かけがえのない人だから
夕暮れの空の下を,二つの人影が歩いていた。
「あれからもう、70年も経つのか…」
老人は、自分のそばに座っている妻に向かって、語りかけた。
「ええ…。いまでは廃墟になってしまっているここが,
あんなに繁栄していたミッドガルだったなんて信じられないわね…」
老人の名はクラウド=ストライフ。その妻……ティファ=ロックハートと共に、かつて星の滅亡を食い止めた英雄達の一人である。
だが、その事を知る人間は少ない。その事が公になることを彼らが望まなかったからだ。
オレンジ色の夕日の光を浴びて,ミッドガルの廃墟はそびえ立っていた。
今なお残るおびただしい数の折れた鉄骨,コンクリートの破片の山,
それらがかつてこの星をもう少しで滅亡させる所であった,メテオの破壊力の凄まじさを物語っていた。
「話って、一体何?」
とティファが尋ねた。
暖かなそよ風が、腰に届くほどのティファの長い白髪にじゃれ付きながら吹いていた。
クラウドは91歳、ティファももう90歳になっていた。
しかし二人とも昔の美しい面影はまだ残っていた。
何も知らない人が見れば、未だ60代にしか見えなかっただろう。
ティファにとっての想い出の地の1つ、かつて彼女が経営していた居酒屋セブンスヘブンの跡地には、
ぽつりぽつりと小さな白い花が咲いていた。
それは、まるで二人に(お帰りなさい)と語りかけているかのようだった。
「…この星も、すっかり平和になったな。
ミッドガル郊外の野原は、今では春が訪れるたびに花が咲き乱れている…。
神羅が支配していた時には、雑草さえほとんど見当たらないほど荒れていたのにな…」
「そうね……。
昔は走り回る自動車や、魔晄列車の騒音で、小鳥達の声なんて聞こえなかった…
スラムの屋上にはプレートが,ミッドガルの外に出てもネオンの毒々しい明かりがあったから,
星だってほとんど見られなかったもの」
クラウド達によりメテオによる世界の破滅が食い止められてから、ちょうど70年。
その間にこの星の人間たちは、魔晄を使う事をやめていった。
彼らの生活は確かに多少不便にはなったが、想像されていたほど酷くはなかったし,
「この惑星が滅亡する事に比べれば、何でも無い」
と、人々は考えていたので、たいした不満は聞かれなかった。
また、戦争のために兵器を作る事も止めていった。
「それだけの金や科学技術があるのに、 なぜ神羅による自然破壊,ジェノバ・プロジェクト,
その他もろもろの被害者をほったらかしにしているのか?」
と言う声が強くなっていったからである。
人々が絶え間なき努力を続けたかいあって,魔晄のくみ上げによる自然破壊はほぼ完全になくなり,
惑星は少しずつ、しかし確実に元の美しさを取り戻していった。
しかし人々が魔晄による自然破壊を忘れてしまえば、また過ちは繰り返されるに違いない。
そう考えた世界中の人々は話し合った末にこの街を遺跡として保存する事にしたのである。
二度と繰り返してはならない,人間がかつて犯した大きな過ちの象徴として…
「星は,俺たちが星を傷つけてしまった事への償いをする機会を与えてくれたんだ。
そして俺達の意志はきっと,新しく生まれてくる多くの命が受け継いでくれるだろう。
この星を破壊することなく,人類が進歩して行くと言う理想を…」
クラウドはうなずいて、こう言った。
「これで、思い残す事無く星に帰ることが…」
「やめて!!」
ティファは強い口調で言った。
彼はびっくりして、ティファの方を振り向いた。
「どうしたんだ?急に…」
「今まで、たくさんの大切な人が私を残して死んで行った…。
8歳のときに、ママが死んだ…。
15歳のとき、パパも殺された…。
ジェシー、ビッグス、ウェッジも…。
そして私の喜びも悲しみも自分の事のように聞いてくれたエアリスまで!」
クラウドは頭を殴られたような衝撃を受けた。
ティファは出来る限り冷静に話そうと勤めていたが、その声は次第に涙声になっていった。
「分かっている。人間はいつかは死ぬ物だって。
大切な人とも,やがて永遠の別れを迎えなければならないって。
でも…もう嫌!
これ以上、私の大切な人が死んでしまうのは!
もう2度とあなたを失いたくないの!
だから、「死ぬ」なんて言わないで!!!」
次の瞬間,ティファはクラウドに抱きついていた。そして老人とは思えないほどの強い力でクラウドを抱きしめていた。
「私を置き去りにしないで……!」
星を救うために旅をしていた若き日の記憶が,クラウドの頭の中によみがえってきた。
あの戦いの中で,何度も大切な人の死を経験した。
そのたびに,自分は彼女が悲しむ姿を何度も見てきた。
多くの犠牲の上にせっかく手に入ったかけがえのない幸せを失いたくない。
だから2人とも,その不安を意識させるような事は口にしないようにつとめてきた。
だが大切な人を永遠に失う事を恐れる気持ちは,決して消え去る事はなかった。
それはクラウド自身も同じはずだった。
それなのに自分は彼女に言ってしまったのだ。
かけがえのない人を失う悲しみがまた襲ってくる事を彼女に実感させてしまうような一言を。
彼女をいっそう悲しませるような事を。
「済まなかった……残酷な事を言って…・」
クラウドは妻の背中を優しくなでて慰めた。
ティファが少し落ちついてから,クラウドは出来る限り穏やかにしゃべり始めた。
「けれどティファ。
君は,そんな君の大切な人達が亡くなったとき, とても悲しかっただろう?
それは,ティファがそれだけその人の事が 大好きだったと言う証拠に他ならないと思うな。
人は失う悲しみを知っているからこそ, かけがえのない人を大切にするんじゃないか?」
「……………。」
クラウドは一呼吸ほど置いて続けた。
「大切な人を失う辛さから逃げてはいけないよ。
自分にとって大切な人のかけがえのなさを見失ってしまうかもしれないからね。
それに永遠の別れなんかじゃない。俺のことを君が思い出してくれればいつでも会える」
ティファはなおもしばらく黙っていた。
やがて彼女は顔を上げて口を開いた。
「ありがとう。もしもあなたが先に星に帰ってしまっても, 私は後を追って死んだりはしない。
残された命を精一杯使って,あなたの事も, みんなのことも語り継いで行くわ。
そして残された命を使いきって,自分は精一杯生きたって胸を張ってあなたに伝えられるようになったら
あなたのところへ行くから」
「ああ, もしも君が先にいなくなってしまった時には俺もそうするよ」
ティファはクラウドの顔をみつめて言った。
「でもね………やっぱりあなたがいなくなることを考えたら悲しくなってしまうわ。
クラウド……もし私が先に死んでしまったら悲しい?」
「もちろんだよ。いろいろと話し合ったり,悩みをうちあけたりする相手が永久に消えてしまうなんて嫌だ。
そんな思いだけはしたくない」
それを聞いて安心したのか,涙をぬぐう事も忘れてティファは微笑を浮かべて言った。
「約束……してもらえるかな?」
クラウドはうなずいた。もう,彼女が何を言いたいかは分かっていたからだ。
「クラウド,私より先に死んだりしないでね。
1日でもあなたと一緒に過ごしたい。
1つでもあなたとの思い出を多く作りたい…。
そしてもしできたら,最後には,あなたと一緒に星に帰りたいの」
「…分かった」
自分たち2人が,一緒に星に帰れるという保障はどこにもない。
けれども2人は,1日でも長く一緒に生きて行こうと思った。
自分の命を最後まで生き抜かずに大切な人を独りぼっちにする事は,許されないと思ったからだ。
だから彼も微笑んで言った。
「安心して。君一人を残すようなさびしい思いはさせない。
できる限り,1日でも多く一緒に生きられるように,
そしてもし出来たら君と一緒に星に帰れるようにがんばるよ。
俺はあきらめない」
「ありがとう」
いつのまにか,夜空には満月が浮かんでいた。
「さあ,帰ろうか」
「ええ!」
優しい月明かりの中を2人は仲良く手をつなぎながら,もと来た道を帰っていった。
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あとがき
いかがでしたでしょうか?投稿小説は始めてですから,上手く書けているかどうかは不安です。
でも,「大切なのは自分がどう言う小説を書きたいのかと言う想いです」
というTOMOさんからの暖かい言葉に励まされて,やってみようと言う気になりました。
それから,二人の言葉の中に「愛してる」などは出てきません。
このせりふが人の小説で使われているときでも気恥ずかしいのですから,
自分が書くときはなおさらです(笑い)
でも,この二人にはこういう静かな落ちついた関係の方が合っていると思うので,
いちゃいちゃした話とは一線を画すことにしました。
読んで頂きましてありがとうございました。