだ?」
クラウドは頭を掻きながらティファを追う。やはりこういった鈍感さは生来のものなのかもしれない。
夜はすっかり更けて、二人は眠る事にした。
『好きに使ってくれよ』
そう言われたものの、二人はやはりベッドを使う気にはなれなくて、居間のソファーで眠る事にした。
居間のソファーは向かい合って一組あったのでクラウドとティファは少し離れているが向かい合って寝るような感じになった。
二人は横になったものの、どうにも寝付かれなくて、いつしか互いの寝息を待っていた。相手が眠ったら自分も眠れるかもしれないと思いながら。
妙な沈黙が空間を包んでいた。何故か今夜に限って窓の外から差し込む星明かりが明るく感じられて仕方がなかった。
「クラウド・・・眠った?」
沈黙に耐えきれなくてティファは口を開く。
「いや・・・ティファ、眠れないのかい?」
「うん・・・いろいろあったから」
「そうだな...」
二人は今日の出来事を、ゲイルの告白を思い出していた。
「・・・クラウド、そっちに行ってもいい? あなたの側で眠りたい」
「ああ、おいで」
ティファはクラウドのソファに移動する。一緒に寝る、といっても一つのソファに二人が横になれる筈もない。
二人はソファに並んで座り、一つの毛布にくるまった。
「ごめんね、クラウド。眠れる?」
「俺なら大丈夫だ。仕事ではこうやって眠る事も多いから慣れている。ティファこそこんな格好で眠れるかい?」
「うん。こうしていると安心していられるから・・・」
本当にティファは安心し切っているように見える。ティファの鼓動が次第に穏やかになっていくのが感じ取れる。
そしてそれはクラウドにしても同じだった。
ゲイルの話は少なからず二人の心に動揺を与えていたようだった。
「またあの時の事を思い出させてしまった・・・すまない。まさかこの村がこんな事になっていたなんて想像もしていなかった」
「ううん、クラウドのせいじゃないもの」
ティファは知っている。あの時の事で一番苦しんだのはクラウドだという事を。
自分は悲しみだけを抱いていればいい。でも、クラウドは違う。何も出来なかった自分、大切な人を守れなかった自分への悔しさが彼にはある。
彼にはゲイルの悔しさが誰よりも分かっている。
「どうして人って罪を犯してしまうのかしら・・・こんな酷い事が出来てしまうのかしら・・・誰だって愛する家族や故郷がある筈なのに」
「・・・」
「クラウド?」
クラウドは黙って何かを考えているようだった。ティファは何故が不安を感じてその横顔を見つめる。
「俺も一時は神羅兵だった。もしかしたら俺はこの村に来て同じ事をしたのかもしれない、そう思った」
「!?」
ティファはハッとした。
「俺ならその時命令に背く事が出来ただろうか・・・きっと出来なかったと思う。。
命令に背いて神羅を追われるだけならまだいい。
だが、恐らく自分もこの村の人達と同じ運命を辿る事になると容易に想像出来た筈なんだ」
「・・・」
「きっとそんな状況に置かれたら考える事を止めてしまうしかない。何も考えず、与えられた任務をこなす・・・そうするしかないんだ」
「・・・きっとその人達も自分の犯した罪に今も苦しめられているのね」
「俺はそう思う。でも、それを乗り越えて自分の一番大切なものを守って欲しいと思う。もう、こんな悲劇を産み出さないためにも」
「そうだね・・・」
未来こそが大切・・・そうは言っても過去を忘れる事など出来はしない。失ったものの悲しさは消え去る事など無いのだから。
それでも、こうしていると分かる。今の自分達にとって何が一番大切なのかを。だからこそ未来に向いていられるのだと。
「ねえ、クラウド?」
「うん?」
「こうしていると、思い出さない? 最後の戦いの前、二人で過ごした夜の事」
「最後の・・・ああ、そうだね」
「あの時もこうして眠ったよね。・・・私、本当は夜が明けるのが恐かった。
明日になったら全てが決まる。私達はきっと勝つと信じてた。星を救えると信じてた。だから戦うのは恐くなかった。
でも、もしかしたら大切な人を失うかもしれない・・・それだけは恐かった。
我が儘かもしれないけど、私の願いは大切な人の側にいる事だったから...」
「ティファ・・・」
クラウドはティファの手をそっと握る。暖かく、そしてたおやかな手だった。
「・・・」
「・・・ティファ? ・・・眠ったか」
クラウドはそっとティファをソファーに寝かせ、自分はその側で床に横になる。。
ティファが眠ったらそうしようと思っていた。座ったまま眠ったのでは充分に疲労を取ることは出来ない。
これまでの長い道のり、そしてアイシクルまではまだ遠い。ティファには充分な睡眠を取る必要がある。
この旅で一番大切な事は真実を知る事ではない。ティファを守る事が一番大切な事なのだから。
「ティファ、お休み」
クラウドはティファの髪を軽く撫でると眠りに入った...。
ゲイルもまた床に入ってもすぐには眠りに就けずにいた。
「あの二人は強いな。何かを乗り越えてきたような強さを感じる。俺には無い何かを」
(ゲイル・・・)
「あれが愛というものなんだろうな。あの二人は悲しみも苦しみも、そして憎しみさえも共有してきたのだろう。
だからこそ未来を見つめていけるのだろうな・・・」
(・・・)
「だが、俺はもう後戻りは出来ない所まで来てしまった。それに俺はあの二人のように強くはない。
・・・もっと早く出会いたかったな。そうすれば俺の運命も変わっていたかもしれない」
(後悔しているのか?)
「後悔・・・そうかもな」
(・・・)
「いや、後悔はしていない。後悔してしまったら俺の生きる意味が無くなってしまうからな。
もう俺には一本の道しか残されていない。ただそれを突き進む・・・それだけだ」
(その為には我の力が必要だ)
「ああ、その通りだ。明日、村を出たら北の大空洞へ急ぐぞ」
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翌朝、クラウドが目覚めたのはティファの声からだった。
「クラウド、起きて!」
「どうした!?」
ティファの只ならぬ声にクラウドは飛び起きた。反射的に枕元に置いてある剣に腕を伸ばす。
「モンスターが現れたの。今、外でゲイルが戦っているわ」
その時、外で銃声が鳴り響く。
「何だって!」
クラウドは剣を握りしめると、着替えもせずに急いで外に飛び出した。
村の広場では、ゲイルとモンスターが対峙していた。
小物と見えるモンスターは既にゲイルが銃で仕留められていたようだった。
残るモンスターは計4体。大柄の見慣れぬモンスターだったが、かなりの強敵だとすぐさまクラウドは直感した。
(まさか、これが村人の・・・)
クラウドは剣を握りしめ、ゲイルの側に駆け寄ろうとした。
もちろん、一瞬クラウドもまた感傷的な感覚に襲われたが、その意識は次の瞬間には消え去っていた。
悲しい事だが、躊躇が命取りである事をクラウドは知っている。もしゲイルに躊躇があるならばかなり危険な状態なのだ。
それはティファもまた感じたようで、同じように戦闘態勢に入っていた。
「待ってくれ!」
ゲイルは意外にもそんな二人を制止する。その言葉に強さにクラウドとティファはその場に立ち止まった。
「こいつらは俺に任せてくれ」
そう言うとゲイルは懐から何かを取り出し、手にした銃にそれをはめ込んだ。
・・・それは怪しく光るマテリアだった。
一瞬ゲイルはクラウド達の方に視線を向ける。その表情には余裕が見て取れた。
「ゼウス!」
その言葉と共に眩い光の渦がゲイルの身体を包み込む。そしてその光の中から白い翼を広げた召還獣の姿が現れ出る。
神々しさと、それでいて何処か邪悪なオーラをその召還獣は漂わせる。今まで見たどの召還獣とも違う何かを感じさせた。
それはモンスター達も本能的に悟ったかのようにその場でたじろぐ仕草を見せていた。
召還獣は両翼に広げると光のようなものを周辺から集める。やがて光は召還獣の胸の前で光の玉となっていく。
そしてそれを胸の前で凝縮すると敵に向かって一気に放出した。
「フラッシュ・バースト!!」
モンスターは光の束に包まれ、叫び声を上げる間も無く、まるで消去されるが如く跡形も無く消え去っていた。
召還獣はそれを誇らし気に確認すると、再び光の渦に包まれて元のゲイルの姿に戻っていった。
「ゲイル!」
クラウドとティファがゲイルの元へ駆け寄る。
「驚いたかい?」
幾分疲れたような表情を浮かべながらゲイルは振り返る。
「今のは召還獣か? まさか君が召還獣のマテリア持っているとは思わなかったよ」
「あんた達は召還獣を知っているのか!?」
「あ、ああ・・・名前くらいはね」
クラウドは自分達も召還獣を持っている事は何故か隠した。理由は分からない。ただ、そうすべきだと感じていた。
召還獣は所有者の精神力を使って具現化する。強力な力を持つがそれを使いこなすにはそれ相応の精神力が必要だ。
あの召還獣はかなりの強さを持っている。それだけに必要となる精神力もかなりのものだろう。
だからその召還獣をあれだけ使いこなせる事にクラウドは驚いていた。
「こいつが俺の切り札さ。名前はゼウス、それから...」
(ゲイル、それ以上は話してはならぬ)
ゼウスがゲイルの言葉を制止する。その言葉にはいつになく強さを感じさせた。
(ゼウス...何故だ?)
(我々は逃亡の身・・・ましてや、これ以上話せば彼らはマテリアを欲するに違いない)
(そんな、あいつらに限ってそんな事は)
(ゲイル、人間というものは力を手にするとどういう事をするか、本来力を欲するものだという事を忘れてはおるまい)
(だが、あいつらはそんな人間じゃないぞ)
(そうかもしれぬ。だが、力を知らせぬ事もまた優しさでは無いのか? 今のあ奴らに力は必要無い)
(そうか・・・そうだな)
「どうしたの?」
急に黙りこくったゲイルにティファは怪訝そうな顔で訊く。
「...つまり、俺にはこれがあるから心配いらないって事さ」
その言葉は妙にぎこちないものだった。
「ゲイル、今のモンスターは...」
「ああ・・・」ゲイルは今し方モンスターのいた場所を見つめながら続けた。
「村人の変わり果てた姿かもしれないし、違うのかもしれない。 だが、もう俺にもそいつは分からない。
それに例えそうだったとしても・・・俺にはあいつらを助ける事なんて出来やしない。
俺に出来る事といえば、あいつらを安らかに眠らせてやる事だけだ。あいつらがそれを望んでいるかどうかなんて分からない。
でも、俺はそうだと信じている。きっと俺だったらそう願うだろうってね」
「・・・」
ゲイルはゆっくりとモンスターの亡骸の方へ歩き出す。その足取りは重く映る。
静かにその横にひざまずき、じっとその亡骸を見つめる。そして、小さく祈りを捧げた。
「頼みがあるんだ...」
「ああ、分かっている」
「そうか・・・すまない」
クラウドとティファにはゲイルの気持ちが分かっていた。
二人は近くに横たわるモンスターの亡骸を埋葬する穴を掘るため道具を探しに納屋に向かって歩き出した...。
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「ゲイル、君はこれからどうするんだ?」
「そうだな・・・もうしばらくは村にいるつもりだ。ここでゆっくりとこれからの事を考えるさ」
「そうか、いつか近くに来たら俺達の村へ来てくれよ」
「ああ、必ず寄らせてもらうよ」
「必ず来てね、美味しいお酒を御馳走させてあげるから」
「はは、これは絶対に行かないとなあ。・・・有り難う、ティファさん」
ゲイルは本当に嬉しそうに笑った。事実、本当に嬉しかった。無垢な優しさに触れて、ゲイルは心底行きたい、と思った。
全てを終えて、それでも生きていたならば最後にもう一度彼らに会いたい・・・そう思った。
「アイシクルまではまだ遠い、気をつけてな」
「ああ、分かっているさ。じゃあ、またな」
「ゲイルさん、また会いましょうね!」
クラウド達はゲイルに別れを告げて村を離れていった。目の前は延々と続く山道。アイシクルはまだ遙か遠い彼方。
でも、もう辛くは感じない。この道はアイシクルへと続く道だと分かっているから。
一つ目の山の中腹まで登った所で小休止する。振り返ると、眼下に小さくミスティハープの村が見える。
「ゲイル、新しい生き方を見つけられるといいな」
「そうだね...」
「どうしたんだ?」
クラウドはティファに不安の色を感じた。彼女に心に何かが影を落としているように見えた。
「ねえ、クラウド。あの召喚獣...」
「召還獣? ゼウスとか言っていたよな。それがどうかしたのか?」
「クラウドは何か感じなかった? あの召還獣に」
「ああ、彼が召喚獣を使いこなせるとは正直驚いたな。あの召喚獣は初めて見るが、かなり強そうだ。それがどうかしたか?」
「ううん、違うの。何ていうか...あの召喚獣、私達のとは違う感じがするの」
「違う?」
「うまく言えないんだけど、あの召喚獣の戦い方を見てると、ゲイルの意志じゃなく、召喚獣自身の意志で戦っていたように感じたの」
「召喚獣の意志で...」
「何故だか分からないんだけど、ただ、そんな気がしたの」
「そう言われてみると、確かにあの召還獣には邪悪さを感じたが...」
「でも、きっと気のせいね。ごめんなさい、変な事言っちゃって。先を急ぎましょう」
二人は水を軽く補給すると、再び山道を歩き続けた。もうミスティハーブは見えなくなっていた。
「さて、俺もそろそろ行かなくてはな」
ゲイルは焚き火から最後のポートを取り出し、それを一気に平らげる。
(こいつを食うのも最後になるかもしれない)
そう思いながら、焚き火を消し、旅の支度を整える。
「俺は行くぜ。みんなが望んでいるかどうか分からないが、俺は自分の信念を貫く。そしていつか此処に帰ってくる」
ゲイルは無人の村に手を振って村を後にした。