待っていた言葉


ある晩の事だった。

いつものようにクラウドはセブンスヘブンへやって来て少し遅い食事をとる。
ただ、少しクラウドの様子がおかしい...いや、それは誰にも悟られることのない位に微妙な違いだったかもしれない。
だが、ティファはそれを敏感に感じ取っていた。
「クラウド?」
「何だ、ティファ?」
「今日何かあったの?何か...いつもと違う」
クラウドは少し照れくさそうに頭をかいた。
「ティファには隠せないな...後で言おうと思っていたんだが...店が終わったら給水塔に来てくれないか」
「え?...うん」
どうして?という言葉をティファは飲み込んだ。クラウドがこんな事を言うのはきっと特別な事だから。
理由は給水塔へ行けば分かる。
...給水塔?...ティファは思い出した。
給水塔...そこは、始まりの場所、思い出の場所、でも、そこはクラウドの旅立ちの場所、そして別れの場所...。
ティファの中で水面が波紋を描いている。
(クラウドが何処かへ行ってしまう?でも、信じてる...クラウド)
ティファの中の水面を不安という風が吹き付ける。水面は少しずつさざめいていく。
それでもティファは努めて平静を装っていた。

店を終い、ティファは給水塔へやって来た。静かな、星空が美しい夜だった。
クラウドの姿は見えない。
クラウドはまだ来ていない...そう思っていたら給水塔の陰からクラウドが現れた。
「突然呼び出して悪かったな」
「ううん、いいの」
だが、クラウドはどうしていいか分からないといった風だった。あの時のように。
「ねえ、座りましょう」
ティファが給水塔に座る。クラウドも同じように座った。だが、妙に落ち着かない。
何もかもあの時と同じだった。ティファは不安に押しつぶされそうな気持ちを振り切って切り出す。
「クラウド...何か話があるんでしょ?」
ティファの言葉に後押しされて、ようやくクラウドは決心したようだった。

「旅に出ようと思う...少し長い旅になると思う」
「そう...」
ティファは「何処へ?」「いつまで?」という言葉を飲み込んで、そう答えた。
やはりクラウドは何処かへ...。
「ミッドガル、アイシクル、恐らく最後は北の大空洞へ行く事になると思う」
「ミッドガル...アイシクル?」
意外な場所に、ティファは戸惑った。正直、クラウドは「忘らるる都」へ行くのだと思っていた。
エアリスの眠るあの場所に...。
「俺は知らなくてはならない。ジェノバについてもっと...」
「ジェノバ?」
「自分の中のジェノバ細胞がどうなっているのか、それが知りたい」

「あの時、俺達は確かにジェノバを倒した。少なくともジェノバの呪縛からは開放されたと思った」
「だが、俺はまだ確信していない...なぜなら、俺の強さは何も変わってはいないんだ」
「いつかまた自分を失う時が来るのか...」
「今のままでは一番大切な人を守っていく自信さえ無いんだ」
「...大切な、人...」
「俺は守りたい...一番大切な人、愛する人を」
「...クラウド...」
「ティファ、一緒に行って欲しいんだ。君に...見届けて欲しいんだ」
「...」

短い沈黙が流れていった。

クラウドは星空を見上げていた。そして、やがて思い立ったように振り返り、ティファに言った。
「ティファ、君を愛している...ずっと傍にいて欲しいんだ」
その瞬間、ティファの瞳から涙がとめど無く流れ落ちた。
「嬉しい」という感情よりも先に、ただただ自然に涙があふれてきた。
「ティファ...」
「...待ってた...クラウドの言葉...」
流れ落ちる涙を拭おうともせず、ティファはクラウドを見つめていた。
クラウドの顔は涙でかすんで表情も分からない。
「...ずっと待ってた」
ティファはクラウドの胸に飛び込み、その胸に顔をうずめる。
「すまない...勇気が無かった」
「ううん、いいの...」
しばらくティファはクラウドの腕の中にいた。涙を止めるには少し時間が必要だった。
クラウドはその間、黙ってティファ髪を優しく撫でていた。
ようやくティファは涙を拭い、クラウドを見上げる。クラウドは愛おしげに優しい顔をしている。
そして、クラウドの瞳もかすかに潤んでいた。
「でも、いいの?、私で...」
「今、俺が愛しているのはティファ...君だけだ」
クラウドの眼差しには一点の曇りもない。全てはそれだけで充分だった。

やがて二人は元のように並んで座った。
クラウドが話し始めた。
「エアリス...彼女を忘れることは出来ない」
「ティファにはいつか話さなければいけないと思っていた」
「エアリスへの想い、ティファへの想いを...でも、今なら話せる気がするんだ」
ティファは黙ってうなずく。

「最後にセフィロスを倒したとき、ライフストリームが語りかけてきたんだ」
『待ってる...約束の地』
「それはエアリスの声だった。単純に俺は思った。約束の地へ行けばエアリスに会えると」
「戦いが終わった後、みんなで古代種の神殿へ行っただろう?」
「実はあの時、俺はエアリスに会えると思っていた。そこが約束の地だと思っていたから」
「だが、エアリスはそこにはいなかった」
「そこにはエアリスの身体が眠っていた筈なのに、エアリスがそこにいるとはどうしても思えなかった」
「此処は約束の地ではないのか...それともあの言葉は別の意味を持っていたのか...俺には分からなかった」
「だから2年前此処に帰ってきた頃、きっとティファも感じていたと思うが、俺の中にはエアリスがいた」
「エアリスが最後に見せた笑顔が、ライフストームを通じて聞こえたあの言葉が、心から離れなかった」
「あれからいろいろ考えた...」
「自分はエアリスを愛していたのか?...最初はそう思っていた」
「エアリスが死んだ時、これまでに無い感覚が俺を襲った。身体の一部をもぎ取られたような感覚」
「意識は研ぎ澄まされているのに、自由にならない身体。例えようの無い無力感」
「何もかもが初めての体験だと感じた」
「だから...それがエアリスを愛していた証なのだと思っていた」

「だが、時が経つにつれ、それまで混沌としていて見えなかった心の中が見えてきたんだ」
「俺は思い出した。かつてこれと同じような体験をしていた事を」
「それはティファにも覚えがあるはずだ」
「セフィロス...」
「そう、セフィロスが狂ったあの日。母親を失った時、エアリスの時に感じた感覚を既に体験していたんだ」
「きっと、ティファも...」
「...うん。あの時の悲しみは忘れられない」
「そして更に思い出したんだ。それ以上に辛い感覚をあの時味わっていたんだという事を」
「それ以上の?」
「それは...ティファ、君がセフィロスに斬られた時だ」
「あの時、正直もう駄目だと思った」
「もっと早く行けば助けられたかもしれない...約束したのに...」
「辛かった、悲しかった...一番大切なものを失ったと思った」
「考えてみれば、自分がソルジャーになろうとしたのは何故なんだろう」
「きっとそれはティファに認められるような男になりたかったからなんだ」
「だからティファが死んでしまう...そう思ったとき自分の全てが失われてしまうような気がした」
「それだけを支えにしていたのだから」
「だから、あの時、死んでもいいと思った...だからこそセフィロスを倒せたのだと思う」
「きっとあの時が一番辛かった...今はそう思うんだ」
「クラウド...」

「今でもあの言葉の意味ははっきりとは分からない...でも、今はこう思っているんだ」
「約束の地...それはこの地上の何処かではなく、この星の胎内...生けるもの全てが還る場所...」
「僕らもいつかはライフストリームに還る。きっと彼女にそこで会えると思うんだ」
「そしてエアリスはきっとザックスと再会し、幸せにしていると...」

「だからこそ」
クラウドはティファを見つめた。クラウドはこれほどティファを愛おしいと感じたことはなかった。
「ティファ、俺は君を幸せにしたい。いや、しなくてはならない」
「...クラウド」
「その為にも確かめなくてはならないんだ。...ティファ、ついて来てくれるね」
「うん...いつまでも」

夜空はあの日と同じように星々が美しく輝いていた。
給水塔は旅立ちの場所、別れの場所...でも、もう違う。
給水塔は誓いの場所...ティファは何の迷いも無かった。