温泉旅行にて
ある日の夕暮れ時。いつものようにガイドの仕事を終え、ニブルヘイムに帰ってきたクラウドは、村人達に呼びとめられ、囲まれた。
「あ、クラウド村長、丁度よかった、話があるんだよ」
クラウドは、ニブルヘイムの村長に就任していたのだ。若干23歳の若村長であった。
「村長はやめてくれって。で、俺に……話?何か村に不都合でもあったか?」
「いえいえ、そうじゃねぇって。いや、何ていうかさ。俺達、クラウドさんとティファさんに全部任せっきりでさぁ」
「そうそう、ミッドガルが無くなってから、ここまで全部クラウドさん達が復興してくれたじゃないですか」
「いや、それはリーブの要請があったからで……」
そう言いながら、クラウドは今までのことを思い出していた。……話は1年半前に遡る。
メテオ襲来。この事件は、世の中の仕組みを一変させてしまった。
メテオ自体はクラウド達がセフィロスを打ち倒したこと、エアリスのホーリーとライフストリームの力がメテオを食いとめた事
(但しこれは一般の人々には知られてはおらず、世評では星の偉大な力が作用したということになっている)によって消滅したが、
神羅の崩壊、魔晄の停止と、世界の基盤は一気に失われてしまった。経済も麻痺、法も何もあったものではなかった。
そんな中、立ち上がったのはミッドガル都市開発部門統括であったリーブだった。リーブは『神羅の罪を少しでも償う』という信念で
世界の復興に着手した。そのリーブに手を貸したのは、神羅時代からの有志、そしてやはりかつての仲間達だった。
リーブはその辣腕をフル稼働させた。神羅ではハイデッカーやスカーレットに抑圧される不遇な幹部だったが、元々能力は高かったのだ。
世界はみるみるうちに復興の兆しを見せ始めた。支配政の終焉宣言に始まり、通貨の修正、新法の整備、各種施設の配備……。
やることは嫌になるほど沢山あったが、リーブは黙々とその全てをこなしていった。その姿には鬼気迫るものがあったという。
そして半年が過ぎる頃には、ほとんどの問題は見事にクリアされていた。ただ1つを除いて……。
それはミッドガル難民の収容だった。現在は主にカームとジュノン、コンドルフォートに何とか振り分けていたが、許容量オーバーなのは
誰が見ても明らかだった。そしてこれこそが、リーブが頭を痛めている最も大きな問題だった。
ここで活躍したのがクラウド達だった。クラウド達は各エリアを周り、ミッドガル難民の収容について各地の責任者と会談を重ねた。
そして、彼らの優しい心と快い理解もあり、ミッドガル難民は各地に振り分けられることになったのである。
コレルエリアはバレット、ウータイエリアはゴドーなどと、各地のかつての仲間達は自ら仲介役を買って出た。
ニブルエリアの担当はクラウドとティファが進んで引き受けた。実際、ニブルヘイムには村人がいない状態だったのだから、
2人にとっても好都合だったといえよう。勿論、2人がこのような打算的な考えだけでこの計画に参加したのではない事も付加しておく。
ともあれ、この一事が片付いた事により、ミッドガル体制は完全に終焉を迎える事になったのであった……。
ニブルヘイムでは、必然的にクラウドが村をあずかる責任者となった。こうして、『ニブルヘイムのクラウド村長』が誕生したのである。
クラウドは、不安だらけの新村民を暖かく迎え、秩序を最優先にしながら村人達の交流と村の興隆に努めた。
ティファの穏やかな人柄もまた、安心感を与えたのだろう。村人がこの地に馴染むのに、さほど時間はかからなかった。
村人がこの地に定着した後も、クラウドは村を守る立場の者として、常に村の事を考え、行動してきた。
ティファもまた、クラウドの足りないところを補い、2人3脚で村を育ててきたのである。
そのクラウド達のたゆまぬ努力を、村人達は村人達でしっかり見ていたのであった……。
「……で、村のみんな、クラウドさんたちに感謝しているわけで」
「何かおかえしをしなきゃ、とずっと考えていたんですよ」
「で、この前、クラウドさんとティファさんには内緒でみんなで集まって……」
「で、ひとつの結論に達したわけでさぁ」
「結論?」
「はい、お2人に旅行をプレゼントしようって事に決まりましたんですよ!」
「え、旅行を?」
「はい!聞いて驚く無かれ、その内容は『ペアで行く、ミディール温泉10日間フリープランツアー』でございます!」
「えぇー?ミ、ミディールって、かなり遠いじゃないか!お金だって相当高額になるはずだろう」
「んなこたぁわかってますよ。でもみんな、『ミディールへお2人さんを行かせたい』って事で一致しましてな」
「でも、みんなまだ収入も安定してない状態なのに、よく……」
「クラウドさん達の為ですからね、みんな『惜しむ』なんて事は鼻っから念頭に無いんですよ」
「そうそう。この1年以上もの間、ずっと頑張ってきてもらって……ずっと世話になりっぱなしだったんですから」
「だが……」
「クラウドさん、この話、受けて下さいよ。いやといっても、多分村の連中が聞きませんけどね、ねぇみんな」
「おうよ!」「そうですよ」「行ってこいって!」「ははははは……」
「そうなのか……?」
「そうですってば!さ、クラウドさん、旅行の間は大丈夫だからティファさんとゆっくり骨休めして来てくださいよ」
「みんな……」
クラウドは感慨深げに村人達の顔を見まわした。みんな、気さくな明るい笑顔を満面に浮かべている。
みんな心から、クラウドとティファが好きなのだ。彼らの信頼と友情は、……堅い。
「わかった、この話、受けよう。ありがとう、みんな!」
「よっしゃ!」「やったー!」「はははははー……」
みんな心から笑っていた。そんな中、クラウドもはにかんだ笑顔を見せていた。
「ただいまー」
クラウドは『セブンスヘブン』の扉を開けた。目の前に、見慣れた愛する人がいる。
「あ、お帰りクラウド。今日は早かったのね。丁度いいわ、もうすぐ開店時間なの。お店開けるの手伝ってくれる?」
「ああ、いいよ」
ティファはこのニブルヘイムでも『セブンスヘブン』を開いていた。勿論、クラウドも賛同の上で。
セブンスヘブンは、2人にとっての存在の証、心の拠り所であった。だからこそ、2人はこの地にもセブンスヘブンを復活させたのだ。
ミッドガル時代から、『おいしい料理とお酒のバー』で名の通っていたセブンスヘブン。
スラムからこのニブルヘイムへ来た人々にとっては、噂のバーがすぐ近くにあるという事で、元7番街の人々のみならず、
他の番街の人々も足繁く通うようになっていた。さらには上層階に住んでいた人々の間にもこの噂は広まっており、
セブンスヘブンはニブルヘイムでも『満員御礼、商売大繁盛』の状況だった。
飲食部門の売り上げについては、村内の他のバーや飲食店の追随を許さない、そんな自信もあったりして……。
何時の間にか、村人達にとってもセブンスヘブンは心の拠り所となっていた。
「……ああ、ありがとクラウド。後は店の入口の扉、開けといてくれたらいいから。開店までちょっと時間あるけど、先に1杯飲む?」
「いや、今はいい。今飲んだら後でティファと2人で飲む楽しみがなくなるからな」
「……もう、クラウドったら」
いつまでたっても、この2人は初々しい。クラウドもティファも、今の発言に本気で照れていた。
「おー、まだ開店してないのかい?」
っと、最初の客だ。いつまでもいちゃいちゃしてはいられない。
「あ、もういいですよ、入ってもらって」
「んじゃ、とりあえずビール。お、すまねえな村長。ティファちゃんとのいいトコを邪魔しちまったか?」
「そんな事は無い。もう開店だしな。じゃティファ、また後でな。俺は見まわりに行ってくる」
「行ってらっしゃい、クラウド」
「おー、頑張ってなー」
ティファと客の声を背に、クラウドはセブンスヘブンを後にした。既に陽は南のコスモキャニオンをかすめ、海に沈もうとしている……。
その夜。クラウドとティファは誰もいなくなったセブンスヘブンで、並んでカウンターに座っていた。
「今日もお疲れだったなぁ」
「もう慣れちゃったよ。それに今日はクラウドも手伝ってくれたし。はいクラウド、今日は久しぶりにビールよね」
「お、ありがとう」
いつもティファの作るカクテルは絶品だが、たまには市販のビールもいいものかもしれない。
「私は……っと」
ティファも普段はあまり飲まないワインをグラスに注いでいる。上物の赤だ。
「おいおい、赤ワインか?今日は何かいい事あったのか?」
「ん?まぁね。とりあえず、乾杯〜」
「お、乾杯〜」
チンッ、とグラスが触れ合う音がした。クラウドは一気に、ティファは静々と飲み干す。
『仕事の後の1杯はサイコーだぜ』
いつかバレットが言っていた言葉が思い出される。確かに今の1杯は、何ものにも替え難いものがある。
クラウドはしみじみ、それを感じていた。あぁ俺も、ちょっとおっさんになってきたのかな……ちょっと嫌かも。
「ねぇクラウド」
「ん?」
「さっきお客さんに言われたんだけど、クラウド何かもらったんでしょ?なんでも、旅行のプランとか……」
「ん、ああ、これか」
そう言いながらクラウドは、ポケットから2枚の紙切れを取り出した。カラフルに彩色されたチケットだ。
そこには手書きで『ペアで行く、ミディール温泉10日間フリープランツアー』とあった。手作りのいかにも人情味溢れるデザインだ。
「これこれ、これの事言ってたんだぁ」
ティファはクラウドの手の中のチケットをまじまじと眺めた。
「何か無理矢理みたいだったけどな。悪い気はしなかったんでもらっておいた」
「もちろん行くんでしょ?」
「そうだな。行こうと思うが、やっぱりティファの意見も聞いておかないとな」
「私は勿論OKよ。せっかくのみんなのご好意だし、この際甘えちゃいましょうよ」
「ティファがそう言うなら、そうしようか」
「やったぁ!」
ティファは子供のように飛び上がって喜んでいた。クラウドは照れたような笑いを浮かべる。
そういえば、この1年以上もの間、ティファは村から出た事が無かったっけな。ずっと忙しくて、そんな事気に留めている暇も無かった。
ティファもまた、忙しいクラウドに愚痴1つ言わず、村の為、店の為に働き続けてきたのだ。
2人にとって、まさにうってつけの御褒美だった。
「クラウド、はい!」
っと、ハイテンションのティファが、早くも2本目のビールを差出している。クラウドは笑みを浮かべながらそれを受け取った。
「私も、飲もうっと」
久しぶりの旅行が相当嬉しいようだ。ティファは自らも赤ワインをとくとく注ぐと、
「乾杯〜」
今度はかなりの勢いで飲んでいる。
「おいおい、そんなに飲んだら明日に影響が出るぞ」
「いいの。今日はいい気分になりたいの〜」
今日のティファは、お酒の前に既に自分に酔い気味らしい。
「やれやれ」
クラウドも明日は仕事の予定は無い。付き合ってあげるか……。明日は久しぶりに俺がバーテンダーになるのかな……?
数日後の早朝。雀の囀りが聞こえる中、2人は村人達と共に村の入口に立っていた。
「……で、これは?」
クラウドは不思議そうに、目の前のカバーがかかった物体を指差した。
皆の眼前には、銀のカバーがかかった大きな物体が、周囲を威圧するかのように鎮座している。
「はは、これはお2人ともよくご存知の代物ですよ、それっ」
村人の1人が言葉が終わるや否や、そのカバーを一気に取り去った。
「こ、これは!」
クラウドとティファは思わず瞠目した。
「バギー……よね?」
「あ、ああ……」
2人とも、言葉が出ない。以前に乗っていた頃とは、バギーの格好が全然違うのだから。
「へへ、このバギー、お2人が村に寄贈して下さいましたよね。そいつをちょいちょいと改造して、速くしておきました」
「速くした、って……どれくらいだ?」
「えー具体的に言えば……大体ゴンガガまで半日ってとこですか」
「うわ!すごいじゃないかそれは。今までだったら2日はかかってた道程なのに」
「どうぞ使ってください。ゴンガガには駐車場、もう取ってありますんで」
「……ありがとう、本当に」
クラウドは心から素直に礼を言った。ティファはと見ると、感無量の体である。
「ありがとう、ありがとう……」
「泣くのは早いですぜ、ティファさん。お楽しみは、これからなんだからさ」
「そうよね……」
ティファは嬉し涙に濡れた顔を上げた。実に晴ればれとしている。
「そうそう、ティファさんには笑顔が似合うよね、やっぱり」
村人がみんなで笑ったところで、そろそろ出発の時間だ。
「じゃ、行ってくる。村の事は頼むぞ」
「任せときなさいって。ゆっくり骨休めして来てくださいよ」
「ありがとう、みんな……絶対いい旅行にしてくるよ。自分の為にも、みんなの為にもね」
車は、走り出した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
村人達の言った通り、ニブルヘイムを出て半日後には、2人はゴンガガが遠くに見える辺りまで来ていた。
「おっそろしく速かったなぁ」
「ホントね……このスピードで都市を走ったら、間違いなく捕まるわね」
「いや、それはないだろう」
「どうして?」
「俺達を捕まえる連中が全くついて来れないからだ」
「あはは、納得ぅ」
2人の朗らかな笑いが、真っ青な空の中に消えていった。しかし、
「それはそうと、クラウド、これだと酔わないのね」
乗り物に乗っている以上、ついついこの話題も出てしまう。
「あぁ、自分で運転してるからな。全然大丈夫って事はないが、酔いやすい事は忘れられる。だけどな……」
「だけど……なに?」
「ティファがそんなこと言うから思い出してきた……じゃないか……」
「あ、ゴメン」
「ティファが謝る…ことはない……」
「でも、私のせいでクラウド……」
「もうちょっとで着くからなんとかなると思う……」
車はちょっとふらふらしながら、ゴンガガの方向へ走って行った。
ゴンガガは神羅崩壊以来、リーブからの再構築案を受け入れ、港町として発展させていく事が決まっていた。
とはいえ、メルトダウンを起こしてさびれきった魔晄炉都市に近づく人は多くはなく、計画は遅々として進んでいない。
現在はコスタデルソルとミディールを結ぶ中継地として細々と繋いでいた。
「やっぱり淋しい所だな」
クラウドにも、計画の進行状態が思わしくないのが見て取れた。
「リーブさんの案も全部が全部順調じゃないって事ね」
「ここはミッドガル難民の受け入れも拒否した都市だからな。技術者の数が少ないのは否めない」
「今までミッドガルの恩恵を受けてきた人達と一緒には住めない、確かそういう理由だったわね……」
ゴンガガは、ミッドガル難民を受け入れなかった。そのことで、難民を受け入れた他の都市との関係は少し疎遠だ。
「ま、いずれまたリーブに相談を受けるかもしれないが、今は旅行を楽しもう」
「そうね。ここの人にはここの人なりの考え方があるんだろうし」
クラウドはバギーを、かねてから予約してあった駐車場へ滑り込ませた。
出航までは多少の時間があるようだった。コスタデルソルからの船の到着が遅れているようだ。
「じゃ、街に繰り出そう」
「そうね。そうしよう〜」
ティファは早くもはしゃぎ気味だ。そんなティファの手を、クラウドはそっと握った。
「あ……」
転瞬、ティファの顔がぽぉっと赤くなる。クラウドも、同じように少し赤い。やっぱり、初々しい。
「行こうか」
「う、うん……あ、あの」
そう言いながら、ティファがクラウドの腕に自分の身体を寄せ、腕を巻きつけてきた。今度はクラウドが真っ赤になる番だ。
「こ、これでもいい?クラウド」
「あ、うん。ティファがそうしたいのなら」
「……ありがと。こういう風にクラウドと歩いてみたかったんだ、私」
「ティファ……」
「クラウド、あれっ、あれ買って!」
「見て見てこれ、可愛いよねクラウド」
「ねぇねぇクラウド、こんなのほしいよね」
「あはは、クラウドっ……」
露店をひとつひとつ見ながらはしゃぎまわるティファに、クラウドは愛らしさと共に後悔を覚えていた。
(今までこの1年半、あまりにティファを村に縛り付けすぎたよな)
(そういえば、ティファとこうやって2人っきりで楽しむなんて、ゴールドソーサー以来だな、随分久しぶりだ)
(きっといっぱい我慢してきた事もあっただろう、ティファは言わないけどな)
(今までの鬱憤が全部吹き飛んでいくぐらいの楽しい旅行にしないとな)
「ねぇクラウド、聞いてるの?」
「はっ!」
我に返ってみると、ティファが不思議そうな顔をしてクラウドを覗き込んでいる。
「な、なに、ティファ?」
「そろそろ港に行かないと遅れちゃうよ」
「え?」
クラウドがふっと遠くに見える時計台を見ると、午後4時20分を指していた。出航は午後5時だ。
「ああ、そろそろ行こうか。楽しい旅になるといいな」
「そうね。いい旅にしようねクラウド」
「ああ、勿論」
2人は港に戻ってきた。今度は船も入港している。
「うわ……」「これに……乗るの?」
2人は圧倒された。そこにあったのは、今まで見たこともないような豪華客船だったのだ。
「あ、お2人さん、クラウドさんとティファさんでいらっしゃいますか?」
船の渡り板の傍にいた男が、2人の元へと向かってきた。
「はい、そうですが……」
「お2人さんで最後のお客様です。……はい、チケットも確認しました。どうぞ船上へ」
「は、はい」
言われるままに、2人は豪華客船へと乗りこんだ。ティファはもう緊張の絶頂だ。クラウドは平然としていたが。
「ク、クラウド、緊張しない?」
「ティファ、緊張してるのか?大丈夫だって。俺、実はこの船見たことがあるんだ。
この船は昔は神羅の幹部達の使う客船だったんだ。ルーファウスとかが使ってた船だ。1度ジュノンで見た記憶がある」
「それにしても、すごいわね」
「ついこの間まで世界を牛耳ってた神羅だからな。余計な税金をこんな所に使っていたわけだ。
きっとリーブが、今までの償いって事で、この船を無償で卸したんだろう」
「この船、きっと高いんでしょうね。よく村のみんなはこんなお金を出してくれたわね」
「全くだ。卸した金額は安くても、使用料は莫大なものだろう。維持費だけで相当かかるからな。村のみんなには感謝しないとな」
「ホントね……ねぇねぇクラウド、部屋に行かない?」
「お、そうだな。えーと、部屋はAの01号室だ……番号が1番若いな」
「まさか……スィートなんて事は……」
部屋はスィートだった。それも特級クラスの立派なものだ。ティファは勿論、さすがのクラウドまでも仰天してしまった。
「……」「……」
2人とも言葉が出ない。
「いらっしゃいませ。クラウド様とティファ様ですね。私、お2人様の雑用を担当させていただく、アルフレッドと申します」
いつのまにか2人の横では、きちんと正装した1人の男がお辞儀をしていた。いい感じの青年だ。
「あ、ど、どうもアルフレッドさん……」「よ、よろしくね」
2人はギクシャクだ。逆にお辞儀を深々と返してしまった。はたから見ると、コミックショーさながらだ。
「なにか御用がありましたら、何なりと私に御申しつけ下さい」
「は、はい」
それ以外に言いようが無い。というか、あのクラウドまでもが緊張のあまりに言葉が出てこない。
船に上がったばかりの時の余裕は、何処へやらだ。傍らのティファはクラウドのその様子に逆に余裕が持てたのか、苦笑していた。
「3時間後に、お客様を歓迎する立食パーティーがバルコニーにて催されます……――――」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
2人は夕暮れのバルコニーに出てきていた。潮の香りの中にほんの少し、夏の訪れを感じる。陸地はもう見えなくなっていた。
海はこの時間、幻想的な赤い夕陽を波間に映し出している。ティファはそんな光景を見ながらロマンチックに浸りたかったが、
「相変わらず、乗り物には弱いのね。バギーでも酔ってたけど」
ティファは苦笑しながら言った。その横では、クラウドが気分悪そうに夕陽の沈む水平線を眺めている。
「乗り物は……特にこう揺れるのはどうもな……」
クラウドの乗り物酔いはやっぱり治っていなかった。少なくとも、船の上ではクラウドとロマンチックには浸れそうもない。
考えてみれば、ハイウインドの微小な揺れでも酔ってしまうのだ。豪華客船の些細な揺れでも、クラウドの酔い病は収まらなかった。
ティファの儚い想いは、無惨にも散ってしまった。まぁ、仕方ないや。ティファもそう思うしかない。
「ごめんな……」
「何が?」
「俺がこうじゃなければ、ここでももっと楽しい思い出が作れたのにな……」
クラウドもティファの想いに気づいていた。もっと自分がしっかりしていれば。しかしどうしようもない。
「しょうがないよ、こればっかりは。気にしないでいいよ、クラウド。私、今とっても幸せなんだから」
「ティファ……」
「ずっと憧れてたんだ。クラウドと2人で旅行に行く事。こうやって2人だけでずっと一緒にいる時間。
だから全然つまんなくないよ。クラウドが今この瞬間傍にいてくれるだけで私は幸せになれるの。
無理しないでクラウド。無理したら余計つまんなくなっちゃう。旅行って、こういうトラブルもエピソードの1つでしょ?
だったらそれでいいよ。後から見れば、この出来事だって楽しい思い出になるから。ねっ」
「ティファ……ありがとう」
「いいのいいの」
ティファが大きく、眩しく見えた。今まで何度となく感じてきた事だが、クラウドはティファに安らぎを感じずにはいられなかった。
ティファは最高の女性だ。誰がなんと言おうとティファは最高の女性だ。
クラウドは思わずティファを抱き寄せていた。ティファも逆らわず、それに応える。
とくとくとくとく…………互いの鼓動が感じあえる。鼓動が絡み合う。そして1つになる。
2人はこの旅で初めてのキスを交わしていた。甘く切なく、優しく静かに。
「最高の旅にしよう。俺達2人の最高の旅に。誰もが羨むような素晴らしい旅に」
ティファの耳元で、クラウドは囁くように、しかしはっきりと言った。
「うん……」
ティファの声は潤んでいる。瞳の光も潤んでいる。既にティファは夢現の状態だった。
夕陽は最後の残光を波の狭間に煌かせながら、そんな2人を温かく見つめていた。
「そろそろ、もどろ。正装に着替えなきゃ、パーティの時、恥ずかしいでしょ?」
「そうだな。こんなカッコじゃ、少々マズイか」
立食パーティーは定刻きっかり、午後8時から1秒の狂いもなく開始された。さすがは一流客船での旅行だけはある。
「ミディールまであと2日の行程、是非ともごゆるりとお過ごし下さいますよう、スタッフ一同心よりお手伝いいたします。
それからゴンガガよりご乗船の皆様、短き御同行ではありますが、よい旅の御供となれますよう……」
多分船長なのだろう。見事なスピーチがパーティー場中に響いた。船内は拍手の渦だ。
船の明かりに照らされる夜の波が、闇と光の見事なファンタスティックショーを演出している。
ジャズバンドのムーディーな演奏が流れる中、クラウドとティファはバルコニーへ出ていた。
夕暮れ時と違い、今はパーティーの設備やら他の客人らでバルコニーは少々密度が高めだ。
クラウドは神羅時代に買ったタキシード。神羅での式典以外には使った事がなく、もう着ないと思っていたが捨てずにおいてよかった。
ティファは淑やかなカクテルドレス。透明感溢れる、純なオーラを纏ったドレスだ。まるでティファの為に在るかのようによく似合う。
正装した2人の姿は、他の客達と何ら遜色のない、立派なものだった。2人が持って生まれた素質なのかもしれない。
「さすがに混んでるな」
「本当ね。でも、席は決まってるんでしょ?」
2人がそんな話をしていると、ウェイターが1人、近づいてきた。
「クラウド様、ティファ様、こちらのお席へどうぞ」
ウェイターはうやうやしく2人を誘導した。先には白く塗られた階段が見える。
「え、こっちは2階でしょ?」
ティファは怪訝な顔でウェイターに聞いた。
「スィートルームにご宿泊のお客様には、プライベートテラスをご用意させて頂いております」
「わぁ!」
ティファが嬉しそうにクラウドを見た。つられてクラウドも、控えめながら笑顔を見せる。
「至れり尽くせり、だな」
小声でクラウドが、ティファの耳元に囁く。
「ほんと。なんかわくわくしちゃうな」
ティファもまたクラウドの耳元に口を寄せ、喜びを言葉で表していた。
「乾杯」
クラウドとティファはグラスを掲げ、ワインを口に運んだ。
「今宵のワインはコスタデルソルの葡萄畑で穫れました、ルチェビアンコ、神羅暦42年ものでございます」
ウェイターがワインの解説をする。心の中で驚いたのはティファだ。
(ルチェビアンコの42って、ルチェシリーズの中でも幻と言われている名酒じゃない!すごい!!)
さすがティファ、お酒の事には博学だ。もっとも、バーテンダーとしては当然なのかもしれないが。
因みに、ルチェとは太陽の光、ビアンコは白のことである。陽の光を思いっきり浴びた健康な白葡萄でつくられたワインなのだ。
「おいしい……」
ティファにもこれ以上、出す言葉がなかった。極上なのだ。
「いいワインだ……」
何時の間にかウェイターは去り、後にはキャンドルテーブルにクラウドとティファだけが残っていた。
「料理は……頼めば取ってきてくれるんだったな」
「え……あ、うん。このハンドベルを振れば来てくれるって」
ティファはちょっとどきどきしている。いいお酒を飲んだ事もあるが、何よりクラウドと2人きりでこんなムーディーな空間にいるのだ。
2人を見つめるのは月と星のまたたき、キャンドルの炎のゆらめきだけである。
どうしよう、顔赤くなってるのかな、もしそうだったら気づかれたくないなぁ。でも気づいてほしいかもしれないなぁ。
ティファが乙女心に色々と思いを馳せているのに、クラウドの一言。
「ま、とりあえず旅の1日目、ここまでお疲れ」
クラウドったら、ムードも何もあったものじゃない。なんでそんな事を言い出すかなぁ。ホントに鈍いんだから。
ティファも、クラウドの鈍さは前々から解っている。生来の性分、なかなか治るものでもない。それに、
「でも、それがクラウドのいいトコだったりするんだけどね」
「え?何か言ったかティファ」
はっと顔を上げると、クラウドがティファを見つめている。その視線にまた少し、ティファはドキッとしてしまう。
「う、ううん。……クラウド、よく喋るようになったな、って思って」
「俺が?」
「うん。だってクラウド、昔は全然誰かとお話してる姿、見なかったし、なんか近寄り難い雰囲気あったし。
ミッドガル時代だって、ジェノバ細胞のせいかもしれないけど、口数少なかったでしょ?
結局最後の方まで大事な事は何も話さなかったし。1人で全部背負い込んでるような感じが見えたよ、あの頃は」
「確かに……そうかもしれないな。小さい頃はカッコつけてたからな。ケンカもしょっちゅうだったっけ。
ミッドガルの頃は……やっぱりカッコつけてた所もあったのかもな。ジェノバ細胞のせいだけじゃなく。
今思えば、そんな気もないのに、ティファにも辛く当たった事もあったな……すまない」
「ううん、いいの。それより、いっぱい喋ってくれるようになった今のクラウドがいてくれるだけでいいの。
ここ何年か、クラウド、沢山喋ってくれるようになった。ニブルヘイムの人達と話す機会が多かったのもあると思うけど、
すごく、何て言うか……喜怒哀楽がしっかりしてる。一緒に笑ったり、泣いたり、怒ったり」
「そんなに変わったか?俺」
「うん。きっと今のクラウドと、バレットとかが一緒にお話ししたら、『変わったな、クラウド』ってきっと言うよ」
「ははは……」
ティファの、バレットの口真似が面白くて、思わずクラウドは笑ってしまう。
「ね。今みたいに笑ってくれる。だから、一緒にいて、毎日少しずつ楽しさが増えるの。
毎日少しずつ、……『好き』って思いが強くなっていくの」
今までずっともやもやしていたもの。セフィロスとの決戦の前の夜でさえ、言えなかった『好き』の一言。たった2文字の言葉。
今更言わなくてもわかっていた事。いくら鈍いクラウドでも気づいていた事。でも今、ティファはその気持ちを無性に確かめたかった。
ティファは今、自分がそれを言った事に気づいた。その重大性を認識するのに、時間はかからなかった。必然、真っ赤になる。
そんなティファの言葉を、クラウドは真摯に受けとめていた。ティファの瞳を、まっすぐ見つめ返す。
「ティファ……ありがとう。そんな風に思ってくれて、俺は嬉しいよ」
「クラウド……」
「ティファほどの女性に思われる俺も、相当な幸せ者だな」
「!!……もう、ばかぁ。こっちが恥ずかしくなるでしょ」
「はははは……」
「あははははっ……」
2人はちょっと照れたような笑みを浮かべた。今の2人の発言、人前でならとても言えない。それが嬉しくも、恥ずかしくもあった。
階下から心地良いジャズが聞こえてくる。遠く近く微かに響くその妖艶な音の波は、2人の心を淡く掻きたてる。
今日2回目のくちづけ。テーブル越しに2人の影が瞬間、絡み合う。
「……これが俺の返事だ」
「クラウド……うん」
「……」「……」
何か2人とも照れてしまった。どきどきして会話が続かない。もっとも、この沈黙の時間もまたいいものだが。
りん……りん……りぃん……
「?」
ティファが顔を上げると、クラウドがハンドベルを振っていた。相変わらずの優しい眼差しを、ティファに向ける。
「そろそろ料理、とってきてもらおう。お腹も空いたし」
「クラウド……そうね、うんっ!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
後書き:ぱんぱーすです。性懲りも無くまた書いてしまいました。っても、10000の贈り物ですけど。
そうだ、コングラッチュレイション!いちまんひっと、おめでとうです!
ここのところガッコが忙しくて全然小説の構想練ってる暇がありません。
とりあえず、途中までで今のところは勘弁してくださいな。
さて今回、私の小説史上、最初で最後の甘めな内容になっちゃいました。
うわ、我ながらよくここまで壊れたものだ……(?)
甘い気分で旅だった2人の運命は?どうなるか私もまだ知りません。
では。
追伸:ワイン飲む方すいません。勝手に銘柄作ってしまいました。