温泉旅行にて 宿命の邂逅
2日後、夜明けの方角に島影が見えてきた。南の温泉島、ミディールだ。
スィートルームの丸窓から、朝の爽やかな黄金の光が幾筋も注ぎこんでくる。ティファの顔にも光は降り注いでいた。
「ん……」
ティファの目は、安らぎの暖かい光の中で覚まされた。
「……」
物憂げそうに庇を閉めようとして、ティファは光の向こうの物体に目を凝らした。
「陸地だ……ミディールが見えてきたんだ!」
きらきらとした目で、ぱっと振り返る。
「見えてきたよ、クラウドッ」
はしゃぐティファの横でクラウドは、布団を頭まで引っ被って今だご就寝中。
起きたら酔いにうなされると無意識下に理解しているのか、起きる素振りさえない。
「んもう、ホントに神羅兵として訓練された人なのかしら」
そんな愚痴を可愛くこぼしながら、ティファは1人、部屋の扉を開けた。階上のバルコニーは、すぐだ。
バルコニーには、既に幾人かの客が起きてきていた。一瞬、ティファは目を細める。まだ少し眩しい。
「んー、清々しい風ねぇ」
波もまた、朝の光を浴びてきらきらと光り輝いている。光の幻影の向こうに、島影がちらりと見えた。やはりミディールは近いのだ。
「あ……」
バルコニーの先端で、カップルが抱き合っているのを見つけてしまった。思わず、目を逸らしてしまう。
(いいなぁ……)
ついつい、クラウドの事を思い出してしまう。きっと愛しの彼は、今だ夢の中なのだろう。
「ちぇっ」
「おはよう」
「あっ!」
今のらしくない舌打ちを聞かれてしまったろうか。いつのまにかティファの後ろには、クラウドが起きてきていた。
「あ……お、おはよう。ねぼすけクラウド」
「ティファが起こしたんだろ?ちゃんと起きたのにねぼすけはないだろ。それにまだニブルヘイムは夜中なんだし」
「そっか。それもそうだね」
時差のせいで、ミディールでは朝でもニブルヘイムはまだ夜だ。
「ぷっ……」
「今度は何だよ」
「だってクラウドの髪……すごいんだもん」
ティファの言う通り、クラウドの髪の毛はいつもの暴発チョコボ頭に寝癖がプラスされてすさまじい事になっていた。
「はい、梳いてあげる」
「あ、ああ」
ティファは胸のポケットから櫛を取り出すと、クラウドの弾けた髪にあててあげる。
「ちょっとこっちに座って」
ティファはそう言うとクラウドの手を引っ張った。クラウドも素直に従う。やがて2人は、バルコニーの端のベンチに座った。
ティファに髪を梳かれながら、クラウドの表情は少し赤い。
何人かが、こちらをちらちら見ていく。俺の髪形がそんなに変なのか、それとも……。
多分後者だろう。彼らは俺達2人の仲睦まじい様子を見ているのだ。時々含み笑いをして立ち去る連中もいる。
「なぁティファ、俺恥ずかしいよ」
「気にしない気にしない。……ホントくせっ毛ね……はい終わり」
ティファがくしゃっとクラウドの髪を撫でて、はい終わり。いつものクラウドだ。
「ちょっと、前のほう見て」
ティファのちょっとトーンを下げた口調に、不思議に思ったクラウドは船の前のほうを見てみる。
そこには仲の良さそうなカップルが、朝のくちづけを交わしていた。必然、見せられたクラウドの鼓動も早まる。
「あんな感じでちょっと睦みあってみたいな、ってそう思って……」
「そうか……」
乙女心ならではの可憐な悩みなんだろう。クラウドにも、おぼろげながらそれは理解できた。
「で、でもあの通りにして、って訳じゃないのよ。ただ、何となく……あぅ!」
喋りかけたティファの唇を、クラウドのそれが塞いでいた。慌ててティファが離れる。
「もうっ!……ずるいよぉ、こんなの」
「ははは、さて、そろそろ到着のようだな。荷物の準備しなくちゃな」
「もう、そうやってはぐらかすぅ」
朝日は幾らもないうちに、爽やかさを潜ませ、暑苦しさを生み出してくるだろう。
今はまだ、熱をそれほど含まない、涼やかな風と共に地表を温めていたが……。
1時間後、船はミディール近くの海岸に到着した。すぐに渡し板がおかれ、船と砂浜とをつなぐ。
「着いたァ!」
クラウドが大きく伸びをしながら言う。どうやらクラウドは、ミディールに着いた事より船から下りられた嬉しさの方が大きいようだ。
ティファも白いものを塗りながら船を下りてくる。
「何塗ってるんだ?」
「日焼け止めよ、やっぱりお肌は大事にしたいし」
「そんなものなのか?俺は焼くけどな」
「暑いなぁ、まったく」
「ライフストリームの地熱が太陽を呼んでるみたいね」
クラウドはタンクトップにハーフパンツ、ティファはワンピースのキャミソールに麦藁帽子。2人とも、至って軽装だ。
「あ、やっと見えてきた。あの高台の村がミディールだったよな」
「そうそう、なんだか懐かしいわね」
「色々あったからな、あそこでは」
「またライフストリームに落ちてみる?クラウド」
「おいおい、もうあんな体験はしたくないなぁ」
今ではあの忌わしい出来事も笑い飛ばせるぐらいに、クラウドとティファの心の傷は回復していた。
逆にいえば、ミディールこそが2人の絆を確固たるものにした地なのかもしれない。その意味でも、ミディールは思い出の地だった。
「なんか段々タマゴ臭くなってきたな」
「温泉の匂いよ。わかってるんでしょ?」
そんな事を言っていると、近くの茂みの中で、何かが蠢く音がした。つい癖で、クラウドは身構えてしまう。
「ばうっ、ばうっ!!」
「あー、ベス!」
出てきたのは、1匹の茶色い犬だった。ティファは飛びついてきたその犬を抱きしめた。
「お、おいティファ、その犬は知り合いか?」
「え?……あー、そうか。クラウドはあの時おかしくなってたからベスの事は知らないんだぁ」
「おかしくなってた、って……あのな」
「この犬はベス。ミディールで飼われてる犬でとーっても人懐っこいの。とにかく気に入った人の後を着いてまわるの、ねー」
「ばうっ!」
「おっきくなったねベス。もう抱っことか出来ないねぇ、これじゃ」
「ばうっ!」
言葉の意味が解るのかわからないのか、ベスはおっきく吠えると、ティファの顔をぺろぺろ舐めた。
「やだ、くすぐったいよぉ」
「はっ、はっ、はっ、はっ」
「……何か俺、忘れられてるな……」
そんなこんなでじゃれあいながら、2人と1匹はミディールへと入っていった。
「あー、着いたぁ」
「思ったよりも、時間がかかってしまったな」
クラウドとティファは、ミディールの村の入口のアーチをくぐった。あの船の客の中では1番早い到着だ。
他の客は、金持ちの豪華旅行よろしく、ゆっくりと歩みを進めているようだ。
……やはり経済的な差だけは奈何ともしがたい。
「いらっしゃいませー。ようこそ南の温泉峡、ミディールへ。ごゆっくりおくつろぎ下さいな」
綺麗なおねえさんがクラウドとティファにレイを掛けてくれた。その時のクラウドの顔ったら!
(後でクラウドはお仕置きね)
ティファは1人、そんな事を考えながらクラウドとおねえさんを恨めしそうに見ていた。
「ばうばう、ばうっ!」
「あーベス。クラウドを後でとっちめようね」
「ばうっ!」
この言葉が本当にベスに伝わっていたら、実に恐ろしいものである。
「なんか俺の事、呼んだか?」
「えっ?」
ティファがふっと顔を上げると、もうおねえさんは何処かへ行ってしまったらしく、クラウド1人がきょとんとティファを見ていた。
「う、ううん。何でもないよ、さ、行こっクラウド」
「ああ、行こうか」
ミディールもまた、他の街と同じように復興の形跡が至る所で見られた。とんてんかんかん、絶え間なく金鎚の音がする。
「おー、ここでもやってるやってる」
ニブルヘイムを出発して以来、色々なところで見かけてきた復興工事の状景だ。
「すごいね、人間の力って」
ティファがポツリと呟いた。クラウドも頷く。
1年半前のライフストリームの暴発で、ミディールは村の殆どが吹き飛んだ。ある意味どの都市よりもひどい状況だったはずだ。
それが、今では再び人の住める場所となり、温泉もすぐに再整備され、繁華街なども小さいながら完成している。
その復興の速さには、今まで急ピッチで村を作り上げてきたクラウドも目を見張るものがあった。
「ミディール復興の為に、寄付をお願いします〜」
見ると、道の端で子供達が募金箱を持って立っている。工事では戦力にならない子供達も、こうしてちゃんと村の役に立っているのだ。
しかし、クラウドはその横に子供とは明らかに違う生き物を発見した。それは、あ、あいつ、あいつだった!
「あ、あの白いチョコボは……見覚えあるんだけど」
「確かさわがしいおばさんと一緒にいたヤツだよな」
「あ、そっか。あはは、そういえばクラウド、確かあのチョコボの喉をくすぐって、瀕死になるまでぶっとばされたんだったよね」
「おいおい、そんな言い方するなよな」
クラウドが苦笑しながら子供達の列に近づいた。10ギルほどを財布から取り出し、箱に入れようとする。しかし!
「あっ、おじさん、募金に協力してよ。ミディール復興委員会です」
「おじちゃん、みでぃーるふっこーいーんかいでしゅ」
「おぃしゃん、みでぃーる……いーん…でちゅ」
ミディール復興委員会は大変結構だが、『おじさん』の一言にクラウドは石と化してしまった。
「あー、この『おじさん』石になっちゃった!誰か金の針持ってない?誰か!」
慌てふためく子供達をよそに、ティファは笑いをこらえるのに必死である。クラウドはまだ23なのに……。
「ねぇねぇ」
ふっと下を見ると、ティファのワンピースの裾をまだ3つくらいの男の子が掴んでいる。
「おねえちゃんは金の針持ってないの?」
「んー、持ってないけど大丈夫よ、このお兄ちゃん、じきに治るから。金の針はいらないよ」
「ホントー?」
男の子は嬉しそうな声をあげると子供達の輪の中に戻っていった。
「ねぇねぇ、このおじちゃん、大丈夫だから金の針は要らないって!」
ティファがせっかく直したのに、相変わらず『おじちゃん』である。さすがにティファも苦笑だった。
(私は『おねえちゃん』だったわね。あー、よかった。でもクラウド、大丈夫かな?)
結局ティファがクラウドを引っ張って行く羽目になった……。
「おじさん、か。俺も子供から見ればそんな歳になったのかな」
クラウドは宿のラウンジでしみじみと考え込んでいた。ティファはホテルのカウンターでチェックインの手続中だ。
本来ならチェックインは午後からのはずなのだが、予約していた者の強み、朝早くからチェックインはOKだった。
「チェックイン、終わったよ」
ティファがカウンターから戻ってくる。クラウドは少々憔悴した顔を上げた。
「はい、これ鍵ね、おじさん」
「な……ティファ!」
さすがにクラウドも怒る。ティファは笑ったままだ。
「ふふ……」
「何がおかしいんだ」
「だって、子供の言うこと素直に受けるんだもん。やっぱり笑っちゃうよ、さっきのクラウドの様子見たら」
「ふん……」
「ねぇねぇ、機嫌直してよぉ。朝御飯、まだだったでしょ?食べに行こうよ。さ、荷物持って」
「……」
結局ティファについていくクラウドだった。
ここに着くまで3日、帰りも3日とすると、つまりはミディール滞在は、まる4日間だ。
1日目は(クラウドのみ)波瀾に満ちたスタートとなった。
もっとも、本当の波瀾はこれからなのだが。
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ようやく『おじさん』の急性トラウマも抜け、温泉街をひと通り散策してきた夕時。2人は村外れの病院を訪ねていた。
ここはクラウドとティファがとてもお世話になった病院だ。旅行の計画中から、ここは必ず行こうと決めていた。
「こんにちは〜」
ティファの玉を転がすような声に、中に座っていた白衣の男が振り向いた。
「あ、君達は確かクラウド君とティファさん。や、お久しぶり、その後は順調かな?」
医者は、2人を覚えていてくれていた。そりゃ、クラウドは最も印象的な患者でもあっただろうが。
「ああ、何も問題ない。その節は大変世話になった。あの時は満足に礼も言えなかったな。ありがとう」
「いえいえ、患者を治すのが医者の勤め。患者が元気になるのが何よりのお礼なんですよ」
「私からもお礼を言わせてください。あの時は、本当に助かりました……」
言いながら、ティファの目には光るものがある。思わずティファは顔を手で覆った。
「お、おい、どうしたティファ?」
「ごめん。でも、もしクラウドがお医者さんに見つけてもらってなかったら……今頃は……って思っちゃって……」
「そうか……大丈夫だよ。現に俺はここにいるだろ?」
「うん……」
「お取り込み中すまないが……」
2人の間を遮って話しかけてきたのは医者だ。その声には何処か緊張を含んでいるような気がした。
「何か……まだ問題でもあるのか?」
「いえ、あなたに問題があるのではないのです。ただ……」
「ただ……何ですか?」
「……本当は医者でない者に患者を見せるのは本意ではないのですが」
医者はそう付け加えておいた上で、
「ある患者を診ていただきたいのです。1年半前のクラウドさんと同じ容態の患者です。何処からか流れてきたのです」
「!!」「!!」
2人は思わず息を呑んだ。その状態の深刻さがありありとわかるからだ。ともすれば、目の前にいる医者よりも。
「まさか……」
クラウドの脳裏には、咄嗟に2人の人物像が浮かんでいた。
1人は史上最強のソルジャー。生まれてはいけなかった哀しき銀髪の男。彼はクラウドとの一騎討ちの後、ライフストリームへと消えた。
そしてもう1人はその男を倒す過程で、可憐に無惨に散っていった永遠の女性。彼女もまた、ライフストリームへ還ったという。
「クラウドさん、……そう、あなたと同じような年恰好の金髪の青年です」
「え……そうなのか」
だとしたら、セフィロスやエアリスではない。では、知り合いではないだろう。
「とにかく、1度見てみましょうよ」
ティファの進言に、クラウドは素直に頷いた。奥の病室を覗こうとする。
「あぁ、今はいませんよ。看護婦のバーバラが散歩に連れ出しているはずです。じき帰って来る筈ですよ」
「わかった。とりあえず、辺りを散策してくるよ」
「お願いします……」
「魔晄中毒の患者か……今更そんなのにお目にかかるとは」
クラウドとティファは、バーバラ達が行ったという近くの森を散歩していた。
日の光も木々の葉に遮られ、森の中は意外に涼しい。2人は寄り添うように小径を歩いていた。
「ライフストリームから流れてくるヤツなんて、そうそういるものじゃない。とすれば、やはりあの戦いに関わった人間か……」
「でも、セフィロスでも…エアリスでもない。まさか、ルーファウス?」
「だったら、世界中の皆が知ってる顔だ。解らない筈が無い。……やはり知らない人物か」
「なんか、初日から事件に巻き込まれちゃったね、クラウド」
「せっかくの息抜きが台無しだ……っと」
不意に視界が開けた。そこは、高台になっていた。村全体を見渡せる、なかなか絶景のビューポイントだ。
そしてそこに、女性と車椅子の男性が1人ずつ。間違いなく、バーバラ達だった。
「バーバラさん!」
ティファの声に、バーバラは振り向いた。セミロングにカールがかった、栗色の髪がはねる。
「あ、ティファさんと……クラウドさん!お久しぶりね!」
「ほんと!久しぶり!!」
女性同士は抱き合って再会を喜び合った。一瞬の輪に入れなかったクラウド、ちょっと所在無さそうにしている。
「クラウドさん、もう大丈夫になった?」
バーバラが声を掛けてきてくれたので助かった。力強く、頷く。
「その節は世話になった。君にも礼を言わなくちゃならないな」
「いいのよ。医学に勤しむ者、患者の回復が何よりの喜びよ」
あの医者と同じ事を言う。全く、ミディールはいい医者に恵まれたものだ。
「……で、ちょっと話を聞いてきたのだが、そこの車椅子の男が魔晄中毒の患者か?看るよう頼まれたのだが」
クラウドがいきなり核心に迫った。瞬間、バーバラの顔がふっと曇る。
「ええ。この男の人がそうよ。クラウドさんが出ていったあたりだったかしら。この近くの海岸……クラウドさんが流れ着いていたのと
同じ辺りに倒れていたの。やっぱりクラウドさんと同じように、意識を持たず、何も見えていないような状態で」
「!!」
だとしたら、1年半前からずっとこの調子だという事になる。しかも、クラウドと近しい人物であることも同時に読み取れる。
「もう何も手を下す事も出来ない。こうやって自然に回復を任せるくらいしか、方法が無くてね」
バーバラの声のトーンは、限りなく重い。やつれさえ感じさせる。おそらくこの長い間、方々手を尽くし、玉砕したのだろう。
「クラウド、やっぱり知りあいかもしれないよ……とにかく、看なきゃ」
不安そうな声で、ティファがクラウドに縋るような目を向ける。もうこの手のことに係わり合いたくは無い。自分でも知らないうちに、
ティファはクラウドの陰へと隠れてしまっていた。クラウドを押すようにしている。つまりは、クラウドに任せるのだ。
クラウドは少々躊躇いながらも、前に周って患者の顔を覗き見た。
「ぐ……げ……」
ほんの一瞬、患者に反応があったのだが、しかしそれはあまりに微小で、クラウドにはそれを認識する事は出来なかった。
「……知らないな。こんな顔は見た事がない。しかし、ひどい魔晄中毒だな。瞳孔さえも動かない」
「でしょ?もう手の施しようが無くって……。でもまだ生きているんだから見捨てるわけにもいかない」
「そうか……」
クラウドにもそれ以上の事はわからなかった。しかし、心の中に残る僅かな黒点……何かがクラウドの中で引っかかっていた。
(本当にこの男に逢ったことはなかったか……?)
「さ、そろそろ戻りましょ。大分暗くなってきたし、温泉にも入りたいんでしょ?」
バーバラの一言に、クラウドは我に返った。ティファを見ると、賛同の眼差しを向けている。
「ああ、そうしようか」
まだ少しピークには早めの時間という事もあって、温泉は空いていた。もう30分もすれば、客で賑ってくるというところか。
昼のピークと夜のピークの間、丁度いい時間にクラウドは1人で温泉に浸かっていた。湯煙で視界が霞んでいる。
(……混浴)
クラウドはごくっと唾を飲みこんだ。脱衣所の入口には確かにそう立て札が立っていた。だとすれば、もしかしたら……。
(この俺がこんな事考えるようになるなんてな……)
クラウド自身、自分の変化に驚いていた。以前の自分なら、こんな温泉場にくる事すらOKしなかったに違いない。
『興味無いね』
その一言がカッコよくさえ思えていた時代もあった。自らが作り上げた孤高の象徴として、よく使っていたその言葉。
本当は外界と接触するのが怖かっただけなのに。人と真に触れ合うのが恐ろしかっただけなのに。
呪縛を解いてくれたのはティファ、そしてエアリスだった。
心を閉ざしていた自分の中に、いきなり入りこんできたエアリス。少々持て余した部分もあったが、彼女の存在は明るい道標となった。
星へ帰った今でも、彼女はクラウドの中で生き続けている。おそらく、クラウド自身が星に帰る、その瞬間まで。
そして、ライフストリームの中で本当の自分を一緒に探してくれたティファ。彼女がいなければ今の自分はいなかった。
それは文字通りの意味だけではない。セフィロスを倒した後、生きる目的を失いつつあったクラウドを迎え入れてくれたティファ。
一緒に過ごした1年を超える日々。村長としてトラブルの無い平和なニブルヘイムを統轄していた日常。
全て、ティファ無しでは、1人では何も出来なかったろう。
ささくれ立っていたクラウドの心を和ませてくれたのも、積極的に人との接触を図ろうと努力したのも、全てティファ……。
口下手な自分のフォローをしてくれたのもティファ、村人に笑いを取り戻させたのも、やっぱりティファ……。
ティファ、ティファ、ティファ、ティファ……。
いつのまにか、クラウドの心はティファだけで満たされていた。冷たい風が吹き、現実に引き戻される。
「……うぅ、さむ」
期待していた瞬間はどうやら今夜は訪れないようだ。微かな失望感と共に、クラウドは湯船からその身を引き上げた。
夕食も終わり、少し早めの就寝時間となっていた。クラウドは1人でダブルベッドに寝っ転がっている。部屋の電気は消していた。
(ティファ……食後に温泉に行くならそう言ってくれれば良かったのに……)
ティファは今、温泉に浸かりに行っている。この時間は男女別浴なので覗かれる心配が無いのだ、とか。
2回目の風呂に入ろうとは思わない。ミディールの温泉は少々熱めなのだ。1度温泉で火照った身体に、これ以上の熱は不必要だった。
(……)
クラウドの意識は夕方に見た青年の事に集中し始めていた。バーバラに連れられていた、あの青年だ。あの時の違和感は何なのか……。
記憶がゆっくりと逆回転を始める。1つ1つの事項を確かめるように、あるものはうろ覚えで、あるものははっきりと。
(こういうふうに、昔を思い返すのは、今が初めてかもしれないな……)
勿論、ティファと2人で行った『クラウドの自分探しの旅』は除いての話だが。クラウドは徐々に脳内世界に引き込まれていった。
セフィロスを倒した瞬間、ティファと2人きりの決戦前夜、神羅壊滅の瞬間などがクラウドの中でフィードバックされていく。
こういう集中力はさすがに元ソルジャー(厳密には違うが)だけあり、一切の迷いもその思考には入ってこなかった。
(……?)
クラウドの記憶回路が、ある場所で止まった。最もうろ覚え、もしくは記憶が無い脳の中の異空間。
1人でライフストリームに飲み込まれている最中の記憶。この部分の記憶がぽっかりと抜け落ちていた。
(無理もない……あらゆる知識の集まる空間に放り出されたのだからな……)
しかもセフィロスに操られていた事がわかった瞬間の記憶である。黒マテリアを渡してしまった後の記憶である。
あの時のクラウドは完全に自分を喪失していた。物事を記憶しておけ、というほうが無理なのかもしれなかった。
しかし、記憶は更なるフィードバックを再開しようとしない。この部分で止まったままだ。
(夕方の引っかかりは……ここから来ている、のか?)
青年の顔がクラウドの中に浮かんでは消える。やはり、何処かで見た顔だ、と。根拠の無い確信だけが、クラウドの中で渦巻いていた。
(ライフストリームに落ちた時、俺は何を考えていた?)
(みんなに対する申し訳無さ、そして自分への絶望感。あらゆる負の感情、虚無感……)
(申し訳無さ……みんなに……ティファに、バレットに、シドに、ユフィに、ヴィンセントに、ナナキに、ケットシーに……)
(そして何よりも、死んでしまったエアリスに……!)
エアリス、というキーワードがクラウドの中で青年と結びついた。ザックスじゃない、そういう結びつきじゃない、もっと別の何か……。
長い時間、クラウドは枕に顔をうずめたまま考え込んでいた。
(俺はあの時、死んだと思った)
(死んだらエアリスに逢えると思った)
(俺はエアリスに逢いたかった……)
(………………………………………………………………………)
「はっ!」
クラウドは枕から顔を離した。と同時に、軽い圧迫感と心地良い温かさがクラウドの身体中を支配する。
布団がいつのまにか掛けられていた。ふかふかの素材で触り心地も良い。だがさらに、左半身に感じる柔らかい感触。
ベッドのもう半分、クラウドの目の前には愛しいティファの天使の寝顔があった。クラウドの左腕に抱きつくようにして眠っている。
クラウドはティファのいつもの寝方に安心すると同時に、ティファの一連の動作に全く気づかなかった自分にちょっと落胆していた。
(いつから眠っていたのか?ずっと考え事をしていたような感覚だが。しかし、睡眠中に気配に気づかないとは。ソルジャー失格だな)
とりあえず、眠ったままのティファにお礼のキスをする。クラウドの中にだけ、記憶として残るキスだ。ちょっと嬉しい感もある。
「う、ん……」
キスに、僅かにティファが反応する。その顔がちょっと微笑む。いい夢でも見ているのだろうか……。
一方、クラウドには全く寝た覚えは無い。もっとも、寝起きの悪い時は大抵そんなものだが。ひどく不快な感覚を感じていた。
時刻は午前3時。草木も眠る丑三時だ。寝ていない感覚のせいか、クラウドはひどく眠かった。
(とりあえず、あと2日の予定はキャンセルだな)
暗がりの中、クラウドはベッドの上にその身を起こした。闇色のシルエットが浮かび上がる。
記憶はまだ呼び覚まされてはいない。しかし、違和感を確信に変える為に最低限必要なポイントだけはかろうじて思い出していた。
(ライフストリームの中で……)
(沢山の記憶の羅列の中のある一部分で……)
(俺とエアリスは繋がりあった……それだけは確かなんだ)
(あの青年が、それを握っている!!)
同時に、クラウドの顔に困ったような笑みがこぼれた。ふっとティファを見る。何も知らないティファは、すやすやと寝息を立てていた。
(ティファがもしこの事を知ったら、どういう反応を示すのかな……)
(俺がライフストリームの中で、生きているエアリスに逢った、って知ったら……)
(きっと驚くだろうなぁ。そして、歓喜の涙、か)
ティファのあらゆる面を知っているだけに、あらゆる推測もまた、可能だ。限りなく真実に近い推測を。
(長い旅になりそうだ、とりあえず今は寝よう)
再び布団に潜りこんだが、口元から笑みが去らない。本当に嬉しい時、人は笑みが止まらなくなるものだ。
不快な感覚は、キスの感触とあいまっていつしか愉悦の感覚へと変わっていた。
『エアリスに逢えるかもしれない。多大なリスクは伴うものの』その可能性に懸けて。
クラウドの意識も、歓喜と困惑の中で、少しずつだが薄れていった。
(今回の旅が、ミディールで良かった……)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
2日目。ティファはまだ、ベッドの中でのまどろみにその身を任せていた。
きっと起きたらいつもと同じようにクラウドの顔が目の前にあるのだろう。ねぼすけなクラウドは私が起こすまで起きないんだもん。
寝ぼけた感覚が感じているのは、顔いっぱいのフカフカの感覚。きっと今、私は枕の中に顔を埋めているんだろう。気持ちいい……。
昨日はクラウド、寝ちゃってるんだもん。せっかく色っぽくせまってみようと思ってたんだけどなぁ。拍子抜けだったよ、もぉ。
ま、いいや。今はまだ眠たいから。考え事は後回し、後回し。もうちょっと寝ようっと……。
「あれ?」
妙な違和感にティファの目がうっすらと開く。身体中にまとわりつく睡魔を払いのけながら、急いで現状を確認しようとする。
布団がいつもと違うのはすぐにわかる。旅行に来ているんだもの。それくらいの違和感は問題ではない。そうじゃなくて。
クラウドが隣にいない。いつもなら、ティファが起こすまではまず間違いなく起きていないはずなのに。
シーツはまだ温かい。さっきまでクラウドはここにいたんだ、でも何処に……と。
「起きたのか?ティファ」
「あ、あれ?もう起きてたの、クラウド」
クラウドは既に着替えを終えていて、テラスで部屋備え付けの紅茶を飲んでいた。なぁんだ、びっくりした。
「今日はどうも天気が悪くなりそうだな」
南国特有の湿り気のある風が、部屋の中にも入りこんでくる。何かを予感させるような、そんな不穏な風。
空模様は、少しずつ黒いものが覆い始めていた。昼過ぎには、おそらく一雨来るだろう。
「今日予定してたクルージングは、中止になりそうだな。はい、寝覚めの紅茶」
「あ、ありがと」
寝間着のままテラスまで出てきたティファに、クラウドがティーカップを差し出した。ティファもおいしそうにそれを飲み干す。
「食事を済ませたら、もう1度病院へ行こう」
「え?病院に?いいけど……昨日行ったじゃない。何で?」
「昨日のあの車椅子の男、どうも俺は、アイツに逢った事があるみたいなんだ」
「え?やっぱり何かクラウドに関係ある人だったのね」
ティファの鼓動がドクンと1回、大きく脈打つ。それは、何か嫌な予感。不安を感じさせる、そんな予感。
しかし、クラウドから帰ってきた返事は、およそティファの思考をはるかに超えるものだった。
「エアリスに……逢いたくないか?」
一瞬、部屋の中の時が止まる。突拍子も無い今の一言。エアリスに逢う?そんなこと、出来る筈無いじゃない。
ここは北の都じゃないのよ。水の祭壇じゃないのよ。あそこにでも行かないと、エアリスには逢えないんじゃないの?
「エ、エアリスに逢うって……どうしたの、クラウド?ミディールにエアリスがいる筈が無いでしょ」
「そうじゃないんだ……」
クラウドは、昨日の夜考えた事を、1つ1つ、ティファに話していった。
「とすると、ライフストリームの中で、クラウドはエアリスと逢ったのね?」
「ああ、そんな気がしてならない」
「で、あの患者さんがその瞬間の鍵を握っている、と?」
「それ以外に、俺の中の違和感が満足する答えが出なかったんだ……」
言いながらクラウドは、段々弱気になって来ている。無理もない。クラウドもティファも目の前でエアリスの死の瞬間を見ているのだ。
揺るぎないその瞬間を見ているのに、エアリスが生きているかも、なんて言う事を信じてもらえるわけがない。
何より、クラウド自身が冷たくなったエアリスの身を、古代種の都の美しい湖に沈めたのだから。
クラウドは言った事に後悔を覚え始めていた、きっと次の瞬間には、ティファの笑いが飛んでくるだろう。そう覚悟していた。のだが。
「……きっと、間違ってないよ、それ。クラウドは冗談でこんな事言わないもの」
「クラウドがそう思ったのなら、クラウドはライフストリームの中でエアリスに逢ったんだよ」
「さ、早く病院に行こうよ、もっと色々わかるかもしれない。あの患者さんに会いに行こうよ」
ティファは真面目な瞳をしていた。真剣な眼差しでクラウドを見つめている。
「でも、あくまでも推測の域を出ないんだけどな……」
クラウドが2杯目の紅茶を啜りながらそう言った。が、ティファは2杯目を注ごうとはしなかった。
「私、急いで着替えてくる。ちょっと待っててね。覗いちゃだめよ」
ティファはそう言うと、部屋の中に駆け込んでいった。それを見ながらクラウドが一言。
「なんか嬉しそうだな……天気は悪くなる一方だってのに」
空模様は相変わらず、良くなる気配を見せていなかった。
「え?あの患者にまた会いたいって?」
医者は怪訝な顔をしながら2人を迎えてくれた。
「やっぱり、あの患者について何か知っていたのだね?」
「いやぁ、ちょっと何処かで見た顔だなって思ったもので、もう1度顔を見てみようかなーという気になって……」
「そうか……またバーバラが散歩に連れ出しているよ。昨日と同じ所の筈だ」
「そうですか……」
「前から聞こうと思っていたのだが、クラウド君はどうやって魔晄中毒から脱出したのかね?」
「俺ですか?俺はアルテマウェポンがここに攻めてきた時にティファと一緒にライフストリームに落ちて……」
そこまで言った時、クラウドの中で何か弾けるものがあった。閃き、に近いものかもしれない。
「そうだ!あの男もライフストリームに落ちれば、もしかしたら元に戻るかもしれない!!俺と同じように!」
「ま、待ちたまえクラウド君。いくらなんでもそんな荒っぽい手段はとれんよ」
「そ、そうよクラウド。クラウドも覚えてるでしょ?私達がライフストリームの中で何度自我を失いかけたか……」
医者でなく、ティファもがクラウドのこの案に反対してきた。が、クラウドの意志は強固だった。
「それにクラウドも、もうライフストリームには入りたくない、って言ってたじゃない」
「待ってくれティファ。もしも、もしもだ、ティファもエアリスに逢えるかもしれない、としたら?」
「え……?」
ティファの中の時間が、瞬間、止まった。私も、エアリスに逢えるかもしれない……?
さっきのクラウドの話はクラウドの思い出でしかないと思っていた。クラウドの思い出探しに軽く付き合う、そんな程度の考えだった。
エアリスにまた逢えるなんて、そんな事できっこないもの。エアリスが目の前でセフィロスの凶刃に倒れるの、見たのに。
「まぁ、魔晄中毒から唯一生還したクラウド君の意見だ。全く聞く耳を持たないわけではないが……やはり賛成はできんぞ」
「……危険が伴うのはわかってます。ただ、これは俺とティファの為でもあるかもしれないのです」
「エアリス、とかいう方の事か?名前から察するに女性のようだが」
「俺達とエアリスは切っても切れない関係にあるんです。彼女はある事件で命を失いましたが、俺はライフストリームを漂っている最中、
確かにエアリスを見た。そんな気がするんです。勿論、錯覚なのかもしれません。俺だって彼女が死ぬ瞬間を見ているのですから。
でももし、本当は死んでいなかったのだとしたら?仮死、または昏睡状態に陥っていたのみで、実際は生きていたのだとしたら?
俺は俺の記憶に、その僅かな希望を懸けたい。そう思って、いや信じているんです」
ティファが驚いた顔でクラウドを見た。そんな事、考えた事もなかった。エアリスが生きているかも、なんて。
でも考えてみたら、それもあるかもしれない。彼女はセトラの民。あのホーリーを唱える事の出来た、たった1人の存在。
彼女の意思は星を巡り、ついにはライフストリームが彼女の意思に答え、メテオの激突を防いだのだ。
あの瞬間この星を動かしていたのは、間違いなくエアリスの意思だ。星の意思がエアリスの意思とシンクロし、そして……。
そこまでの奇跡を起こせる彼女だ、もしかしたら……ティファの期待も次第に高まってきた。
「俺の記憶の鍵を握っているのがあの男だ、と俺は確信しているんです。彼の記憶を呼び覚まし、そこから上手く辿って行ければ……、
或いはエアリスの元へ辿り着けるかもしれないんです。お願いします、先生!」
「……とにかく、バーバラとあの青年を呼び戻そう、話はそれからだ」
5人が揃った。もっとも、1人は「ぐ……げ」としか声を発しないが。
「私も賛成です。おそらくこのままでは、この患者さんは一生目を覚まさないと思われますし……」
バーバラの発言は意外なものだった。思わず医者がバーバラに目を剥く。
「わかっているのかバーバラ!彼らのやろうとしていることがどんなに危険な事か!それでも彼らの肩を持つのか?」
「このまま一生中毒のままでは、この患者さんがあまりにも可哀想ですっ!それならば、わずかな可能性にかけるべきでしょっ!」
感情の爆発、激昂だった。バーバラの眼からは、涙がとめどなく溢れていた。思わず顔を臥せる。
「私も……クラウドさん達と同じです。この人がこのままならば、いつか一緒にライフストリームへ入ろうと考えていました」
医者はバーバラの瞳の中に、燃え上がるものが一瞬あったのを、見逃さなかった。
「そうかバーバラ、そうじゃったか……」
ティファはこの発言に何となく察知をしたようだったが、クラウドは相変わらずニブチンな為、何も感じ取れなかった。
「わかった。もう止めはすまい……だが決して賛成をしたわけではないのだからな」
ついに医者が折れた。クラウド、ティファ、そしてバーバラの顔に安堵の色が浮かぶ。
「じゃがバーバラ、お前は一緒に行ってはならんぞ。クラウド君達と違い、お前はライフストリーム内での対策法を知らんのだからな」
「えっ……」
安堵もつかの間、バーバラの顔に今度は落胆の色が浮かぶ。そんなバーバラを、クラウドが笑って励ました。
「大丈夫さ、俺達がきっと何とかしてみせるよ」
「クラウドさん……お願いしますね、必ず彼を……元に!ティファさんも、宜しくお願いします」
「ああ」「任せておいて」
1時間後。5人はライフストリームの入口に立っていた。
ライフストリームの噴出口は相変わらず広く、大きく、何者をも寄せつけない威圧感を備えていた。
「いよいよエアリスに逢えるのね……でも、怖い」
「期待しすぎるなよティファ、あくまでも可能性の話をしただけなんだから。それに、俺に記憶が無い以上、この男の記憶が戻るのに
期待するしかないんだ。それすらもやはり可能性の問題。限りなく確率の低い、いわば『分の悪い賭け』なんだから」
背中におぶった男を見ながら、クラウドは事務的に話した。いつもと違い、任務遂行に忠実な神羅時代のクラウドに戻ったみたいだった。
もっとも、それほどの冷徹さが無ければ今回の事項は達成できないに違いない。
「クラウドは、怖くないの?」
「……そりゃ怖いさ。ライフストリームに入るなんて、ホントはまっぴらだ。でも、それによって救える人がいるのなら……そして
俺自身を救えるかもしれないのなら……俺は何度でもここに入ってやる」
「クラウド……強くなったね」
「そうか?俺は前々から強いぞ」
「そんな事言ってるんじゃなくて……」
その後の言葉をティファは飲みこんだ。こんな事、今更クラウドに言う必要は無い。クラウドは変わった、心が強くなった。
いちいち説明するまでもないだろう。ティファは笑って、言葉をはぐらかすだけだった。
「……?ま、いいか。それよりティファ、たとえエアリスに逢えなくても、文句言うなよ」
「言わないよ……そんなこと。クラウドこそ、エアリスに逢えなかったからってショック状態に陥らないでよね」
一瞬、いつものクラウドに戻った。その瞬間に気づいたティファも、いつもの悪態を付き返す。
「……無茶はするでないぞ」「彼を……宜しくお願いします」
医者達の心細げな声掛けに、2人は笑って親指を突き立てた。その姿に迷いは……無い。
「ティファ……」
「ん?」
「俺が勝手に仕立てた列車だが……途中下車は出来ないからな!」
「……うん!そんな事する訳無いじゃない。どこまでもクラウドに着いていくんだから!」
ティファの発言をクラウドは笑顔で受け取ると、同時にティファの手を強く握った。
次の瞬間、2人と1人はライフストリームの淡い光の中にその身を躍らせていた。
「行ってきます!」その言葉を残して……。
「ティファ、わかってると思うがこの中はたとえ手を繋いでいても離れ離れになってしまう空間だ。心で繋がるんだ。
ティファは俺の傍から離れないように、俺の事を感じ続けるんだ。そうすれば、俺とティファが離れる事は無い。
どんな知識、思念が襲ってきても耐えるんだ。俺はいつでもティファの傍にいるから。俺から離れるなよ、感じ続けるんだ」
「はい!」
「雨が……」
「うむ、とうとう降ってきおったな」
ミディールに、黒雲の帳が下りようとしていた。医者とバーバラは不安そうに、クラウド達が消えていった穴を見つめていた。
「診療の時間じゃ、そろそろ戻らねばな」
「はい……」
バーバラはそう言いながらも、襲い来る不安感を拭い去る事が出来なかった。
(神よ、願わくばクラウドさん達に、そしてあの男の人に、大いなる祝福の在らんことを……)
いつしかバーバラは、そう願っていた。そう願い続けて……。
雨は強さを増す一方だった。泥濘の中で、土色に彩られた牛蛙が心を震わすような鳴き声を上げていた。