奇妙な再会


ティファはデッキで海を見ている。
今日は後ろ髪を束ねていなかったので、彼女の長い黒髪は潮風にたなびいていた。
絶え間無く身体を抜けていく潮風がとても心地良い。
彼女はともすれば退屈な船旅を心から楽しんでいるようだった。

コスタ・デル・ソルからホーリーシティ(旧ジュノン)へ渡る連絡船。
予定では一時間後にホーリーシティへ到着する予定だった。

「そういえば、クラウド大丈夫かしら」
船に乗ってからというもの、クラウドは時々デッキに顔を出すものの、殆どはベッドの上で眠ろうとしていた。
クラウドは未だに乗物には弱かった。あの頃あれだけハイウィンドに乗っていても慣れるものでは無いようだ。
ましてや今はその時のように極度に緊張感の高い状態ではない。
クラウドにしてみればある意味この連絡船が旅の最大の難所なのかもしれない。

「ティファ、此処にいたのか」
その声に振り返ると、クラウドがデッキに上がって来ていた。
「クラウド、大丈夫?」
ティファはクラウドの傍に駆け寄った。
「ああ、なんとかね」
そう言うクラウドの顔は少し青ざめていた。
「もうすぐホーリーシティに着くわ」
「ああ、だからこうして上がってきたんだ」
クラウドは椅子に腰を下ろし、向こうに見えるホーリーシティを眺めた。
(ホーリーシティ・・・リーブが作った都市。どんな都市になっているんだろう)


ホーリーシティはほんの数日前に市長邸が襲撃に遭った事が嘘のように平静さを取り戻していた。
特に警備を厳重にしたような様子も無く、以前と全く変わりが無いようにみえる。
クラウドとティファにはもちろんそのような事件があった事など気付く筈もなかった。
「ここがホーリーシティなのね。私、ミッドガルのような都市を想像していたわ」
ティファはホーリーシティの街を見回してそう言った。。
「昔のジュノンとはかなり印象が違うが、普通の街とそう変わらないように見えるな」
クラウドは昔のジュノンの姿を思い出していた。
大きく様変わりしたにもかかわらず、クラウドはそこここに昔のジュノンの面影を見いだしていた。
「此処にケットシーとリーブさんがいるのね」
「ああ。・・・だが、会う事は無いだろう。何しろ大統領だからな」
「そうだよね。でも、またケットシーに会いたいな。それに・・・頼みたい事もあるし」
「頼みたい事?」
「うん、占ってもらうの」
「占ってもらう?何を?」
「...クラウドとの相性」
「俺との相性?」
「だって、エアリスは古代種の神殿で占ってもらったじゃない。相性バッチリだったし。私はどうなのかなって気になってたの」
「あの事か。でも、そんな事まだ気にしてるのか?」
「そんな事って・・・男には分からないかもしれないけど、そういうのって、女性にはとっても大事な事なのよ」
ティファはちょっとすねた顔をした。
クラウドはそれを見て自分の鈍感さに気付いたようだ。すまなそうな表情でティファに謝った。
「すまない、俺はどうもそういう事は良く分からないんだ。許してくれ」
「反省してる?」
「ああ、反省してるよ」
ティファもクラウドの言葉に機嫌を直したようだった。
「そんな所もクラウドらしいからね...許してあげる」
ティファはニコっと微笑んだ。
(女心は難しい。。。)
クラウドは苦笑した。
「でも、いつかきっとケットシーに会えるよね?」
「ああ、きっと来るさ。・・・いや、案外すぐ会えるかもしれない。俺の想像が正しければ」
「え?どうして?」
「大統領ともなれば自由に外出する事も出来ないだろ?」
「うん」
「でも、それでもたまには外を自由に歩きたくなるだろ?そういう時、どうすると思う?」
「どうするって、こっそり抜け出すとか...」
「いくらなんでもそれは無理だろう。何しろ大統領だからね。俺だったらケットシーで外出すると思うんだ。本人じゃないから問題ない筈だしね」
「ケットシー!そうか、その手があったわね」
「ああ。だからケットシーになら会える可能性もあると思うんだ。とはいっても、俺達が出会う可能性はかなり低いかもしれないが」
「でも、可能性はあるのよね。会えるといいな」
クラウドはティファにケットシ−に会わせてやりたいと思った。この短い滞在期間でケットシ−に出会う可能性は殆ど無いだろう。
だが、次にここを訪れるのはいつになるか分からない。ならば直接リーブに頼むしかない。
クラウドは明日にでもリーブに会いに行こうと思った。
「ティファ、ホーリーシティを出るとしばらくは野宿が続くから、此処で2日程滞在して準備をしよう」
「うん」
「先ずは宿を探そう」
二人は街の中心に向かってメインストリートを歩いていった。


次の日、二人は装備やら薬やらの買い出しに忙しく、ようやくカフェテラスで一息ついた頃は昼をかなり過ぎていた。
「思ったより買い物に時間かかっちゃったね」
「見かけはともかく、街の中はすっかり変わってしまったからな」
「でも、いい街よね。同じ都市でも、ミッドガルとは全然違う」
ホーリーシティは同じ都市とはいえミッドガルとは印象が全く違っていた。
市場はもちろんの事、街全体が活気に満ちていて、会う人々は皆生き生きとしている。
「ある意味、この都市はミッドガルの裏返しなんだろう。ミッドガルのようにはならないっていう」
「これがみんなが望んでた都市の姿なのね...何かに怯える必要も無いし、スラムも無いし」
「ただ、難しいのはこれからだろうな。やがて貧富の格差、犯罪だって起きるだろう。それをどうやって解消するかだ」
「でも、リーブさんなら何とかするわよ、きっと」
「ああ。俺もそう思いたいね」

「おや、クラウドさんにティファさんやないですか?」

クラウドとティファはその妙に聞き慣れた声に振り返った。
「ケットシー!」
二人は同時に声を上げた。その姿、そしてその声は正しくケットシーそのものだった。
「いや〜驚きましたわ。まさかこんな所でお二人さんにお会いできるとは思いませんでしたわ」
「ケットシー・・・本当にそうなのか?」
クラウドはしげしげとケットシーを見た。
「正真正銘ケットシーですよって。驚かれるのも無理ないですけど」
「ケットシー、久し振り。元気だった?」
ティファは嬉しそうにニッコリと笑った。
「ティファさんお久し振りですなあ。おかげさまで元気です」
ケットシーはちょっと照れくさそうに頭を掻いた。
「あの・・・ここ座ってもええですか?」
「勿論よ、どうぞ座って」
「おおきに」
ケットシーはクラウド達のテーブルの空いている椅子に腰掛けようとしたが、さすがにケットシーが座ると小さな椅子ではちょっと窮屈そうだった。
「こっちの椅子も使うといいわ」
ティファはもう一つ空いた椅子をケットシーの座る椅子にくっつくように移動させた。ケットシーは二つの椅子を跨ぐような感じで座り直した。
「ふう〜。やっと落ち着きましたわ」
クラウドもティファもそんなケットシーに昔と何一つ変わらないのを感じて微笑んでいた。

「二年振りになりますなあ。ところでお二人さんはもう結婚されたんですか?もしかして新婚旅行の途中やとか...」
「いや、そうじゃないんだ。旅には違いないんだけど」
何度も訊かれ予想された問いではあったが、その度に「ああ、結婚したんだ」と答えられない自分が少しばかり情けない気がした。
クラウドはチラッとティファを見た。ティファは微笑むだけで寂しそうな素振りさえ見せない。
クラウドもまた自分の中の感情を努めて隠そうとした。

クラウドは簡単にこれまでのいきさつを同じように話した。

「そうやったんですか。残念ながらジャノバに関しては僕も良くは知らないんですわ。何しろあれは宝条だけしか知らない事も多かったし。
 研究資料もミッドガル崩壊で何処にあるかも分からんようになったし」
「いいんだ。俺達はその為にこれからミッドガルへ行って調べてみようと思ってるんだ」
「そうですか。ミッドガルで何か分かると良いですね。・・・おっと、もうそろそろ帰らんと・・・」
「あら、もう帰っちゃうの?」
「今ちょっと時間が空いたんで、こうして街に出てきたんです。もっとも、借り物の身体なのが残念やけど」
「そうなんだ・・・市長って大変なのね」
「でも、こうして短い時間でも街に出るとリラックス出来るんです。特に今日はクラウドさんとティファさんに出会えたし」
「私達もケットシーに会えて嬉しかったわ」
「いづれゆっくりお話ししたいなあ。お二人さんはいつまでこちらにいてるんですか?」
「明日の朝、ここを発とうと思っているんだ」
「そうですか・・・」
ケットシーは少しの間黙って考え込んでいるようだった。クラウドとティファは怪訝な顔をしてケットシーを見ていた。
やがてケットシーが二人の方を見て言った。
「良かったら、これから屋敷に来てもらえませんやろか?」
「屋敷へ?」
クラウドはそう言ってティファと顔を見合わせた。ティファもケットシーの言葉に驚いていた。
「屋敷で・・・市長と会ってもらえませんか?」
「市長って、リーブさん?」
ティファはようやくケットシーの言葉の意味が理解できたようだ。
「ええ、もしかしたらしばらくは気軽に人に会うことも出来なくなるかもしれませんから。
 でも、今ならまだ可能なんです。これから時間を空けますよって」
「ティファ、どうする?」
クラウドは態度を決めかねていた。ケットシーとリーブが同一人物であったにしても、リーブ本人とはそれほど面識がある訳ではない。
正直言ってクラウドは戸惑っていた。
「そうね。本体さんとはそんなにお会いしてないけど、それでもやっぱりお話ししてみたいな」
「ほ、本体さん?・・・確かに市長は僕の本体ですけど」
「じゃあ、決まりだな。ケットシー、案内してくれ」
「おおきに。では、僕についてきて下さいな」

クラウドとティファはケットシーについてメインストリートを抜け。市長邸までやって来た。
「あそこが入口ですよって。お二人さんはそのまま入口に行って下さい。後は万事うまくやりますよって」
そう言ってケットシーは向こうに歩いていった。
クラウドとティファは言われた通り入口に向かって歩き出した。
市長邸は街の雰囲気とは違い、妙に物々しい警戒振りだった。それは勿論ゼウスによる襲撃の影響だったが、二人には知るはずも無かった。
(さすがに大統領就任間近ともなると違うな。本当に俺達を通してくれるのか?)
ケットシーとリーブが同一人物だと分かっていても、クラウドは簡単に通してくれるとは思えなかった。
案の定、入口に近づくと警備の者が二人を取り囲んだ。
「失礼ですが、市長邸に御用ですか?」
「私達、リーブさんに来るように言われて来たんです」
「お名前は?」
「クラウド・ストライフ、そして」
「ティファ・ロックハートです」
警備員は何やら名簿を調べ始めた。何度も名簿を調べ、やがて不敵な笑みを浮かべた。
「市長に面会予定の人物にクラウドという名前もティファという名前も無い。貴様達は何者だ」
(さっき面会すると決まったばかりだからな・・・連絡は来ていないのか・・・)
クラウドは険悪な雰囲気を見て取った。ここでいくら理由を言っても埒が明かないと思った。
「さっき市長邸に行くように言われたんだが・・・だが、どうやら騙されたようだ」
「クラウド・・・」
「ケットシーとリーブの関係を知っているのは俺達だけだ。いくら話しても埒が明かないよ。ティファ、帰ろう」
ティファは黙って頷いた。納得はしていなかったが、どうしようも無い事は分かっていた。
二人は市長邸を背にした。

「待ってください」
その声に二人は振り向いた。警備員達も同じようにその声に振り返った。二人にはその声の主の姿は良く見えなかった。
「その方達は私の大事な客人だ。通してやってはくれないか?」
「この者達は面会者リストには載っていないのですが」
「それはそうだ。さっき急遽おいでいただいたのだ」
「ですが、我々はリストに載っていない者は決して通すなという命令を受けていますので、たとえ市長の要請であっても・・・」
「これは要請ではなく、命令と受け取っても構わない。・・・ブール長官には私から後で連絡しておく。それでいいかね?」
「は、はい。それならば・・・」
警備員達が両脇に退いた。クラウド達の目の前が開け、そしてその先には一人の男が立っていた。
それは正しくリーブだった。ただ、髭は無くなっていたが。
リーブはゆっくりと二人の前に歩み寄り、そして深々と頭を下げた。
「クラウドさん、それにティファさん、お久し振りですね。それから・・・彼らの無礼を許してはもらえませんか?
 彼らも忠実に命令に従っただけなんです」
「許すも許さないも、俺達は気にしていませんよ。良くある事です」
「リーブさん、お久し振りです」
ティファもペコリと頭を下げた。
「それは良かった。本当はこんな警備必要無いんですけど、最近ちょっとした事件がありましてね」
「事件?」
クラウドもこの妙に物々しい警備には大統領就任間近という以外に、何か特別な理由があるのだろうと感じていた。
「ここでお話するのも何ですから・・・とにかく中に入りましょう」
二人はリーブについて屋敷の中に入っていった。

二人はリーブに連れられて屋敷の奥の部屋に入った。
「ここは私の部屋です。どうぞその辺に座ってください」
促されて、二人は近くのソファーに腰をかけた。
「本当は酒でも一緒に飲みたい気分なんですが、なかなかそうもいかないものでしてね。珈琲でいいですか?」
「ええ、構いません」
「わざわざすいません」
二人は妙に恐縮してしまった。いくらリーブとケットシーが同一人物だと分かっていても、リーブ本人に会うのはこれで2度目。
最初に会ったのはミッドガル崩壊直後のカームで、それもほんの少しの時間だけだった。
ましてや相手は市長、それも間もなく大統領になろうという人物である。彼をケットシーとはどうしても感じる事が出来なかった。
やがてリーブが珈琲を二人に出し、彼も向かいのソファーに腰掛けた。
「私がいれたので味は保証できませんが、よろしければどうぞ」
「はい、いただきます」
二人は珈琲を口にした。なかなかどうしてとても美味しかった。
客人にはいつもこうして自分でいれた珈琲を出しているんだな、と二人は思った。
「こうして“本体”でお会いするのは2度目ですね」
「あ、ごめんなさい。“本体”だなんて失礼な事言って・・・」
ティファは顔を赤らめて謝った。
「いえ、いいんですよ。確かに“本体”なんですから」
リーブはニッコリ笑った。
「こうして来ていただいたのは、特に話がある訳ではなくて、単にお二人と直接会って話がしたいと思ったからなんです。
 あと一週間もすると自分の意思では思うように人に会う事も出来なくなりそうなんで」
「大統領に就任されるから・・・ですよね?」
「ええ。本当は自分は大統領になるような器の人間じゃないのですが。でも、これも天命なのかもしれません...」
クラウドとティファはリーブの意外な言葉に互いに顔を見合わせた。
「大統領は本意ではなかったのですか?」
クラウドは思わず尋ねた。
「・・・正直言ってそうです。それに私は元神羅カンパニーの幹部だった人間ですから。とても新政府にはふさわしいとは思えません」
リーブの声には心なしか力が無かった。
「私はこのホーリーシティが自分の都市だなんて思ったことは一度もありません。
 私はただ人々が安心して暮らしていけるためのお手伝いをしただけですから。
 この都市を創ったのはこの街の人々、燃料石を供給してくれるコレルの人達、そして周辺の街の人々の力です。
 しかし、都市もある程度大きくなってくると指導者というものが必要になってきます。
 それで私が市長になったのですが、それはあくまでこの都市が軌道に乗るまでと思っていました。
 それがまさか大統領になるとまでは・・・もっとそれにふさわしい人がいる筈なのに」
「そんな事ないわ。リーブさんはミッドガル崩壊で全てを失った人々のためにこのホーリーシティを創ったのでしょう?
 元神羅だったなんて関係無い、私はリーブさんこそ大統領にふさわしいと思うわ。ねえ、クラウド、そう思うでしょう?」
「ああ、同感だ。過去なんて今更どうでも良い事ですよ。今、この都市にとって誰が一番必要としているかが大切なんじゃないのですか?
 俺達は少なくともリーブさんがエアリスの想いを受け継いでくれると信じてる。この街を「ホーリーシティ」って名付けたくらいだから。
 それだけで充分資格があると思う」
「ありがとう、クラウドさん、ティファさん」
リーブはニッコリ笑った。彼にとって二人の言葉は他の誰の励ましの言葉よりも力を与えてくれるように思えた。
「実は大統領の話しがあったとき、最初に思ったのはクラウドさんをはじめかつて戦った仲間の事です。
 本当はその中の誰かに引き受けてもらいたいとは思ったのですが・・・」
「俺達は目の前にいる人を助けることは出来ても、多くの人々を導いていく力なんか無い。
 かつての戦いだって、俺達はそれぞれの想いで戦った、それが本当なんだ。
 もちろんエアリスの意志は分かっているつもりだけど、それだけではとても指導者は務まらない」
「私もそう思うわ。エアリスの意志を受け継ぎ、そして人々を導いていけるのはやっぱりリーブさんしかいないと思うの」
「ありがとう。元神羅である罪として償う意味でも、今は自分がやるしかないという結論を出したんですよ」
「リーブさん、元神羅だったとか・・・そういうことは気にしなくてもいいと思うの。
 だって私達と旅してたとき、みんなケットシーの本体が神羅の人間だったことは知っていたけど、誰もそんな事気にしなかった。
 ケットシ−は信頼できる仲間、それだけで充分だったから。そうでしょ?きっとこの街の人達もそう思ってるよ」
「俺達は仲間だろう・・・あ、すいません。ついケットシ−と話してるつもりになって・・・」
「いえ、いいんですよ。本当は私もケットシ−として話がしたいんですが、やっぱりこの姿では・・・」
「そうですよね。やっぱり照れくさいですよね」
「私には・・・一つの夢があるんです」
「夢?」
「ええ、再びクラウドさん達と冒険の旅に出ることです。それもケットシ−ではなく、この生身の身体で。
 いつもケットシ−で旅しながら、戦いながら思っていました。『借り物の身体ではなく、自分がそこにいたい』ってね。
 まあ、今となっては見果てぬ夢ですが・・・」
「リーブさん・・・」
ティファは思い出した。皆が寝静まった頃、ケットシ−が寂しそうに夜空を見上げる姿を。
仲間が命懸けで戦っているにもかかわらず、自分だけは借り物を使って安全な場所で戦っている事に後ろめたさを感じていた事を。
ティファだけはそんなケットシー、いやリーブの想いを感じ取っていたのだ。

『コンコン・・・』
その時、ドアをノックする音が響いた。
「失礼します」
ドアを開けたのは秘書のロアンナだった。彼女は軽く会釈をして、リーブの元に歩み寄った。
「市長、予定では30分後に会議が始まりますが」
「ああ、例の会議か。実際退屈な会議だからな、どうしようか・・・」
リーブはソファーに深く腰掛け、腕時計を見ながら言った。
ロアンナはふふっと笑った。リーブのいつもの癖だった。その仕草は彼女にとって子供がイヤイヤするのと同じなのだ。
「いかがいたしましょう?欠席なさいますか?」
「う〜ん、仕方ないな。30分後だね、では10分前には下に降りるよ」
「分かりました、下でお待ちしてます」
ロアンナはリーブそしてクラウドとティファに会釈して部屋を出ていった。

「すまない、クラウドさん、ティファさん。これも指導者の宿命でしてね。私はただ認証するだけなんだが、会議には出席しなければならないんだ」
「いえ、いいんです。俺達もまだ買い物が残っているし」
「そういえば、クラウドさん達はジェノバの事を調べるために旅に出ているんでしたね。私の方でも出来る限り調査してみます。
 クラウドさんだけでなく、ヴィンセントさん、ルクレツィアさん、そして同じように宝条の犠牲になった人々のためにも。
 本来ならジェノバの調査は元神羅である私こそ果たすべき責務だと思うのです」
「ありがとうございます。俺達の方でも何か分かったら報告します」
「それから私に出来ることがあったら何でも言って下さい。出来る限り協力したいと思います」
「あの...」
ティファが遠慮がちに切り出した。
「リーブさん、二つお願いがあるんですけど・・・」
「何でしょう?私に出来る事でしたら何でも言って下さい」
「一つは・・・ケットシ−の言葉で何か言って欲しいの」
「ケットシ−・・・の言葉でですか?」
リーブもさすがにこの申し出には驚いたようだった。
「ごめんなさい。私もクラウドもケットシ−とリーブさんが同一人物だというのは理解してるんです。でも、やっぱり実感が無いの。
 こうしてリーブさんと直接お会いしてお話ししてると、私達にはリーブさんとケットシ−は別なんだって思えてしまうの。
 だから、一言でいいからケットシーの言葉を直接聴かせて欲しい」
「・・・」
「駄目?」
「・・・分かりました。考えてみれば、そうですよね。言葉遣いから何から違いますから、そう思われても仕方ないですね」
「ごめんなさい。疑っている訳じゃないんです」
「いいんですよ」
リーブはニッコリ笑った。そしてゆっくり立ち上がり、クルっと後ろを向いて言った。
『クラウドさん、ティファさん、これケットシ−の言葉に聞こえはります?』
「あ、ケットシ−だ!ねえ、クラウド、ケットシ−だよね」
「ああ、間違い無い。ケットシ−だね」
『・・・もう、ええですか?やっぱり本体でこない喋るのはとっても恥ずかしいですわ』
「はい。ありがとうございます。はっきり実感出来ました」
リーブは再び二人の方を向き直り、ソファーに座った。その顔は照れくささで真っ赤になっていた。
「無理なお願いしてごめんなさい」
「いえ、私もむしろこれでスッキリしました。でも、やっぱり恥ずかしいですね。もっとも、ケットシーの言葉が私本来の喋り方なんですけどね」
リーブは笑いながら頭を掻いた。
「それから、もう一つのお願いとは?」
「もう一度ケットシ−に会いたいんです。会ってケットシ−にお願いしたいことがあるの」
「それなら簡単です。そうだ、今晩宿屋へケットシ−で伺いますよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「それでは俺達はこの辺で失礼します」
「そうですか。今日はお二人さんにお会いできて本当に嬉しかった。いつかまたお会いしたいですね。
 出来ればその時はバレットさんやシドさんをはじめ他の皆さんとも」
「いつか会えますよ」
「リーブさんお仕事頑張ってくださいね。私達、応援しています」

市長邸を出て、二人はメインストリートを街の中心に向かって歩く。
「ティファ、ケットシ−に会いたいって言ってたよな」
「うん」
「頼みたい事って、まさか...」
「うん、占ってもらうの」
ティファは嬉しそうに笑った。
(やれやれ・・・)
クラウドはもうそれ以上訊く事は止めた。ティファにとってはそれは自分では考えられない程大事な事なのだろうとクラウドは思った。
(占いなんだから決して良い結果が出るとは限らないんだぞ)
クラウドはティファを見た。願いがかなうせいだろう、いつにも増して機嫌がよさそうだ。
(・・・まあ、ケットシーの事だからうまく答えてくれるだろう)
クラウドは今夜の占いにちょっとした不安を感じながらも、それでもケットシ−との再会を楽しみな事は確かだった。

そして夜。
二人は宿でくつろぎながらケットシーの訪問を待っていた。
「ケットシ−遅いね」
ティファは窓からメインストリートを見ながら言った。
「忙しそうだったからな。もしかしたら今日は来れないのかもしれない」
「そんな事ないわ。ケットシ−、いいえリーブさんは決して約束を破ったりしないわ」
振り返ったティファはチョット怒っているように見えた。
「あ・・・ごめんなさい。本当は私もそう思ってたの。だってリーブさん、本当に忙しそうだったから。来れなくても仕方ないのよね。
 でも、それでも来てほしいって思ってたから...」
「ああ、分かってるよ。まだ時間はある、のんびり待ってみないか?来れなくたって何らかの連絡がある筈だよ」
「そうだよね。焦っても仕方ないわよね・・・ねえ、クラウド、飲もっか?」
「ああ、酔わない程度にね」
ティファはクラウドの横に座り、有り合わせの材料を使ってカクテルを作り始めた。

「こんばんわ〜」
ケットシ−がそう言いながら部屋にやって来たのは丁度二人が一杯目の酒を飲み終えた頃だった。
「あ、ケットシ−、いらっしゃい」
ティファが嬉しそうに声を上げた。
「いや〜、すっかり遅うなってしもてすいません」
ケットシ−は頭を掻いた。
「いいのよ。来てくれただけでも嬉しいわ」
「・・・おや?ティファさん飲んでますね。ほんのり赤くなって色っぽいなあ〜」
「まあ、色っぽいなんて、ケットシ−上手いわね。・・・でも、嬉しいわ。クラウドはそんな事言ってくれないもの」
「そりゃあアカンわ。クラウドさん、たまにはそういう言葉をかけてあげんと」
(俺がそういう言葉言えない性格なの知ってるだろ...)
クラウドは苦笑するしかなかった。そんなクラウドを見てティファは微笑んでいた。
「おお、そうや。本体さんからこれ頼まれてたんや」
ケットシ−は懐から一冊のノートを取り出してクラウドに渡した。
「これは?」
「宝条の研究ノートらしいんですわ」
「宝条の研究ノート!」
クラウドはノートの表紙を調べた。表紙には『最終研究ノート 宝条』と書いてあった。
「あれからミッドガルに何度か捜索隊を出した事を思い出したんや。ミッドガル崩壊では犠牲者もかなりおったし、
 残された身内にせめて遺品だけでも思ってな。これはその中で偶然持ち帰られた物なんや」
クラウドはノートをめくってみる。それは宝条が自らジェノバ細胞を受け入れ、自分に起こる変化を書き記したものだった。
「奴は狂っていた・・・それを読んでつくづく感じましたわ。人を実験台にするだけではあきたらず、自分さえも実験台にしたんやから。
 正直言って、それ読んでて気持ちが悪うなってしまいましたわ」
クラウドはノートを閉じた。読んでいると、自分がジェノバ細胞を埋め込まれた後の、あの感覚が蘇ってくる感じがした。
それはケットシーのいう気持ち悪さではなく、もっと辛い、表現のしようのない苦しさだった。
「ありがとう、ケットシ−。貴重な情報だよ」
「こないな情報しか無くてすいません。今後はもっと念入りに調べますよって。
 ・・・そうそう、今晩はティファさんが僕に用があったんですよね?」
「うん、とっても大事な用なの」
「大事な・・・って何です?」
「占って欲しいの」
「占って?」
「うん。・・・古代種の神殿でエアリスとクラウドの相性、占ったでしょう?それを私にもして欲しいの」
「今ですか?」
ケットシーは突然の事に動揺した。
(あの時は・・・ゴールドソーサー用に良い答えしか入っとらんかったけど、今はどうか分からへん)
「あの、それは・・・」
「今、占えないの?」
「いえ、そんな訳じゃ・・・」
「なら、占って。どんな結果でも私構わないから・・・」
「・・・分かりました。でも、これはあくまで占いですよって。当たるも八卦、外れるも八卦ですよってな」
「うん、分かってる」
「ほなら、やりますよって」
(神サン、良い結果が出ますように・・・)
ケットシ−もこの時ばかりは神頼みするしかなかった。彼自身、御籤にどんな内容が入っているかとっくに忘れていた。
身体を大きく前後にゆすり、やがて御籤を引き出した。最初に読んだのはケットシ−自身だった。
(コリャあかん・・・神サンそらないわ・・・)
ケットシ−が開示をためらっていると、ティファが近寄ってきた。
「ねえ、見せて。どんな結果だったの?」
「い、いえ、これはチョットした手違いで・・・」
「いいから見せて頂戴。私、どんな悪い結果でも構わない。私、クラウドを信じてるから」
「そない言うなら・・・」
ティファはケットシーから御籤を受け取った。其処には次のように書かれていた。

   『二人の相性・・・固い信頼で結ばれた二人。
    だが、その前途には数多の困難が待ちうけている。
    疑心暗鬼に苛まれるかもしれない。互いに離れ離れになる時もあるかもしれない。
    しかし、それでもなお困難を乗り越える事が出来たならば、奇跡的に結ばれるかもしれない』

「・・・」
ティファは無言でそれを読んでいた。
「ティファさん、これはあくまで占いですよって。気にしたらあきまへん」
だが、ティファは以外にもケットシ−にニッコリ笑って言った。
「私達にピッタリじゃない。今までだって私達そうだったもの。困難を乗り越えれば・・・きっとよね?」
「ええ、それは僕が保証しますわ」
「なあティファ、俺にも結果を教えてくれよ」
クラウドにも占いの結果は多少は気になるようだった。
「うん・・・二人の相性、決して悪くないよ。『固い信頼で結ばれた二人』だって」
「何だ、相性良いじゃないか。二人の仕草を見てると俺はてっきり悪い結果が出たんじゃないかって思ったよ」
「そりゃあ、あれだけ苦楽を共にしたお二人さんですから、相性悪い訳あらへんよって」
(ふう、丸く収まって良かったわ・・・)
ケットシ−は正直ホッとしていた。

それから、3人はしばし仲間の事を語り合った。
ケットシ−は特に仲間の現在を知りたがった。ケットシ−、いやリーブは仲間が今どうしているかを殆ど知らなかったから。
だからクラウドは仲間の近況について知ってる限り話した。

「そろそろ、おいとましますわ。今日はホンマに楽しかったわ」
「ケットシ−、ありがとう。本当に会えて良かったわ。その・・・リーブさんによろしく伝えて」
「ええ、帰ったらゆっくり話しますわ」
「ケットシ−、これから簡単には会えなくなるけど、いつかまた会えるよな?」
「そうですね・・・でも、ケットシ−になら会えますよって。またこの街に来てくださいな」
「ああ、この旅が終わったら、必ず立ち寄らせてもらうよ」
「・・・では、またお会いできるのを楽しみに」
ケットシーはそう言って帰っていった。

「ふう、今日は何かいろいろあったな」
「ケットシ−に出会って、リーブさんに会って、それからケットシ−に占ってもらって・・・目まぐるしかったね」
「さすがに少し疲れたよ。・・・今日はもう寝よう。明日からはまた旅だからな」
「クラウドは先に寝て頂戴。私は後片付けするから」
「ああ、悪いが先に寝かせてもらうよ」
クラウドはベッドに横になると、そのまま眠ってしまった。
ティファは後片付けを終えると、日記を綴り始めた。日記を綴りながら、さっきの占いの事を思い出していた。
(数多の困難・・・この旅でも困難が待ちうけてるのかしら。でも、クラウドと一緒ならきっと乗り越えられる。
 疑心暗鬼、離れ離れ・・・疑心暗鬼なら大丈夫。でも、離れ離れだけはイヤ。もう、クラウドと離れたくない・・・)
ティファはどんな困難があっても立ち向かえると思った。だが、クラウドと離れるのだけは耐えられそうにもなかった・・・