季節を抱きしめて
チュンチュン、チュ、チュンチュン……。
「ん、んぅ……。」
部屋中に明るい日の光が射し込んでいる。
埃の舞う様子がゆっくりと動き、まるで光の海で立つ波のようだ。
いつまでも鳴き止まない小鳥の声は、爽やかな朝を感じさせてくれる。
そんな毎日の景色の中で、俺は目が覚めた。
そうか、もう朝になったんだな……。
昨夜は数日ぶりに仕事から帰ってきて、随分と疲れが溜まっていたようだ。
布団にもぐり込むと、俺はあっという間に睡魔に誘われた。
まるで目を閉じて開いたら、もう朝になっていたような気がする。
俺は布団から抜け出すことなく、一つ大きな寝返りを打った。
ダブルの大きなベッドだから思い切り寝返りが打てる。
だが、その時になってようやく隣に眠っているはずの女性がいない事に気づいた。
身体を起こすことなく枕元の目覚ましを手に取る。
時計の短針は6を指し、長身は10を指し示していた。
時刻は6:50。いつも俺が目を覚ます時間よりも少し早い時間だった。
もう少しの間は、このままいられるな……。
朝、布団の中にいられる時間は何物にも変える事の出来ないほど気持ちの良い時間だ。
程良く温かい布団の中、自分の楽な体制でいられる事の幸せ。
随分と些細な幸せかも知れないが、それも一つの幸せの形なんだろう。
寝ぼけた目を擦りながら、近くの窓に目をやってみた。
柔らかい日差しが外を照らしている。今日はとても良い天気のようだ。
今日もこれからまた仕事に行かないといけないのだが……。
それがなんだか勿体ないような気がするから不思議なものだ。
「クラウドー! もう朝よ〜!」
ボーッとしている頭に大きく響く声。ティファの声だな。
今日も早起きして朝食を作っていてくれたらしい。
「わかった! すぐに行くよ!」
そうは言っても、俺はまだ布団にくるまっていたりする。
結構ズルイ奴だな……。
でも、いつまでも寝ているわけにはいかない。
気持ちの良い布団から出るには多少の勇気が必要だったが、どうにか俺は起きあがることに成功した。
立ち上がって、大きく伸びを一つ。
それだけで体中が目を覚ましたように意識がハッキリした。
ふと、さっきの窓に目を向ける。
今日は本当に良い天気だ。
窓を一杯に開いてやると、春の爽やかなそよ風が舞い込んできた。
陽気も良いし、風も心地いい。
もう、春になったんだな……。
ティファと結婚して、もう一年が過ぎた。
春があって、夏が来て、秋になって、冬を迎えて……。
そして、また春が来たんだ。
「クラウド〜!」
おっと、ティファだ。随分と焦れているみたいだな、大きな声を出して……。
「起きているよ、大丈夫だ!」
こちらも大声でティファに答えると、俺は急いで部屋を出た。
これ以上、ティファに怒鳴られるのは御免だ。
でも、本当に良い天気だな……。
良い天気と言えば、去年の夏だ。
日差しが強い日が多かったな……。
本当なら一度くらいは一緒に海にでも行きたかったんだが、結局のところ何処へも行けなかった。
俺は仕事が忙しく、ティファにだって経営している店があった。
それでも、たまの休みにはティファが一緒にいてくれた。
あの暑い日差しの中、二人で何度か一緒にスイカを食べたな……。
あの日も、すごく暑い日だった……。
ミーンミンミンミン、ミーンミンミンミン……。
虫の声が響き渡る。
俺はこの声を聞いて、夏が来たんだと改めて思う。
燦々と輝く真っ赤な太陽、時折吹き抜けていく風。
そして、ユフィから貰ったウータイの風鈴という物の音色。
それぞれがいろんな夏を感じさせ、どれもが同じ夏らしさを感じさせてくれた。
だが、あまりの暑さに耐えかねている俺には、とてもじゃないがそんな思いに浸っている余裕はなかった。
(暑い……。)
額から流れ出る汗を肩口のシャツで拭った。
俺は格好は半袖のTシャツに短パン。
そんな姿で、耐えられないような暑さの中、窓際に寝そべっていた。
暑いのが我慢できないのなら日陰に行けば良い。
それは確かにそうなんだが……。
今はティファが掃除中とかで、隅に追いやられたのがこの結果だ。
俺達の住むニブルヘイムはまだまだ田舎に当たる。
だから、大抵の家には小さいながらも中庭のようなものがあった。
もちろん、この家にも付いている。
そして、中庭に隣接する場所には大きなガラス戸を使っている場所があった。
俺が寝ころんでいるのは、まさにそこだ。
ガラス戸を全開にして、少しでも風が入るようにはしている。
…とは言え強い日差しは相変わらずで、汗はひっきりなしに流れ出た。
ミーンミンミンミン、ミーンミンミンミン……。
虫の声が聞こえてくるな。
それがまた暑さを思い出させるんだが……。
ヒュ〜……。
気持ちの良い風が吹く。
暑さで参っている俺は、その気持ち良さに全身を委ねる。
この時だけは、持っている団扇を休ませられるんだ。
夏の昼間は長い。
何もしていないからかも知れないが、とにかく長いんだ。
いくらボーッとしても、時間が少ししか進まない。
それがすごく幸せのようで、そうでもない。
この暑さだから、正直辛いとも思えるな……。
「クラウド、すいか切ったけど食べない?」
掃除が終わったのか、奥からお盆を持ったティファが出てきた。
彼女は俺と同じで大きめのTシャツと短パンという涼しげな姿をしている。
そして、その盆に乗っていたのは8等分されたスイカが全て。
まったく……、全部は食べられないだろうに……。
苦笑しながらも俺は半身を起こして、その場に座り込む。
彼女は隣に座って、俺に切れたスイカを一つ手渡してくれた。
「今日は暑いでしょう? このスイカ、たっぷりと冷やしてあるからね。」
そう言う彼女も汗だくになっている。
一口、おいしそうにかぶりついた。
あまりに美味そうな仕草だったから、俺もつられて一口……。
「うん、冷えていて美味いな。」
口の中に広がる十分な甘みを持つ水分。
乾いた喉には最高だった。
ティファは俺に笑みを見せて、またスイカを食べることに集中した。
この暑さの中、家事を懸命にやっていたんだ。きっと喉も乾いていたことだろう。
「御苦労様。」
スイカを食べながらだったが、そう言った。同時にそんな自分に呆れて、苦笑してしまう。
彼女もそんな感じで笑ってくれた。
本当に暑い日が続くけど、こんな日も良いものだ……。
ゆっくりと過ぎていく時間の中で、風鈴が澄んだ音色を奏でていた……。
チリン、チリーン。
目が覚めた俺は、部屋を出て洗面所へと向かう。
起き抜けのままの格好だが、もう寒いとは感じなくなっていた。
少し前なら、上から羽織る物がないと肌寒く感じたんだが……。
そんな事を考えていると、不意に何処かから声を掛けられた。
「あっ、やっと起きたわね。もう、朝はいっつもこうなんだから。」
どうやら、台所から聞こえてきた声のようだ。
もちろん、声の主は俺は奥さん。
今もきっと向こうで朝食の準備をしているんだろう。
「おはよう。」
俺は声を出しながら、キッチンへと行き先を変更する。
少し歩いていくと、やはり彼女がいた。
エプロンを巻いて、朝食を作っている。
「フフン〜フン〜♪」
鼻歌なんかを歌っているところを見ると、今日は随分とご機嫌のようだ。
「おはよう、ティファ。」
欠伸をかみ殺しながら言ったその言葉は、彼女の顔だけを振り向かせる事に成功した。
「あっ、おはよう。もう、まだそんな格好してるの? 早く顔を洗って着替えてきて。」
その横顔に微笑みを浮かべながら、ティファはそれだけを言って再び俺から顔を背ける。
朝食の準備で忙しいって事だろう。
今度は大きな欠伸をそのままにしながら、俺は洗面所へと足を向けた。
「ふあぁあぁ〜……。」
駄目だな、まだ眠気が覚めない。
どこか夢を見ながら動いているような気分だ。
そんな調子のまま、洗面所に辿り着く。
不意に見た鏡には、爆発した髪型の俺がもう一人見える。
これは、酷いな……。
シャワーでも浴びないと、この寝癖は直りそうもない。
時間はあまりないが、少しだけなら……。
そう思って、俺はすぐに服を脱ぎ捨てて風呂へと入った。
コックを捻ってシャワーを動かすと、熱すぎるほどの熱湯が噴き出す。
それを何とか調節しながら、少し熱めのお湯を出した。
そう言えば、昔行った温泉もこんな熱さだったな……。
あの時もこんな感じだった……。
あれは確か去年の秋の事だったな。
温泉に行ったんだ。
ニブルヘイムには温泉なんてないんだが、久しぶりに二人で旅行をしようと言うことになって……。
ロケット村の近くにある温泉宿へ行ったんだ。
秋だからか、温泉に浸かって見た紅葉がとても綺麗だった。
とてもゆっくり出来て、良い旅行になったと思う。
あの日は、本当に思い出になった日だった……。
「ふぅ……、良い湯だな……。」
露天風呂に浸かって、俺はつい溜息をついてしまった。
ここ最近は忙しい日が続いて、ろくにゆっくりとくつろげなかった。
ティファとも一緒にいられる時間がなくて、だから思い切って旅行に来たんだ。
彼女はとても喜んで賛成してくれた。
今日一日は移動の為だけに時間を使ったが、それでも宿に着いてしまえば後は楽だ。
時間はもう夕方になっているが、今になってみれば丁度良い時間だったかも知れない。
「綺麗な景色だ……。」
空には夕日が昇ってきているが、まだ完全に真っ赤にはなっていない。
赤と青のグラデーションで空には綺麗な模様が見える。
そして、その下には秋の紅葉で色づいた山がある。
なにより、この程良く熱い温泉が気持ちよかった。
「クラウド、入るね。」
身体にバスタオルだけを巻いたティファがこっちに近づいてくる。
この宿の露天風呂は個室別に付いているらしくて、俺達の部屋にも一つ付いていた。
大きさはそれほど大きくないが、二人で一緒に入る分には十分な大きさだった。
ティファの白い肌が夕日で少し赤く染まる。
その姿に思わず見とれた後、俺はすぐにそっぽを向いた。
いつまでもジッと見ているのは、いくら夫だからと言って失礼かも知れないだろう。
再び視界を秋の景色が彩ってくれる。
紅葉真っ盛りの山は、本当に綺麗だった。
完全に赤く染まっている場所もあれば、まだ黄色くなったままの場所もある。
色の三原色と言われる、赤・青・黄色。
それらは全て俺の視界に存在する。
空の半分が、青。
もう半分の空と山の所々が、赤。
そして山の残った部分が、黄色。
どれもがすごく綺麗で、美しいコントラストを感じさせてくれる。
それに、赤と一口に言っても、空と山の赤はそれぞれ別の感じを受けるんだ。
空の赤は幻想的で、透き通るような色だ。
山の赤は濃い色つきで、どこか儚さを思い浮かべる。
世界は、こんなにも綺麗だったんだと改めて実感していた。
「私も入って良い?」
しばらく景色に見入っていたようだ。
バスタオルで前を隠したティファが、俺の隣に入ってきた。
「ちょっと、熱いね。」
そう言う彼女だが、すぐにリラックスした表情を浮かべる。
「でも、すごく気持ち良い。」
「そうだな。それに、綺麗な景色が見えるぞ。」
俺はまるで子供のように、いろんな所の色を彼女に嬉々として説明し始めた。
初めはもちろん紅葉が美しい山。
それから、少ない時間しか見られない空の模様。
「本当に綺麗ね。」
その一々に彼女はそう言って応えてくれた。
俺はそれだけでなんだか嬉しく感じる。
「ここに来て、すごく良かったと思うよ。」
話の最後をこうまとめた。
ティファも大きく頷いてくれて、しばらくの間二人とも景色に見入った。
「そう言えば、この温泉は肌に良いんだって。私もすべすべの肌にならないかな。」
彼女が思い出したように言った話の内容は……。やはり女性なんだな……。
苦笑を浮かべながら、今度は俺が一つ一つに頷く番だった………。
「それじゃあ、いただきます。」
食卓に着いた俺は、いつでも仕事に出られる格好をしている。
今日必要な荷物も近くに置いて、俺は手を合わせた。
「はい、どうぞ。早く食べないと、時間に遅れちゃうわよ?」
正面で笑顔を見せるティファ。
そんな彼女に苦笑を返して、俺は朝食を食べ始めた。
朝食はハムエッグと、パン。それと多少の出来合い物だ。
だが、多少と言っても彼女が早起きして作ってくれたものだ。
ありがたく頂いた。
「今日は早いの?」
ティファも食事を取りながら話しかけてくる。
俺も同じく、口に物が入ったままで答えた。
「今日は比較的早く帰れると思う。でも、何があるかわからないから確約は出来ないな。」
「もう、ちゃんと食べてから話して。お行儀が悪い。」
案の定と言うべきか、彼女に注意されてしまった。
見逃してくれるかと思ったんだが……。
「私も今日はお店に出るから、クラウドが早く帰ってきてくれても家にはいないと思うわ。」
「ああ、わかっている。今日早く帰って来れたら、店の方も手伝うよ。」
「でも、良いの? クラウド、疲れてるんじゃ……。」
結婚してもう一年以上。
でも、ティファはこんな気遣いを忘れないでしてくれる。
俺はそれがとても嬉しかった。
夫婦が共稼ぎで働いていると、どうしてもこういう気遣いがお互いで出来なくなる事が多い。
それが、俺達の間ではちゃんと出来ている。
幸せなことだな……。
「クラウド、手が止まってるわよ。時間に遅れたら大変なんでしょ?」
心配げな顔で声を掛けてくれるティファ。
それが嬉しくて、俺はつい微笑んでしまう。
そして、彼女に怒られるのだ。
「もうっ、男の人ってどうしてこんな所で笑うのかしら? 去年の大雪の時だって……。」
大雪か……。
そんな事もあったな……。
去年の冬頃の話だ。
ニブルヘイムを襲った寒波はこの村に大雪を降らせた。
道には数十センチの雪が積もり、屋根は雪の重みで軋んでいる所もあった。
朝になって、とても驚いた事をよく覚えている。
その日は仕事に行くなんて場合じゃなかった。
ティファと二人で家の雪かきをしたり、村のみんなのところにも協力に行ったり……。
あの日は、本当に寒くて忙しい日だった……。
「た、大変ッ! クラウド、どうしよう!?」
ティファが慌てた声で俺に言った。
彼女が何に慌てているかと言えば、外を見れば一目瞭然だ。
一面の白銀の世界。
視界が全て白で溢れかえった。
「これは、一体どうしたんだ?」
ニブルヘイムで雪が降るなんていうのは滅多に無いことだ。
それも積もるなんてのは、俺の経験では初めてだ。
それだけでも驚くべき事なのに、地面からずっと上まで雪が積もるなんて……。
「昨日は例年にない寒さだったが、こんなに雪が積もるなんて……。」
その事実にいつまでも驚いている俺を後目に、彼女は防寒着を着て姿を見せた。
「クラウド、早く着替えて。すぐに雪かきを始めなきゃ!」
真剣な眼差しでそう言うティファ。
正直、雪かきなんて言葉が使われるなんて思っても見なかった。
とにかく、ティファに追い立てられるようにして、俺も防寒着に身を包む。
そして、持たされるのは大きなスコップ。
「行きましょう。」
ティファの真剣な表情は、昔の戦っていた頃を思い出させる。
俺も一度気を引き締めて、外への扉を開いた。
重いドアの感触。
外側が雪で詰まっている所為だろう。
それを力で押しのけてドアを一杯に開くと、俺はそのまま凍り付いた。
大勢の村人が手にスコップを持って、至る所で作業をしている。
「ほら、私達も始めましょう。」
呆然とする俺は、彼女の声で正気に戻る。
これがニブルヘイムだとは……。
俺が考え込んでいる間に、ティファはさっさと家の周りの雪を掻き出し始めた。
ザッザッザッザッザッ……。
俺もじっとしているわけにはいかない。
傍にあった置物を踏んで、自分の家の屋根に上った。
真っ白だ……。
真っ白……。
どこもかしこも、本当に白い色だけしかなかった。
今も雪はパラパラとだが降り続いている。
それは何処か夢のようで、俺はまたボーッとしてしまう。
「クラウドッ! 早く屋根の雪を下ろして! でないと、屋根が壊れちゃうわ!」
彼女の言う通り、ニブルヘイムの家々は防雪対策をしていない。
だから、雪の重さに耐えられるには限度があった。
北の方の家は設計段階から雪を念頭に置いて考えられる。
だが、雪の少ないここでは雪の重さなど設計には入っていなかった。
俺が立っている足下も、雪に俺の体重が足されてギシギシと悲鳴を上げている。
これは確かにやばいな。
すぐにスコップで雪を掻きだし、少しでも屋根の負担を減らそうとする。
しかし、この雪というヤツは纏まるとかなりの重量を持った。
素早く腕を動かすにも限度がある。
適当な早さで、長い時間を掛けて雪を捨てていくしかないのだ。
ザッザッザッザッザッ……。
俺もそれに従い、少しずつだが確実に雪を下ろしていく。
ティファは今も家の周りの雪を道へと掻き出しているようだ。
単純な作業を続けながら、他の家でも同じ事が行われている様子を見る。
みんな防寒着に身を包み、必死に雪を掻き出す。
ニブルヘイムでは不思議な光景だが、それがなんだか心を躍らせた。
ザッザッザッザッザッ……。
ザッザッザッザッザッザッザッザッザ……。
俺は絶えず作業を続けて、数時間後には屋根に積もった雪がほとんどなくなった。
ティファの方はどうだろう?
そう思って、屋根から身を乗り出してみる。
彼女はまだ必死に雪かきをしていた。
この寒いのに額に汗をかきながら、一生懸命雪を掻き出す。
ティファも頑張っているな、そう思うと何故か頬が緩んだ。
彼女が一生懸命になっている仕草を見るのが嬉しかったのかも知れない。
汗が輝く彼女が綺麗だったからかも知れない。
でも、何故か微笑んでしまったんだ。
そして、タイミングが悪くこっちを見上げるティファ。
「あっ、クラウド。そっちはもう終わったの? だったら見てないで手伝ってよ。」
腰に手を当てて俺に脹れる彼女を見ていると、さっきよりも口が緩んでしまう。
「もう、どうして笑ってるのよ……。しょうがないわねぇ……。ほら、早く降りてきて。」
ティファはそんな俺を見てか、苦笑とも微笑みとも取れない笑顔で笑った。
俺はなんだか嬉しくなってきて、大きな声で返事をした。
「今行くよ! ティファ!」
そして、屋根から一気に飛び降りる。
目に映る白銀の世界で、全ての音が消え去る一瞬の静寂。
それがいつまでも心に残った……。
これも、良い思い出になりそうだ………。
「クラウド、忘れ物はない?」
朝食を二人で摂った後、俺は仕事に向かおうと家の玄関にいた。
もちろん、ティファも一緒にいる。
こうして毎朝、彼女に見送って貰って仕事に行くんだ。
「忘れ物なんてないよ。」
「そう? あまり危険な事をしないでね。」
心配そうな表情で彼女が言った。
まったく、ティファも変わらないな。
昔から、子供の頃から、一緒に戦ってた頃から、そして結婚したばかりの頃から……。
いつも彼女は俺の心配をしてくれて、俺を見つめていてくれる。
「大丈夫だよ。でも、気を付けておく。」
そう言って、軽く微笑んで見せた。
「うん。」
彼女は大きく頷いて、笑顔を見せてくれた。
これが俺の生活だ。
これが俺の日常だ。
俺の荷物を彼女から受け取って、俺は玄関の扉を開く。
そして、そこから入り込む光の洪水。
一瞬、視界がホワイトアウトする。
そして、その後に見えるのはニブルヘイムの朝の風景。
『行って来ます。』 『いってらっしゃい、気を付けてね。』
『今日も、頑張って働いてくるよ。』 『ええ、いってらっしゃい。』
『やれやれ、今朝は良い天気じゃのう。』 『お爺さん、お散歩に行きましょうか?』
目に映る家々から出てくる、たくさんの村の人々。
少し前からは考えられないような薄着をして、それぞれがそれぞれの目的地に向かって進み出す。
春の暖かい日差しはそんな彼等彼女達を包み込むようにして、清々しい朝を照らし出している。
そして、時折吹いてくる草花の匂いを乗せた春風。
「今日は良い天気ね。」
左手で目に当たる光を遮りながら、眩しそうにティファが言った。
「そうだな。今日は本当に良い天気だ。」
俺も足を踏み出して、その暖かい世界に入り込んだ。
自分の身体で日差しを浴びてみると、身体だけでなく心までが優しく包み込まれるような感じだ。
彼女も外行きのスリッパを履いて、俺の後ろに続いてくる。
彼女も、この優しい日差しを浴びたかったのだろう。
「もう、春なのねぇ……。」
溜息に混じるように、紡ぎ出される言葉。
そうだ、今年も、もう春が来たんだ。
夏が過ぎて、秋が終わって、冬になって、そしてまた春が来る。
当たり前のようで、それが何故だかすごく嬉しいような気がする。
この柔らかい日差しの所為だろうか、それとも春という季節の所為だろうか……?
外に出ているだけで、心がウキウキとしてきた。
今日も仕事があるのだが、それも関係なくなるくらいに幸せな気分だ。
「あっ、クラウド! 時間、時間ッ!」
ティファの声で正気に戻った俺は、仕事の時間に間に合いそうもないことをようやく気づく。
「うわっ! もうこんな時間なのか。それじゃあ行って来るよ、ティファ!」
慌てて俺は走り出す。
「いってらっしゃぁ〜い。」
背中からかけられる声に、俺は後ろ向きで手を振って応えた。
『あら、おはよう、ティファさん。旦那様の見送り? いつも偉いわねぇ。』
『あっ、おはよう御座います。でも、そんな事ないですよ。私はクラウドの妻ですから、当然です。』
『あら、言うわねぇ。じゃあ、私もそろそろ旦那様を追い出して来るとしますか。』
『うふふっ、御苦労様です。』
『そうそう。旦那を追い出した後、良かったら一緒にお茶でもどう?』
『ええ、喜んで。』
季節は巡って、再び訪れる。
春、夏、秋、冬。そしてまた、春、夏、秋、冬……。
季節はただそこに存在して、同じ季節を繰り返す。
でも、全てが同じ季節なんて一度だってないんだ。
去年の夏は、去年の夏一度きり。
秋も、冬も、そしてこの春も……。
新しく来る季節をどうして過ごしていくのか。
それが一番大切で、本当の意味の季節なんだと俺は思っている。
夏には暑い日が続くだろう。
そんな暑い日をどうやって過ごしたか?
秋には美しい紅葉がある。
そんな美しさをどう感じたか?
冬には雪だって降るかも知れない。
そんな雪をどんな目で見ていたか?
そして、暖かい希望の春が来る。
その柔らかい日差しを、爽やかなそよ風を……。
ビュゥ〜〜〜! ブワァァ……。
「風にのって、ピンクの花びらが……、空から舞い降りてくる……。綺麗だなぁ……。」
そして、こんな風景を…どう心に刻みつけるか……?
それが大事だと、俺は思う。
同じ季節なんて、本当はないんだ。
心に残る季節は、いつもその時だけだから……。
だから、巡り来る季節の一つ一つを、心に抱いて……。
季節を抱きしめて、生きていこう……。
「もう、春が来たんだな………。」
美しく舞い散る花びらがまるで螺旋を描くかのように降り注ぐ。
その一枚一枚が透き通るようなピンク色をしていて、俺を包み込んでいく。
桜並木の通り道。
春の匂いと、麗らかな陽気。
この春には、一体どんな事に出会えるんだろうな………。
後書き
どうも、作者の鳥の翁です。
この度20000hitを突破されましたTOMOさんへの御祝いとしまして、この話を投稿させて戴きました。
TOMOさんにお願いして頂いたリクエストが「春を感じられるストーリー」と「平凡な話」という事でした。
そのどちらも織り交ぜて今回の話を書いてみたのですが、如何でしたでしょうか?
とりあえず「春を感じられるストーリー」という事から、単純に季節物を書こうと思い立ったのが初めです。
それで、四季折々の二人の生活を平凡で且つ季節を感じられるように頑張ってみました。
それぞれの場所で、季節を少しでも感じていただければ嬉しいです。
「朝の出勤時にこれだけ色々回想するのは不可能だ!」 「FFの世界に桜なんてあるのか!」
…と言うような点は御容赦下さい。
「クラウドの仕事って何なんだ!?」という質問には、それぞれの考え方で良いと思っています。
あえて私が口にするなら、TOMOさんのクラウドと同じ仕事だと思っていただければ宜しいかと……。
これを読んで下さった方が少しでも春を感じられて「この春は頑張ろう!」と思って下さると誠に光栄です。
なにより、TOMOさんに喜んで戴けると本望です。
それでは最後にもう一度御祝いを……。
20000hit、本当におめでとう御座いました。これからも頑張って下さい、応援しております。
それでは、これで失礼したいと思います。